第5話:(前編)欠陥住宅を売る『影』
新築のような輝きを放つ、白いサイディングボードの外壁。
郊外の閑静な住宅街に建つその一軒家は、若い新婚の佐藤さん夫婦にとって「夢のマイホーム」のはずだった。中古物件をフルリフォーム済みという条件で購入し、入居してまだ一週間。
「……九条さん、もう夜が怖いんです。壁の向こうから、女の人が這い回るような音がして……それに、お風呂に入ると、鏡に知らない誰かが映る気がして……」
依頼主の奥さんは、リビングのソファで肩を震わせていた。
結は、室内の温度と湿度を計測しながら、静かにリビングを見渡した。
「リフォーム済み、ですか。……見た目は確かに、新築同然ですね」
結が壁を指先で軽く叩く。コンコン、という乾いた音。
だが、その音の響きに、彼女は微かな「違和感」を覚えた。
「……凛。鼻の出番です」
作業着の腕をまくった凛が、リビングの隅に移動し、深く息を吸い込んだ。
「……(クンクン)……。あっちゃあ。これ、アカンやつやわ、結。……安物のクロスの糊の匂いに混じって、どろりとした『古い血』と、何かを無理やり封じ込めたような『焦げた薬品』の匂いがしとる」
陽葵も、耳を壁に寄せて顔をしかめた。
「……聞こえますわ。……『狭い』、『暗い』、『ここから出して』……。小さな声ですけれど、壁のあちこちから、複数の溜息が聞こえてきます。……結ちゃん、これ、一人の霊じゃありませんわ」
「……複数の溜息、ですか」
結の瞳に、冷徹な光が宿った。
彼女はカバンから、高精度の赤外線サーモグラフィを取り出し、壁をスキャンした。
通常、断熱材が入っている場所は一定の温度を示すはずだが、画面に映し出されたのは、不自然に「形」を持った複数の低温反応。まるで、人が壁の中に立っているかのようなシルエットだ。
「……佐藤さん。この物件の仲介業者から、リフォームを担当した会社の名前は聞いていますか?」
「え、ええ。確か……『黒曜建設』という、最近テレビCMもやっている大きな会社だと言っていました。すごく親切で、不吉な噂も全部除霊済みだから安心だって……」
「……黒曜建設。やはり」
結の声が、低く地を這った。
彼女は凛に目配せをし、リビングのクローゼット横の壁を指差した。
「凛。この部分のクロスを剥がして、石膏ボードを切り抜いてください。……慎重に。中に『詰め物』があります」
「了解。……えげつない予感がするわ」
凛がカッターで丁寧に壁紙に切れ目を入れ、専用のノコギリでボードを切り抜く。
ボコッ、という音と共に壁の一部が外れた瞬間、室内には吐き気を催すような腐敗臭が吹き出した。
「うわっ……!!」
凛が思わず顔を背ける。
切り抜かれた壁の内側。
そこには、断熱材の代わりに、真っ黒な『呪符』がびっしりと、隙間なく貼り付けられていた。
呪符はまるで粘着テープのように、壁の中に閉じ込められた「霊的な影」を石膏ボードに縫い付けている。
「……これは、除霊ではありません。……『監禁』です」
結が、その黒い呪符の一枚をピンセットで剥がし取った。
剥がされた瞬間、壁の奥からヒタヒタ……という濡れた足音が聞こえ、女のすすり泣きが鮮明に響き渡った。
「黒曜建設は、事故物件の霊を成仏させる手間を省き、特殊な呪符で壁の中に『プレス』して封じ込めたんです。こうすれば、一時的に霊気は遮断され、内見の時は気づかれません。……ですが、これは建物の構造そのものを呪いの道具に変える行為です」
「……なんてことを。……そんなの、リフォームじゃありませんわ。ただの『隠蔽』ですわ!」
陽葵が怒りに声を震わせる。
「それだけやないぞ、結。見てくれ、この柱の継ぎ目。呪符を貼るスペースを確保するために、本来必要な補強材を削っとる。……これ、震度四でも耐えられへんで。霊障以前に、欠陥住宅や!」
凛の指摘に、結は静かに、しかし激しい怒りを込めて頷いた。
「……家は、住む人を守るための場所です。……霊を虐待し、住人を危険に晒し、利益を貪る。……黒曜建設。彼らのやり方は、建築士として、到底許せるものではありません」
その時、家中の電気が激しく点滅し、バキバキと壁の中で何かが壊れる音がした。
封印が剥がされたことで、壁の中に溜まっていた数十年分のアパート時代の「怨念」が、一気に決壊し始めたのだ。
「……凛、陽葵。全面解体及び、魂の救出作業を開始します。……九条工務店のプライドにかけて、この家を『まともな住居』に作り直しますよ!」
家の奥から、黒い霧のような影が溢れ出し、三人に襲いかかろうとしていた。




