謝罪と距離感
遅くなりました。あまり時間を取れないのでしばらくはこんな感じです。楽しみにしてくださる方がいらっしゃったならすみません……
「じゃあ母さん。行ってきます」
「奏、行ってらっしゃい。車には気をつけてくださいね」
「わかってるよ」
あれから数日経って、6月も最終日。生憎と曇り予報でスッキリはしない朝だけど、学校にそんな事は関係ない。ジメついた暑さと憂鬱さは自分に纏わりついてきて、自然と気持ちが落ち込んでいく。
母さんは流石というべきか、父さんの事以外で調子を崩すことはない。素直に尊敬できる大人だ。体調を一定に保つことができるのは社会人、大人の必須スキルかもしれないね。
その割にはくたびれた顔の大人がたくさんいる気はするけど。
暑さに耐えながら歩き続けて、そういえばと一つ思い出す。今日は夏越の祓えだっけかな。いつぞやの水無月ケーキは美味しかったなあ。一般的には夏越の祓えという言葉よりは、ただの水無月の方が有名だったりするのかもしれない。
夏越の祓えについて思考を巡らせてると、通学路途中にある神社が目についた。今日は特に目立つように、その鳥居に大きな輪っかがつけてある。
茅の輪くぐり、もう何年もしてないなあ。あれは確か、小学生の時に……
なんて考えながら再び歩いていたら、コンビニ前で男1人女2人のグループが僕の前へ現れた。いや、普通に声をかけてきていたのだけど、どうやら僕はスルーしていたらしい。津田君の苦情を苦笑いで返しておいた。
「……それで、キミ達はなんでここにいるのかな。特に津田君はわざわざ通学路の反対側にきて、何を企んでるの?」
僕の言葉に肩をすくめて、黙って他2人を見る津田君。
他2人とは言わずもがな。美山さんと川瀬さんだ。
その2人もどこか落ち着きがなく、そわそわとしている。……いや、美山さんだけがそう見えるだけか。川瀬さんは美山さんを落ち着けるためか、手をつなぐようにしている。仲いいね、キミ達。
そわそわとしているだけで、何かを話すわけでもなく。かといって学校へ向かおうとすると袖を摘んで引き留めてくるので、いい加減ため息も吐きたくなった。
「……あのさ?あんまり時間ないんだから、僕に用があるなら早目に言ってほしいな?」
『それに、この前から調子が悪いんだからさ』とボソリと呟いてみるとビクッと美山さんの肩が跳ねた気がした。
僕もわざわざ構わずにスルーで良いのに、話を聞こうとしている辺りバカかもしれない。或いは……
「奏。彩愛は、その……」
「なにかな。あと僕は奏呼び許してないからね」
「そのことは置いてほしい。彩愛は、謝りたい」
彼女の、彼女達のなにかを期待している自分がいるからかもしれない。なにか、と問われると自分では答えは出ないんだけど。
「謝りたいって、一体何を?何かキミ達が僕に対してしたわけでもないのに」
「だって、あれから……」
それきり再び口ごもる彼女に対して、思い当たる物もないので首を傾げるしかない。何かあったかな。
「あれって?」
「ほら、体調不良で保健室に中山君が行ってからだよ」
美山さんの代わりに川瀬さんが口を開く。
嫌な感覚から保健室に逃げ込んだあの日以降か。
「中山君が今まで以上に私達を避けてるような気がして、それを彩愛ちゃんが自分のせいだって言ってたから」
「だから謝りたいと?」
「そうだね」
あの日以降、彼女達の顔を見るたびに幼さの残る悪意に満ちた声が頭に響くようになって、なんなら今も逃げ出したくなってる。関わりを捨てれば解消されるかなと思ったけど、こうして接触を図られてしまうと、悲しいかな。僕のような人間にはどうしても拒みきれない。
教室で接触してこないだけ、まだ良いんだけどね……
「美山さん。謝罪を受ける前に一つ聴いていい?」
特に反応がないのはもう肯定と見なすからね。
「さっきも言ったけどさ。何に対して謝ろうとしてるの?もしかしてなんか僕が怒ったように見えるから、理由はわからないけど謝ろうって考えてないかな」
それは食べきった後の飴の缶詰みたいな、甘さだけが可視化された中身の伴わない物で。分かりづらい?なんだかこう、なんとかドロップスを思い出してさ。
なんて自分に対して言い訳をしながら、美山さんの目を見るように視線を合わせて口を開く。目を逸らされたけど、まあいいか。
