椎名朱璃と転校生君のお手伝い 1
更新遅くなりました。現実の時間が話に追いついてしまいそうですね……
「というわけで今日は男子会するぞ、中山!」
帰り支度をしていた僕に珍しく絡んできたと思ったら、赤羽君はそんな事を言ってきた。隣の席のいつも僕に呆れたような表情を向けるクラスメイトは、何故かぽかんと口を開けている。
ただまあ、赤羽君が上白沢さん同伴以外で誰かに話しかけるなんて滅多に無いから、気持ちはわからないではない。
それにしたってだよ?僕を信じられないものを見たような目で見てくるのは流石におかしくないかなあ……
「何が、というわけで、なんだい?僕にわかるように話してほしいんだけど」
とりあえず切り替えてそう話すと、不思議そうな様子で僕を見る赤羽君。
「だって、りぃ達は女子会してたんだぞ?俺達はまだ遊んだりしてないよな!」
「上白沢さんや新谷さん達と、僕達の関係性はまた違うしいいんじゃないの?」
「俺が、中山と遊びたいんだ!」
ドヤァという効果音?擬音?が背景に見えそうな、いかにも良い事言いましたって表情をしている赤羽君には悪いけど。
「なにも惹かれる要素ないんで却下で」
「ええ!?なんでだよ、なかやまー!どうせ暇だろー!?」
「どうせって何さ、どうせって。いや、確かに帰宅部だから何かやってるわけでもないけどさ……」
「じゃあいいだろ!たまには一緒にゲームしたりカラオケ行ったり食べに行こう!」
今日は圧が強いなこの人。
ただまあ、そういう行動を取ることに心当たりはあるというか。数日前から赤羽君や上白沢さん達の課外活動で関わったグループの人達が悩みがあるなら聞くぞ?とグイグイと迫ってくるようになった。そう、授業中保健室に行ってからだ。
お節介共めとは思うけど、数日経った今だとそれがあのグループの良いところかなと考えを改めるようになった。最初に関わった新谷さんからして、強引さは変わらないんだけど……まあ嫌な人達ではない。だからこそ、僕なんかに関わらないでほしい。巻き込みたくないって考える。
拒絶しきれていないのは、胸の中にある黒い澱みが未だにリセット症候群の引き金を引いていないからと勝手な想像をしているけど、多分僕が知らないうちにどこかで彼ら彼女らに心を許しているのだろう。
ただ、保健委員会の事や生徒会の事に関しては特に巻き込みたくない。生徒会長の本性や放送部のあまり良くない話の部分は、どうしても悪意が見えるだけに傷つけてしまう可能性が出てくるから、どうしても矢面に立たないといけない先輩はともかく、首を突っ込んだ僕に新谷さんが巻き込まれたら……
「……中山?」
「え、あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
いつの間にか覗き込むようにしている赤羽君に驚く。
考え始めるとダメだね。別のところに意識がいってしまって、会話の流れを切っちゃう。
頭を振り、ただ断る理由については話をしないといけないので、ほんの少しだけ重くなる口を開く。
「お誘いは嬉しいんだけど、今日は本当に用事があるんだよ」
「そうなのか?学校でか?」
「まあそうだね。ただ僕も手伝ってと言われただけで、どういう物かわかんないんだよね」
「誰かに言われたんだなー。誰だ?」
「どうしてキミに言わなきゃいけないんだって思ったけど、そうだね。キミからは忠告をもらってたから話しておくと」
「んー忠告?……まさかとは思うが、アイツとか言わないよなー?」
察したような赤羽君は、先程までの元気いっぱいで明るい笑顔が崩れて眉間にしわをよせて難しい顔をしている。
「アイツって言われるとあってるかどうかもわからないけど、今朝ちょっと助けられたからさ」
「……」
「あの、赤羽君?」
「あのな中山、もし椎名朱璃の事を言ってるなら、少しだけ時間をくれないか?俺も一緒に行く」
「え?いいよいいよ、椎名朱璃さんに僕が頼まれただけだから」
「遠慮するな。りぃも呼んでくるから待っててくれー!」
「あ、ちょっと!」
僕から離れて、新谷さん達と話している上白沢さんのところに走っていく。ああ、机にぶつかってるよ……上村さん、あんまり笑わないであげてね。
「陸様はいつまでも変わらず明るくて友達思いな素敵な方ですね。私も奏様の様にあの方に好いていただきたいのですが……」
