■ 第206話:大鍋の魔女と呪いの毒薬。……えっ、秘伝の20種スパイスカレーですか?
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それでは、本編をお楽しみください!
【場所:天界・管理室】
『うわあああああっ! アダムの奴め、腕の「タンポポの刺繍」が汚れるからといって、ヒナタに可愛いフリルのついたアームカバーまで作ってもらっておるぞォォォッ!!』
天界のモニター室で、激動の神・ドラマスが机をバンバンと叩きながら涙目で絶叫していた。
ソファで寝転がりながらポテチをつまんでいる地球の神様が、画面を見てクスクスと笑う。
『いやぁ、ヒナタ君は裁縫も得意だからねぇ。それにしても、3メートルの人造人間がエプロンとアームカバーを着けて洗濯物を干している姿は、なかなかシュールで癒やされるじゃないか』
『癒やされてたまるかァァァッ! 私の世界はダークファンタジーなんだぞ!!』
ドラマスは血走った目でコンソールを睨みつけ、次なる召喚陣を起動させた。
『ええい、こうなれば逆転の発想だ! これまでの刺客はみな、ヒナタから「施し(料理やケア)」を受ける側だったからこそ懐柔された! ならば今度は、向こうから「強烈な毒料理」を振る舞う側……すなわち、自分の調合技術に絶対のプライドを持ち、他人の作ったものなど一口も口にしない最凶の「魔女」を送り込む!!』
『魔女ねぇ……。白雪姫に出てくる毒リンゴのお婆さんみたいな感じかい?』
『これを見よ! 西の「眠らずの樹海」から呼び寄せた、黒魔術と毒薬のスペシャリスト……魔女モルガナと、その使い魔の黒猫ノワールだ!!』
モニターに映し出されたのは、大きなとんがり帽子を目深に被った妖艶かつ不気味な美女と、その肩に乗る金色の瞳の黒猫。そして彼女の背後には、紫色の怪しい湯気をグツグツと噴き上げる「宙に浮く黒鉄の大鍋」が従えられていた。
『あの大鍋で煮込まれているのは、半径1キロ以内の生物を百年間眠り続けさせる「呪いの睡眠毒」だ! そもそも煙を吸っただけで全員気絶するのだから、ヒナタがお茶を出す暇すらない! さあ行けモルガナ、あのふざけたキャンプ地を今度こそ永遠の眠りにつかせてこいィィィッ!!』
【場所:王都から徒歩2日ちょっとの「せせらぎの川辺」・夕暮れ時】
茜色の夕日が川面を照らす頃、せせらぎの川辺には心地よい労働の後の疲労感が漂っていた。
「ブモォ〜、今日もよく働いたぜ! アダムとローランのおかげで、新しい丸太小屋があっという間に完成しちまったな!」
「ウオォ……! 働イタラ、オナカ、ペコペコダ……!」
ミノタウロスのゴズと人造人間のアダム、そして抱っこ紐に自分の首を入れたデュラハンのローランが、切り株に座ってお腹をさすっている。
木陰のベンチでは、騎士団長ヴァレリアと賢者エイル、そして王国の宰相セバスチャンが、夕涼みをしながら夕食の時間を待っていた。
「ふぅ……。この時間になると、ヒナタ殿が作る夕餉の匂いが待ち遠しくなるな」
「ええ。ですがその前に……どうやら西の森から、あまり招かれざる客が近づいてきているようですよ」
エイルが眼鏡を光らせ、森の方角を見据えた。
次の瞬間、ゴゴゴゴ……と不気味な音を立てて木々の間から現れたのは、宙に浮く巨大な黒鉄の大鍋と、とんがり帽子の魔女モルガナであった。
「ヒッヒッヒ……! ここが噂の勇者のキャンプ地だねェ……!」
モルガナが骨ばった杖を一振りすると、大鍋の蓋がガタッと外れ、中からドロドロと煮え立つ紫色の液体と、むせ返るような濃厚な湯気が立ち上った。
肩に乗った黒猫のノワールも、「フーッ!!」と毛を逆立てて威嚇している。
「むっ、あれは毒薬の魔女か! いかん、全員鼻と口を覆え! あの大鍋の煙は強力な催眠魔術が練り込まれているぞ!」
エイルが鋭く警告し、ヴァレリアが風魔法で煙を吹き飛ばそうと剣に手をかけた、その時だった。
「うわあぁぁっ!! なんだろう、すっごくいい香りが風に乗ってきましたよ〜!!」
ログハウスのキッチンから、お玉を片手にエプロン姿の勇者ヒナタがパタパタと飛び出してきた。
あろうことかヒナタは、エイルの制止も聞かずに大鍋のすぐ横まで駆け寄ると、紫色の怪しい湯気を「スーッ、ハーッ……」と思いっきり胸いっぱいに深呼吸したのである。
「ヒナタ殿!? あ、あぶな……っ!?」
「ヒッヒッヒ! 馬鹿な人間だねェ! その『百年眠りの呪い汁』の湯気をまともに吸い込んだからには、3秒で泡を吹いて……」
モルガナが勝ち誇った笑みを浮かべた。
1秒、2秒、3秒……。
「……んん〜っ! 素晴らしい香りです! お腹がグゥ〜って鳴っちゃいました!」
ヒナタは倒れるどころか、目をキラキラと輝かせて大鍋の中身を覗き込んでいた。
