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 徐々にだが、押され始めている。

 敵は物理攻撃ではなく魔法攻撃を主体にした戦法にシフトした。

 廃村という特殊な地形も、隠れて魔法を撃つには適している。

 接近さえすれば魔力付与(エンチャント)された剣はゴーストやスペクターなど簡単に切り裂くが、そもそも接近できない。

 飛んでくるのはせいぜいが魔力弾(マジックミサイル)だが、鎧で防げない以上、剣で打ち払うしかない。

 それは、剣に付与された魔力を削ってゆく。

「ああもう! めんどくさい!!」

 一進一退の攻防に業を煮やしたナナが突っ込む。

 周囲が止める暇もなかった。

 集中する魔力弾。

 じゃ、という音を立てナナの鼻先を魔力光が通過する。

 栗毛を何本か斬り飛ばして。

 大きくのけぞって回避したナナが、そのまま二転三転と蜻蛉(とんぼ)を切り、危なげなく着地する。

 スペクターどもは次の魔法を使うことがなかった。

 幾体もが、スローイングダガーに貫かれて消滅する。

 もちろんこれにも魔力が付与されている。

 バク転しながら、驚くべき正確さで投げつけたのだ。

「大丈夫か!」

 駆け寄った北斗が正面に立って双竜剣を構えた。

「んがーっ つっこめないしっ」

 怒ってる。

 敵陣に躍り込んで大暴れできないのがお気に召さないらしい。

 ワガママ猫である。

 さすがに強い、と、ティアロットは思う。

 高い身体能力。敵の魔法すら回避してのけるスピード。相手より常に一手はやく攻撃する手管。

 亡者どもが、ナナを前に手も足も出せず倒されてゆく。

 しかし、魔法使いとしての、軍師としてのティアロットの目は、彼女自身の感想を否定する。

 たしかにナナは敵の魔法をほとんど完璧に回避している。

 すべてではない。

 当たり前である。

 誘導性のある攻撃魔法というのは、基本的に必中なのだ。外れるなら、そんなものは誘導の名に値しない。

 かわしちゃうナナが異常なのである。

 その異常さがいつまでも続くわけがない。いずれは致命傷を負うことになるだろう。

剣の舞姫(ソードダンサー)とはよく言ったもんだけど、これじゃもたないよ」

 感心と危惧を絶妙にブレンドした口調でミシディアが指摘した。

 無言で頷くティアロット。

 ナナという人物は、本来最前線で勇戦するタイプではない。

 北斗の影として、彼の背後を守ることこそ、舞姫の真骨頂だ。

 華麗な剣舞も、トリッキーな動きも、最前線を支えるルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者がいてこそ活きるのである。

 それができないところに、現在の台所事情の苦しさがある。

 屁理屈バリアを発動させられない北斗の身体能力では、攻撃魔法を回避することができない。

 もちろんミシディアだってそうだ。

 飛んでくる魔法を剣で撃ち落とすといったところで限界があるし、そもそもそれでは守っているだけで攻撃にならない。

 攻撃と回避の両方ができるナナが前に出るしかないのである。

「このままじゃジリ貧だぞ?」

「わかってる。いま考えてるよ」

 どうする?

 一度後退して全体的に立て直すか。

 馬鹿か。

 ここまできて前進をやめたところで、得るものはなにもない。

 そもそも整然と撤退できるとも限らない。

 背中から魔法の雨を降らされたら、壊滅だってありえるだろう。

 ならば、突破力のある部隊で一気に敵中枢を突くか。

 阿呆か。

 そんな手が使えるなら最初から使っている。

 不死の王の前まで、何重の防御陣があるか判らないから、外側から削っているのである。

 ここを突破したところで、次の陣で足止めされたら挟撃されておしまいだ。

 一発で逆転できるような方策など……。

「あ」

 ティアロットの脳裏に天啓が閃く。

 一発でも魔法をもらったら終わりの状況。だからこそ一発逆転を狙う。

 違うのだ。

 その状況こそをひっくり返せば良い!

「ミシ子! ちょっとだけお願い!」

 言うが早いが、どっかりと地面に座り込み、懐から紙とペンを取り出す。

 激戦のさなかに。

「ちょ! おまっ! いきなりすぎだろ!」

 慌ててフォローに入る伯爵公子だった少年。

 敵の魔法が集中する。

 前線で座り込んじゃったら、ただの的である。

「うっさい。集中してんだから話しかけるな」

 一心不乱にペンを走らせるティアロット。

 いま、この場で作ってやろう!