私は嫌われてしまっているようですねとクスクス笑いながら、いつの間にか僕の傍に椎名朱璃さんが立っていた。
一体いつ教室に入ってきたんだと驚いていると、廊下側でクラスの後ろの方に座っていた男子に微笑みかけて小さく手をひらひら振っている。彼は熱に浮かされたように赤くなって椎名朱璃さんを見つめている。
彼が案内したんだろうなと考えて、いつの間にかクラスのざわざわした話し声が無くなっている事に気がついた。ほぼ全員の目が僕と椎名朱璃さんに注がれている。
「あまり注目されるのも困りますから、場所を変えましょうか」
「そう、だね」
赤羽君と津田君以外の男子は椎名朱璃さんに視線が釘付けにされている。こうしてみると、ほんと赤羽君が言っていたようにおかしくなっているようで怖いな……。
女子も頬を上気させて見つめている人が多い。大体半数くらいか。その中で上白沢さんだけはいつもの無気力さが嘘のように、何か強い感情が乗るような眼差しで僕を見ている。
疑問に思いながらも椎名朱璃さんを伴って教室から出ようとすると上白沢さんと赤羽君が寄ってきて、上白沢さんはそのまま僕の制服の袖を摘んで引き止める。
「待って。一緒に行く」
「椎名、りぃと俺が一緒だけどいいよな!」
「だそうだけど、いいかな?」
赤羽君と上白沢さんを見て、最後に僕を見る。
彼女は困ったように眉を下げて、それでも笑みを浮かべる。
「陸様の頼みであれば断る理由はありません。ですが……」
ちらりと上白沢さんを見る椎名朱璃さんは、一瞬目の色が変わったような気がした。
「朱璃」
「あなたは……いえ、陸様の頼みですから邪魔さえしなければ、いいです」
「ありがとう」
ふうと息を吐いて、椎名朱璃さんはそれきり興味を無くしたように赤羽君と僕にしか視線を向けなくなった。
二人は確か、姉妹の関係にあるんだっけか?津田君がそんな事を言っていた気がする。あまり仲良くはないんだろうか。
「(奏様と2人きりが良かったのに……)」
ボソリと椎名朱璃さんが呟いた言葉はどうやらすぐ隣りにいた僕にしか届いておらず、わかりやすく動揺して不審な動きになった僕を『どうかしたの?』と上白沢さんと赤羽君が不思議そうに見てきたので、曖昧に笑ってなんでもないという他なかった。
僕の反応に気を良くしたのか、それとも単純に面白かったからかはわからないけれど、椎名朱璃さんはクスクスと笑いながら僕を見ていた。
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「本当に助かります」
「いや、それはいいんだけどさ……」
「……言いたいことはわかります。ですが、望んでさせていただいているお仕事ですから」
今、僕達は無人の放送室にお邪魔して、来週以降に放送するアンケート内容の仕分けをしている。これが終わったら生徒会室に向かい、生徒会の目安箱の中身の確認をするらしい。それなりには投書が入っているとのことだが……
「一応聞いておくけど、放送部に入っているとか、生徒会に所属しているとかで1人でしてるの?」
「そういうわけではありませんよ。本当に、ただのお手伝いですから。今回は全校生徒アンケートまで行われていたので、手が足りないようでしたから力になれたらと思いまして。それに今朝のこともありましたし、せっかくなので手伝っていただこうかと、それでお誘いしました」
「えっと、どっちにも所属してないのにわざわざ?それに……生徒会のメンバーや放送部員にさせれば良かったのでは?」
「生徒会の方々は生徒会室で先に会議を行ってからされるそうで、終わっていたらお手伝いは無しでいいそうです。放送部の方々は今顧問に呼ばれて大会の準備中ですから、少し時間がないようでしたのでお手伝いしているわけです」
所属してないのにお手伝いとかよくやるよね……。僕なら断ってるし、そもそも話を持ち掛けないけど。
「ただ、どうしてかはわかりませんが、この人はそれを無視してこちらに来ているようですけれど」
それより、放送関連の大会なんてあるんだ?って疑問に思ったけど、椎名朱璃さんが上白沢さんを見ている方が気になり、そちらを見る。
上白沢さんがサッと顔を下げてプリントを分けながら集中してますよアピールをしている。
「上白沢さん、放送部だったんだ。大会とやらには出ないの?」
「1年生にその資格はない。そもそも、口下手」
