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転校生君と保健委員会


中間テストも終わり、梅雨に入ろうとしている今日。空を見ると、心なしか雲が分厚く、それでいて高い位置に浮かんでいるような気がする。

季節が過ぎるのは早いもので、もう6月。この時期だと鮮やかに咲く紫陽花をみるのが楽しみだ。お隣で育てているので許可をもらって写真撮らせてもらおうかな?



「紫陽花の花言葉って移り気や浮気らしいけど、中山君はやっぱりそういう?」

「あれ、口に出て……って人聞きの悪い。花言葉は確かにそうだけど、色によって変わるからね?」



そもそも移り気って花言葉は、アジサイの花色が咲き始めてから少しずつ変化するからなんだよ。長く咲くから辛抱強いって意味も……なんて口に出して話すと引かれそうだし、やめておこう。



「お前たち、委員会の会議中だ。私語は慎め」

「はい、すみません」

「すみません……」

「分かれば良い。では、梅雨の時期の保健委員の活動についてだが──」



同じ学年の子達にクスクスと笑われながら、先輩に、保険委員長に謝る僕と新谷さん。

今は保健委員会の第三回会議だ。第二回は一言で終わったけど、今回は梅雨の時期の食中毒への注意喚起についてだ。それに加えて1年生は免除されていたけど、今月6月より保健室にいる養護教諭のお手伝いもすることになった。やることは単純で荷物出しとかちょっとした手当て、そして昼休みに先生がどうしても離れないといけないときの留守番だ。雑用とも言う。


当たり前だけど、みんながみんなやりたいわけもないので、担当時期の割り振りを他クラスとも話し合った。学年ごとに担当の月は決まっているので割り振り自体はまだ楽だ。僕達は6月後半から7月の上旬までと決まる。新谷さんは頑張ろうねって、長くなりさらに見えづらくなっている前髪の奥で、目をキラキラさせて笑っていた。

議題はそれだけじゃなくて、まだまだある。



「弁当持参の生徒も多いだろうが、これからの時期は弁当の中身が傷みやすい。傷んだ物は食中毒の原因となり得る。保健委員として注意喚起をおこない、よりよい学校生活を送ることのできるよう最善を尽くし、一人も倒れないようにするんだ!」



熱弁してるなあ。そこまで人のために熱くなれるなんて、だからこそ2年生で委員長に抜擢されたのかな。

他の生徒も熱が移ったような、そんな目をしている。隣の新谷さんは見てないのでよくわからないが、一応空気を読んで返事だけはよくしておこう。



「「「はい!」」」



うん、我ながら周りに合わせられた完璧な返事。

自分に満足していると、委員長は僕達にいつぞやの手洗いポスターのように新しいポスターを配り始める。



「前に貼ってもらった手洗いのポスターの隣に貼ってもらえると嬉しい。梅雨の時期の注意点をまとめておいたポスターだ。見るか見ないかは生徒の自由だが、貼っておいて損はない。みんな、よろしく頼む」



ポスターには本当に色々と書いている。例えば、湿度が高いと汗が蒸発しにくく、体の中に熱がこもりやすくなり、熱中症のような症状になりやすい。また、湿度が高い事で、のどの渇きを感じにくく、水分補給を忘れがちになることにも要注意。 とか、カビが生えやすいこと。また細菌は、気候が暖かく、湿気が多くなる梅雨から夏にかけて増殖が活発になり、食中毒が起きやすいとか。

わりと洒落にならないからね、食中毒も熱中症も。保健委員長の先輩は経験でもしてきたのかってくらいには本気で対策の呼びかけをしているし、熱量が凄い。



「私からは以上だが、対策については随時募集している。意見があるものはこの後に話を聞こう。それにより、保健委員会の次回開催時期を決めるつもりだ。今日は集まってくれてありがとう。では解散だ」



委員長の解散の一言でほぼ全員が会議室として使っていた視聴覚室から出ていく。新谷さんも立ち上がり、僕も帰ろうかとして、そういえばと委員長の方を見る。



「うん?何か用か?」



誰も話しかけないだろうと考えていたのが透けて見える委員長は、僕が話しかけようとすると会議中に見せていた圧を感じさせない柔らかな表情で問いかけてくる。そんな顔、できたんですね、先輩。



「いえ、会議中に関係の無いことを話していたので、その謝罪をと思っただけです。本当に申し訳ございませんでした」



頭をしっかり下げて謝意を伝える。恐らく後方にいるだろう新谷さんも慌てて頭を下げただろう。ごめんね、何も言わずにいきなりこんなことして。



「謝罪なら先程受け取ったんだが……」

「僕の気が済みませんので。先輩の熱い思いを聞いていたらなんだかいてもたってもいられなくて」

「そうか。そこまで言うなら再び受け取っておこう」



まあ、謝罪した理由は嘘なんですけどね?

先輩に睨まれたまま後半年以上を保健委員でやり抜くのはちょっと僕でも遠慮したいという気持ちもあり、あわよくば機嫌を直してくれないかなという下心からだ。僕みたいな奴なんて先輩からみたら吹けば飛ぶような紙くずみたいなモノだし。

我ながら卑屈だなあと考えていると、先輩は僕の顔を見て『なるほど』と呟く。……なんだろう?



