■第76話:水辺の殺し屋・河童! ……えっ、尻子玉を抜く前に「手指の消毒と手袋の着用」ですか?
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【場所:天界・管理室】
「……山姥が美魔女になったとて、山の恐ろしさは終わらんぞ」
神ドラマスは、顔面に張り付けたアンチエイジング・フェイスパックを乾かしながら、モニターに向かっていた。
画面の中では、美魔女(山姥)と別れたヒナタ一行が、山奥の美しい渓流沿いを歩いている。
「水辺には、日本の妖怪の中でもトップクラスの知名度と危険度を誇る奴が潜んでいる。……そう、河童だ!」
ドラマスは、パックが剥がれないように口の動きを最小限にして語った。
「馬をも水に引きずり込む怪力! そして、人間の尻から架空の臓器『尻子玉』を無慈悲に抜き取るという、極めて猟奇的かつ変態的な攻撃! さすがのヒナタも、尻を狙われてはオカン的指導どころではないはずだ!」
【場所:人間界・王都近郊の山の渓流】
「いやぁ、水が綺麗ですね! マイナスイオンたっぷりで癒やされます!」
ヒナタは、渓流のそばで深呼吸をして、清々しい山の空気を満喫していた。
「ゆ、勇者殿、水辺は危険ですぞ! いつ底から化け物が……」
セバスチャンが川面を警戒しながら後ずさった、その時である。
ザバァァァァッ!!
『ケケケケッ!! 隙だらけだぜ、人間どもォォッ!!』
冷たい川の水飛沫を上げて飛び出してきたのは、緑色の肌、背中の甲羅、そして頭のてっぺんに「水が張られたお皿」を乗せた水妖怪――河童であった。
「ひぃぃぃッ!! で、出たァァッ!! 河童ですぞ!!」
セバスチャンが悲鳴を上げて尻餅をつく。
『ヒャッハー! そこのジジイ、いい尻してんなぁ! 俺様自慢の水掻きがついたこの手で、お前の尻から【尻子玉】をスポォン!と引っこ抜いて、腑抜けのポンコツにしてやるぜェェッ!!』
河童が、鋭い爪の生えた両手をワキワキと動かしながら、セバスチャンのお尻めがけて飛びかかろうとした、その瞬間。
「ちょっと待って!!!」
ヒナタの、渓流のせせらぎを完全に掻き消すほどの「保健室の先生」トーンが響き渡った。
『……ケ?』
河童は、空中でピタッと静止し、そのまま川岸の石の上にストンと着地した。
ヒナタは、腰に手を当てて河童にズンズンと詰め寄り、その緑色の手をビシッと指差した。
「あなた! 今、その『川の水や泥を触りまくった素手』で、セバスチャンさんのお尻の穴(粘膜)に直接触れようとしましたね!?」
『えっ? あ、うん。尻子玉抜くから……』
「衛生観念が完全に崩壊してます!!」
ヒナタの怒声が山にこだました。
「お尻周りは非常にデリケートな上に、大腸菌やノロウイルスなどの温床なんですよ!? 手指の消毒もせず、医療用グローブも着用せずに他人の臀部にダイレクトアタックするなんて、深刻な感染症を引き起こすテロ行為です!!」
『か、感染症……!? いや、俺、妖怪だから菌とかよくわかんねぇし……』
「それに、あなた!!」
ヒナタは、河童のガリガリの腕と、全身の緑色の肌を指差した。
「そんなにガリガリに痩せ細って! さては毎日『きゅうり』ばっかり食べてるんじゃないですか!?」
『えっ! なんでわかったの!? 俺、きゅうり大好きなんだよ! 水分たっぷりで美味えだろ!』
河童が少し嬉しそうに答える。
「だからダメなんです! きゅうりは約95%が水分! 確かに水分補給にはなりますが、カロリーもタンパク質も圧倒的に足りてません! 馬を川に引きずり込む怪力を出したいなら、筋肉の素になる『良質なタンパク質』を摂らないと、ただの栄養失調で倒れますよ!」
ヒナタは、四次元リュックから、「医療用の使い捨てニトリル手袋(アルコール消毒液付き)」と、特製の「鶏むね肉と胡瓜のバンバンジー(胡麻ダレがけ)」を取り出した。
「まずはこれ! どうしてもお尻を触りたいなら、徹底した消毒と手袋の着用を義務付けます! 素手は絶対禁止!」
ヒナタは河童の手に無理やりゴム手袋を嵌めさせた。
『ケェェッ!? なんだこのピチッとしたゴムは! 俺の自慢の水掻きが……!』
「そして、ご飯はこれです! きゅうり単体ではなく、高タンパク・低脂質の『鶏むね肉』を一緒に摂取して、筋肉を育てなさい!」
河童は、目の前に差し出されたバンバンジーの濃厚な胡麻ダレの香りに、思わずゴクリと喉を鳴らした。
そして、ゴム手袋の手で箸を持ち、バンバンジーを一口食べてみた。
『…………ウマァァァッ!!?』
河童の目が、頭の皿より丸く見開かれた。
『な、なんだこの、きゅうりのシャキシャキ感と鶏肉の圧倒的な肉感のハーモニーは!? 胡麻ダレのコクが、淡白なきゅうりを最高のおかずに昇華させている……! 体の奥底から、力が湧いてくるようだ!!』
「さらに、頭のお皿のお水!」
ヒナタは、河童の頭の皿に、川の水の代わりに「経口補水液(OS-1)」をドボドボと注ぎ込んだ。
「川の水じゃ電解質が足りません! 完璧な浸透圧に調整された経口補水液で、熱中症対策とパフォーマンスの向上を図ってください!」
『ケァァァァァッ!!?』
経口補水液を頭に注がれた瞬間、河童の全身の筋肉が、タンパク質と電解質を急激に吸収して凄まじいパンプアップを始めた。
ガリガリだった緑色の体は、見事なシックスパックと極太の腕を持つ、まるで「オリンピックの水泳選手」のようなパーフェクト・ボディへと進化したのだ。
『す、すげぇ……!! 体が羽のように軽く、そして岩のように力強い!! これなら馬どころか、ドラゴンでも川に引きずり込めそうだぜ!!』
河童は、ムキムキのポーズを決めながら歓喜の雄叫びを上げた。
「素晴らしい筋肉です! その力を、人を水に引きずり込むためじゃなくて、川で溺れている人を助けるために使ってくださいね!」
ヒナタが笑顔で拍手をする。
『おうよ! ヒナタ師匠!! 俺、今日から尻子玉抜くのやめて、この渓流の「ライフセーバー(人命救助員)」になるぜ! タンパク質サイコーーッ!!』
ムキムキの河童は、爽やかな笑顔で親指を立てると、美しいフォームで渓流へと飛び込み、パトロールの業務へと就くのだった。
「……ゆ、勇者殿。恐ろしい水妖怪が……『衛生管理の行き届いた、高タンパクなライフセーバー』になってしまいましたな……」
セバスチャンは、自分の尻の安全が守られたことに安堵しつつ、ムキムキの背中を見送った。
【場所:天界・管理室】
『…………』
神ドラマスは、顔のフェイスパックをそっと剥がした。
『河童が……「素手で尻を触るな、感染症になる!」と怒られ、ゴム手袋をはめさせられた……』
『挙句の果てに、バンバンジーでバルクアップしてライフセーバーになった……』
ドラマスは、もはやツッコミを入れることを完全に放棄し、パソコンを開いて「鶏むね肉(業務用2キロ)」と「経口補水液」を即座にポチり、自らの肉体改造を静かに決意するのだった。
(第76話・完)
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