喫茶店で4
「それで今日はどうした?」
そう聞くと、彼はカップを持ち上げて、立ちのぼる湯気をじっと目で追った。
その視線の動きが、いつもよりゆっくりしている。
「実はな、一昨日の話なんやけどな」
コーヒーをひと口。
そのわずかな間に、俺は「ふーん」とだけ返して、椅子に深く腰を預けた。
聞く準備だけは整えておく。
「こないだ古本屋に行ったときにな、古本を一冊買ったんやけどな」
彼は空中に本の形を描く。
その指先の動きが妙に丁寧で、普段の雑なジェスチャーとは少し違っていた。
「これがまあ、ボロボロやねん。
背表紙なんか半分ちぎれかけとるし、
ページも黄ばんでて、写真も色あせとる。
誰がどれだけ使ったんか分からんような代物や」
言葉の端々に、その本を手に取った時の“手触り”まで滲んでくる。
普通なら買わんやろと言いながら、彼は小さく笑った。
その笑い方が、“自分でも説明できんけどな”という含みを持っている。
「でもな、妙に気になってしもて。
手に取った瞬間に“ああ、これ持って帰らなあかん”って思ったんや」
その言い方には、軽さと確信が同居していた。
彼が昔から持っている、“縁みたいなものを拾う感覚”がそこにあった。
「大した本ではないんや。ジャンルは料理本でな」
またコーヒーをひと口。
湯気がふわっと上がり、その向こうで彼の表情がゆっくり沈んでいく。
落ち着いているというより、思い返しているような顔だ。
「でな、その料理本を家でパラパラめくっとったら…… 面白いねん、昔のレシピやからな……」
そこで言葉が止まる。
止まるけれど、空気は途切れない。
むしろ、そこから先の言葉を選んでいる気配が濃くなる。
彼はカップをそっとテーブルに置いた。
その音が、店内の静けさにやわらかく溶ける。
視線はコーヒーの表面に落ちたまま、ほんの少しだけ眉が寄っている。
話すべきことがある。
でも、どこから話すかを慎重に選んでいる。




