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 わだかまる闇が(うごめ)く。

 それは、まるで笑っているかのように揺れた。

 ぼろぼろのローブをまとい、フードから覗く顔には目もなく、鼻もなく、唇もなく、ただ虚ろな空洞だけが、髑髏(しゃれこうべ)を飾っている。

 不死の王。

 リッチと呼ばれる存在。

 肉も皮もない右手が握りしめるのは、魔術師の杖(メイジスタッフ)

 魔術協会に所属する者に与えられる杖で、非常に排他的で秘密主義な一族が作成しており、複製は不可能とされている。

 先端部にはめ込まれた宝玉と、シャフトに刻まれた銘によって、所有する魔法使いを識別するからだ。

 その杖に刻まれた名は、アルベルト・ロスカンドロス。

 魔法使いの人名録に詳しいものがいれば驚くだろう。

 歴史上に五十人も存在しない大魔法使い(ウィザード)。そのうちのひとりと同姓同名であることに。

「第一陣、第二陣、ともに壊滅した模様です」

 歩み寄ってきた甲冑姿の男が伝える。

 威風堂々とした魁偉な体格だが、声はやや低いところから響いた。

 本来、頭のあるべき場所にはなにもなく、声を発した首は脇に抱えられているからだ。

 死霊騎士(デュラハン)

