【3-1-3】
ダリアお母様の出自について、以前に少しだけ話してくれた事があります。お母様は使徒のお生まれでもなければフクローランのご出身でもありません。ディーヴァヌ山脈の麓にある人族の国のご出身で、当時は随分と貧しい生活をしていたと聞きました。
「豊かではありません。質素で不満の方が多い。そんな生活です。ただ、ささやかながらも温かい幸せがそこにはございました」
ある時その国は戦禍に見舞われます。お父様はその際に亡くなられ、お母様はまだ赤子である私と命からがらに逃げ延びたそうです。
「自分でも驚いてしまいますね。だって私は、あの時あの瞬間まで外の国へ出た事すらございませんでしたから」
しかしお金も家柄も力すら持たない一人の女性が、あまつさえ子供を連れて生きていくことなど、出来るはずもありません。案の定路頭に迷う事になります。食べ物といえばゴミと捨てられた残飯を漁り、寝床といえば虫が這いずる草花の上。
「泣いて泣いて、涙も枯れ果てて、でも生きないとなりません」
その頃のお母様は毎日絶望していたと仰られていました。どうしてこうなってしまったのか。何故こんな扱いを受けなければならないのか。何か悪い事をしただろうか。……この幼子をどうすればいいのか。
「突然何も感じなくなりました。そして目の前が真っ暗になったのでございます。貴方の声だけが、私をこの世界に繋ぎ止めておりました」
明日すら生き延びられるかも分からない状況下、お母様はとうとう精神的にも肉体的にも限界を迎えます。街中で歩いていたはずなのに突然力が入らなくなってしまった。
身体は地面に投げ出され、立ち上がる事も出来ない。まだ真昼間の筈なのに視界は閉ざされ、何も見る事が出来ない。ただ聞こえるのは、幼い私の鳴き声だけ。
「私達が何をしたというのでしょう? 神様がいるのならどうしてこんなにも私達の事が嫌いなんでしょう?」
お母様は、ここで死ぬのだと本気で思ったらしいです。身のうちに抱いた感情はこの理不尽に対する怒りと、そして私への謝罪の念でした。
私に対して、お腹を満たしてあげられなくてごめんなさい。不自由な思いをさせてごめんなさい。愛情に満ちた生活を送らせてあげられなくてごめんなさい。こんな所で、貴方の人生を閉ざしてしまって、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――。
心の中で誰にも聞こえない謝罪の言葉を紡ぎ続けて、やがて意識が遠くなってきた時、その手は差し伸べられました。今でもその時の声は、ハッキリと思い出せるようです。
「お前は生きたいか? それとも死にたいのか?」
初めは幻聴かと思ったようです。だってこんな時にそんな事を言われるなんて思いもしないでしょう? でもお母様は当然の回答をしたそうです。……生きたいと。
「こんな想いをしたのに? 生きていても苦痛しか無いかもしれないけど?」
それでも、生きたい。この子と一緒に生きていたい。
「……分かった。プリエール? 二人の介護をしてあげてくれるか?」
その言葉と同時に身体には厚手の布が被されたそうでした。お母様の記憶はここで途切れることになります。正直夢か現かの区別はついていなかったそうです。いや、むしろ夢だと思っていたのだとか。だってこんな場面で都合よく助けが現れる訳ないのですから。
「――せめて祈ろう。これから先お前にアヌ母様の加護があらん事を」
だから全ては、自分が作った空想のものと思っていたそうです。
「目が覚めてからは大層驚きました。自分の頬を摘んで確認した程でございますもの」
ダリアお母様を助けて頂いたのはかのギィ様でした。感謝と感激から、アヌ教へと入信するというのはお自然の流れだと思います。その後は誰よりもただただ熱心にアヌ教を信奉し、その姿が周りから高い評価を受け、やがては使徒へと至ります。
「何も苦痛も努力もございませんよ? なぜなら全てはアヌ教への恩返しをしたかったがためでございますもの」
言うは易しではありますが、実際にこれは簡単な事ではありません。でもお母様は確かに認められた。そして、それは他のアヌ教徒への激励にもなりました。ダリア様は凄い。ダリア様のようになりたい。そんな人々も増えたらしいです。
「私達のようなものにも救いの手が差し伸べられたように。貴方にも光は降り注ぎます。共に進みましょう? 全てはアヌ教の為。アヌ神へと還るために」
ギィ様やアヌ神は信仰の対象であることに違いはありませんが、でもその存在は才能も出自も何も持たないものにとってあまりにも遠すぎる。
そんな中ダリアお母様は、誰にも分け隔てなく優しくに接し背景も近しい。その姿に共感、感化されるものは多かったのです。
「この素晴らしい教えを世界にもっと広めましょう、さすれば、世界はもっともっと良くなる。見慣れた平等に幸せになる。光で世界を満たしましょう」
お母様はその言葉の通りに、誰よりも熱心にアヌ教を布教して諸国を回りました。少しずつですが着実に教徒は増えていき、それに伴ってお母様のお名前も広まっていったそうです。アヌ教の為に心血を注ぎ、気がつけばお母様は使徒を率いるプリエール様に近しい位置についていました。
自分の全てはアヌ教の為に。その言葉通りに生きていたお母様。私にとっての憧れであり、誇り、でした。
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