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幽霊物件リフォーム専門店・「九条工務店」〜女子3人で事故物件、お直しいたします〜  作者: 寝不足魔王


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第12話:事務所の要塞化と、見えない「白」の呪い

 爽やかな五月の風が吹き抜ける、月曜日の早朝。

 九条工務店の事務所前には、三つの人影と、積み上げられた一斗缶の山があった。

 

「……凛、足場の固定を確認してください。陽葵、塗料の攪拌かくはんを。……黒曜建設の鴉羽さんに代わって、私たちが『本当の仕上げ』を見せてあげましょう」

 

 結は、真っ白な作業服に身を包み、ローラーを手に凛とした表情で告げた。

 事務所の白い外壁には、昨夜書かれた『偽善者』という黒いペンキの跡が痛々しく残っている。だが、三人の顔に悲壮感はない。


「了解や! ……あんな素人同然の殴り書き、うちのケレン(下地処理)で跡形もなく削り取ったるわ!」

 凛がサンダーを起動させ、けたたましい音と共に黒い汚れを火花ごと散らしていく。彼女の動きは精密で、一ミリの塗り残しも許さない職人の気迫に満ちていた。


「ふふ、私の調合した『浄化の香料入りペンキ』、いい香りがしますわよ。……お隣の奥様にも、『あら、いい匂いね』って褒められてしまいましたわ」

 陽葵が大きな攪拌棒でペンキを練り上げる。その白は、ただの白ではない。陽葵の祝詞によって清められ、微かに真珠のような光沢を放っていた。


 近所の子供たちが「何してるのー?」と寄ってくると、陽葵が笑顔でお菓子を配り、凛がバールをジャグリングのように回して見せる。

 結は、それらを横目に見ながらも、ミリ単位の塗りムラを厳しく指摘し続けた。


「……凛、左下三センチ、塗膜が薄いです。……落書きのおかげで、予定より半年早く外壁のフルメンテナンスができました。黒曜建設には、清掃代と広告宣伝費を合算した請求書を送っておきましょう」


「あはは! 結、あんたホンマに容赦ないなぁ!」

 三人の笑い声が、初夏の空へと溶けていった。


 ***


 だが、その日の深夜。

 塗り直されたばかりの真っ白な壁に、異変が起きた。


 街灯の光の下、完璧に仕上げたはずの白壁が、まるで内側から腐敗していくようにドロリと歪み始めたのだ。


「……(クンクン)……。うわっ、なんやこれ。ペンキの匂いと違う!」

 事務所で仮眠を取っていた凛が、飛び起きて鼻を抑えた。

「腐った卵と、古い墓石の粉を混ぜたような……胸がムカムカする匂いや。……結、落書きを消した場所から、何か『嫌なもん』が浮き出てきとる!」


 結がブラックライトを壁に照射した。

 昼間は完璧な白に見えた壁面に、青白い光に反応して、おどろおどろしい「呪詛の文言」が浮かび上がった。


「……『見えない白』の呪い、ですか。……黒いペンキはただの囮。……彼らの本命は、下地に染み込ませたこの『呪いの骨粉』だったようですね」


 結の『視力』には、事務所全体が目に見えない「白い網」で覆われ、外部との気の流れが完全に遮断されているのが見えた。事務所の中が、まるで巨大な密閉された『棺桶』のように変質しつつある。


