喫茶店で7
特に何も不思議なことはなかった。
夜になっても、部屋の中に誰かがいるような気配もない。
静かで、いつも通りの夜だった。
それから数日、様子を見ながら、ちょくちょく本のレシピで何品か作っては食べてみた。
どれも素朴で、妙に美味かった。
古い料理本だったが、味はしっかりしている。
週末まで特に何も起きなかったので、彼に電話をかけてみた。
「もしもし、どうした?」
いつもの調子で出る。
「いや、お前ん家どうよ?」
「なんもないな。不思議やわ。お前ん家は?」
「俺も特に何もないんよな」
「そうか」
短いやり取り。
けれど、互いに“何もない”ことを確認して、少しだけ肩の力が抜ける。
「本当にあの本は貰ってええんか?」
そう聞くと、
「ええぞー」
と、あっさり返ってきた。
電話を切り、料理本を本棚にそっと収納する。
ありがたい本が増えたな、と思う。
だが、同時にどこか不思議な気持ちも残る。
その時ふと気づいた。
そういや、あの日家に帰った時、前のマキリを近くに置いてたな。
思い返すと、あのマキリは“境界”みたいな役割を果たすことがある。
偶然かもしれないし、ただの気のせいかもしれない。
「まぁ、ええか」
彼の不安は消え、俺はレシピ本を手に入れた。
それで十分だ。
今度、彼に料理を作って持って行ってやるかな。
そう思いながら、陽の当たる外を眺めて、ふっと笑った。




