■ 第212話:誇り高き古竜(エンシェントドラゴン)。……えっ、温泉のボイラー管理のおじさんですか?
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それでは、本編をお楽しみください!
【場所:天界・管理室】
『フハハハ……。宿場町の人間どもは、魔王の純金貨に目が眩んで買収された。それは認めよう』
激動の神・ドラマスは、もはや悟りを開いたような静かな声でモニターを見つめていた。
『だが、次なる目的地「竜の渓谷」を支配する主は、人間のように金や物欲に靡く下等な存在ではない。神話の時代より生きる、誇り高き最強の幻獣……【古竜】のイグニスだ!!』
地球の神様が、温泉まんじゅうをかじりながら相槌を打つ。
『へえ、ドラゴンねぇ。ファンタジーの王道最強モンスターじゃないか』
『いかにも! 古竜イグニスは己の縄張りを侵す者を決して許さず、その灼熱のブレスは魔王の軍勢すらも灰塵に帰す! 金も美味い飯も通用せん! 奴らの慰安旅行は、この最強の番人によって熱湯コマーシャルのごとく無惨に茹で上がるのだァァァッ!!』
【場所:目的地・「竜の渓谷温泉」】
モクモクと立ち上る白い湯けむりと、鼻をくすぐる硫黄の香り。
険しい岩山に囲まれた巨大なカルデラ湖は、その全体がコンコンと湧き出る天然の極上温泉であった。
「わあ〜っ! 着きましたよ皆さん! すっごく広くていいお湯ですねぇ!」
「おお! これは見事な湯量だ! 魔界の血の池地獄よりずっと居心地が良さそうだよ!」
ヒナタと魔王が、肩に手ぬぐいをかけてウキウキと駆け寄る。
その後ろから、アンデッドや妖怪たちも「早く入ろうぜ!」と荷物を下ろし始めた、その時だった。
『……何者だ、我が聖なる湯浴みの地に立ち入る下等生物どもは!!』
ズドォォォォォォンッ!!
突如、温泉の巨大な岩山が崩れ、中から山のように巨大な真紅のドラゴンが姿を現した。
「グルルル……! 我は古竜イグニス! この渓谷を統べる最強の竜なり! 貴様らのような塵芥が浸かってよい湯など、ここには一滴も……む?」
イグニスは、侵入者たちを灼熱のブレスで焼き払おうと大きく息を吸い込んだが、その動きがピタリと止まった。
視線の先には、アロハシャツを着た魔王。
日傘を差した吸血鬼。抱っこ紐に生首を入れたデュラハン。
さらに、人類最強の剣聖と賢者が、それぞれお風呂セット(洗面器と石鹸)を持って並んでいる。
(な、なんだこの軍団は……!? なぜ魔界の王と暗黒大陸の化け物どもが、揃いも揃って温泉の準備をしているのだ!?)
古竜の絶対的な直感が、「こいつらにブレスを吐いたら、逆に全員から袋叩きにされて竜骨スープにされる」と警告音を鳴らした。
イグニスが冷や汗を流して硬直していると、先頭にいたヒナタがパタパタと足元まで駆け寄ってきた。
「あ、こんにちは! もしかして、ここの温泉の管理人さんですか?」
『か、管理人……!? 違う、我は誇り高き古竜……』
「うわあ、すごい! 口から火を吹いて、この大きなお風呂のお湯を毎日沸かしてくれてるんですね! ボイラー係のおじさん、いつもお仕事お疲れ様です!」
ヒナタはドラゴンの灼熱の牙を全く恐れることなく、感心したようにイグニスの巨大な前足に触れた。
「でもおじさん、毎日お湯を沸かしてるから、ウロコの間に『湯の花(温泉の成分)』や『スス』がビッシリ固まっちゃってますよ! これじゃあ体が重いし、背中も痒かったでしょう?」
『え? あ、いや、これは長年生きている古竜の風格であって……』
「大丈夫ですよ! 今日は僕たちが、管理人さんの背中をピカピカに流してあげますからね!」
『は……? 背中を流す……?』
ヒナタは振り返り、仲間たちに号令をかけた。
「アダムさん、ゴズさん! 一番大きいデッキブラシを持ってきてください! モルガナさんは、油汚れを落とす特製のハーブ石鹸液を大鍋いっぱいにお願いします!」