 これも高位のアンデッドモンスターである。

「見えていた。人間ども。なかなか楽しませてくれる」

 しわがれた声が応える。

 骸骨に声帯などないはずだが、この怪物にそんな常識は通用しない。

「差す手が早い。異常なほどにな」

 愉悦を含んだ言葉。

 配下であるゾンビやグール、ゴーストやスペクターどもが滅んだことなど、歯牙にもかけていない。

「臨機応変という言葉を超えているように思えますな」

 対する死霊騎士も、損害を気にした様子はなかった。

 おそらく、そういう概念すら持ち合わせていないのである。

「新しき戦法でも考え出したのだろう。それが人の力というものらしいからな」

「そしてその力が、いずれ世界を滅ぼすとも知らずに」

 表情のない骸骨と首のない男が笑う。

 毒々しい悪意に満ちた笑声だ。

「貴殿が征くか? ウィリアム」

「お許しがいただければ。我が王アルベルト」

「許す。楽しんでくるが良い」

「等しき死を」

 一礼して、漆黒の甲冑をまとった異形の騎士が踵を返した。




 連合軍の快進撃は長く続かなかった。

 敵前衛部隊を蹴散らし、左右両翼を食い破り、中枢に迫ろうとした矢先に、変なものが現れたのである。

 騎士団、である。

 全員が首のない馬にまたがった首のない騎士だという点を除けば、とくにおかしなところはない。

「おかしいよな? 何もかもおかしいよな?」

 げっそりと北斗が呟いた。

 その顔に恐怖は浮かんでいない。

 なんというか、ここまで露骨に怪物だと、かえって怖くないらしい。

 じつに日本人らしい発想である。

 古来、日本の怪談とは、正体を悟らせないところに恐怖の神髄があった。

 化け物の正体見たり枯れ尾花、とは、江戸時代の俳人、横井也有(よこい やゆう)の句であるが、正体の知れた怪談は怖くない。

「けど、戦力として侮ることはできないよ。総督さん」

 慢心があるように見えた黒髪の剣士に、赤髪の軍師が警告を発した。

「というと?」

「鎧を着てる。武器を持ってる。馬に乗ってる」

 歌うように告げるティアロット。

 武装して、機動力のある集団。

 常識外のものではあるが、その事実を無視して戦えば手痛い損害を被るだろう。

 ゾンビはたしかに怪力であった。

 スペクターの魔法はたしかに厄介だった。

 しかし、いずれも統制の取れた軍隊ではなかった。軍隊との戦い方も判っていなかった。

「あたしたちは、いま初めて不死の王の()と戦うんだよ」

「……その通りだな。目が覚めたぜ。ティアすけ」

 ばしんと両手で自分の頬を叩き、気合いを入れ直す北斗。

 そう。

 ここまでは前哨戦にすぎない。

 力自慢、小細工自慢の雑兵を蹴散らしただけなのだ。

 むしろここからが本番である。

「……う、うん。そうだね……」

 北斗から微妙に距離を取る軍師であった。

 なんか顔も引きつっている。

「どした?」

「……君がどんな性的嗜好をもとうと、あたしの知った事じゃないよ。個人の自由だし」

 目覚めたと言って自分で自分を叩くような特殊な趣味の持ち主でも、総督としての能力には疑いないのだ。

 ルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者だし。

 うん。

 きっと。

 たぶん。

「セラ! セラさーん!! どこにいらっしゃいますかー!! 大切なお話がありまーす!! ただちに俺の前に出頭しろこの野郎!!!」

 軍師にとんでもない嘘を吹き込んだであろうエルフを呼び出そうとする北斗であった。

「はいはい。遊んでる暇はないよ。ホクト。首なし騎士たちが前進を始めたっぽい」

 ナナの言葉で視線を戻す。

 整然とした横列展開で、異形の騎士団が進む。

 異様な迫力だ。

 勇猛果敢な青の騎士たちすら、どう反応して良いのかわからず、突撃の契機を掴めない。

 工夫も何もないただの横陣なのに。

「どんな攻撃をしてくるか判らない。慎重になるのも当然だけど、それこそが敵の狙いかもしれない」

 ティアロットには、デュラハンと戦った経験がない。

 彼女だけでなく、連合軍のほとんどが、ここまで高位のアンデッドとは、遭遇したことすらないだろう。

 有効な戦術、というのが判らないのだ。

 現時点では当たってみるしか、敵の手の内を知る方法はない。

「総督さん」

「判った」

 北斗とティアロットが右手を挙げ、それに応じてナイトホークが前へ出る。

『突進!』

 爆音を立てて突き進むロボット。

 豪腕が唸り、首のない馬ごと首なし騎士を吹き飛ばす。

 もちろんモンスターどもも、ただやられるばかりではない。

 漆黒の馬上槍(オクスタン)が突き出され、人間の背丈ほどもある大剣(グレイトソード)振り下ろされる。

 全高五メートルを超える石巨人と首なし騎士の死闘。

 どことなく滑稽で、非現実的で、そしてグロテスクな戦いだ。

 どちらも人間ではない。

 どれほど傷つこうと、たとえ腕や足が千切れ飛ぼうと、怯むことなく戦い続ける。

「こいつら……っ なかなかやるっ!」

 群がる黒い騎士たちを薙ぎ払いながら操縦者の北斗が呻いた。

 ロボットの強みは、なんといっても圧倒的なパワーと重量。

 裏を返せば敏捷性には欠ける。

 十四トンもの重さがあるのだ。

 人間のように交互に足を出して走ることはできない。足の裏と手のひらに取り付けられた噴射口(スラスター)から、駆動炎を噴き出して進むのである。

 両手両足を地に付けた移動形態にならないと高速移動はできないし、それ以前の問題として、離れた場所から操縦しているので戦況の変化に即応できない。

 当初は混乱した首なし騎士団も、徐々にロボットとの戦い慣れてきている。

 高速で馬を駆り、関節部分に剣や槍を突き込む。

 遠目からでも、ナイトホーク三の外装がひび割れ、剥離してゆくのが見える。

「寄せて戦っちゃダメだよ。総督さん」

「んなこといったって! 敵のが速いんだ!」

「そんなことは最初から判ってるの。そもそもナイトホークより遅い動物なんて、カメくらいのものだよ」

 くすりと笑うティアロット。

 やはりロボットの操縦では、彼女に一日の長がある。

 戦士のような、まとも(・・・)な戦い方をナイトホークにさせてどうするのか。

「こうやるのさ」

 視線の先、ナイトホーク二が両腕を水平に広げた。

 短い両足で踏ん張って立つ。

 ゴリラの威嚇姿勢みたいだが、隙だらけである。

 見逃すような首なし騎士どもではない。

 一気に引き倒そうと殺到する。

 絵に描いたような悪手だ。

「と、思うでしょ?」

 次の瞬間、群がった騎士どもが天高く跳ね上げられた。

 なんとナイトホーク二が独楽(コマ)のような高速回転を始めたのだ。

 全高五メートル、重量十四トンの巨大独楽。

 伸ばした両手から吹き出す駆動炎が、あまりの高速のため円形に見える。

 不規則な軌道で敵陣に突っ込んでゆく。

 次々と跳ね飛ばされる騎士。

 戦いでもなんでもない。

 交通事故みたいな勢いだ。

「どうやって止めるんだよ……? これ……」

「そのうちバランス崩れるから。倒れて止まるよ」

 あんぐりと口を開けた北斗の問いに、しれっとティアロットが応えた。



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