■ 第220話:絶望の夢魔(ナイトメア)。……えっ、勇者の脳内(タスク)はブラック企業ですか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
【場所:天界・管理室】
『フフッ。ヴァルドみたいな脳筋と一緒にしないでちょうだい』
幻神ルキアが、艶やかな髪をかき上げながら自信満々にモニターの前に立った。
その後ろでは、ドラマス、アビス、ヴァルドの「ヒナタ被害者の会(お笑いトリオ)」が、正座をしてお茶をすすりながら冷ややかな視線を送っている。
『物理的に手伝えるから、あの勇者はモンスターを労働力として再利用してしまうのよ。だったら、肉体を持たない「精神攻撃」ならどうかしら?』
『精神攻撃だと? ドッペルゲンガーの時は、ヒナタのタスクが重すぎて逆に偽物が過労で死にかけたんだぞ』
ドラマスが忠告するが、ルキアは扇子で口元を隠して妖しく笑った。
『私が送るのはそんな三流じゃないわ。精神に直接ダイブし、その者が抱える「最も恐ろしいトラウマと不安(悪夢)」を無限に見せ続け、心を完全に破壊する……夢魔の女王・リリスよ!!』
モニターには、妖艶なドレスを身に纏い、背中にコウモリの羽を生やした絶世の美女(夢魔)が映し出された。
『リリスは対象を強制的に深い眠りに落とし、脳内に侵入する! 勇者がどれほど料理やマッサージが得意だろうと、眠ってしまえば何もできないわ! 自分の心の中の暗闇に押し潰され、永遠に目覚めることのない廃人となるのよォォォッ!!』
【場所:王都から徒歩2日ちょっとの「せせらぎの川辺」・昼下がり】
「ふぅ……。ジャガイモの大収穫も終わって、一息つけますね」
縁側でヒナタが冷たい麦茶を飲んでいた、その時。
甘く、どこか退廃的な香りを放つ「ピンク色の霧」が、フワァッと農園を包み込んだ。
「……あら? なんだか、急に眠気が……」
コトン。
ヒナタは湯呑みを置いたまま、縁側でスヤスヤと寝息を立てて眠りに落ちてしまった。
(それを見ていた魔王たちも、強力な睡魔の霧によって次々とその場でいびきをかき始める)
「フフフ……。チョロい人間の男ね。どれ、この平和ボケした勇者の脳内にダイブして、一番恐ろしいトラウマをほじくり出して、無限の絶望を味あわせてあげましょう……!」
ピンク色の霧の中から現れた夢魔リリスは、妖しく微笑みながら、眠るヒナタの額にそっと指を当て、彼の「精神世界(脳内)」へと侵入した。
――【ヒナタの精神世界(脳内)】
「さあ、見せなさい! あなたの心の奥底にある、最もドロドロとした絶望を……ッ!?」
リリスがヒナタの脳内に降り立った瞬間。
彼女の視界を埋め尽くしたのは、地獄の業火でも、血みどろのトラウマでもなかった。
『あーーっ!! 明日の朝食用のパン生地、発酵が進みすぎちゃいます!!』
『魔王さんの健康診断、そろそろお砂糖の摂取量を控えるメニューに切り替えないと!!』
『アダムさんの右腕の刺繍、少しほつれてきたから、今夜寝てる間に縫い直さなきゃ!!』
『古竜のイグニスおじさん、カルシウム不足だから温泉に効能ハーブを足さないと!!』
『大変だ! メデューサお姉さんのヘビちゃんたち用の、特製保湿クリームの在庫が切れる!! 今すぐ港町まで買い出しに行かなきゃ!!』
バサバサバサバサバサバサッ!!!
リリスの頭上に、ビルほどもある巨大な【大量のふせん(To-Doリスト)】が、吹雪のように猛烈な勢いで舞い散ってきたのだ。
「な、な、なんなのよコレェェェェッ!?」
リリスは、重さ数トンはあろうかという「無限のタスク(ふせん)の山」の下敷きになり、悲鳴を上げた。
そこへ、精神世界の中のヒナタ(※エプロン姿にハチマキをして、腕を6本くらいに増やした千手観音のような状態)が、ものすごい形相でパタパタと走り込んできた。
「あーっ!! ちょうどよかった!! 神様が脳内のタスク整理用に、アシスタントさんを送ってくれたんですね!?」
「え!? いや、私は夢魔で、あなたの精神を破壊しに……」
「助かります!! 今、僕の脳内シミュレーションでは『怪物オールスターズ50人分の個別健康管理メニューの献立作り』がパンク寸前だったんです! お姉さんは、そっちの『日本妖怪用の魚介類の発注書』と『アンデッドの骨格メンテナンス日程表』の作成をお願いします! 納期は3分後です!!」
「さ、3分!? ちょっと待って、私は他人のトラウマを食べるのが仕事で……」
「トラウマなんて気にしてる暇はありません! ほら、大鍋の火加減から目を離さないで! 次は百腕の巨人さん用の、100人前の特大おにぎり作りシミュレーションですよ! 急いで急いで!!」
――夢魔リリスにとって、それはまさしく「究極の悪夢」であった。
ヒナタの精神世界には「絶望」など1ミリも存在しない。
あったのは、世界中の神話級モンスターたちを一人で完璧におもてなしするための、【常人なら一瞬で脳細胞が焼き切れるレベルの、超絶ブラック企業並みのマルチタスク(脳内シミュレーション)】だったのである。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 無理無理無理無理ィ!! 頭がおかしくなるゥゥゥッ!!」
「休んでる暇はありませんよ! ほら、次はデュラハンさんの新しいクッションの設計図面を描きますよ!!」
【場所:王都から徒歩2日ちょっとの「せせらぎの川辺」・現実世界】
「……ハッ!!?」
ガバァッ!!