気怠げな目だけが雄弁に感情を訴えているようで無表情だけど、ムフーという擬音が幻視できるくらいのなんとも言い表せない雰囲気で腰に手を当てて胸を逸らす。椅子に座っているからなんだか間の抜けた格好に見えなくもない。
「……じゃあ、なんで放送部に入ってるの?」
「なんとなく」
「ええ……それで入れるんだ」
「副部長が」
「副部長が?」
「マスコットに、居てほしい。そう言ってた」
「マスコット」
実質戦力外通告なのでは?多分僕だけでなくこの場にいる全員がそう思っているだろうけど、僕と上白沢さんの話には触れないことに決めたらしい。あの赤羽君ですら上白沢さんに構わず、黙々と作業をしている。
しばらく無言の時間が続き、紙をめくる音やグラウンドの方から生徒達の賑やかな声が聞こえる。ただ、なんとなく落ち着かなくて、口を開く。
「そういえば、放送部の副部長さんって僕は見たことないんだけど」
僕の言葉に待ってましたとばかりに赤羽君が身を乗り出す。飽きたんだね、仕事。
「放送部に限らず、普通は自分の関わらない範囲の人なんて知らないものだぞ!」
「それはそうだけど」
「ちなみに男の先輩だぞ!残念だったな、中山!」
赤羽君が放送部副部長に興味を示した僕へ、そんな事を言い出す。でもそれはなんとなくわかっていた事だ。西園寺先輩が振ったと言っていた相手が本当であるなら、放送部副部長さんだったし。
「べ、別に期待なんてしてないよ!……って言えばいい?」
「なんだ、その反応。もしかして知ってたか?」
「なんとなく聞いたことがあるってくらいだよ。名前とかは知らないけど、多分男の人だろうなーって思っただけだよ」
つまらなさそうに赤羽君が言うのに苦笑いを返す。
そういえば、赤羽君が上白沢さんにしている普段の態度から見るに、自分から離れて男の先輩と上白沢さんが会うのは大丈夫なんだろうか。
「ところで赤羽君。いいの?」
上白沢さんを見ながら曖昧に問いかけると力強く頷く赤羽君。眼鏡がずり落ちそうだけど大丈夫かな。
「りぃに手を出したらもぐから大丈夫だぞ!」
「よく僕が言いたいことがわかったね。でもそれ、大丈夫じゃないよね。嫌だよ僕。同じクラスの人が捕まるの」
「何を心配してるんだ?りぃがそもそもアレに靡くことはないぞ!俺の事が大好きだからな!」
「陸を?冗談?」
「りぃ、冗談じゃないから、こういう時は黙って頷いておく方がいいぞ!」
「やだ」
「りぃいい!!」
いつの間にか移動していた赤羽君が、上白沢さんの肩を持って前後に揺らしている。特に動揺もせずなすがままにされている上白沢さんは少しは抵抗していいと思うんだけど。
2人の様子を眺めていると右脇腹あたりに刺激を感じて、そちらを見るといつの間にか隣りにいた椎名朱璃さんがちょんと指で突いていた。
「なにしてるの?」
「奏様、お二人はしばらくあの調子ですから。放っておいて進めておきましょう」
「そうだね」
2人で作業を続ける。騒いでいる2人(ただし赤羽君のみ声を出している)の様子を横目に、黙々と作業をする。
数分作業を続けていると椎名朱璃さんが手を止めたので、そちらを見る。
「本当に、何をしについて来たのでしょうか」
「ごめんね、椎名朱璃さん。この2人も手伝おうとしてくれてるんだよ」
ため息でも吐きたい、そんな疲れたような椎名朱璃さんは僕の言葉に少し頬を膨らませて睨めつけてくる。仕事を邪魔してるから仕方ないか。
「気になっていましたが、どうして呼ぶときはフルネームなのですか」
「え?」
「陸様もあの人も、名字とはいえ呼んでおられるのに……」
「それは……」
拗ねたように話す椎名朱璃さんが幼いこどものようにかわいく見える。一部分はかわいらしいとはかけ離れ……
なんて豊満な部分に視線が惹きつけられたのを慌てて逸らすも気づかれていたらしい。椎名朱璃さんは赤面して半目で睨んでいた。
「あの……奏様?話も聞かずにどこを見ているのですか」
「えっ、その。ごめん……なんだか小さい子どもみたいに見えて、ちょっと考えこんでいたんだよ」
「……小さくはないですよね」
「そこの話じゃないから!キミの態度がなんだかそう見えただけで!小さくないのはこの前の図書室で、って違うそういうことを言いたいわけじゃなくて……!」
わざわざ言う事でもないけど、椎名朱璃さんが自分の豊かな物を持ち上げるから、ただ慌ててしまって……ああもう、誰に言い訳してんだ僕!?
