【3-1-2】
帰りがてらに確認します。さて今日の神託はなんでしょうか。私は閉じられていた封書を開きます。ふむ。今日はさほど難しい内容ではありません。身体にフクローランの象徴を刻めばいいようです。
私は近くにあったナイフを持って、躊躇いなく自分の肌へ刃を刺します。そしてぐりぐりと我が国の象徴である鳥に似た花を刻み込みます。痛みはあります。血が流れ服を汚します。でも私は安堵します。今日も無事に神託に背く事なく実行することができました。周りの人達も何も気にもしません。
だってこれはみんな見慣れた日常の風景でしかありませんから。
アヌ教徒自体は総数では数万人に昇るとされています。対して使徒は数百人程度しか存在しません。それは使徒になるためには厳正な審査があるからで、使徒と認められると戒名が与えられます。以降自分の名前は捨て、使徒としての新たな生を歩むことになります。
私のリーザという名前は例外的に初めから定められたものです。使徒の子は、親が子をアヌ教に捧げると誓った場合のみ、産まれた瞬間から戒名を名乗る事が許されるのです。なんて光栄な事でしょうか。私は産まれた時からアヌ神のための生が約束されているのです。
ただ使徒となってからは文字通りにその全てをアヌ神へと捧げる事になります。自由な時間は当然ありません。また普段の使徒として任に加え、神託を与えられるます。
神託は定期的に使徒へ授けられます。内容は人それぞれですが私の場合にも色んな事が告げられました。それぞれを一度に行うわけではありません。時間ごと、または日ごと、あるいは月ごとにこれらの神託をこなしていくのです。過去に受けた神託を思い浮かべてみます。
一つ、夜明け前のニ時間前に目覚め、一時間の間アヌ神へ祈りを捧げなさい。
二つ、アヌ神を模した絵を描き、常に視界に入る場所に起きなさい。
三つ、三日間寝ずに過ごしなさい。
四つ、夜間の間アヌ神への感謝を絶え間なく口ずさみなさい。
五つ、可能な限りの最も高い場所で日没を見届けなさい。
それぞれがどのような意味を持っているのかは私にも分かりません。でもこれ以外にももちろん沢山の事がありました。先の野盗の件もまた神託によるものです。私はそれらの全てをこなして今日まで生きてきました。だって、それをこなすことがアヌ教徒の、使徒の、あるべき姿でそこに疑う余地などないのですから。
――それなのに、どうして私はアヌ神に愛されなかったのでしょう?
私が持つ魔素が人よりも少ないと分かったのは随分と幼い頃でした。使徒、いえアヌ教徒は基本的には人族、そして精霊族で構成されます。亜族もいない事はないですがその数は少ないです。
とりわけ魔法の素養が高い人が多い事も特徴的で、特に私のお母様はとても強い力をお持ちでしたので、当然私へ掛かる期待は大きかったようです。私も曖昧ではありますが、その時の光景を覚えています。
皆が私の計測結果に注目していて、ただ結果が出た後には困惑と、懐疑と、そして失望が生まれました。……私は皆の期待に応える事が出来なかったのです。アヌ神に祝福されて生まれてきてしかるべきの存在が、そうではなかったと。
それから皆の態度は変わりました。私に対して柔和であったのに、嘲り軽んじる声が大きくなりました。落ちこぼれ。失敗作。欠陥品。そんな事を陰で言われました。私は何も言い返すことができません。だって、魔素の量が証明であるとするならば、言われていることはまさしくその通りなのですから。
それから私は目立たないように影に隠れるようになり、ただアヌ教への信仰はどんどんと熱を帯びていきました。いずれアヌ神は私の行いを認めてくれる。そうした時、きっと私にも人一倍の魔素が宿ると信じていたのです。でも、どんなに頑張っても私の身体に宿る事はありせんでした。
私のその行いを認めてくれる人もいました。それがプリエール様です。
「貴方は使徒としても模範となるべき行いをしていますね。アヌ神もちゃんと見ていますよ」
そのお言葉に私は泣いてしまいそうになりました。プリエール様は優しく私の頭を撫でてくださいます。
「辛かったでしょう。ただそれこそが、貴方に与えられた神託なのです。それを乗り越えた時、きっと貴方にアヌ神の恩恵が授けられるはずです」
彼女の言葉はまるで清流のように私の胸に染み込んできます。
わかりました。これこそが試練なのですね。それであれば私は耐え抜いてみせます。私は使徒なのですから。
「ふふっ。頼もしいですね。貴方には期待していますよ? リーザ」
その言葉は、私にとっての宝物です。いつも挫けそうな時にはプリエール様のお言葉を思い出して耐え忍んできました。
ただ結局どれだけ訓練を積み、神託をこなしたところで私に魔素は宿りませんでした。それでもその行いを評価していただいて、使徒への伝達役という立場に置いて頂きました。他の方々からは不平不満が出ている事は理解していましたが、それでも私にとっては誇らしいことである事に違いはありませんでした。
これからも自分の全てはアヌ教のために存在し、その為にはどんな事でも行う。そう信じてきました。疑うことなんてなかったのです。
先の野盗も相手方はもしかしたら何かしらの事情があって、やむを得ずにスーニャを名乗ったのかもしれません。でも、その存在を騙ることはアヌ教として許す事は出来ないのです。そこに女性や子供がいたとしても、です。アヌ神の教えを乱す存在は許されない。それは使徒の存在意義ともいえる絶対の教えなのですから。
私は久方ぶりに家に戻りお母様に今回の遠征の話をします。今回はこんな相手で、スーニャを倒すことは叶わなかったですがでも禍いの種は消しましたと。これでアヌ神の望む世界にまた一つ近づいたと思います。私もその一助になれたのではないかと。
「……」
――お母様? どうして、そんな表情をしているのですか? 貴方にとっても私の報告は喜ばしいことの筈です。それなのにどうして、苦しそうにされているのですか?
突然お母様は私を抱きしめました。なぜ私を抱きしめているのですか? 勿論嬉しいです。温かいです。いい匂いがします。安心します。
でも、どうして泣いているのですか? なんでそんなにも悲しそうなのですか? 私には分かりません。どうか、教えてください。何をお考えなのですか? 私は、何かを間違えたのでしょうか?
――ダリアお母様。
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