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「ホクト! 屁理屈バリアつかってみて!」
迫り来るスペクターどもを指さし、ナナが叫ぶ。
双竜剣を振るって戦っていた北斗。
その顔に、もう恐怖はない。
ゾンビもグールも、敵として認識している。
では悪霊はどうか。
「屁理屈っていうな! おばけなんかいない!!」
怒鳴る。
何も起きなかった。
スペクターは、とくに速度を落とすこともなく突っ込んでくる。
「あるぇ!?」
まったく発動しない屁理屈バリアに首をかしげながらも、双竜剣で悪霊を切り裂く。
耳障りな悲鳴をのこして消えた。
動揺はないが疑問はある。
「まあ、そうなるだろうね」
苦笑するのはティアロットである。
北斗の屁理屈バリアについていくつかの証言をきいた紅の魔女は、彼女なりに解き明かした。
言霊によって発動する広範囲解呪魔法。
それが屁理屈バリアの正体であろうと。
発動条件が異なるだけで、既存の魔法と原理は変わらない、と、ティアロットは読んだ。
本来、魔法とは魔導言語と動作や印によって、物理法則を限定的に歪めるもの。
世界をとりまくすべての法則は、そこまできっちりしたものではないため、ちょくちょく歪みが発生する。
たとえば地震だったり台風だっり。
その歪みが発生しやすい条件を作るのが魔法陣とかであり、どういう歪みを生み出すか決めるのが呪文である。
べつに北斗が言うような不条理の力ではない。
ただ、多くの魔法使いは、行使する方法だけを追求した結果として、原理を深く理解していない。
だから北斗に論破されてしまうのである。
屁理屈バリアとは、魔法使いの生み出す歪みを、強制的に北斗のもつ常識に矯正する上書きの魔法なのだ。
その北斗が、アンデッドモンスターを斬ることのできる物体だと認識した以上、屁理屈バリアは発動しない。
歪みではなくなったから矯正力は働かないという道理だ。
「びびってたら発動しない! びびらなくなっても発動しない! ほんっとうちの亭主はめんどくさいねっ!」
憤慨するナナ。
まったくもってその通りだ。
アンデッドなど、歪みの最たるものだろうに。
「俺の価値って屁理屈バリアだけかよっ!?」
猛然と北斗が抗議する。
ひどい女房もいたもんである。
「あとは優しいとか格好いいとか、そのくらいだね!」
「ぐっは……」
笑顔で怒鳴り返され、赤面してしまう。
戦闘中である。
「はいはい。お惚気はそのくらいにしておくれ。敵はまだまだ一杯いるよ。それこそ一山いくらで売れるくらいに」
肩をすくめるティアロット。
戦況は一進一退だ。
ゾンビやグールなどは、実体があるため戦いやすいのだが、ゴーストやスペクターは、そもそも間合いが取りにくい。
もちろん兵たちの持つ武器はすべて魔力付与されているため、斬れば斬れる。
ナナの爪なども同様だ。
厄介なのは、敵の魔法攻撃である。
ほとんどは魔力弾程度の初級攻撃魔法だが、普通の防具では防げない。
しかも攻撃魔法というのは、基本的に誘導性をもっている。
ちょっと身をかわしたくらいでは、当たってしまうのだ。
「スペクターが前線に出てきてからは、圧倒的ってわけにはいかなくなってきたね」
片手半ブロードソードで悪霊を切り裂きながら、ミシディアが論評した。
開戦当初は押しに押していた連合軍だが、やはり魔法戦力を相手にすると一筋縄ではいかないようで、あちこちで進軍が止まってしまっている。
まだ損害らしい損害は出ていないものの、いずれそのあたりも考えなくてはならなくなるだろう。
「判っていたことではあるよ。ミシ子」
「誰がミシ子だよ」
「対アンデッド戦できついのはここからさ。ゾンビやグールなんか、それこそナイトホークだけでも充分なんだから」
怪力と見た目の気持ち悪さ。
下級アンデッドの怖さは、そこに尽きる。
その部分さえクリアしてしまえば、さほど怖れる必要はない敵だ。
しかし幽霊や悪霊というのは、そういうわけにはいかないのである。
『敵陣営に変化あり! ゾンビどもが後退し、スペクターどもが前進しています!』
風話が入る。
青の軍からだ。
どうやら敵は、こちらの動きに対応してきたようだ。
「つまりこの不死の王は、知性を持ってるタイプみたいだね。めんどくさいことになってきたよ。こいつは」
やれやれと肩をすくめるティアロットだった。
不死の王。
リッチとも呼ばれるアンデッドモンスターの上位種である。