「冗談ですよ。興味を持っていただけて、覚えていただくことも出来ていたのが嬉しくて、ついからかっちゃいました」
クスクスと小さく笑いながらも顔が赤くなっているのから察するに恥ずかしいって思ったんだな、この人。恥ずかしがるならやめればいいのに。
自分がジト目になっているのが窓ガラスの反射でなんとなくわかる。
「話を戻しますけれど、名前呼びをしていただけないのは避けられているようで悲しくなります。なので、名前を……奏様が難しいのでしたら、せめて名字で呼んでいただけませんか?」
「……うっ」
胸の前でキュッと手を握りしめて上目遣いで僕に問いかける椎名朱璃さん。思わず頷いてしまいたくなる自分と、目の前の彼女を悲しませたくないという気持ちが心の内に湧いてくる。
ただ、椎名朱璃さんと関わる距離を縮めるのは、今までの対面で不自然に湧き出す庇護欲や全てを肯定したくなる気持ち、それに今は大丈夫みたいだけど自分という物が保てなくなりそうになる不思議な感覚から、止めておいたほうが良さそうだと僕の勘が告げている。
「なかやん、仕事終わった?」
「中山も椎名も悪かった。俺、今から頑張るから!」
「……最初から頑張ってよ」
「だから悪かったって!」
答えを求められていたタイミングで上白沢さんと赤羽君が話しかけてきてくれたので、そちらに返答しつつ心の中で感謝する。
椎名朱璃さんはジッと2人を見て、明らかに苛立ちを感じていますというように顔をしかめている。
「もう、終わりました。あなたも邪魔をするなら帰っていただいて構いませんよ。ただでさえ……いえ、なんでもありません」
上白沢さんには言葉にトゲが混じったような印象を受ける声色で話し、睨んでいるのが気になるけど、赤羽君には困ったような微妙な笑顔を向けて話し始める。
「陸様は……手伝っていただけるのは大変嬉しいのですが、少しは落ち着いていただけると助かります」
「おう、それはりぃと一緒だから無理だな!」
「そうですか……では、お二人でどうぞお帰りください。ここから先は奏様と2人で片付けますね」
「それもむ「陸様?わかりますよね?」だ、だけどな!」
ニコリと笑みを浮かべる椎名朱璃さんの後ろに、何か怖いものが幻視される気がした。笑顔の圧というものか、赤羽君が押されている。
まあでも、椎名朱璃さんの言うことが正しいんだよね。別に遊んでいるわけではないから、あんまり騒いだり手伝わないならいる意味もないし……
一応何かを思って手伝ってくれようとしていた赤羽君を庇おうと口を開こうとして、ガラリと放送室の扉が開いたのでお客さんかと口を閉じる。
訪問者は長身でガッシリした体型の切れ目男子生徒。暑いからかカッターシャツのボタンを上からいくつか外していて、そこから覗くことのできる赤いインナーがすごく目立っていた。
「やけに中が騒がしいと思ったら、李衣里。テメエ……こんなところでサボってなにやってんだ?」
「副部長、おつかれ」
「チッ……いい加減名前で呼べって言ってるだろ。で、コイツラは何だ?誰の許可を得てここに入ってる」
苛立たしげに睨まれる僕と赤羽君。その視線は椎名朱璃さんの方へ向かうと嘲笑するように鼻で笑う。
「へえ……朱璃。今日はドレイを連れて手伝わせてんのか。ダルい奴らにモテるっつうのも案外良いもんだな?」
「何を仰っているのかはわかりませんが、陸様はそこの……に着いてきているだけです。奏様はお手伝いを快く引き受けてくださったので、来ていただいただけですよ」
「こころよく、ねえ?」
蔑むように見られて良い気分になる奴なんていないだろうけど、今まさにそんな心境。なんとなく腹が立つけど、噛みつくのはもう生徒会長の時に懲りた。ただ居心地が悪くて、でも何ができるわけでもなく、曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
「まあ、アレだ。どんな理由だろうが、オレらの仕事を手伝ってくれるのは嬉しい。あんがとな」
睨みながら言われると感謝しているようにはとても見えないよ、放送部副部長さん。まあ言葉は素直に受け取っておこう。
頷くように反応すると、ほんの少し気まずそうにした後に唸りはじめる副部長さん。なんだろ?
