転校生君と保健委員さん
新谷さんと2人で教室に戻るこの状況、あの時と同じだなあなんて思いつつ、手に持っているポスターに目を向ける。
ポスターを貼るだけだから僕1人で十分なんだけど、新谷さんは何故か一緒にいる。なにか話したい事があるのだろうか。
「ねえ、新谷さん」
「なにかな、中山君?」
「後はやっておくから先に帰ってもいいよ」
僕がそう言うと、新谷さんは半目で睨んでくる。髪に隠れてる分分かりづらいし、睨まれたところであまり怖くはない。かわいさのせいで威力もないけど怒ったことは理解できる。
「あのね、中山君さ。私って、仕事を押し付けて帰るような薄情な人間に見える?」
「いや、でもこれ貼るだけだよ?」
ポスターを持っている手を上げて振って見せる。
本当に今日できるのはそれくらいだ。1人で十分でしょうに。
そう思い、新谷さんを訴えかけるとムスッとした表情になる。なんで?
「今日の私って、何もできてないもん。西園寺先輩にも応えられなかったし、中山君が話している後ろでおろおろしてただけだし……」
「それは……僕は偶々聞きたいことがあったから、話してただけだから。何もなければ僕だって同じだったから」
聞くだけ聞いて解決しようとしていないので、あまり良くないとは思うのだけど。生徒会も放送部もよく知らないし、首突っ込んでもなあ。響がよく読んでる本の主人公とかなら、自分から首を突っ込んで簡単に解決するんだろうけど。
「新谷さんは話を聞いて待っててくれたでしょ?別に先に帰ってくれて良かったけど、流石に先輩相手だと1人で話すにはね。だから待っててくれて助かっていたんだけど……ああ、あの時は突然話を振ったりしてごめんね」
「私の方こそごめんなさい。本当はしっかり答えるべきだったかなって」
「いや、あれで良かったんだよ。利用した形にはなるけど、先輩にわかってもらうためには、話を突然振られても答えられないってことを示す必要もあったから」
というのは嘘なんだけど。先輩はそんなこと絶対わかりきってたし、僕が強引に話を変えただけなんだけど。
それに校内放送のことを聞きたかったってのは本当だ。気になるからね。
「中山君って変な人だよね」
教室の扉を開こうと手をかけて、新谷さんからの言葉に思わず振り返る。振り返った先には何かを考えているのか、視線が上向きがちになっている新谷さん。
「え、なんで?」
「なんだか、こう……」
チグハグな感じ?と唇に人差し指を当ててコテンと小首をかしげる彼女。その仕草前にも見たけど癖なんだろうか。
ただよく理解できていない僕は、どうしてそう思うのかと目で話の続きを訴えてみる。
「だって、仲良くなろうとすると離れるでしょ?今日の先輩相手みたいに、お互いにあまり知らなかったり初対面だったりするとグイグイって行ってるから」
「そうかなあ?」
「そうなの。なんだかね、猫みたい。かわいげのない生意気ヤンチャな猫」
「どういう評価なんだろう、それ」
思わず首を傾げる。
一体どうしてそう思ったのかはわからないけど、それなら何故僕の事を構うんだろうね。
「かおりもね」
「上村さん?」
「春美も、李衣里も、陸も、勿論私も」
困ったように眉を寄せて苦笑いしている新谷さんは、瞬きの後には何かを決意したような表情でこちらを見据え、口を開く。
「あなたと本当の意味で友達になりたい。一緒に遊びたい。一緒に勉強会したい。いっぱい話したい。なんだかんだ振り回してるけど、それを受け入れて……はないかもしれない。私もかおりもちょっと暴走しちゃうから」
「でも委員会での活動も真面目だし、課外活動の時だってちょっと予定とは違ったけど関わってくれて、陸から聞いたけど、とても頑張ってたって事も知ってる」
