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まったく恋愛に興味のない伯爵子息の恋愛観を規正すべく、伯爵に雇われ、政略結婚相手として潜入することになりました。  作者: 逆立ちハムスター


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(……三十四、三十五、三十六金貨。ふふ、ふふふふ。いいわ〜♪ このインクの匂い、そして指先に残るわずかな脂。これこそが真実の愛の鼓動だわ)


夜会から一夜明けた朝。私は自室にこもり、伯爵から「中間配当」として渡された無記名債券(利付金融債)と金貨を数えていた。

昨夜の王子への不敬罪一歩手前の暴言、および社交界の空気をエルフ氷河期に変えた功績が認められ、当初の予定より二割増しのボーナスが支給されたのだ。


「イヒヒ♪ ウフフ♪」


まさに笑いが止まらないとはこのこと。貴族のくだらないプライド捨て去れば、こんなに楽に稼げる。他の貴族が必死に体裁を保つの必死で滑稽だわ。

私の脳内では今まさに、実家の屋根の修理、滞納していた税金の支払い、そして余った金で買う予定の「一切の妥協がない最高級の鴨肉のコンフィ」たちが、多数の小人の私とパレードを行っている。


「ベリサリア様、若旦那様がお呼びです。『昨夜の非論理的な行動についての反省会(という名の二等尋問)』を行うとのことです」


メイドの声が響く。私は素早く金貨を隠し、鏡の前で「退屈で死にそうな女」の仮面を被った。


「反省会? 自分の顔の造作を棚に上げて、他人の言動にケチをつけるのが趣味なのかしら。本当に、剥製のくせに活動的で困りますわね」


案内されたのは、邸内でも一際静かなサンルームだった。

そこには、陽光を浴びて読書をするヴァレリウスがいた。昨夜の黒い夜会服とは打って変わって、今日は純白のシャツにタイを緩めたラフな格好だ。……悔しいが、その姿ですら絵画のような完成度を誇っている。


「来たか。座れ、ベリサリア」


「あら、おはようございます、歩く合理性の塊。今日はまた随分と隙だらけな格好ですこと。その鎖骨で大根でもおろせば、少しは世の中の役に立ちますわよ」


「……相変わらず、朝から不快な振動数を放っているな。だが、悪くない」


ヴァレリウスは本を閉じ、私をじっと見つめた。その瞳には、昨夜のダンスフロアで見た「熱」が、まだ残り火のように燻っている。


「昨夜、ルシアン王子は君にすっかり毒されたらしい。今朝、私のもとに『あの汚れたバラを譲ってくれ』という、知性を疑うような手紙が届いた」


「譲る? 失礼ですね。私はモノではありません。……まあ、金額次第では検討しますが。王子様の資産なら、私の余生を百回分くらいは保証してくれそうですもの」


「断った。……君というサンプルを他者に渡すのは、研究の継続性に支障をきたす」


「研究、ね。その口実、いつまで持たせるつもりかしら? 貴方が私を見つめるその目……観察者のそれではなく、お気に入りの玩具を隠したがる、お子様の執着に見えますわよ」


私が鼻で笑ったその時、サンルームの扉が激しく開かれた。


「――見つけましたわ! この泥棒猫!」


現れたのは、昨夜の夜会で赤っ恥をかかされたレティシア公爵令嬢だった。

彼女の背後には、数人の騎士と、これ見よがしに「私は被害者です」と言わんばかりの表情をした取り巻きたちが控えている。


「あら、縦ロール様。昨夜の涙で髪が萎びてしまったのかと思いましたが、まだそのバカげた巻貝のような髪型を維持していらしたのね。生命力の無駄遣いですわよ」


「だ、黙りなさい! まったく。ヴァレリウス様、騙されてはいけませんわ! この女……ベリサリア・ド・ヴォアザンは、昨夜の夜会で、我が公爵家に代々伝わる『女神の涙』と呼ばれる真珠のブローチを盗み出したのです!」


レティシアが扇子を私に突きつける。

周囲の騎士たちが一歩前に出た。ヴァレリウスは微動だにせず、冷ややかにその光景を見つめている。


「……ブローチ? 興味ありませんわね。そんな古臭い嵩張る物。他人の皮脂がついた中古の宝石なんて。それより、その『女神の涙』とやらを私が盗んだという、論理的な証拠でもおありかしら?」


「お黙り! 貴女の馬車から、私たちがこれを見つけたのですわ!」


レティシアの合図で、騎士の一人が一つの小箱を差し出した。

中には、確かに大粒の真珠が光る、豪華なブローチが入っていた。

……なるほど。典型的な「荷物に証拠を紛れ込ませる」という、脳みそが腐ったような三流の陥れ工作ね。


「……ベリサリア。君の弁明を聞こう」


ヴァレリウスが、試すような声で言った。


私は大きく溜息をついた。心の中では「これ、レティシアに慰謝料を請求できる案件ね。追加報酬のチャンスだわ」と機械電卓を弾く。


「弁明? する必要もありませんわ。レティシア様。貴女、自分がいかに滑稽なことをしているか自覚がおあり? 没落寸前とはいえ、私は男爵令嬢です。そんなすぐに足がつくような盗みをするほど、私の知能指数は低くありませんの」