「……陽葵、耳を澄ませて。……呪いの『震源地』はどこですか?」


「……聞こえますわ。……『閉じ込めろ』、『腐らせろ』、『光を奪え』……。結ちゃん、事務所の看板の裏! あそこに、不気味な心音が張り付いていますわ!」

 陽葵が震える指で、工務店の看板を指差した。


 その瞬間、事務所の照明が激しく点滅し、窓ガラスがパキパキと嫌な音を立ててたわみ始めた。


「……なるほど。……私たちの拠点を物理的に破壊するのではなく、内側から『窒息』させるつもりですね」

 結が眼鏡を押し上げ、静かにホルダーペンを取り出した。


「凛、陽葵。……予定変更です。……単なる修繕ではありません。……今夜中に、この事務所を『対・黒曜建設用・要塞事務所』へとフルリフォームします!」


「……よっしゃ! 待ってましたわ、その言葉!」

 凛が愛用のバールを二本、両手に構えてニヤリと笑った。


「ガタガタガタッ!!」

 事務所の窓ガラスが、目に見えない圧力に押されて悲鳴を上げる。

 壁に浮かび上がった青白い呪詛の文字が、血管のように脈打ち、事務所内の酸素を奪うように黒ずんでいく。


「陽葵、中和を! 凛、看板の裏に仕込まれた『心臓』を叩き出してください!」

 結が叫び、自身はブレーカーボックスを開けて特殊な回路を組み込み始めた。


「了解や! ……看板を汚す奴は、神様でも仏様でも許さんぞ!」

 凛が事務所の外へ飛び出し、梯子を一気に駆け上がる。『九条工務店』の看板の裏側にバールを差し込み、強引に隙間を作った。

「(クンクン)……。ここや! 腐った肉の匂い! ……おんどりゃああ!!」


 バールが火花を散らし、看板の裏から真っ黒に変色した「呪いの木札」が叩き落とされた。

 地面に落ちた木札が、陽葵の放つ浄化の光に焼かれて、嫌な音を立てて炭化していく。


「【光の鎖よ、この場所を囲いなさい。悪しき気を吸い込み、清浄なる風へと変えん】!!」

 陽葵が事務所の四隅に配置した「盛り塩(備長炭入り)」に向けて祝詞を放つ。

 

 瞬間、事務所内に充満していた窒息しそうな重圧が霧散し、塗り直したばかりの白壁が、今度こそ純粋な輝きを取り戻した。


「……ふぅ。これで一旦は静まりましたね。……ですが、凛、陽葵。これはまだ『掃除』に過ぎません」

 結が、新しく引き直した事務所の「防衛設計図」を広げた。


「……黒曜建設が、私たちの拠点を直接狙ってきた以上、ここをただの事務所にしておくわけにはいきません。……今夜中に、ここは『要塞』に生まれ変わります」


 そこからの三人の動きは、まさにプロフェッショナルそのものだった。


 凛は、事務所のドアノブを分解し、結が自作した「霊的絶縁回路」を組み込んだ。不純な殺意を持ってノブに触れた瞬間、陽葵の祝詞を増幅した微弱な「浄化電流」が走る仕組みだ。

 さらに、事務所の四隅の床下に、バールを模した「真鍮製の結界柱」を深く打ち込み、地脈を物理的に固定した。


 陽葵は、事務所のスピーカーシステムを改造。二十四時間、人には聞こえない超低周波で「環境浄化の祝詞」を流し続ける『アクティブ・ノイズ・キャンセリング(霊的)』を構築した。

 

 そして結は、窓ガラスの表面に特殊な「反射コーティング」を施した。外からの呪詛をそのまま発信元へ跳ね返す、一級建築士ならではの「鏡面反射理論」の応用だ。


 朝日が昇る頃。

 完成した事務所は、見た目こそ昨日までと変わらないが、その内包する「気」は、まるで峻烈な神社の境内のような、研ぎ澄まされた静寂に包まれていた。


「……完璧です。……これなら、鴉羽さんが直接乗り込んできても、玄関先で門前払いにできますね」

 結が、新しく磨き上げた看板を誇らしげに見上げた。


 ***


 その日の夜。

 事務所の前の暗がりに、一台の黒いバイクが停まった。

 ヘルメットを被った男が、再びペンキの缶を手に事務所のドアへと近づく。


 男がニヤリと笑い、ドアノブに手をかけた――その瞬間。


「……ギニャァァァァ!!」


 バヂィィン! という青白い火花と共に、男は十メートルほど後方まで吹き飛ばされた。

 落としたペンキの缶が空中で破裂し、中身の黒い液体が、そのまま男自身の顔へと降りかかる。


「……あ。……結ちゃん、さっそく『防犯リフォーム』の効果が出ましたわね」

 二階の窓から様子を伺っていた陽葵が、おっとりと呟いた。


「ええ。……反射コーティングも正常に作動しています。……撒き散らされた悪意は、全て本人に還る仕様ですから」

 結が、タブレットでセキュリティログを確認しながら冷徹に答えた。


「ケッ。……自業自得やな。……さて、結。これで事務所は安泰やけど、そろそろ攻めに転じる時期やないか?」

 凛が、愛用のバールを丹念に布で拭きながら言った。


「……ええ。……黒曜建設の本拠地。……そこには、彼らがこれまで封じ込めてきた無数の霊たちの『構造的な歪み』が眠っているはずです」


 結は静かに告げ、タブレットの画面を消した。


「……次の現場は、彼らが手掛けたという『激安シェアハウス』。……そこが、私たちの反撃の狼煙のろしとなります」


 その瞳が、眼鏡の奥で黄金色に輝いた。

 それは、ただの建築士の目ではない。住まう人の命を脅かす悪意を、根底から引き抜こうとする決意の光だった。


 九条工務店。

 最強の拠点を手に入れた彼女たちは今、宿敵の喉元へと続く、一本の真っ直ぐな、しかし険しい道の上に立っていた。



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