喫茶店で6
知的好奇心が、ぐっと引かれる。
ただの料理本に見えるのに、彼の家では“歩く音”がする。
そのギャップが、妙に面白い。
「これ、俺に預ける気ないか?」
そう言うと、彼は眉を上げた。
「いや、ええけど……なんでや?」
「いや、お前のところで何もしてないのに何かが出るんやろ? 俺ん家でも出るか気になるやん。 お前の家にしか出ないなら、お前ん家に原因があることになるやろ? 俺ん家に出たら、こいつが原因やろ」
そう言って、本を指さす。
彼は少しだけ悩むように視線を落とし、それからゆっくり頷いた。
「たしかにな……。それで解決するなら、その本はお前が処分するなり、所蔵するなりしてくれてええわ」
そう言いながら、休みの日の朝から巻き込んだことを気にしてか、少し照れたような、でも嬉しそうな笑顔を見せた。
その笑顔を見て、“ああ、こいつは本気で俺を頼ってるんやな”と、ほんの少しだけ胸の奥が温かくなる。
丁寧にバッグに本をしまい、俺は家に戻ることにした。
外に出ると、朝の空気はもう昼前の匂いに変わりつつあった。
バッグの中の古い料理本が、やけに存在感を持っている気がした。
とりあえず家に帰り、改めて隅々まで本を見てみた。
昭和時代の料理だろう。
煮物が多く、ところどころに宴会料理も混じっている。
写真は色あせ、ページは黄ばんで、一冊の中に“誰かの生活の時間”がそのまま閉じ込められているようだった。
「これは面白いな」
そう思いながら、気になったレシピを別の紙に書き写す。
昼飯に試しに一品作ってみるか、と思い立ち、台所に立ってみた。
案外美味い。
素朴で、どこか懐かしい味がした。
その満足感のまま、俺は夜まで本を読み続けた。
ページをめくるたびに、知らない誰かの台所の匂いがふっと立ち上がるような気がする。
夜になり、外食に出かけた。
帰ってきて真っ暗な部屋に入り、電気をつける。
特に何も変わったことはない。
家具も、空気も、朝と同じ。
「……まぁ、そりゃそうか」
そう呟きながら、風呂に入り寝る準備をする。
湯気が立ちこめる浴室の中で、テーブルの上に置いたままの古い料理本の存在だけが、妙に頭の片隅に残っていた。