「ところでオマエら。なんて名前だ?」
「副部長。自分から名乗って」
ああ、そういえば自己紹介してないね。
聞かれたので答えようとしたら、上白沢さんが自分から名乗れと副部長さんをジッと見上げる。その反応に引き攣った表情を一瞬した副部長さんは、めんどくささを隠さずに上白沢さんを睨む。
「ああ?なんだ、李衣里?サボりの癖してオレに……ああ、わかったわかった。そんな目で見るな」
「うー!あー……」
「りぃ!?」
上白沢さんがジッと見ること体感1分。副部長さんが折れたのか、上白沢さんの茶がかった黒髪を両手で荒くワシワシと乱し始める。されるがままの上白沢さんと止めにかかる赤羽君。2人の様子に、更にクシャクシャと、上白沢さんの髪の毛を掻き乱す副部長さん。
その状態で僕を見て、赤羽君が騒いでいるのも気にせずに副部長さんは名乗るために口を開く。
「オレは放送部副部長の黒井圭太だ。そこのキャンキャン吠えてるのは……思い出した、赤羽だな。で、オマエは?」
「1年の中山奏です」
「中山奏?……へえ、そうか。オマエが、あの」
僕の名前を聞いて値踏みするような目で見る黒井先輩に、とても嫌な気持ちになる。
「保険委員長の周りに付き纏って、公衆の面前で生徒会長に抱きつきセクハラしていた。そんな噂を耳にしたが、本当にしたのか?」
「どういう噂ですか、それ……」
前者はむしろ西園寺先輩が話しかけてきていた。ただ、後者は本当ではないけど嘘とも言い切れないのが辛い。
なんとも言えない微妙な顔をしていたようで、『奏様……?』と胡乱な目で見られてしまった。
あの、椎名朱璃さん。違うからね。ただセクハラとかって相手の受け取り方とかあるから……
「ぶっちゃけ、そんな事はどうでもいいんだよ。そんな噂になってやがる奴を朱璃が傍に置いてるのが不思議でならねえ」
言いながら椎名朱璃さんを見た黒井先輩は、頭を振って信じられないなという心境を大げさに表している。
確かにまあ、噂が本当であれ、嘘であれ、自分のイメージが悪くなるよね。
「そうでしょうか。噂は所詮噂ですから、人となりは直接関わって判断します。それよりも託されていた物は全て終わりましたので、そちらに置いています。時間もないので、そろそろ生徒会室へ向かってもよろしいでしょうか?」
「あ?ああ、いつも助かる。部長にはまた話しとく」
「はい、お願いします。それでは行きましょうか、奏様」
ニコリと笑みを浮かべて僕の手を握り──
「えっ」
「それでは、また。お二人はここまでです」
「椎名!?ま、待て!」
「朱璃……!」
放送室から出ようと引っ張るようにして連れて行こうとする椎名朱璃さん。別に逆らう気はないし、この後に生徒会のお手伝いがあるかもしれない事を考えると、手伝いを引き受けた手前断れないんだけど。
赤羽君と上白沢さんは着いてこようとするけれど、そこは黒井先輩が止めたらしい。
「おい、李衣里はこっちだ」
「うぎゅ……」
「あ、あああ!?だきしめ……りぃが怪我したらどうすんだ!」
「キャンキャンうるせえな!部外者はさっさと帰れ!」
「うう……副部長、苦しい」
「りぃに手を出すな!!」
「何もしてねえよ!誤解させるような事言うんじゃねえよ!」
「りぃいい!!」
「コイツマジでうるせえな!?仕事サボった李衣里に説教くれてやるのが先輩の努めだろうが!それに貧相な体抱いたとこで何も思わねえから!こうでもしないと朱璃に着いていくだろオマエラ!」
……廊下に出ても後ろで何か叫びにも似た怒声が聞こえたような気はしたけど、椎名朱璃さんは無視して生徒会室へと歩を進める。僕もその行動に従い大人しく歩くことにした。当然手はすぐに離したけど。柔らかくて小さくて、でもこの時期にしてはひんやりとした手だったね……。
感触を思い出して変な事を考える前に自分の手の甲を抓りあげていると、不思議そうに椎名朱璃さんが見てきたので、手をふりふりと小さく振ってなんでもないアピールをしておいた。
そういえば、どうして今日は変になる感覚も少なく、椎名朱璃さんと普通に話せているんだろうか。耐性でもできたかな?と軽く考えながら生徒会室へと向かう。
生徒会室に生徒会長いないといいけどなあ……まあそんな事はないか。あんまり会いたくはないけど、自分で言ったからにはお手伝いは完遂しないとね。