「なっ……!? お、お前、なぜその煙を吸って眠らないんだい!?」
モルガナが驚愕して一歩後ずさる。
だが、それも無理はなかった。ヒナタが地球の神様から与えられていた数少ない特技のひとつ――それは、どんな植物の特性も瞬時に見分ける、規格外の『野草の知識』だったのである。
「え? だってこのお鍋、ベースになってるのは八角とカルダモンと、すごく希少な『月光クミン』ですよね? あ、この紫色の葉っぱは確かに毒草の『百年眠り草』ですけど……生のままじゃなくて、一度天日干しにしてから、弱火でじっくり炒ってありますよね?」
ヒナタがニコニコと指摘すると、モルガナの目が点になった。
「眠り草の睡眠毒は熱に弱いから、乾燥させてから丁寧に焙煎すると、毒がすっかり抜けて『疲労回復と食欲増進の最高級スパイス』に変わるんです! こんな難しい下処理を、焦がさずに完璧にやり遂げるなんて……!」
ヒナタはお玉を置いて、港町ポルトの市場で職人たちのハートを次々と撃ち抜いた「あの表情」で、モルガナの手を両手でギュッと握りしめた。
「お姉さん、これほどの薬草を調合できるなんて天才ですか!? 森の香りの魔法使いですか!?」
「へ……!? お、お姉さん……? わ、私が、天才……!?」
ズキューン!!
モルガナのハートが、真正面から撃ち抜かれた。
暗い森の奥で何十年もの間、「気味の悪い毒魔女」と恐れられ、誰からも自分の苦労や技術を認められたことなどなかった彼女にとって、ヒナタの嘘のないリスペクトの言葉は、どんな浄化魔法よりも強烈に心に染み渡ったのだ。
(しかも、毒を強めるために良かれと思ってやった「乾燥&焙煎」が、実は毒を抜いて美味しいスパイスにする調理法だったといううっかりミスまで、最高の職人技として褒めちぎられてしまったのである!)
「そ、そうかい? まあね、月光クミンをすり潰すタイミングと火加減には、私の長年の秘伝が詰まってるんだがね……!」
モルガナはとんがり帽子を深く引き下げ、耳まで真っ赤にしてモジモジと照れ始めた。
「シャーッ!!(騙されるなモルガナ! こいつは敵だぞ!)」
すると、肩から飛び降りた使い魔の黒猫ノワールが、主人の目を覚まさせようとヒナタの足元に噛みつこうとした。
「わあ、黒猫ちゃんも一緒だったんですね! ツヤツヤの黒い毛並みで、なんて可愛いんだろう!」
ヒナタは全く怯むことなくしゃがみ込むと、エプロンのポケットから小さな木皿を取り出し、その上に「ふわふわの薄茶色の削り節」と「細かく裂いた香ばしいイカ」を乗せて差し出した。
「はい、どうぞ。港町ポルトの市場のおじさんに分けてもらった『最高級・削りたての本枯れカツオ節』と、あっちの海で獲れた『特大焼きイカ(クラーケン)の柔らかスルメ』ですよ〜」
「フギャッ……!? な、なんだこの魚介の暴力的なまでの旨味の香りは……!?」
黒猫ノワールの鼻がヒクヒクと動き、警戒で逆立っていた尻尾がピタリと止まった。
魔界や暗い森のネズミしか知らなかった黒猫にとって、カツオ節の芳醇なイノシン酸の香りと、伝説の魔獣クラーケンの炙りイカの匂いは、猫としての本能を根底から破壊する悪魔的ごちそうだった。
パクッ、モグモグ……。
「……ニャ、ニャアアアァァァンッ♪♪」
一口食べた瞬間、黒猫ノワールは瞳をまん丸にして悶絶し、そのままヒナタの足元にゴロンと転がって、喉をゴロゴロと鳴らしながらスリ寄ってしまった。
「ノ、ノワール!? あんたまで何をやってるんだい!」
「ふふっ、猫ちゃんも気に入ってくれたみたいですね。……ねえ、魔女のお姉さん。もしよかったら、その大鍋の素晴らしいスパイスベースを使って、僕と一緒にお料理しませんか?」
「お料理……だと?」
「はい! お姉さんのその『20種類の秘伝スパイス汁』に、これを足したら、きっと世界一美味しいものができますよ!」
ヒナタはログハウスのキッチンから、自分が夕食のために下ごしらえしておいた食材を次々と運んできた。
じっくりと時間をかけて炒めた「黄金色の飴色玉ねぎ」、死霊術師リッチが丹精込めて育てた「完熟トマトのすりおろし」、そしてゴズとガルムが用意した「新鮮な若鶏のぶつ切り肉」である。
「私の呪いの大鍋に、そんな普通の食材を入れてどうするつもりだい……」
「いいから、ちょっと混ぜてみてください。ほら、お姉さんの杖で、いつものようにグルグル〜って!」
ヒナタに促されるまま、モルガナは戸惑いながらも大鍋に食材を投入し、杖でゆっくりとかき混ぜた。
グツグツグツ……。
するとどうだろう。眠り草のほろ苦いスパイスと、完熟トマトの爽やかな酸味、そして玉ねぎと鶏肉の濃厚な旨味が大鍋の中で奇跡の融合を果たし、怪しい紫色だった液体が、見る見るうちに食欲をそそる「黄金色の特製・薬膳スパイススープカレー」へと変わっていくではないか!
