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「けどよ。やっぱりなんでいまさらって部分は残るぜ? いままでは手下の不死の王を使ってたってことだろ? それじゃ」
首をかしげる北斗。
手下の王というのもおかしな表現だが、これまで現れた不死の王は、不死の王アルベルト・ロスカンドロスによって作られたリッチだった、ということである。
今回に限り、どうして彼が自ら出馬したのか。
その疑問が残ってしまう。
ルーンの脅威であり続ける。
その目的は良いとして、否、全然良くないけれど、アルベルト自身が倒されてしまったら、そのプランは持続し得ないのではいか。
実際、彼は戦場に倒れた。
少なくとも、今後、アルベルト・ロスカンドロス絡みの不死の王は登場しない。
「判らないかい? 総督さん」
言葉を切るティアロット。
言うか言うまいか迷っているように、北斗には見えた。
「君たちが現れたからだよ」
しかし結局、彼女は言葉を続ける。
淡々と、事実だけを告げるように。
ルーンの民を団結させるための敵。それは強大でなくてはならない。簡単に打倒できる程度のものであってはならない。
確固たる信念のもと、アルベルト・ロスカンドロスはルーンの敵であり続けた。
だが、そうまでしてもルーンの腐敗は止められなかった。
矛盾も不公正も、いっこうに是正されないまま、時だけがむなしく過ぎていった。
そんな中、ルーン国内に超新星が出現する。
しかもふたつだ。
聖賢の姫君と救世の女王。
多くの人々が彼女らに熱狂したように、不死の王もまた期待を抱いた。
これこそ待ち望んでいた変革だ。
三百年。
灰色の闇に沈んでいたルーンが、ついに黎明の時を迎える。
「でもさ。夜明けの光を浴びるには、夜を越えないといけないんだよ」
だからアルベルト・ロスカンドロスは、アルテミシアとアリーシアの共通の敵として、ふたつの巨大な個性が手を結ぶきっかけとして、理想を異にする二人が歩み寄るための最後の関門として立ちはだかった。
自らを滅ぼす勇者、英雄たちが、正しくルーンを導くと信じ。
それが、建国王オリフィック・フウザーの愛弟子としての、最後の仕事だとでもいうように。
「なんで、そう言い切れるんだ?」
北斗の頬を汗が伝う。
何故だか嫌な予感が止まらない。
「証拠があるわけじゃないから、ただの推測だよ。けど確度は高いんじゃないかな? 傍証くらいなら提示できるよ」
不死の王は逃げなかった。
それがひとつの証拠。
自信過剰ゆえ、と、ティアロットは思わない。
追放されたとはいえ、大魔法使いの称号を得るほどの男である。
馬鹿のわけがないのだ。
そんな男が、二発の大魔法をその身に受けて、なお戦場に留まろうとした。
自らが生み出した神雷と、ティアロットの終焉の鎮魂歌。
どちらかひとつだってドラゴンを倒しうるほどの大魔法である。
それで滅びない不死の王もどうかしているが、ダメージが小さかろうはずもない。
事実、北斗とナナにとどめを刺されたとき、彼の動きは目に見えて悪くなっていた。
使用していたのも、魔法とは呼べないような衝撃波ばかり。
もう勝算などなかった。
それなのにどうして戦い続けたのか。
味方の来援を待っていたという可能性は極小である。護衛もおかずに単身で戦った不死の王が、そんな期待を抱くとしたらお笑いぐさだ。
勝ちの目がなくなったなら逃げれば良い。
逃亡して、捲土重来を図るのが普通だろう。
もちろん人間たちが易々と逃がしたか、という部分は残るが、それはまったく別の問題である。
本気でルーンを滅ぼしたいなら、一時的な敗北くらいは受け止めなくてはならない。三百年も燃やし続けた執念であれば、なおさらだ。
「だから、彼の行動原理は、後進に道を譲るための試金石じゃないかって思うんだ」
「……んだよそれ? てめえが嫌われ者になって周りを仲良くさせるってことかよ……」