「ああ、勘違いはするな。あの時は咎めたが、私は別に怒ってはいないよ。トップダウン方式の会議という物は存外ツマラナイ物だからな。私も君達の立場なら友人……いや、クラスメイトと話しているさ。だからこそ、みんなに意見を出してもらって次回に繋げたかったのだが……」



君達の事はわかっているよ、と言っているかのような優しげな眼差しで僕と、多分後ろの新谷さんを見た後に、渋い顔をする。



「いきなり意見を出せって言われても答えようがないですよね。少なくとも僕はしばらく考えた上で出せる意見が出てこなければ先輩に話しませんよ。現実的でない事を話しても無駄でしょうし」

「……その考え方は寂しくないか?」

「理想だけ話してなんとかなるなら、この世の中はもっと活気に溢れてるでしょうね。先輩の熱さは別に理想論を話しているわけでもなかったので、そういった意味ではみんなにちゃんと伝わってはいるんでしょうけど、それとこれとは別ですね。多分新谷さんも」

「えっ!?あ、その…!」

「急に振ってごめんね、新谷さん。まあこういう事ですよ、先輩」



やる気なんてやらないと出ないとは言うけど、話し合いに参加する一歩なんて踏み出すのは中々難しいし。一対一ならまあわからなくはないけど、一般生徒がキラキラしてる委員長相手に踏み込む勇気なんてでるかなあ?



「まあそんなことは置いといて」

「……なんだ?」

「今まで放送での呼びかけってしてませんけど、何か理由があるんですか?ポスター貼りましたとか、水分補給の呼びかけとか」



少なくとも、中学では昼休みのBGM放送の他に、各種連絡事項は流れていた。BGMは……たまーに聞いているこっちが気まずくなるようなアニメソングとか流れてたな。あれはちょっと選曲考えてほしい。



「まともに聞くものがいるのか?というのはあるが、委員会が校内放送を使用する場合は、放送部と生徒会、それに教職員の許可が必要でな。現在申請はしていて、教職員からの許可はいただいたのだが、どうにも他の処理が遅くてな。その為に今まで出来ていなかったんだ。少なくとも去年は校内放送を早い段階で使わせてもらえていたのだが……」



現在の高校の校内放送、昼休みは一部部活や一部委員会のみ各種連絡事項が行われている。申請をしているにしては、おかしな話だよね。


眉間にシワを寄せて、納得いってないという表情をしている。本当に処理が遅いだけなのかと疑問に思うのは自然な事だろう。

となると、理由は3つほど考えられる。1つは複数対応が面倒だから処理ができないという体でお願いを流している。1つは放送部の私的流用。もう1つは……



「保健委員というよりは、保険委員長である先輩になにかしら恨みがあって嫌がらせをしている可能性はなくはないですね。3つ理由を考えましたが、どれも微妙で可能性がありそうなのはこれってだけですけど」

「心当たりが全くないな」

「ですよねえ……」



じゃあ、やっぱり私的流用か面倒になったか。

ええ……?それはそれでどうなんだ放送部に生徒会。八宮先生にチクッてやろう。

でもなあ。先輩が先生に相談しないというのは考えにくい。先生に相談した上でこの状況であれば、何か別の理由があるのかな。まあその辺りは先輩方と先生が解決させるだろう。



「すまない。君達に愚痴を零すつもりはなかったのだが」

「聞いたのはこちらなので、先輩は気にしないでください。校内放送が難しいようなので、ポスターや放送以外の周知方法も考えてみますね。期待はしないでもらいたいですけど」

「ああ。君のような生徒が意見してくれているだけでもありがたいよ。勿論、そちらのキミの意見ももし良ければでいいが、何か考えが浮かんできた時に聞かせてくれると嬉しい」



期待するなと言ったのにそんなキラキラ笑顔やめてくださいよ、先輩。顔が良すぎる先輩なんて目に毒なんだよね。新谷さんも固まってるじゃないですか、多分。僕からは見えてないけど。

なんて内心で思いつつ、そろそろ帰ろうかと挨拶をすると、『そうだ』と先輩が僕らを引き留める。



「君達の名前を聞いてなかったな。そちらはアラヤさん?で良かったか?」

「は、はい!新しいに谷って書いて新谷です。新谷萌と言います!」

「よし、新谷さん。覚えておこう。そちらの君は……」

「僕より先輩の名前を先に教えてはいただけませんか。恥ずかしながら、顔と名前を覚えるのが苦手で、本人から自己紹介されないと中々難しくてですね」



要約すると、名乗ってもいいけど先にそっちが名乗れよ。地位が高くてもアンタのことは知らないな。という事になる。

単純に自分が物知らぬお馬鹿さんだよという事のアピールになっているともいう。

そんな僕の言葉に『そうだな、人に名を聞く前に名乗るべきであった』と純粋に受け取られてしまったので、なんだか申し訳なくなる。



「2年2組、出席番号12番、西園寺夏葉だ」

「西園寺先輩ですね」

「そうだ。それで、君は……」

「中山奏です。最初の集まりの時に自己紹介をしていたのでなんとなく聞いた覚えがあるかもですが」



西園寺夏葉という名前は聞いたような聞いてないような曖昧さだった。特に話すことも会うこともない相手なんて名前を聞いてもすぐ忘れちゃうから。

本当は偽名でも名乗ろうかと思ったけど、新谷さんが正直に答えたので僕が嘘をつくと即バレするから諦めた。まあ先輩が1年に用事なんてないだろうし、本名を知られたところで──



「中山奏君か。覚えておこう」



なんだろう?先輩の僕を見る目が少し変わったような気がした。そこに籠められた感情は僕にはわからないけど、なんだか落ち着かない。



「すまない、引き留めてしまったな。また会おう、新谷さん、中山君」

「はい、西園寺先輩。失礼します」

「失礼します!」



先輩が帰してくれるようだったので、断りを入れて視聴覚室を後にした。新谷さんを長く付き合わせてしまったな……




この話の新谷さんの存在感の薄さと名前のあるキャラが増えていく現象に名前をつけたい。

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