十三. 渇きに果てはなく
クストスの郷に着いてから、三日が過ぎていたが、フォルティスとモレリオの話し合いは、まだ続いていた。
モレリオたち郷の民とフォルティスは、日中ほとんど居間にこもっている。
その間、フィデリアとミレイアステルは特にやることもないため、郷の中を散策することが日課になっていた。
昼を回っても、道端の日陰には霜が白く残っている。目の前を薪を積んだ手押し車が通り、その車輪が石に乗り上げるたびに荷台の薪が揺れ、乾いた音が家々の間に響いた。
二人が郷を歩けば、声をかけてくれる者も増えた。あの兄妹の家の前を通るたびに呼び止められ、帰りには母親に礼を言われる。初めのうちは気になっていた人々の視線にも、いつしか慣れてきていた。
「なんだか来た時よりも、寒くなっている気がするな」
「そうね。きっとこの辺りは冬が来るのも早いのね」
日陰に入るたびに肩をすくめるフィデリアを見て、ミレイアステルはくすりと笑みをこぼした。
「何? どうしたの?」
「ううん。その服着てきて良かったでしょう? 前の服じゃ寒くて、外套を羽織っても凍えちゃってたわよ」
フィデリアはそう言われて自分の格好を見下ろした。
外套の下にはモエニアの冬至祭でミレイアステルが買ってくれた冬物の服を着ている。
あの時、袖口や裾は破れてしまったが、ミレイアステルが丈を詰め、綺麗に仕立て直してくれていた。
「確かに……」
真剣な顔で頷くフィデリアの様子を見て、ミレイアステルが今度こそ声をあげて笑い出すと、声に驚いたのか、近くの木の枝に止まっていた鳥たちが飛び立った。
「そんなに笑うなよ、ミレイ」
「ふふ……。ごめんなさい、だって……」
目に涙を浮かべて笑いを堪えるミレイアステルを見ていると、フィデリアまでおかしくなってきて、結局二人は肩を寄せ合って笑い合いながら帰途についた。
* * *
「だから、それでは埒が明かないと言っている!」
モレリオの家に戻ると、奥から響いてきたフォルティスの声に、フィデリアたちは思わず顔を見合わせた。
「私の手元に置けば済むことだ。わざわざここへ通えと言うのか!」
足早に居間に向かうと、手前にはいつものようにアルミゲルが無表情に立っている。
何が起きたのか尋ねようとした時、ちょうど戸が開き、フォルティスが姿を現した。
開いた扉の向こうに、モレリオが卓のそばに立っている様子が見え、その横には息子のヘレスが座っている。
フィデリアたちがここに着いた時、ヘレスは男衆を伴って山に入っており、挨拶を交わしたのは、その翌日、彼が郷へ戻ってきた時だった。
モレリオの息子として実質的に郷を率いる立場のヘレスは、外からの客人に対しても、包容力のある態度で接してくれていた。
だが、今その顔から穏やかさは影を潜め、代わりに厳しい表情が浮かんでいる。
ヘレスは立ち上がり、モレリオの肩に手を置いて座らせると、部屋を出て行こうとするフォルティスに声をかけた。
「フォルティス殿。親父が言うように、何があろうと、あれを郷の外へ持ち出すことは認められぬ。これは一族の掟であって、覆ることはない」
その言葉は静かだったが、フォルティスを見据える視線には、冬の陽を返す氷のような温度が漂っている。
「——明日、改めて話を聞こう。よく考えておいてくれ」
後ろ手に扉を閉めたフォルティスは、道をあけたフィデリアたちの前を通り過ぎたが、数歩歩いて顔だけを振り向かせた。
「灰の手、お前たちも来い」
フォルティスの居室もフィデリアたちの部屋とほとんど違いはなかった。壁際に置かれた寝台と、窓辺に置かれた小ぶりなテーブル。
寝台の足元には旅の荷袋が寄せられ、金糸を織り込んだ豪奢なマントが無造作に放り出されている。
「アルミゲル、馬の準備はどうだ」
「問題ありません。いつでも出られます」
フォルティスは満足そうに頷くと、戸口近くに立っているフィデリアたちへと視線を移す。
「明日の話には、お前たちも立ち会え。——役割を果たすことを期待してるぞ」
その意味するところを理解して、フィデリアが頷くまでには、一瞬のためらいが必要だった。
「下がっていいぞ」
薪の匂いが漂い、笑い合いながら食事の準備をする音が響く中、自室に戻るフィデリアたちの間に言葉はなかった。
自室にたどり着くと、扉の前で振り向いたフィデリアは、ようやく口を開いた。
ミレイアステルの肩を抱き寄せたその腕に、少しだけ力がこもる。
「ミレイ、明日は私から離れないで」
* * *
翌日、昼前になって、フォルティスを先頭に四人が居間へ入ると、卓にはすでにモレリオとヘレスが座っていた。
「ご機嫌はいかがですかな、フォルティス殿。本日は郷の者も同席していますが、お気になさらずに」
モレリオの言葉を受け、窓の近くにいた二人の男が軽く頭を下げた。若くがっしりとした体格の男たちは、ともに木でできた杖を手にしている。
モレリオたちの向かいにフォルティスが腰掛けると、やや斜め後ろにアルミゲルが立った。
フィデリアとミレイアステルは軽く視線を合わせると、戸口に近い壁へと身を寄せる。
「こちらも今日は供の者が多いが、気にせんでくれ」
卓に茶の入った椀が置かれると、まず切り出したのはモレリオだった。
「それで、お考えはまとまりましたかな?」
フォルティスは湯気を立てる茶をひと口すすると、モレリオとヘレスの顔を順に見やった。
フィデリアたちからは、フォルティスが今どういう表情をしているのかは見えない。
「私の要求は変わらぬ——記録はこちらですべて預かる」
まるで言葉自体に力があるかのような圧力を受けても、モレリオは態度を変えず、平然と答えた。
「こちらとしても、お話しできるのは、昨日と同じことです。記録をお渡しすることはできません。これは郷の掟であり、いかなフォルティス殿の頼みであっても、覆すことは叶わぬこと」
フォルティスがやおら立ち上がると、動きに反応した窓際の男たちが杖を握り直す。しかし、ヘレスが目配せを送って男たちを制した。
「勘違いしているようだな。私は頼んでなどおらん」
「フォルティス殿」
ヘレスが立ち上がり、フォルティスを宥めるように手を広げた。
「長く滞在されるのであれば、専用の部屋を設けましょう。父も、そのつもりでおります」
だが、フォルティスはヘレスを一瞥しただけで、再びモレリオへと顔を向ける。
「誰の手にあれば、あの記録が最も役立つか、考えてみたことはないのか」
「この郷で守り、伝えていく。それが私どもの務めです」
重苦しい沈黙が続く中、動いたのはフォルティスだった。
「——ならば、もう話すことはないな」
吐き捨てるようにして言うと、モレリオたちに背を向けて戸口へと歩きだす。
「ご期待に添えず、申し訳ございませんな」
モレリオも席を立ち、卓の脇を通って戸口の方へと歩み寄ってくる中、フォルティスがアルミゲルへ片手で小さく合図した。
「ここからは、私の方法で行くとしよう」
アルミゲルが踏み込むと同時、鞘から抜き放たれた剣が、モレリオの胸を斜めに切り裂いた。