「謝るという行為自体は受け入れるけど、ただ何かもわかってないのに謝罪されても中身スカスカで軽すぎて相手が困るだけだよ?あとさ、誤解の無いように言っておくと、最初から僕はキミ達3人とは仲良く出来ないし、しようとも思ってない。だからといって怒っているわけではない事と、必要最低限の会話……まあ挨拶くらいならするよ」
僕の言葉に不快感を表すかと思ったけど、そうでもなくて津田君は『そうだろうな』と笑ってすらいる。川瀬さんは良くわからないけど、美山さんはいつぞやの様に落ち込んでしまう。
僕自身が僕の言葉に腹が立つので、流石に3人から怒られると思ったんだけどな。
「中山君」
「なんだい、川瀬さん」
「私達、本当に仲良くできないの?」
「そう言ってるんだけど」
僕の言葉に不満気に頬を膨らせる川瀬さん。その反応はちょっとおかしくないかな……
「もしかして、だけど」
川瀬さんは何かを思い付いたかのように、僕の方にズイッと一歩踏み出して顔を寄せ睨むように見てくる。思わず一歩後退り、『な、なに?』と吃り、少しだけ声が上擦る。
そんな僕の反応に少しだけ表情を緩めて、柔らかく問いかけてきた。
「中山君の転校した理由と私達が仲良く出来ない理由。何か関係があるのかな?」
質問の中身はあまり柔らかい物ではないけど。
ただ、それを問われても──
「そういう事じゃ、ないけどね」
──そう答えるしかない。だって僕自身が、理由をしっかりとは覚えていないのだから。
「ふーん……そっか。最近の彩愛ちゃんの行動から中山君が更に冷たくなったわけじゃないのはわかったよ」
ジッと僕の目を見て、何かを得たようにいつものキラキラとした笑顔になる川瀬さん。僕は置いてけぼりだし、美山さんもよく分かっていないように困惑した表情だ。津田君は何故かずっと笑顔だが。
「言った通りだったろ。中山が美山の事を嫌いになるわけないんだよ」
「……いま、キミの事は嫌いになったよ」
「今?じゃああの時の『憎くて嫌い』というのは嘘だったわけだ。あの時も話したが、俺は、無関心よりは嫌われていた方が良いと思ってるよ。嫌いという事は好きになってもらえる可能性があるからな」
「揚げ足を取らないでよ……どうしてキミ達はそう」
突き放そうと、憎まれるように仕掛けようと、そして泣かせてしまうことになろうとも、何故かうちのクラスメイト達は僕に対して歩み寄ってくる。美山さんが特に良い例だ。なんで初日から突き放すようにして、泣かせてしまって、彼女の何かを傷つけてしまって、なお僕に話しかけてくる?
何故そんなに構ってくるのか、優しくしようと仲良くしようとしてくるのか、違和感しかない。僕なら勝手にしろと放っておくし、一生関わらないでおきたい。
もしかして、あのクラスは心を許したが最後。上げて落とすような事に快感を覚える異常性癖者ばかりいるのだろうか。僕は実験的に選ばれたモルモットだったりするのかな。流石に赤羽君や上白沢さん、渡貫さん達がそうだとは信じたくないけど……
「そっか、僕で楽しんで「違うッ!」……美山さん……?」
思考を巡らせて結論付けるように口を開くと、聞きたくないと言わんばかりに声を被せる美山さん。僕の袖をギュッと摘んで睨むように見てくる。
「奏と、仲良くしたい。彩愛は昔からずっとそう思ってる。たとえ高校で……き、きら……嫌われても、仲良くしたい……!彩愛にとって、奏は、大切なお友達だから……だから!」
吃ってしまうほど口にしたくないのか、口にした途端に潤みだしたような彼女の瞳を直視できずに目を逸らす。
そして言葉以上に熱を持った感情を叩きつけられるように、僕は一歩また一歩と下がる。揺さぶられて、込み上げてくるものを胸の内に感じて……。
でもそれは不思議と今まで感じていた不快の澱みではなく、優しくあたたかな物だった。だけど僕はその感覚に、また1つ足を後ろに下げようとする。だが、美山さんに掴まれた袖がグイと引っ張られて足を止める。いつの間にか川瀬さんと繋いでいた手は離されているようで、突然僕に迫る美山さんを引き留めようともしていない。
「逃げないで!」
「……遅刻するよ」
「どうして、彩愛の話を聞いてくれない?どうして、仲良くしたいだけなのに遠ざける?どうして、そんなに」
彼女が何かを口にしようとして、直感的に聞いてはいけないと感じた僕は手を振り払おうと掴まれた袖の方の腕を振り上げて──
