第11話:(前編)黒曜建設の宣戦布告
月曜日の朝。本来ならば、新しい一週間の図面を引き、建材の納入を確認する清々しい時間のはずだった。
しかし、九条工務店の事務所に飛び込んできたのは、かつて第5話で救ったはずの佐藤さんからの、悲鳴に近い電話だった。
『九条さん! 助けてください! 黒曜建設の……あの黒い作業服の人たちが大勢押し寄せてきて、勝手に庭を掘り返して……! 除霊が不完全だから、このままだと家が腐り落ちるって、無理やり契約書に判を押させようとしてるんです!』
受話器から漏れる佐藤さんの震える声に、結の瞳がスッと細まった。
彼女は無言で立ち上がり、デスクに置いていた一級建築士のバッジを胸に留める。
「凛、陽葵。……出撃です。現場の『不法侵入』と『欠陥工事』を阻止します」
「……待ってましたわ。……朝から嫌な『ノイズ』が響いていると思っていましたけれど、やはりあの方たちの仕業でしたのね」
陽葵が、普段の穏やかさをかなぐり捨てたような冷徹な手つきで、特注の太い数珠を首にかけた。
「ケッ、挨拶もなしに他人の現場を荒らすとは、礼儀の欠片もねえな。……結、今日はバール二本持ってくぞ。一本は解体用、もう一本は……『分からず屋』の頭を冷やす用や!」
凛がガレージから愛用のバールを二本掴み出し、軽トラックの荷台に放り込んだ。
***
佐藤さんの家に到着した三人が目にしたのは、異様な光景だった。
静かな住宅街の景観を汚すように、黒曜建設のロゴが入った真っ黒な重機が庭に鎮座し、ガスマスクのような防護マスクを装着した作業員たちが、家を取り囲んでいる。
「……(クンクン)……。うわぁ、最悪や。……腐ったガソリンと、焼き切れた電子基板の匂い。……これ、霊障やない。人工的に作った『建物の毒』を撒き散らしとる!」
凛が鼻を抑えて叫んだ。
その中心。
黒い高級スーツを完璧に着こなした男――黒曜建設常務、鴉羽が、佐藤さん夫婦を冷たい目で見下ろしていた。
「……佐藤さん。言ったはずですよ。九条工務店の施工は『素人』の気休めに過ぎない。壁の中に封じられていた霊を無理に解放したせいで、この土地の守護が失われ、地脈が腐り始めている。……今すぐ我が社の『黒石杭』を打ち込まなければ、あなたの家は一ヶ月以内に倒壊します」
「そ、そんな……! でも、九条さんは……」
「……その言葉、撤回していただきましょうか。鴉羽常務」
結の静かな、しかし重厚な声が現場に響いた。
鴉羽はゆっくりと振り返り、薄笑いを浮かべた。
「おや……掃除屋のお出ましですか。……九条代表、君の甘い『浄化』のせいで、地霊たちが泣いていますよ? 見てごらんなさい。……私が打ち込んだこの杭を」
鴉羽が指差した庭の四隅。そこには、禍々しい漆黒の杭が深く打ち込まれていた。
結の『視覚』には、その杭からヘドロのような真っ黒なノイズが噴き出し、地脈に流れる清浄な気を無理やり黒く染め、建物の基礎を蝕もうとしているのがはっきりと見えていた。
「……『黒石杭』。……地脈を活性化させるのではなく、無理やり固定して壊死させる禁じ手ですね。……あなたは、家を救うのではなく、この家を『麻薬漬け』にして、黒曜建設なしでは建っていられない廃屋にしようとしている」
結は一歩前に踏み出し、カバンから黄金色に輝く真鍮製のメジャーを取り出した。
「建築基準法……いえ、それ以前の問題です。……鴉羽さん。あなたの設計図には、住む人の未来が描かれていない。……ただの、ゴミの山です」
「……ふん。口の減らない女だ。……おい、始めろ」
鴉羽が指を鳴らした。
次の瞬間、黒曜の作業員たちが抱えていた奇妙な円筒形の装置が、キィィィィン……という、耳を劈くような高周波を放ち始めた。
「……!? 結ちゃん、これ……霊を狂わせる『不協和音』ですわ! ……屋根裏に残っていた微かな残響が、無理やり実体化させられようとしています!」
陽葵が耳を抑えて叫ぶ。
佐藤家の家全体が、まるで生き物のようにガタガタと震え始め、瓦が数枚、音を立てて地上に落下した。
「……家が、家が壊れる!!」
佐藤さんが泣き叫ぶ中、鴉羽は満足げに目を細めた。
「さあ、九条工務店。……この『暴走』を、君たちの安っぽい祝詞で止められるかな?」
「凛! 物理的な絶縁を! 陽葵、ノイズのキャンセリングをお願いします!」
結が叫び、自身も激しく揺れる外壁に手を当てた。
「任せとき! ……現場を荒らす不逞の輩は、例え同業者でも叩き出すのが、うちの社風や!!」
凛が二本のバールをクロスさせ、地響きを立てて突進した。
九条工務店対黒曜建設。住宅街を舞台にした、前代未聞の「強制リフォーム」戦争が始まった。