怒りとも悲哀ともつかぬ感情が北斗の口調に見え隠れする。
あきらかにおかしい。
そんなことを考えるヤツが、実行するヤツが、敵のはずがないではないか。
「なんなんだよそれ。俺たちは味方を倒したってことなのかよ!」
激昂しかかる。
ルーンを思い、ルーンを愛し、ルーンの未来を憂いた不死の王。
味方も味方。
これ以上の味方はいないだろう。
「いや。違うな。彼は敵だ。ホクト」
静かな声で告げるのはセラフィンだ。
深緑の瞳は、濡れていなかった。
ティアロットが頷く。
確かめる術などないのだ。
だから、事実して存在するのは、
「不死の王の侵攻によって、多くの人々が犠牲になった。それだけなんだよ」
目的ではない。
手段こそが最大の問題なのである。
仮に魔女が言ったように、不死の王の目的がルーンのためだったとしても、彼の為したことは正当化されない。
たくさんの人の命を奪い、それをアンデッドモンスターとして使役し、モンスターどもの住処を圧迫し、襲撃を誘発し、あまつさえ自ら軍を率いて王都へと攻め上ろうとした。
いかなる理由があったとしても、許されることではないだろう。
「アルベルトは妄執に取り憑かれ、道を誤った。本来であれば、彼の役割は二百年も昔に終わっていた」
セラフィンの声は冷たく乾いていた。
どこか無理をするように。
何も言わず、ティアロットが年長の友の腰を軽く叩く。
身長差があるので、頭を撫でてやることはできないから。
結局、不死の王アルベルト・ロスカンドロスの真意が、明らかにされることはなかった。
もちろん彼がルーンの行く末を憂いた志士であったなど、公表することはできない。
ティアロットの読みが当たっていようと外れていようと。
アルテミシアやアリーシアがおこなったのは、不死の王との戦いで散った勇者たちと、犠牲になった国民を手厚く葬ることだけであった。
それが政治的処置というものだ。
「……アルベルト・ロスカンドロスか。どういうヤツだったんだろうな」
北斗が呟く。
ナウス城のバルコニー。
故郷とは異なる星座が満天を飾っている。
戦後処理が一段落し、明日にはルーン軍も帰還の途につく。
死闘から十日。
兵たちは戦勝に浮かれているが、少年の心は晴れない。
他の道はなかったのか、と、つい考えてしまう。
詮無きことだと判ってはいても。
「ここにいたか。ホクト卿」
背後からかかる声。
振り返ると、感じの良い笑顔があった。
彼より年長の騎士。
真なるルーンの聖騎士と呼ばれる男。
「明日は式典なりなんなりで忙しいだろうからな。今宵のうちに別れを済まそうとさがしていた」
「義理堅えな」
苦笑しつつも北斗が右手を差し出す。
「此度の骨折り、感謝する。ホクト卿」
力強く握りかえされた。
「そりゃお互い様だぜ」
ルーン軍だけでは、不死の王に勝利できなかった。
アトルワ軍だけでは、そもそも王のもとにたどり着くことができなかった。
協力しあってこそ、難敵を退けることができた。
「……なあ。ライザック」
やや躊躇ったあと、友なる騎士に話しかける。
「なんだ?」
「アンタが戦ったデュラハン、強かったか?」
質問の意図を、真なるルーンの聖騎士は計りかねた。
まさか本当に武勇のことを訊ねたわけでもあるまい。
たとえば、闇の騎士の魂のありようとか、そういう類の質問だろうか。
ごく短い思考。
「あれほどの勇敵は、俺の戦歴の中で五人といないな。できれば敵としてではなく出会いたかったが、案外これで良かったのではないかとの思いもある」
肩をすくめてみせる。
ライザックほどの男でも、心の道は真っ直ぐには伸びていない。
なんでも知っている、というわけにはいかないのである。
「そうか」
呟いた北斗が空を見上げる。
たおやかな夜の姫と付き従う無数の眷属たち。
星座もなにもかも違うのに、冷たく輝く姿だけは変わらなかった。