「こきげんよう、奏様。何かお困り事でしょうか?」
──その声に動きを、感情を、全て塗り潰された。
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津田恭也は複雑な表情で、中山奏と椎名朱璃の遠ざかる背中を見つめている。隣で呆然としている美山彩愛は、突然現れた椎名朱璃によって優しく離された手を、その離された状態で維持している。
「……中山君と朱璃ちゃんに接点はなかったはずなんだけど、いつの間に仲良くなったんだろ。いいなあ、朱璃ちゃんは」
声は明るく弾んでいるのに硬い表情で川瀬美稲が呟いているのに対して、津田恭也は頭を横に振り『俺が聞きたいよ』と小さく返答する。
椎名朱璃が中山奏に話しかけてから、あっという間もなく2人は先を歩いていた。まるで自分達から逃れるような中山奏の行動に、でもそれは久しぶりに会ってからずっとだなと津田恭也は考える。
やはり自分達は何かをしてしまったのだろう。中山妹にも事情を聞こうとしたが、中山兄が転校したあの日からずっと避けられている……そんな状況に思い当たるフシがなくて頭を抱えたくなる津田恭也。それは美山彩愛にとっても、川瀬美稲にとっても、同じ事だ。
「とりあえずさ、遅刻するのはそうだし。私達も行こっか」
「奏……」
「彩愛ちゃん。ほら、行こう」
「……うん」
未だに呆然と立ち尽くしている美山彩愛を引っ張るように手を取り、歩き出す川瀬美稲。
「……いい加減、私も逃げないで、避ける理由に踏み込むべき、かな」
ボソリと呟いた言葉は他の二人には聞こえなかったようで、『何か言った?』と美山彩愛に問われた川瀬美稲は、曖昧に笑って返した。
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「まさか、あの方々とも面識があるとは思いませんでした」
隣を歩く中山奏の方に目を向けて、口元を指で隠しながらクスクスと小さく笑う椎名朱璃。その仕草に見惚れたのか、一瞬惚けたような表情を浮かべて、すぐに振り払うように頭を振る中山奏。
「……まあ、小学校の頃に一緒に遊んだ仲らしいよ」
「自分の事でしょうに、まるで他人事の様ですね」
「実際そんな記憶は僕の中に残っていないから」
「そうですか……」
さきほどのやりとりを思い返しながらも、納得いっていないような表情を浮かべる椎名朱璃に、どこか警戒しながらも『そんな事より椎名朱璃さん』と話す中山奏。思考を中断させられてその場に立ち止まり、瞼をパチパチとさせる。
中山奏から話しかけられるとはほんの少しも考えていなかったような反応を返す彼女に、苦笑いしながら足を止めない。数瞬の後に置いていかれたくないと早足で彼の隣に駆け寄る椎名朱璃。
「置いて行こうとされるなんて、酷いですっ」
「待つなんて言ってないよ」
ぷくっと頬を膨らせて怒っていますアピールをする彼女を、見ないようにしている中山奏。ただ話したいことはあるのか、再び口を開く。
「さっきはありがとう。助かったよ」
「いえ、声を掛けただけですから……私は何もしていませんよ」
「そうかな……普通はああいう場面で話しかけるなんて躊躇しちゃうけど。ましてや、僕とキミは話すのなんてまだ2回目だよね」
「……」
ピクリと目尻が引き攣ったが、中山奏は気づかない。ただ、黙ってしまった彼女が気になり声をかける。
「どうかした?」
「いえ、少し考え事が……。ただ……そうですね。私にもし感謝しているのであれば」
再び立ち止まり、胸の前でパチッと手をそのまま合わせるのでなく指と指とを合わせて、花が咲くような可憐な微笑みを浮かべて中山奏の方を見る。
そんな椎名朱璃が気になり、同じように立ち止まる中山奏。笑顔を直視できずに少し視線を逸らしているが、そんな反応に何故かますます嬉しそうに椎名朱璃は笑みを深める。
「今日の放課後に、私のお仕事を手伝ってはいただけませんか?」
不可思議に湧き上がる好意に抗うことができず、『分かったよ、放課後ね』と返答する中山奏。
「ありがとうございます、奏様。放課後、そちらの教室にお迎えに上がりますね」
中山奏の右手を両手で包むように握って距離を縮め声を弾ませる。頬と耳がほのかに赤くなり視線を逸らす彼の態度に、椎名朱璃は満足そうにしていた。




