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幽霊物件リフォーム専門店・「九条工務店」〜女子3人で事故物件、お直しいたします〜  作者: 寝不足魔王


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第1話:(後編)事故物件は「二重契約」中

「……ひっ、冷たっ! 結ちゃん、足元の温度が急激に下がっていますわ!」


 陽葵が短い悲鳴を上げ、スカートの裾を抑えた。

 六月の湿った熱気はどこへやら、二〇三号室の床面には、まるでドライアイスの煙のような、どろりとした灰色の霧が這い回り始めている。


「凛、下がってください。それは老人の残り香じゃありません」


 結の声が鋭く響く。

 凛はバールを構えたまま後退し、鼻を強く押さえた。

「クソッ、鼻が曲がりそうや! これ、生ゴミどころやない。……古い土と、獣の死骸を煮詰めたような……最悪の『腐敗臭』や!」


 バキ、バキバキッ!

 老人の金庫が収まっていた壁の隙間から、何かが這い出してくる。

 それは人の形をしていなかった。泥を固めたような真っ黒な塊が、壁の裏側から溢れ出し、畳を汚しながら膨れ上がっていく。


「……なるほど。前住人のおじいさんは、この『ナニカ』を隠すために金庫を置いていたんですね。あるいは、彼の執着が重石おもしになっていたのか」


 結は冷静に状況を分析する。

 一級建築士の視点で見れば、それは構造体スケルトンに染み付いた「病」だ。


「結ちゃん、これ、ただの地縛霊じゃありません。この土地そのものに溜まった『泥』……。長年の湿気と放置された悪意が混ざり合った、建物の癌ですわ!」


 陽葵が数珠を握り締め、祝詞のトーンを一段階上げる。

「凛さん、結界を! 外に漏れたらアパート一棟全滅です!」


「言われんでもわかっとるわ! ……【いぬいの角、ひつじさるの境、我が領域を以て、不浄を断たん】!」


 凛が腰のポーチから特殊な「清め塩」を混入した建築用チョークを取り出し、玄関と窓際の床に素早く線を引いた。

 シュンッ、と青白い火花が散り、部屋が不可視の壁で隔離される。


 黒い泥の塊――『腐浄ふじょう』が、逃げ道を失って咆哮した。

 室内の照明が激しく点滅し、張り替えたばかりの壁紙がベリベリと剥がれ落ちていく。


「……せっかく綺麗にした壁紙を。……よくも、やってくれましたね」


 結の周囲の温度が、スッと下がった。彼女の怒りは、静かで、そして重い。

 彼女にとって、リフォーム現場を汚されることは、自身の魂を汚されることに等しい。


「凛、その『腐浄』の中心核はどこですか?」


「……(クンクン)……右奥! 床下三本の根太ねだが交差する場所や! あそこに、真っ黒な『心臓』が見える!」


「陽葵、浄化の集中をお願いします。三・二・一……今!」


「【光よ、隅々まで満ちて、汚れを灰へと還しなさい】!!」


 陽葵が両手を広げると、事務所のロゴが入った懐中電灯から、聖なる光が照射された。

 光に焼かれた泥の塊が、悶え苦しみながら縮小していく。


「凛、物理的な『外科手術』を始めます。根太ごとぶち抜いてください!」


「合点承知! どきな、化け物!」


 凛が猛然と踏み込み、バールを床板の隙間に突き立てた。

 常人離れした腕力で、ベリッ、と床板を剥ぎ取る。そこには、真っ黒に変色した建築資材と、いつのものかも分からない古い「お札」の残骸が、ヘドロに塗れてこびりついていた。


「これやな……! 不法投棄された残土か、それとも昔の呪いか知らんけど、うちの現場で好き勝手させるかぁ!」


 凛がバールを振り抜き、中心核である黒い塊を粉砕した。

 断末魔のような音が部屋中に響き渡り、灰色の霧が一気に霧散していく。


 ……静寂が訪れた。


 凛は肩で息をし、陽葵は額の汗を拭う。

 部屋には、剥がれた壁紙と、破壊された床板が無惨に散らばっていた。


「……終わりましたね。お疲れ様です、二人とも」

 結は乱れた髪を直すこともなく、手帳に何かを書き込み始めた。


「結ちゃん、お疲れ様でした。……でも、これ、当初の予算を大幅にオーバーしちゃいますよね? 床下まで全交換となると……」


 陽葵の心配に、結は不敵な笑みを浮かべた。

「いいえ。これは『隠れた瑕疵かし』――つまり、物件自体の重大な欠陥です。不動産屋に追加予算を請求します。……あのおじいさんが遺した金庫の発見報酬も、手数料としてきっちり頂きますから」


「あはは、相変わらず結はえげつないなぁ。でも、これでおじいさんも、次の住人も安心やな」


 凛が窓の外を見上げた。

 どんよりとしていた世田谷の空は、いつの間にか晴れ渡り、夕焼けが部屋に差し込んでいた。


 数日後。

 二〇三号室は、誰もが驚くほどの美しい「北欧風ワンルーム」へと変貌を遂げていた。

 白を基調とした壁、無垢材のフローリング、そして収納力抜群のウォークインクローゼット。


 結、凛、陽葵の三人は、完成した部屋の真ん中で、満足げに周囲を見回した。


「完璧です。これなら、今日内見に来るお客様も、悲鳴ではなく感嘆の声を上げるでしょう」


「せやな。あのおじいさんの娘さんにも、ちゃんとお金と遺言書、届いたみたいやし」


「ふふ、新しい生活が始まる音が聞こえますわ」


 三人は事務所に戻るため、玄関の鍵をかけた。

 ドアに掲げられた『入居者募集』のチラシが、心なしか誇らしげに揺れている。


 九条工務店。

 彼女たちの戦いは、一軒のリフォームが終わるたびに、また次の「いわく付き物件」へと続いていく。


「さて、次の依頼は何ですか? 結ちゃん」


「次は……『鏡の中から視線を感じる洗面所』の交換依頼ですね」


「……あー、それ、また鼻が曲がりそうやわぁ」


 女子三人の賑やかな声が、夕暮れの街に溶けていった。


寝不足魔王:【いぬいの角、ひつじさるの境……】の元ネタは?

AI回答: 特定のアニメや漫画の引用ではなく、「陰陽道(風水)」の用語を組み合わせたオリジナルです。

いぬい: 北西(天の門)

ひつじさる: 南西(地の門)

これらは「鬼門(北東)」と対になる重要な方位で、空間を区切る(結界を張る)際の専門用語として使われます。

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