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崩壊してゆく不死の王。
断末魔すら残すことなく。
斬りあげた北斗が身体を半回転させて剣の勢いを殺す。
同時に着地するナナ。
交わされる笑み。
左の手のひらを、ばしんとぶつける。
絶妙のコンビネーションによって、ついに不死の王を滅ぼした。
「なんとか倒したな」
薄く笑ったセラフィンが、蹴り飛ばされた不死の王の杖に視線を投げた。
握りしめていた右手は土塊と化し、わだかまっている。
「アルベルト・ロスカンドロス、か」
近づく。
「触っちゃダメだよ。セラさん。どんな呪いがかかっているか、知れたもんじゃないからね」
警告するティアロット。
齢五百年を数えるエルフに対して余計なことを、と思わなくもないが、ちょっとした油断から再逆転、というのは叙事詩でも現実生活でも掃いて捨てるほどある話だ。
「判っている。心配性だな。ティアロットは」
「知人だったんでしょ? そりゃ心配くらいするよ」
肩をすくめてみせる。
彼女や北斗、ナナにとっては単なる敵だ。
しかし、セラフィンには古い知己である。
虚心でいられるはずもない。
「とはいえ、そのへんに放置しとくってのもまずいんじゃないのー?」
へたり込んでいるティアロットに肩を貸して立たせ、ナナが問いかける。
「そりゃそうだけど、そのへんの処置は後回しで良いんじゃないかと思うよ。他にもやることがあるだろ。総督さん」
呆れたような顔で北斗を見たりして。
「む? まだなんかあんのかよ」
「戦勝宣言。総督さんの声をみんな待ってるんじゃないのかい?」
「あ」
その通りである。
不死の王が滅びたことで、おそらくアンデッドモンスターたちも消滅したことだろう。
勝利はおのずと味方に伝わっているだろうが、だからといって戦勝の宣言をしなくて良いという話にはならない。
間抜けな総督である。
ぽりぽりと頭を掻きながら、イアリングに触れる。
「北斗より全軍および本営。不死の王を撃破した。繰り返す。不死の王を撃破した! 俺らの勝ちだ!! 以上!!」
一拍の時差を置いて、風話装置から耳が痛くなるほどの大歓声がとどろいた。
ナウス城。
戦勝報告を受けたアルテミシアとアリーシアが、無言のまま右手をぶつけた。
ぱんと小気味のいい音が響く。
「やりましたわね。シアちゃん」
「当然の帰結よ。シアちゃん」
嘯きつつも、救世の女王の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
必勝を期して編成した軍であるが、誰しも勝つつもりで策を立てるもの。
勝ちと負けが存在するのは、半数がどこかで計算違いをしてしまうからである。
「戦勝のボーナスをはずまないといけませんわね」
「それもあるけど、戦死者遺族への補償が先よ。さすがにゼロで勝てるわけがないもの」
「そうですわね」
頷く聖賢の姫君。
その瞳に悲しみは浮かんでいない。
戦う以上、犠牲が出るのは当然だという割り切りもある。
彼女自身が、兄や重臣たちを殺して男爵位についたという事情もある。
聖賢などとおだてられているが、血塗られた道を歩んでいることは百も承知だ。
いまさら驚きも嘆きもしない。
やがて、損害報告の第一報がもたらされ、ふたりの君主は両軍の死者が四百名程度だったと知る。
青の軍もアトルワ軍も、二百ずつを失ったような格好だ。
絶対数においては同じだが、比率としては大きく異なる。
ルーンは常備軍として四万もの兵力を抱えているのだ。同じ二百でも、アトルワ全軍五千のうちの二百とは比べものにならない。
「再建の苦労が思いやられますわ……」
人間は器械の部品ではないので、失ってしまうとその穴は簡単には埋められない。後進を育成するのだって、時間と金がかかる。
けっこう頭の痛い問題なのである。
「うちから少し出す? 人とお金」
絶妙なタイミングで救いの手を差しのべてくれる女王陛下。
ぜひ、と、飛びつきたいのをぐっとアリーシアがこらえた。
本当にこの人は、困っているときに何気なく助けてくれる。
優しげに。