「証拠があると言っているのですわ!」


「証拠? それ、貴女が今朝、私の馬車の御者に金を握らせて置かせたものでしょう? その御者、今頃ガリアーディ家の裏門で、貴女からの『追加の報酬』を待っていますわよ。ヴァレリウス様、後で彼の身柄を確保しておいてくださる? 私の評判を傷つけた罪で、一生タダ働きさせてやりたいので」


レティシアの顔が、一瞬で灰色になった。


「な、何を確認もなしに……!」


「確認? 必要ありませんわ。貴女のその、隠しきれない動揺と、安っぽい悪役特有の『勝ったつもりでいる顔』がすべてを物語っています。……それに、何より。ヴァレリウス様、貴方が一番よく分かっていらっしゃるでしょう?」


私はヴァレリウスを振り返り、冷酷な笑みを向けた。


「私が愛しているのは、あくまで『対価』として得られるクリーンな金。あるいは、貴方の家の金庫から合法的に吸い上げる金ですわ。そんな転売するのも面倒な、曰く付きの真珠なんて……豚の餌にすらなりません」


ヴァレリウスは、ゆっくりと立ち上がった。

彼はレティシアに歩み寄り、彼女の手からブローチの箱を取り上げた。


「……レティシア。君の行動は、私の屋敷内における治安維持への重大な挑戦だ。そして何より――私の『観察』を邪魔した」


「ヴァ、ヴァレリウス様……?」


「この女は、私が所有する。最も不愉快で、最も高価なサンプルだ。彼女が欲するのは、君のような安い虚栄心ではなく、もっと直接的な『利益』だ。彼女が泥棒だというなら、それは彼女の美学に反する。……出て行け。二度と、私の視界に不合理なノイズを持ち込むな」


ヴァレリウスの放つ冷気が、サンルームを完全に凍りつかせた。

レティシアは悲鳴を上げる間もなく、騎士たちに連れ出されていった。


静寂が戻った部屋で、私は椅子に深くもたれかかった。


「……ふう。朝から騒がしい。ヴァレリウス様、今の私の『潔白の証明』、およびレティシア様の醜態を暴いた功績により、報酬の加算をお願いしますわ」


「……君は、本当にブレないな。自分が逮捕されるかもしれなかった局面で、真っ先に金の計算をしていたのか」


「当たり前でしょう。正義なんてものは、腹を膨らませてはくれませんもの」


ヴァレリウスは私の前に膝をついた。

その仕草は、まるで騎士が姫に誓いを立てるようでありながら、その瞳は狂気にも似た光を帯びている。


「ベリサリア。私は決めたぞ」


「……はい? 何をです? 今度は私をホルマリン漬けにでもするつもりかしら」


「君を、誰にも渡さない。君のその腐りきった、しかし透き通るほど純粋な強欲さを、死ぬまで私の隣で披露し続けろ。君が金を欲するなら、私の全財産を投げ打ってでも、君の周りを金貨で埋め尽くしてやろう」


「……え?」


私は絶句した。

これは……古代書物王道の「独占欲」というやつではないのかしらん?

だが、彼の言葉には「愛」の欠片もない。あるのは、異常なまでの収集癖と、自らの理論を完成させたいという、ねじ曲がった情熱だけだ。


「ちょっと待ちなさい。それはプロポーズのつもり? それとも、一生賃金労働者として飼い殺すという宣言かしら?」


「両方だ。君を、私の人生という名の『難解な方程式』の唯一の解(答え)として、永久に保存する。……逃がさないぞ、ベリサリア。君がどれだけ私を罵倒しようと、それが私の脳を、魂を、何よりも激しく揺さぶるのだから」


(……マズいわ。これ、完全にイカれてる。志向の修正を依頼されたのに、脳みそそのものが私の毒を栄養にして、より巨大な怪物に進化しちゃったじゃないの!)


私は目の前で微笑む(といっても、悪魔のような冷たい笑みだが)御曹司を見ながら、初めて自分の「おもしれー女」演技が、取り返しのつかない大事故を引き起こしたことを悟った。


「……あの、伯爵。ボーナス、三倍にしてもらわないと割に合いませんわよ……これ……」


私は震える手で、空になった紅茶のカップを飲み干した。

愛もときめきもいらない。ただ、平穏と金が欲しかっただけなのに。

私の「規正」計画は、今、史上最悪の「ハッピーエンド(仮)」に向かって暴走を始めた。まるで、浅はかな神々のように。

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