■第15話:船が進まない! ……わあ、海が「鏡」みたいで素敵ですね!
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【場所:魔の海域・無風地帯】
ピタリ……と、風が止んだ。
さっきまでの荒波が嘘のように、海面は鏡のように静まり返っていた。
「……止まったな」
船長が青ざめた顔で空を見上げる。
「風が死んだ。波もない。これでは帆が役に立たん」
クイーン・セバスチャン号は、大海原の真ん中で完全に停止した。
オールで漕ぐには船が大きすぎる。魔導エンジン(エイルの魔力)も、連日の調理と冷蔵庫維持で使い果たしている。
「た、大変だ……!」
宰相セバスチャンが、甲板を走り回る。
「このままでは漂流だ! 水が尽きたら終わりだぞ!」
「神よ……! なぜ我々に、次々と過酷な試練を……!」
船員たちも動揺し始める。
「おい、食料の備蓄を確認しろ!」
「オールを出せ! 1ミリでも進むんだ!」
焦燥感。閉塞感。
「進まない」という事実は、人間の精神を容易く追い詰める。
【場所:天界・管理室】
『クックック……。その顔だ。その焦りが見たかった!』
神ドラマスは、暗い部屋で一人、悦に入っていた。
『ここは「永遠の凪」。風の精霊すら立ち入らぬ死の海域だ』
『さあ、漕げ! 汗を流せ!』
『進まぬ船の上で、仲間割れを始めろ! 「お前のせいで水が減った」と罵り合え!』
これぞ人間ドラマの真骨頂。極限状態での心理サスペンスだ。
ドラマスは、ドロドロとした展開を期待してモニターを凝視した。
【場所:静止した海の上】
しかし。
ヒナタは、船べりから身を乗り出し、じーっと海面を見つめていた。
「……すごい」
「勇者殿? 何がですかな?」
焦るセバスチャンが近寄る。
「見てくださいセバスチャンさん。海が、空を映してます」
ヒナタが指差す先。
波ひとつない海面は、青い空と白い雲を完璧に反射し、まるで「ウユニ塩湖」のような幻想的な「天空の鏡」を作り出していた。
「ほ、本当だ……。美しいが、今はそんな場合では……」
「エイルさん!」
ヒナタが振り返った。
「『水面歩行』の魔法って、どれくらい保ちますか?」
「え? まあ、魔力消費は少ないので半日は余裕ですが……」
エイルが答える。
「よし! じゃあ皆さん、『船から降りましょう』!」
「はあぁぁぁッ!?」
全員の声が重なった。
【数分後・海の上】
チャプン……。
信じられない光景が広がっていた。
太平洋の真ん中で、ヒナタたちは「海の上に立って」いた。
「わあ……! 不思議な感覚! 空の上を歩いてるみたい!」
ヒナタが海面を走り回る。波が起きないので、足元の波紋だけが美しく広がる。
「ふむ。これは……精神統一に最適だな」
ヴァレリアが、海面にあぐらをかいて瞑想を始めた。
「鏡のような水面……己の心(迷い)を映し出すようだ。……昨日の焼きイカ、食べすぎたな」
「ブモッ……ブモモ……(怖い……足が震える……)」
ゴズは、恐る恐るへっぴり腰で海面に立っている。
ヒナタが手を引いてやる。
「大丈夫ですよゴズさん。ほら、自分の顔が映ってますよ!」
そして、極めつけは――。
「さあセバスチャンさん。ここなら絶対に揺れませんから」
ヒナタが、海面に「ティーセット」を広げた。
テーブルはない。海そのものがテーブルだ。
「ど、どういうことですか勇者殿……」
「揺れないなら、ここで『海上アフタヌーンティー』ができるじゃないですか!」
絶海の孤島ならぬ、絶海の「お茶会」。
上も青、下も青。
360度、空に囲まれた空間で、優雅に紅茶をすする。
「……なんて贅沢な時間だ」
セバスチャンは震えた。
「王宮のテラスでも、これほどの絶景は味わえない……」
「でしょう? 風がないって、素晴らしいことですねぇ」
ヒナタがスコーンを齧る。
船上の乗客たちも、次々と魔法をかけてもらって降りてきた。
「すげぇ! 写真撮ろうぜ!」
「海の上でダンスしよう!」
「俺、ここで昼寝するわ!」
焦燥感に包まれていた「死の凪」は、一瞬にして「天空のパーティー会場」へと塗り替えられた。
【場所:天界・管理室】
『…………』
神ドラマスは、乾いた笑いを漏らした。
『フフッ……』
モニターの中では、海面に映った自分たちの姿を見て、「映えるなぁ~!」とはしゃぐ勇者たちの姿。
焦り? 絶望?
そんなものは、この美しい青の世界には存在しなかった。
『風を止めたら……「揺れないからお茶会しよう」……だと?』
『じゃあ何か? 私が彼らのために、わざわざ「最高のスタジオ」を用意してやったことになるのか……?』
『ふざけるなァァァッ!!』
ドラマスは、自暴自棄になって「風のスイッチ」を全力で叩いた。
『進め! もういいから進め!』
『さっさと視界から消えてくれェェェッ!!』
ゴォォォォォォッ!!
突如として猛烈な追い風が吹き始めた。
「あ、風が出てきましたね」
ヒナタが残念そうにティーカップを片付ける。
「もう少し遊びたかったけど……仕方ありません。戻りましょうか」
「うむ。良い瞑想だった」
「ブモォ!(助かったぁ!)」
一行は船に戻り、再び快適な航海を再開した。
神様の「期待」は、またしても「最高の思い出」として上書き保存されてしまったのだった。
(第15話・完)
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ヒナタのマイペースな異世界蹂躙はまだまだ続きます。魔王軍の胃の痛みが限界を迎える前に、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】からの評価や、ブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!
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