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異世界転生したら、世界の敵になりました。【続】  作者: 篠原 凛翔
【第3部】 うつろわざる世界

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【3-5-1】 転醒

 目の前はあるのはただの肉塊です。既に時間が経過しているためかハエが集っています。その臭いがまた鼻をつきます。胃の中のものが逆流しそうです。


 私は目を逸らしたいのに身体がいう事を聞きません。まるで凍りついてしまったかのように動かないのです。


「――このものは使徒でありながらアヌ教に背いた。よって自身とその身内へ罰を与えた」


 ラファエルさんが大人二人分程のその塊の横で喋っています。本当はもう一人分あるはずが形も残らなかったのだとか。何を言っているのでしょう。何が、いけなかったのでしょう。


「――貴殿らも皆一様に在り方を考えるべきだ。私達は人ではない。アヌ教の使徒なのである」


 私はただ呆然と立ちすくんでいました。隣にいるダリアお母様の手を痛いくらいに強く握ります。でもお母様もまた私の手を同じくらいの強さで握り返していました。


 その後私達はプリエール様に呼ばれ、ギィ様のいらっしゃる神殿へと赴きました。着いた後私達は別々の部屋に入れられました。お母様の強張った表情を見て、一体これから何が行われるのかと心がザワザワとします。私はただ机と椅子だけが置かれた部屋の中で居心地悪く待っていました。


 少し、というよりは長い時間が経って部屋をノックする音が聞こえました。私が返事をすると入って来られたのはプリエール様でした。


「ごめんなさい。待たせてしまったわね」


 プリエール様は私を見てニコリと微笑みました。


 いえ。そんなことありません。どうかされましたか?


「実は少し話したいと思って来て頂いたのですよ」


 ……話したい、ですか?


「ええ。最近何かと忙しくてゆっくり話す機会もなかったでしょう? どうかしらと思ってね」


 それは、いえ私の周りは特に変わりません。


 何を言うべきかと考えて私は当たり障りない言葉を返します。


「そう? そうだ。外から美味しいお菓子を貰ったの。持ってきましょうか」


 そういってプリエール様が持って来てくれてのは今マグシアで流行している焼き菓子でした。ビックリするくらいに香ばしく甘い香りがするそれは確かに美味しそうでした。


「気にせずに食べてちょうだい? 貴方がいつも熱心にアヌ神を信仰してくれているのは知っているわ。心無いものもいるけれどそれは一時的に過ぎない」


『アヌ神はいつも貴方を見ていますからね』と言う言葉と共に食べるよう手を向けてくれました。


 私はおずおずと手を伸ばし焼き菓子を口に含みます。見た目通りに柔らかく、そして砂糖の甘さが口の中に広がります。こんな食べ物を毎日食べられたらさぞ幸せな事でしょう。でも、今日は一口だけで十分でした。


「……美味しいでしょう?」


 その言葉に私は頷きます。確かに絶品ではありました。


「外の世界にはこんなものが沢山あります。お菓子だけでない。料理や娯楽なんていくらでも」


 それからプリエールは、外で経験された出来事を話して下さいました。それらのどれもが興味深いものでした。


「ね。リーザはどう? 貴方も外に出てみたいと思わないかしら?」


 プリエール様はその柔和な笑みのままに私へと問いかけてきます。私は……。


「貴方が望むのならそれも手に入るかもしれない。だってこの世界は全て自由に満ち満ちている」


 私は……、いえ興味がないと言ったら嘘になります。


「うんうん」


 今頂いたお菓子も。お聞きした美味しいご飯も。美しい風景も。人々の暮らしも。私が知らない世界がどのように広がっているのか知りたいと思ったことはあります。


「うん。そうよね」


 でも、私はこの世界に生を受けた時から使徒です。こんな考え持ってはいけないはずです。この身体は隅から隅までアヌ神に捧げられるべきもので、その想いを為すために使われるべきものとそう教えてこられました。


「ああリーザ。貴方は素晴らしいわ。私も見習わないといけないくらい」


 プリエール様は目に涙を浮かべて私を抱きしめて下さいました。彼女の甘い香りが私を包み込みます。


「でももし、もしよ? 貴方が自由にしてよいと言われたら。そうしたらどうしますか?」


 何故そんな事を聞くのですか? でもその時私は……。


「ゆっくりでいいの。考えてみて。貴方はどうしたい? どうなりたい?」


 私はイメージを浮かべます。自分が自由に外を歩いている姿。いつもの着古したローブではなくて、他国の町娘が着るような身軽な服装で、草原や湖を歩く私。周りの仲間達と笑い合って、時には喧嘩をして、涙して、また分かり合って。美味しいものをいっぱい食べて、行きたい所へ行って。愛する人と出会って、寄り添って、共に生きて。


 それはとても、とっても素敵だと確かにそう思います。

 

「……どうかしら?」


 プリエール様は私から離れ、私をゆっくりと待っていました。私は素直に自分の想いを吐露します。


 確かに、それはとても素晴らしい事かもしれません。私にとっても魅力に感じます。でも……。


「……でも?」


 分からないのです。何が正しいのか。何を信じるべきなのか。プリエール様。……何故イオリ達は死ななければならなかったのですか?


 私のその言葉でプリエール様の表情が凍りつきました。その笑みはそのままに、ただ確かに目の奥底は一変して冷たいものになりました。


「……あの子達は、違えたのですよ。残念です」


 違えた? それは一体何を?


「勿論。アヌ神の教えをです」


 確かにイオリやイオリのお母様は使徒でした。でも、お父様は違うのでは……。それにあんな事までする必要は……。


「……間違っていると?」


 その言葉に、私はギョッとプリエール様を見つめます。驚くほどに何の感情も込められていなかったのです。ただただ冷たい声でした。


「リーザ。訂正なさい。次第によってはアヌ神への冒涜と捉えます」


 言葉だけでなく、その能面のような表情を見て私は慌てて謝罪の言葉を送ります。


「……それで話を戻しましょう。貴方が本心で何を求めているのかでしたね」


 雰囲気は柔らかくなりましたが、当初の頃のような笑みはありません。ただ私はどれだけ考えてもプリエール様の問いに対する答えを導き出せずにいました。そしてそれを素直に伝えると、彼女はふうと息を吐きました。


「……貴方の考えはよく分かりました。今日は時間を取らせてしまって申し訳なかったですね」


 そこからは挨拶もそこそこに、私はお暇することになりました。お母様の事を聞いてみると『ダリアはまだ話す事があるから』と私一人で先に帰るように言われます。待っていようかとも思ったのですが、どれほど掛かるのかも分かりませんので素直に戻る事にしました。

 

 帰る途中、私はイオリやプリエール様との会話を頭の中で思い出していました。一体何が正しくて、何が間違っているんでしょうか。どうしてこんな事になってしまったのでしょう。いくら頭の中をひっくり返しても答えはいつまでも出ることはありませんでした。


 夜中、扉が開いた音で目を覚まします。お母様を待っていたのですがいつの間にか寝てしまっていたようです。私はお母様にご挨拶をします。


 お母様お帰りなさい。今湯を沸かしま――「――リーザ。聞いてください」


 お母様は私の声を遮りながらに目の前にいらっしゃいました。


「……今からこの国を抜けます。急ぎ準備をしてください」

 

 ……え? 


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

この物語が、ほんの少しでも心に残ったなら――

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(……でないと、力尽きるかもしれません)


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