深夜の電話5
「でな、中に入った瞬間や」
友人の声が、さっきまでの軽さを少しだけ失っていた。
「まず、空気が変やってん。外よりちょい暖かいというか……こもった熱気みたいなんがあってな。焼け跡ってもっと冷えとるもんやと思ってたんやけど」
スマホのライトを向けると、舞い上がる埃が白く光って、まるで煙の残りかすみたいに見えたという。
「床な、灰みたいなんが薄く積もっとって、踏むたびにサラサラ音がするんよ。誰もおらんのに、なんか“ついさっきまで何かがあった”みたいな感じでな」
そこで友人は、
ズ…ッ
とお茶をすすった。
その音が妙に耳に残る。
「で、さっき外から見えてたあの火やけど……中入ったら、どこにもないねん。ロウソクも、懐中電灯も、なんも。真っ暗で、埃っぽいだけ」
ペンを走らせていた手が、自然とゆっくりになる。
「でもな、匂いだけは……めっちゃ強いねん。焦げた木の匂いと、布が焼けたみたいな甘い匂いが混ざっててよ。鼻の奥に張りつく感じで、息するのもしんどかったわ」
友人はそこで一度、言葉を切った。
「ほんでな……誰もおらんはずやのに、奥のほうで“ミシッ”て床が鳴ったんよ。風もないのにやで」
その瞬間、こちらのペンが止まる。
相変わらず友人の行動力と度胸には度肝を抜かれる
そう思いながらも、続きを促す。
「で?」
友人は少し息を吸ってから続けた。
「入ってもうたもんはしゃーないやろ。で、なんか見つけたんかって話やけど……何もないねん。何もないのに、匂いだけはどんどん強くなってくる。目ぇ痛なるくらいに」
「よくわからんねんな……」
と、友人はボソリと呟いた。
メモを書き込んでいた手を止めて、
「いや、お前、妙なもん見えるタイプやっけ?」
と聞く。
「いや、0感よ。霊感やら、不思議なもんなんか見たことないしな。初体験ってやつや」
「で、結局どないしたねん?」
促すと、友人は湯呑みを置くコトンという音を響かせてから続けた。
「いや、匂いに耐えかねて家から出てきたんや。んで、振り返ったらな……二階部分に、さっきの火みたいなあかりが移動しててよ」
その言葉に、背筋がひやりとする。
「しかもな、窓のとこで止まって……ゆらゆら揺れとるんよ。人が手に持ってるみたいな高さで」
友人は小さく息を吐いた。
「気味悪いからそのまま帰ってきて、お前に電話したんや。なんかわかるかもってな」
深夜の静けさの中で、友人の声だけが妙に鮮明に響いた。