夢魔リリスは、現実世界で跳ね起きるなり、滝のような冷や汗を流してゼェゼェと荒い息を吐いた。
そして、自分が「現実」に帰ってきたことを確認すると、ボロボロと嬉し泣きをしながら地面(土)に頬ずりし始めた。
「げ、現実だ……! 夢から覚めた……!! あんな頭のおかしい情報量のタスク、精神だけで処理してたら、こっちの精神が崩壊しちゃうわよ……!!」
そこへ、ヒナタが「ふわぁ……」と欠伸をしながら目を覚ました。
「あれ? お姉さん、どうしたんですか? 土に顔をすりつけて……」
「ヒィィィィッ!! 働きマース!! 現実世界デ、物理的ニ働きマース!!」
リリスはヒナタを見るなり、ヒッ!と悲鳴を上げて飛び退き、近くにあったホウキと塵取りをものすごいスピードでひったくった。
「精神労働ニ比ベタラ、肉体労働(お掃除)ナンテ天国ヨォォォッ!! 私ヲメイドニシテ下サァァァイッ!!」
シャカシャカシャカシャカシャカッ!!
恐怖の夢魔は、見事なメイドのごとき手さばきで、縁側のホコリを猛烈な勢いで掃き清め始めた。
ヒナタは不思議そうに首を傾げながらも、「わあ、お掃除好きのお姉さんなんですね! ありがとうございます!」とニコニコ笑ってお茶をすすった。
【場所:天界・管理室】
『なんで私の絶望の夢魔が、ホウキ持ってメイドみたいに縁側の掃除してんのよォォォォッ!!?』
幻神ルキアが、完璧なメイクを涙と鼻水でグシャグシャにしながら、ついに「ヒナタ被害者の会」の列に加わり、床をバンバンと叩いて号泣した。
『一番恐ろしいトラウマを見せるはずだったのよ!? なんで「勇者の頭の中の、怪物たちをお世話するタスク(おもてなしの心配事)」の方が、夢魔の処理能力をオーバーして精神崩壊させてんのよォォォッ!!』
その後ろでは、ドラマス、アビス、ヴァルドの三柱が、「な?」「だから言ったろ?」「あいつのホスピタリティは暴力なんだよ……」と、完全に悟りを開いた顔でお茶をすすっていた。
『ひぃっ……ゲホッ! あーっはっはっは!! 腹痛い!! 腹痛いよルキア君!!』
地球の神様は、もはや呼吸困難に陥りながらソファの上でのたうち回っている。
『精神にダイブした結果、「ヒナタ君の普段の心配事」の物量に押し潰されて、過労で泣きながら現実世界に逃げ帰ってくるなんて!! 最高傑作だよ!!』
『う、ううっ……! クソォォォッ!! なんなのよあの人間……! バケモノじゃないのよォォォッ!!』
ルキアもまた、完全に牙を抜かれてしまった。
武神の暴力も、幻神の精神攻撃も、勇者ヒナタの「圧倒的お世話タスク」の前には等しく無力だったのである。
だが、被害者の会の神々が涙に暮れる中。
ソファの端っこで丸まっていた「最後の神」――怠惰神ターラが、むにゃむにゃと寝言を言いながら、ゆっくりと身体を起こした。
『……んんぅ……うるさいなぁ、もう……。みんな、そんなに怒らなくてもいいのに……』
ターラは眠い目をこすりながら、ポワンとした顔で下界のモニターを見つめた。
『あの男の子、すっごくお世話焼きなんだね……。ボク……なんだか、あの人のところに遊びに行きたくなっちゃった……ふぁ〜ぁ……』
神々のチキンレース。
それは、いまだかつてヒナタが遭遇したことのない【全く悪意も敵意もない、ただひたすらにダメな神様】との、究極の遭遇の幕開けであった。
(第220話・完)
本日もお付き合いいただき、ありがとうございました!
ヒナタのマイペースな異世界蹂躙はまだまだ続きます。魔王軍の胃の痛みが限界を迎える前に、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】からの評価や、ブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!
皆様からの応援が、毎日の更新の最大のエネルギーになっています!