「な、なんだこの香りは……!? 腹の底から猛烈に食欲が湧いてくるぞ……!」
「ブモォォッ! たまらん、早く食わせてくれぇぇっ!」
キャンプ地全体に広がる極上のカレーの香りに、ヴァレリアやエイル、ゴズやアンデッドたちまでがゴクリと喉を鳴らして大鍋の周りに集まってきた。
「さあ、一番最初に、調合の天才であるお姉さんが味見してください!」
ヒナタが小皿にスープカレーと、焼きたてのナン(パン)を添えて差し出す。
モルガナは震える手でスプーンを持ち、自分が作ったスープを一口すすった。
「…………ッ!!!」
モルガナの瞳から、ポロポロと熱い雫がこぼれ落ちた。
複雑に絡み合う20種のスパイスが口の中で華やかに弾け、後から野菜と肉の優しい甘みがじんわりと追いかけてくる。食べた瞬間、冷え切っていた手足の先までポカポカと温まり、長年の孤独な研究で擦り切れていた心までが、その温かいスープに溶かされていくようだった。
「……うまい。なんて優しい味なんだい……」
「でしょう? お姉さんが何十年もかけて磨いてきた薬草の知識は、人を呪うためじゃなくて、みんなをこんなに元気にして笑顔にするための『魔法』だったんですよ!」
ヒナタの無垢で眩しい笑顔に、モルガナはついに顔を覆って泣き出してしまった。
「う、うまいぞモルガナ殿! このピリッとした辛さ、クセになるな!」
「ええ、魔力の回復効果まであるとは、宮廷魔導師の私も脱帽の調合技術です!」
「ウオォォ! カレー、ウマイ! オカワリ!」
みんなからロ々に「美味しい!」「天才だ!」と褒め称えられ、大鍋の底があっという間に空になっていく光景を見て、モルガナは生まれて初めて「自分の仕事が誰かに喜ばれる幸せ」を噛み締めていた。
「……ふん! あんたたちがそこまで私のスパイスを気に入ったって言うなら、仕方ないねぇ!」
モルガナは涙を拭うと、被っていた不気味なとんがり帽子を脱ぎ、ヒナタから渡された白い「三角巾」をキリッと頭に巻いた。
「ヒナタ君一人じゃ、この大人数のご飯を作るのは大変だろう? 今日からこの私と大鍋が、あんたたちの『専属・薬膳料理長』になってやるよ! 明日はもっとすごいハーブをブレンドして、極上のチャイ(スパイスミルクティー)を淹れてやるから覚悟おし!」
「やったー! ありがとうございます、モルガナさん!」
「ニャアアァン♪(カツオ節、おかわりだニャ!)」
【場所:天界・管理室】
『なんで最凶の黒魔女が、三角巾を被って「給食のおばちゃん」になってるんだァァァァッ!!』
激動神ドラマスの魂の絶叫が、天界のモニター室に木霊した。
『百年眠りの呪い汁はどうした!? なんで「乾燥させて炒ったから毒が抜けて最高のカレースパイスになりましたね、天才ですか!」って褒め殺されて、そのまま薬膳カレーパーティーが始まってるんだよォォォッ!! しかも使い魔の黒猫、お前はカツオ節とクラーケンのスルメで完全にただの飼い猫になるなァァァッ!!』
床に突っ伏してジタバタと暴れるドラマスの横で、地球の神様はカレー味のポテチを開けながら、お腹を抱えて大爆笑していた。
『あーっはっはっは! いやぁ、ヒナタ君の「野草の知識」と「褒め上手」のコンボの前には、魔女のお姉さんもひとたまりもなかったねぇ! これでキャンプ地の食事がますます豪華になっちゃったよ。さあドラマス君、残る西洋妖怪はいよいよ最後の1体だけど……まだやるかい?』
『や、やるに決まっておるだろうが……! 最後の1体は、水分という水分をすべて奪い去る砂漠の呪い王……カレーもスープも全部干上がらせてやるわァァァッ!!』
ドラマスの涙ぐましい最後の抵抗が、今まさに放たれようとしていた。
(第206話・完)
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ヒナタのマイペースな異世界蹂躙はまだまだ続きます。魔王軍の胃の痛みが限界を迎える前に、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】からの評価や、ブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!
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