種といったところで、べつに母親の腹から生まれてくるわけではない。
前述のとおり、高位の魔法使いなどが、死霊術によってアンデッド化したものだ。
多くの場合、知性は残らない。
膨大な魔力と魔法の知識をだけを残したモンスター。
生者への憎しみと、一人でも多く冥界へと誘おうという欲求のみが肥大化する、といわれている。
仮定形なのは、なにしろ誰もリッチになったことがないからだ。
「ただ、いくつか例はあるんだよ。魔法だけじゃなくて、軍略の知識なんかも保存したまんまリッチ化したってのは」
「詳しいな。ティアロット」
矢継ぎ早にスペクターを仕留めながらセラフィンが言う。
彼女の武器は霊弓エアリアル。
世にも珍しい弓の魔法の武器だ。
アンデッド相手にも充分に効果が見込める。
さすがに弓矢で接近戦は無理だが。
「そりゃあ、多少は勉強しているからね」
「ティアロット嬢の出自、ですか? シアちゃん」
共同声明文の作成中であったアリーシアは、アルテミシアの質問に首をかしげた。
問われても、彼女は多くのことを知っているわけではない。
北斗が現地雇用した魔法使いで、どうやら貴族の子女だったらしい、ということくらいだ。
「なるほどねぇ」
「むしろシアちゃんはご存じなんですか?」
「直接の面識があるわけじゃないんだけどね。炎のように赤い髪と瞳。平均よりずっと小さい身体と不遜な態度。思い当たるフシがないわけじゃないのよ」
「もったいつけますわね」
語るべきか否か、迷っているようにアリーシアには見えた。
本人が進んで語りたがらないことを、ぺらぺらと歌うというのも野暮な話である。
まして離間策だと思われても困る。
「んー ここだけの話にしておいてほしいんだけど」
前置いて、アルテミシアが語り始める。
彼女は貴族の子弟たちの通う学校には行っていない。
外から招いた教師たちが、王女時代のアルテミシアの教育を担当した。
傀儡にすぎなかった父王が、この点に関しては頑として譲らず、彼女は当時最高水準の教育を受けることができた。
ちなみにライザックも教師の一人であるが、さしあたり今の話題とは関係がない。
教師たちは、ときに雑談を交えることがあった。
「その中に登場したのが、赤い瞳の天才少女よ」
ファラスレン家という中堅貴族の息女。
出自こそ貴族社会にあっては目立つものではないが、神童との呼び声も高いという。
本来であれば八歳で入学する魔法学校に五歳で入学し、八年の課程を飛び級につぐ飛び級で、わずか二年で修了させた。
「すごいですわね。妾でも三年かかりましたわよ」
しれっと語る聖賢の姫君。
考えてみればアリーシアとティアロットは同年である。
この世代にはバケモノしかいないのだろうか。
頭をふる救世の女王であったが、話はまだ終わらない。
その天才少女は、信じられないことに十歳にして魔導師に推挙されたという。
「は?」
さすがに胡乱げな表情をアリーシアが浮かべた。
魔法使いの称号というのは、魔法使い、魔導師、大魔法使いの三つ。
魔導師というのは、その名の通り弟子を持つことを公的に許された身分だ。
王宮などに出仕する宮廷魔術師も、たいていは魔導師クラスである。
魔法使いと魔導師。階がひとつ違うだけだが、このひとつがとんでもなく大きい。
大魔法使いともなれば、過去の歴史を振り返っても、世界で五十人いるかいないか、という次元だ。
「十歳の魔導師。実現してたら空前だろうし、たぶん絶後のことよねぇ」
「実現はしなかったのですね。していたら妾でも知っているでしょうし」
「そ。コーヴに教わるべきものなし、ルーンに学ぶべきものなしって放言して領地に帰っちゃったらしいわ。そのあとしばらくして、実家からも出奔したってきいた」
「……なんというか、豪気な話ですわ」
傑物ゆえに、世俗では生きづらかったのだろうか。
そして、それほどの傑物が、どうしてアトルワの旗の下に参じたのか。
アリーシアとしては、その点に思いを致さずにはいられない。
「使いこなせば、この上ない戦力だと思うわよ」
総括するようにアルテミシアが笑う。
どうやら、せっかく良い人材を拾ったようだから上手く使え、という趣旨のことを言いたかったようだ。
えらく回りくどいアドバイスである。
「そうですわね。国の礎は人ですから」
「まあもっとも、二十歳過ぎればタダの人って言葉もあるけどねー」
天才とはえてして早熟なもの。
成長するにしたがって、周囲の凡才たちも追いついてくる。
「台無しですわ。シアちゃん」