「ウオォ! デッキブラシ、モッテキタ!」
「ヒッヒッヒ、古竜のウロコ磨きかい! 面白そうだねェ、極上の泡立ちにしてやるよ!」
唖然とするイグニスの巨体に、ヒナタ、アダム、ゴズの三人がかりで、大鍋で泡立てられた特製ハーブ石鹸がバシャアッ!と豪快にぶちまけられた。
『な、なにをする気だ貴様ら! 誇り高き竜の身体をブラシでこするなどという屈辱……』
「いきまーす! そーれ、ゴシゴシゴシゴシッ!!」
『グオォォ……ッ!? ま、待て、そこは……っ!』
怪力の人造人間とミノタウロス、そしてヒナタの絶妙なスナップを効かせた巨大デッキブラシが、イグニスの分厚いウロコの隙間に溜まった数百年の汚れ(湯の花とスス)を、猛烈な勢いで擦り落としていく。
『や、やめ……あっ、いや……。あぁぁ……そこ、そこだ……! 翼の付け根のところ……何百年も自分で手が届かなくて、ずっと痒かったのだ……!』
なんと、巨大な古竜は「自分の背中を掻けない」という致命的な弱点を抱えていたのである。
ヒナタたちのブラッシングと、モルガナのハーブ石鹸の効能により、蓄積された汚れがスルスルと落ち、イグニスは思わず「フシューッ……♪」と鼻息を漏らして地面にへたり込んでしまった。
「よし、お湯で流しますよー! エイルさん、お願いします!」
「はいはい。……【ウォーター・スプラッシュ(極大水柱)】!」
エイルの魔法で滝のようなお湯が降り注ぎ、泡が洗い流されると……そこには、見違えるようにピカピカと真紅に輝く、宝石のようなウロコを持った古竜の姿があった。
「わあ〜! すごく綺麗になりましたね! 管理人さん、男前ですよ!」
『オ、オォォ……!! 身体が……信じられんほど軽い!! 数百年ぶりに、ウロコが呼吸しているようだ……!!』
イグニスは自分のピカピカの身体をうっとりと眺め、感動の涙(温泉成分入り)をドバドバと流した。
「さあさあ、背中も綺麗になったし、みんなでお風呂に入りましょう! 湯冷めしちゃいますよ!」
『う、うむ! 貴様ら、いや、お客様たち! 我が自慢の極上温泉、心ゆくまで堪能していくがよい!!』
数分後。
そこには、頭の上にちょこんと小さな白いタオルを乗せ、ヒナタや魔王たちと一緒に肩まで温泉に浸かって「ふぃ〜……極楽じゃ……」ととろけている古竜イグニスの姿があった。
「どうだいイグニス君、温泉の後に飲むこの『フルーツ牛乳』は格別だろう?」
『おお、魔王殿! この冷たくて甘い飲み物、火照った竜の身体に最高に染み渡りますぞ! ゴクゴクゴク! プハァーッ!!』
「ブモォ! 管理人のおっさん、後で卓球勝負しようぜ!」
【場所:天界・管理室】
『なんで古竜が、頭にタオル乗せてフルーツ牛乳飲んでるんだァァァァッ!!』
激動神ドラマスの魂の絶叫が、天界の窓ガラスにヒビを入れた。
『誇り高き最強の幻獣だろうが!! なんで「毎日お湯を沸かしてるボイラー係のおじさん」扱いされて、背中流してもらって一緒に湯船に浸かってるんだよォォォッ!!』
地球の神様は、温泉まんじゅうを頬張りながら、腹を抱えて大爆笑している。
『あーっはっはっは!! いやぁ、ヒナタ君にかかれば、最強のドラゴンもただの「お風呂好きの気さくな管理人のおじさん」だねぇ! ほら見てごらんよ、イグニス君、すっかり打ち解けて魔王と卓球のダブルス組んでるぞ?』
『やめろォォォォッ!! これで本当に、この世界にヒナタの慰安旅行を止められる奴は一人もいなくなったわァァァァッ!!』
こうして、竜の渓谷を支配する恐怖の古竜も、勇者の「極上の背中流し(ブラッシング)」によって見事におもてなしされ、世界最強の慰安旅行は、誰一人欠けることなく最高の温泉を満喫するのであった。
(第212話・完)
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