第6話:(前編)凛の災難・ガテン系合コン?
土曜日の夜、恵比寿のお洒落なイタリアンバル。
普段は作業着にバールを担いでいる真壁凛は、今、人生最大級の窮地に立たされていた。
「……えーと、凛さんは、普段どんなお仕事をされているんですか?」
向かい側に座る、シュッとしたスーツ姿のIT系サラリーマンが、愛想笑いを浮かべて問いかけてくる。職人仲間に「数合わせや! 頼むわ!」と泣きつかれ、無理やり着せられた小花柄のワンピースが、どうにも肩に食い込んで落ち着かない。
「仕事……? ああ、現場監督や。主に解体と養生、あと基礎の打ち込みとかやな」
「現場……監督? へぇ、かっこいいですね。クリエイティブな感じですか?」
「クリエイティブっちゅうか、破壊と再生やな。……あんた、知っとるか? コンクリートの配合は気温と湿度で決まるんや。夏場に急いで打つとクラックが入る。……あんたのその細い腕やと、攪拌機一台回すのも一苦労やろなぁ」
凛がビールジョッキを煽りながらガハハと笑うと、男性陣の引きつった笑いがテーブルを包んだ。
隣に座っていた職人仲間が「凛、ストップや! 合コンでセメントの話は禁止やろ!」と小声で嗜めるが、止まらない。
「悩み? そうやな、最近の悩みは『バールの先が少し丸なってきたこと』と、『現場の養生が甘い若造を見ると、ケツを叩きたうてしゃあないこと』やな。……あんたらも、仕事で手ぇ抜いとったら、うちが水平器で頭シバいたるで?」
……その十分後、凛の周りには誰もいなくなった。
彼女は一人、残ったピザを頬張りながら鼻を鳴らした。
「……ケッ。最近の男は、骨材の話もできんのか。……やっぱり現場が一番やわ」
***
そんな「散々な休日」の翌日。
事務所に出勤した凛を待っていたのは、深刻な顔をした結と陽葵、そして一人の女子大学生だった。
「凛、ちょうど良かったです。……至急、現場へ向かいますよ。今回は『物理的な不法侵入』の疑いが濃厚です」
結の言葉に、凛は仕事モードへ切り替えた。
「なんや、霊やないんか?」
「……霊障の気配もありますが、陽葵の聴覚が、もっと生々しいものを捉えています」
現場は、都心のレディースマンション。
依頼主の美咲さんは、震える手で自室のドアを開けた。
「……もう、怖くて。……朝起きると、クローゼットの服の並び順が変わっていたり、机の上のスノードームが少しだけ移動していたりするんです。……警察に言っても、実害がないからって相手にされなくて……」
部屋は白を基調とした、清潔感のあるワンルーム。
結は入室するなり、メジャーを手に壁の厚みを測り始めた。
「……凛。匂いはどうですか」
凛は鼻をヒクつかせ、クローゼットの奥へと顔を突っ込んだ。
「……(クンクン)……。あかん。これ、霊の匂いと違うわ。……微かに漂うのは、安物の柔軟剤と、男の体臭。それと……隠しカメラの基板が熱を持った時の、焦げたプラスチックの匂いや」
「私も、聞こえますわ……。壁の奥で、誰かが『鼻歌』を歌っているような……低くて、湿った音が」
陽葵が、壁の一点を指差した。
結は、美咲さんに問いかけた。
「美咲さん。このマンション、リフォーム履歴はありますか?」
「ええ。入居する直前に、管理会社がフルリフォームしたって聞いています」
「……施工会社は?」
「確か……『黒曜建設』の関連会社だったと思います。……それが何か?」
結の目が、眼鏡の奥で鋭く光った。
「凛。クローゼットの奥の壁。……『点検口』がないか、叩いて確認してください。……設計図にない空洞があるはずです」
「了解や。……おりゃ!」
凛が拳で壁を叩く。……コン、コン。
一箇所だけ、明らかに音が軽い場所があった。
「……ここや! 空洞どころやない。……壁の向こうに『部屋』があるぞ!」
その瞬間、壁の向こうから「ヒッ」という短い悲鳴が聞こえた。
幽霊ではない。紛れもない、生きた人間の声だった。




