第11話:(後編)黒曜建設の宣戦布告
「キィィィィン……!!」
黒曜建設が持ち込んだ音波発生装置が、鼓膜を突き刺すような高周波を撒き散らす。
佐藤家の外壁タイルが、共振に耐えきれずピシリとひび割れ、屋根の瓦が雪崩のように滑り落ちた。
「ひ、ひどい……! せっかく九条さんに直してもらった家が、バラバラになっちゃう!!」
佐藤さんが夫にしがみつき、泣き叫ぶ。その足元、庭の土からは、黒石杭が吸い上げた「地脈の汚濁」がどす黒い霧となって噴き出していた。
「……陽葵、出力最大で! ……音には音を。……構造の打ち消しを開始してください!」
結が激しく揺れる大黒柱に背を預け、冷徹に指示を飛ばした。
「承知いたしました。……【清らかなる響きよ、荒ぶる波を凪へと誘いなさい。不協和音の殻を破り、礎に静寂を!】!!」
陽葵が特注の数珠を両手で引き絞り、自身の喉を震わせて超高音の祝詞を放った。
それは単なる声ではない。建物の固有振動数に合わせた「逆位相」の共鳴音だ。
陽葵の放つ白光を帯びた音波が、黒曜の発生させる不快なノイズと空中で激突する。
パリンッ!! という硝子が割れるような轟音と共に、家を震わせていた狂ったような振動が、ピタリと止まった。
「……なっ、音波を声で相殺しただと!?」
作業員たちが驚愕して装置を覗き込む。その隙を、凛が逃すはずもなかった。
「現場を荒らす不逞の輩は、例え同業者でも叩き出すのが、うちの社風や!!」
凛が二本のバールをクロスさせ、地響きを立てて突進した。
彼女が狙ったのは、庭の四隅に打ち込まれた『黒石杭』。
「【天を支え、地を固めよ。我が力、鋼の如く!】……おりゃあああ!!」
凛が一本目の杭の根元にバールを突き立て、全身のバネを使って跳ね上げた。
ドゴォォォン!!
地脈を汚していた真っ黒な杭が、まるで腐った歯を抜くように地上へと弾き飛ばされる。一本、また一本。凛の豪快なスイングが、黒曜の仕掛けた「呪いの結界」を物理的に粉砕していく。
「……バカな。……あれは、重機でもなければ抜けない代物のはずだぞ!」
鴉羽の顔から余裕の笑みが消え、土気色の怒りが滲む。
結は、静かに鴉羽の前に歩み寄った。
彼女の手には、いつの間にか厚いバインダーが握られている。
「鴉羽常務。……これ、何だか分かりますか?」
「……何だ、それは」
「この土地の過去五十年の登記記録、及び周辺の地盤調査データ。……そして、あなたが打ち込んだ杭の材質分析結果です」
結は、ページをパラパラとめくり、冷徹に事実を突きつける。
「あなたが打ち込んだ杭には、不当に高い電磁波を発生させる希少金属が含まれている。……これは『地霊の怒り』などではなく、単なる『電磁誘導による構造疲労の誘発』です。……建築基準法第十七条、並びに特定商取引法における『不実の告知』。……今、この場で警察と建築指導課に通報してもよろしいですが?」
「……っ、貴様……!」
「……家は、住む人の命を預かる箱です。……それを自社の利益のために意図的に壊そうとする。……あなたは建築士を名乗る資格などない。……ただの、解体されるべき『不良債権』です」
結の言葉は、バールの一撃よりも重く、鴉羽のプライドを粉々に砕いた。
周囲の作業員たちは、凛の気迫と結の論理に圧倒され、次々と後退していく。
「……ふん。……九条結、今日はこれくらいにしておいてやろう」
鴉羽は、苦々しげに吐き捨てると、黒いセダンへと乗り込んだ。
「だが、忘れるな。……これはまだ、挨拶代わりだ。……君たちの事務所も、いつまで『安全な構造』でいられるかな?」
不吉な言葉を残し、黒曜建設の車両が砂煙を上げて走り去った。
***
夕暮れ時。
佐藤さんの家には、ようやく本当の静寂が戻っていた。
凛が瓦を積み直し、陽葵が庭の土を清める。結は、傷ついた壁の補修プランを佐藤さんと相談していた。
「……本当に、ありがとうございました。……九条さんたちがいなかったら、今頃私たちは……」
「いいえ。……家が頑張って耐えてくれたんです。……佐藤さん、これからは私たちが、より強固な『守護』をこの家に施します。……二度と、あのような輩に踏み込ませません」
結の誓いに、佐藤さん夫婦は深く、深く頭を下げた。
***
その数時間後。
事務所に戻った三人を待っていたのは、さらに卑劣な「嫌がらせ」だった。
「……あ。……見てください、結ちゃん」
陽葵が指差した先。事務所の白い外壁に、大きな黒いペンキで『偽善者』『死ね』という罵詈雑言が、殴り書きされていた。
「……クソッ! 姑息な真似しやがって! 今すぐバール持って黒曜の本社にカチコミや!!」
凛が激昂して駆け出そうとするが、結はそれを片手で制した。
「……いいえ、凛。……怒る必要はありません。……壁が汚れたのなら、塗り直せばいい。……それも、彼らが二度と手を触れられないほどの『鉄壁の塗装』で」
結の眼鏡の奥に、かつてないほどの激しい闘志が宿った。
「……九条工務店。……明日から、事務所の『全面防衛リフォーム』を開始します。……あちらが戦争を望むなら、こちらは『難攻不落の城』で迎え撃ちましょう」
月明かりの下、三人の影が長く伸びる。
九条工務店と黒曜建設。その争いは、今、一軒の住宅を越え、街全体を巻き込む巨大な渦へと発展しようとしていた。