しかしそこにあるのは善意ではない。百パーセント、掛け値なしに打算なのである。
親切そうな、友達を思っているような表情と口調にほだされたら、どんな借りを作ってしまうか、知れたものではない。
「大丈夫ですわ。この程度のことで大ルーンの手を煩わせるわけにはいきませんもの。保障も補充も、アトルワで行えます」
「遠慮しなくていいのに」
婉然と微笑むアルテミシアであった。
あるいはそれは、女神というより千年の時を生きた梟のような危険さである。
「結局、なんで不死の王はいまさらになって現れたんだろうな」
北斗が不意に口にした。
一応の後処理を終え、ナウスへの帰途である。
激戦から、一昼夜が経過していた。
きょとんとするのはナナだ。
相棒の質問の意図が、よく判らなかった。
判ったのは軍師の方である。
「ルーンへの恨みつらみで行動していたなら、どうして三百年も待ってから侵攻したのか、という趣旨の問いかい? 総督さん」
「んーまあ、そういうことになんのかな?」
歩きながら首をかしげる。
ダメ男である。
何が知りたいのか判らないのに訊くなという話だ。
ティアロットは怒らなかった。
総督が首をかしげるのは、ある意味で当然だったから。
不死の王の侵攻には、おかしな点がいくつも存在する。
北斗が言ったように、いまさらになってというのももちろんあるが、それ以外にも腑に落ちない点は多い。
たとえば、どうしてコーヴを目指していたのか、とか。
「魔導を極めた大魔法使いだよ。ルーンを滅ぼしたいなら、わざわざ辺境からゆっくり攻め上がってくる必要なんかないさ。こっそりとコーヴに忍び込んで、それから大暴れすればいい」
歌うように告げるティアロット。
あまねく人間に等しく死を、なんて謳っていたが、あんなものは嘘だ。
これまで不死の王が出現したときも、すべて辺境地域で、コーヴを目指して侵攻している。
「あたしはいままでそれを偶然だと思ってたんだ。阿呆の智恵は後から出るってやつだね。まさに」
そんな偶然なんかない。
ルーンの辺境は、隣国の辺境とイコールだ。
コーヴを目指す確率と、隣国の王都を目指す確率は同じはずである。
一度目はまあ偶然で片づけることが可能だろう。だが二度目は? 三度目は?
大ルーンの王都、魔術協会世界本部の所在地、そのような単語は不死の王にとって無意味だし、そもそもそこに用があるなら、前述の通り辺境から軍を率いて攻め上る必要はない。
二重三重に意味不明なのである。
「理由みたいなものがみえたのは、セラさんの話を聴いてからだよ」
「私の?」
「うん。追放大魔法使いアルベルト・ロスカンドロス。彼はルーンを憎んでいたのかな?」
「だろうな。理想の結実しなかった国。尊敬する師の理想を裏切り、踏みにじった国だ」
セラフィンが歎息する。
三百年憎み続けたとすれば、その執念たるやいかほどのものか。
知己なればこそ、陰鬱たる気持ちになってしまう。
考えてはいけないことだが、アルベルトを救う方法はなかったのか、と考えてしまうのだ。
「違うと思うよ。だったらこんなに時間をかけたりしない」
前だけを向いて、魔女の唇が言葉を紡ぎ出してゆく。
白く染まったままの髪が、さらさらと風にそよいだ。
「彼はね、ルーンを滅ぼしたかったんじゃない。ルーンの脅威であり続けたかったんだよ」
そう考えれば筋が通る。
中途半端な進軍ルートも、不定期に現れる不死の王も。
「国でも組織でもいいけどさ。集団が団結するには必要なものがあるんだ」
「……敵。昔、オリーが言っていたことがある。倒し得ない敵があるから、人は心をひとつに戦えると」
ぽつりぽつりと、セラフィンが言った。
「建国王がいったのか。だったらもっと判りやすいね。彼は、師の言葉に忠実だったってことさ」
ルーンの民を団結させるため、彼らを腐らせないため、最大の敵であり続ける。
事実として、多くの問題を抱えつつも、ルーン王国は三百年の長きに渡って佇立し続けてきた。
「アルベルト。君は馬鹿だな。あんな姿になってまで」
深緑の風使いの呟いた言葉は、誰かの耳を射程に捉えるには小さすぎたし、頬を伝った雫は前だけを向いて歩く仲間たちには見えなかった。
少なくとも、生ある者には。