 状況を変える魔法を。

 術式は普通の防御魔法と同じようなもので良い。ようするに物理的なダメージではなく、魔力的なダメージをキャンセルするように組成を組み替えるのだ。

 考えろ。

 既存の魔法をいかに上手く操ったところで、なにが天才か。

 考えろ。

 魔法学校から学ぶことなど何ひとつないと豪語したのは、どこのどいつだ。

 考えろ。

 史上最年少で魔導師(ソーサラー)に推挙されたのは、伊達ではないだろう。

「そんなに長くは保たない!」

 ミシディアの悲鳴。

 これまでティアロットとミシディアの二人で担当していたポジションを、彼一人で支えなくてはいけないのだ。

 捌ききれなかった流れ弾が着弾し、衝撃波でティアロットの手からペンが飛ぶ。

「……終わった」

「なにがっ!?」

 すげー不穏当な言葉が聞こえた気がする。

 何が終わったのか。

 戦いが、とか、人生が、とかいうのは、本気で勘弁して欲しいのだが。

 ミシディアの不安をよそに、ゆらりと立ちあがるティアロット。

「作成が、だよ」

 響き渡る詠唱。


──封絶の陣 不可侵なるは 悪意の衣 (まと)え! 魔鎧(ケイオスアーマー)!!──


 闇色の光が剣の舞姫を包む。

「おぉ?」

 ナナの身体に触れる瞬間、敵の攻撃魔法が霧散してゆく。

魔法防御(・・・・)を付与したよ。これでもう、攻撃魔法はナナにダメージを与えない」

 笑う紅の魔女。

「べつに気を使わなくてもよかったのにー」

 んべっと舌を出し、不器用な謝意を示したナナの姿がかき消える。

「疾っ!」

 鋭い気合いの声が響き、ふたたび現れたときには、十二体のスペクターが消滅していた。

「お見事」

「守りを気にしなくて良いなら、これくらいはねー それじゃみんなにもお願い」

「了解だよ」




 ティアロットの魔法防御魔法によって戦況は一変した。

 魔法攻撃が効かないとなれば、ゴーストやスペクターなど熟練の剣士にとって恐れるに足りない。

 押されはじめていた最前線が息を吹き返す。

 北斗が、リキが、ミシディアが、ナナが、飛びくる魔法をものともせずに突き進むのだ。

 彼らだけではない。

 魔法防御を付与された兵士が、次々と最前線にあがる。

 こうなっては、肉弾戦のできない悪霊どもは、単なる的であった。

 散々に突き崩され、切り刻まれてゆく。

 敵陣のバランスが大きく乱れた。

 そして、この機を逃すようなライザックでも青の軍でもない。

 一気呵成(いっきかせい)に攻めかかる。

 魔法騎士たちがここぞとばかりに攻撃魔法を放ち、魔力付与された槍をかざした騎士たちが突撃する。

 逃げまどう亡霊たち。

 こうなっては反撃どころではない。

 一方的に蹂躙されるだけだ。

 戦況を知ったのか、敵陣の後ろにさがっていたゾンビやグールどもが、のそのそと前進を始める。

「遅すぎるな。無理もないが」

 苦笑するライザック。

 戦場では、指揮官の指示は即時伝達しない。前線の状況を指揮官が知るにも時間がかかる。

 それが当たり前。

 だからこそ中級指揮官には、常にある程度の戦術眼が求められるし、総大将には先を見越して采配を振るうことが要求される。

 そこまで判ったら予知能力者だろ、というレベルで。

 ゴーストやスペクターが蹴散らされそうだと知った不死の王が、肉弾戦のできるゾンビやグールを前に出した。

 これはそういう状況であるが、ゾンビどもが動き出した瞬間には、もう連合軍首脳部はそのことを知っているし、次の戦術を指示している。

 風話通信によって。

 不死の王にしてみれば、打つ手打つ手先回りされているように見えるだろう。

「おそらくガゾールト伯もこのような気分だったのだろうな。なんというか、ご愁傷様とか言い様がない」

 ライザックの剣が踊る。

 視線の先、前進しようとしたいたゾンビどもが、機先を制した騎士隊の突撃によって踏みつぶされていた。



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