「そんな男の子なんてあんまりいないし、陸みたいに仲良くなりたいなって。でもほら、私って地味で目隠れで野暮ったいでしょう?目を髪で隠してるのは男の子と恥ずかしくてまともに目を合わせられないってだけなんだけど、ああ違うの!そういう事情はどうでもよくて!」
アワアワと狼狽えている新谷さんは可愛らしいんだけど、少し震えているような気がして、緊張しているのがこちらにも伝わってきている。
「新谷さん、ちょっと落ち着こっか。ちゃんと話は聞くからさ」
「う、うん……すぅ……はぁ……」
教室前で何してんだろうなあというのは、一回頭の中から排除しておく。一応放課後で人がいないとはいえ、傍から見れば変な2人だろうね。
深呼吸を始めた新谷さんが落ち着くまで待つ事にする。
別に野暮ったくも地味でもないんだけどな、新谷さん。確かにちょっと前髪が鬱陶しく見えるけど、本人はわりとフレンドリーだし、言葉はともかく、行動は誰が見ても可愛らしい。
問題は多分、川瀬さんや美山さん、ちみ姫さんに櫻井さん。それに隣のクラスの椎名朱璃が目立つレベルで際立っているだけだ。男子の中にも新谷さんの良さに気づいてそうな奴はそこそこいると思う。恐らくそれらを跳ね除けてるのは、いつも一緒にいる上村さんなんだろうけどね。
「実はさ、中山君と最初に話した日。保健委員になりゆきでなった中山君のことがちょっと気になって」
「多々良君に図書委員を譲った理由を聞いてたね」
「それもあるけど、その後。委員で一緒になる間だけよろしくってどういう事だろうって思ったの」
そんな事言って……言ったな。みんなとあまり関わりたくないからこその言葉だったんだけど、いきなりそんな事言われたらそれは気になるよね。
新谷さんは言葉を探すように、両手を合わせて人差し指をトントンと動かし、宙に視線を彷徨わせている。
「課外活動でも、今まででももしかしたらとは思ったんだけどね。もしかしてさ、中山君にとって私達って」
僕に視線を合わせる新谷さん。その目は前髪で見えにくいけれど、どこか迷子になったこどもが自分の両親を探しているかのような不安と悲しみに彩られた、知世さんや櫻井さんが言うところの『色』が見えた気がして。
「邪魔なの?」
『どうして?』や『そんなことないよ』という言葉が喉の奥に引っ掛かり、口をパクパクさせて空気を吐き出す以外に僕にできることはなかった。
邪魔だという言葉は不適切であり、僕自身はあの3人よりは仲良くなりたいと思っている。そのはずだ。だけど、僕の胸の奥にある澱みはそれを許さないのか、今も僕自身の言葉を借りて膿のように口から出ようとしている。
新谷さんが悪いわけでもなんでもない。それなのに僕の中のナニカが新谷さんを傷つけようとする。僕にはそれを抑えることしかできない。
そんな僕の様子を見て、やっぱりそうなんだと呟く新谷さん。仲良くなりたいと言ってくれた相手にそんな顔をさせたくはなかったんだけど。……まあ今更か。美山さんにも川瀬さんにも酷いことを言っていたんだ。
「わかった」
彼女はうんと頷き、真剣な表情へと変わり、次の言葉を紡ごうと口を開く。
想像するまでもない。僕の反応から、離れようとしているのだろう。それはそうだね。自分達は仲良くしようとしているのに邪険にされて、それでも仲良くしようなんて思うはずがない。
心の芯が冷えていく感じがする。自分が望んだはずなんだけどな。でも、新谷さん達とはせめて委員の任期終わりまでは今のままが良かったんだけど。……矛盾してるなあ僕。
開かれる口から紡がれようとする言葉に、覚悟を決める。僕に対する絶縁状が──
「覚悟してね、中山君!私達、仲良くなりたいって決めたらしつこいからね!」
──はい?




