【3-5-3】
お母様はくぐもった声をあげています。私は慌てて駆け寄ります。遠くからただ随分とハッキリと声が聞こえました。
「――見つけましたよ」
その声の主はプリエール様でした。彼女は使徒を引き連れて私達を追いかけてきたのです。
「ダリア。リーザ。……残念です」
プリエール様は『捕まえなさい』と指示を出しました。その声に応じて数名が私達へ向かい走ってきて、また数名は魔法を私達へと放ってきました。
「……ッ! リーザ、急いで!」
お母様は声を荒げて私の手を引きます。私達はあらん限りの力を振り絞って走りました。雪の中には私たちの足跡と、お母様から溢れ落ちた血の跡が続いています。
走って走って、逃げて逃げて。でも追い付かれるのは時間の問題でした。
「ダリア。いい加減になさい。……もう十分でしょう」
遠かったはずのプリエール様の声が近くに聞こえました。もう使徒の方々も目と鼻の先です。私たちの目の前には魔法で作られた土壁が現れて、私達はとうとう足を止めました。
彼らは私達を逃すまいとしていました。面識がある方もいました。その冷たい表情は私が知るものではありませんでした。
私達の荒い息とゆっくりとした足音だけが響いて、やがプリエール様が私たちの前へと現れました。彼女はふぅと息を吐きます。
「……何と言えばいいのかしらね」
それは怒りではなく深い悲しみでもなく込められたものでした。
「貴方達の事は昔から良く知っている。アヌ教徒、使徒の模範となる姿であったことも理解しています」
彼女は両の手のひらで顔を覆いました。薄らと涙が溢れているのが見えます。
「……とても、とても残念。こんな言葉今適切では無い事は分かっているのですけれど」
お母様は私の肩を抱きました。強く、離さないように。
「ダリア? ……改めて聞かせてくれないかしら。どうしてこのような事を?」
「……あの時伝えたはずでございますよ」
「ええ。確かに言っていました。でも改めて聞かせて下さい」
プリエール様はお顔から手を離してダリアお母様を真っ直ぐに見つめています。
「神託の意味を貴方は誰よりも理解している筈です。……貴方には随分と苦労も掛けましたし、少なからず葛藤もあった事でしょう。でもどんな事でも遂行してきた。それは全てアヌ神のため」
私を抱くお母様の力が強くなりました。それはもう確かに痛く感じる程のものです。
「貴方のその姿を私はとても評価していました。迷う事もありましたが、より一層厚くなった信仰に私もまた習わなければならないと感じたほど。それなのにそれほどまでに、その子が大切なのですか?」
周囲の目が一斉に私に向きます。その視線を浴びながら、でも私はどういう意味なのか分かりません。
「……」
「……ダリア。答えなさいな」
プリエール様は黙っていたお母様へ話を促します。
「……母が子を守るのは当たり前の事です。それが何故認められないのですか」
「言うまでもないです。それが神託なのですから」
ちょっと待ってください。一体どう言う事ですか? 私がどう関係あるのですか?
「ああリーザ。貴方は何も知らないのですね。何故今逃げているのかも」
「プリエールッ!!」
「黙りなさい。構わないでしょう? むしろ知っておくべきではなくて?」
プリエール様のひと睨みにお母様は下唇を噛み締めて押し黙りました。
「至極簡単なお話よ? ダリアに神託が下った。ただそれだけです」
それは別に変な話ではありません。使徒であれば日常的に受けるものなのですから。
「ただその内容は普段とは違う特殊なもの。そこには、最も大切なものを殺めなさい、と指示されていた」
……え?
「つまりは、――貴方を殺せと」
何を、言っていらっしゃるのでしょうか? アヌ神がそうせよと仰られたと?
「ええ。確かにそう神託が下った。といってもこれは少し前死人族の一件の後くらいかしら。ただダリアは抵抗した。そんな事はできないと」
お母様? 本当の事なのですか?
「本当の事です。普通なら神託に背く事なんて出来るはずもない。ただ、彼女は代わりに他の何でもをすると言った。実際にしてきた。アヌ神の指示のもと、女子供も含めて命を刈り取ることすら躊躇わず」
そんな……。お母様? 何か仰られてください。お母様?
「勿論彼女だからそれが許された。でも、改めて神託は為された。一人娘であるリーザをアヌ神へと捧げなさいと。神託から逃れる事が出来ない事を悟ったダリアは、アヌ教から離れることにした。……愚かにも」
全部私の為? お母様が私を差し出せば全ては解決していたと?
「その通りです。むしろその行いを評価され一層取り立てられた事でしょうね」
……それでは私のせいでお母様の築いてきたものを手放すのとになったのですか?
「そうとも言えますね。貴方がいなければダリアは――「――そんな事はございません!!」
ずっと黙っていたお母様が声をあげました。
「リーザ。貴方のせいなんて言わないで下さい。私は、自分で選んでそう決めたのです」
しかし私のせいでお母様は……。
「私にとって貴方といる事こそがなによりの望みなのです。それ以外はなにも必要ない。そう気づきました。少し、遅すぎるくらいでしたが」
お母様は私にニコリと笑みを向けてくれました。どうしてそんな表情が出来るのでしょう。私などいなければよかったと思っておかしくないはずなのに。
「先ほど言ったでしょう? 私は私と中の神に従ったにすぎませんよ。貴方もきっと見つかる筈。ですからどうか生きて――「――もうおやめなさい。聞くに耐えないわ」
お母様のお胸を、プリエール様の剣が貫きました。
「使徒となった者が他の神を信仰するなど恥を知りなさい」
プリエール様はその剣を引き抜きました。お母様はその場に崩れ落ちて、どんどんと血が流れでていきます。白一色だった世界に紅が加わり、ぐちゃぐちゃとした色彩を形成しました。
私は、お母様の身体を揺すります。返事はありません。再度揺らします。お起きてください。お母様。どうか……。
自分の手を見ると、お母様の血液がベッタリと付いています。――その瞬間私の中を激情が走り抜けました。それはとても堰き止められるものではありませんでした。
私はあらん限りの力を込めてただただ叫び続けました。
「▪️▪️▪️▪️▪️ ▪️ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!!!」
何が悪かったのでしょう。いつから間違えていたのでしょう。もしかしたら初めからでしょうか。それなら今までの私達の人生は一体なんの意味があったのでしょうか?
――プツリ。
叫び続けた私の喉は何かが切れるような音を立てました。
「……リーザ。貴方もお眠りなさい」
プリエール様は私へ向けて剣を振り翳しています。私はそれを見つめました。目を離してはならない気がしたのです。
振り下ろされた刃は、しかし私に届く事はありませんでした。
「……どういうつもり? アダム」
「なに、見てられないと思いましてな」
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