【3-7-2】
ダリアというのはギィ様の隣にいる女性でしょう。ギィ様がそうは言いましたが彼女は動こうともしませんでした。でも微かに震えているようです。
「……聞こえていないのか? リーザを殺せと言ったんだ」
ギィ様は再度彼女へと呼びかけます。その名前にはどこか聞き覚えがありました。胸の奥が温かくなって気がつくと私の足元には水滴がポタポタと落ちています。それが私の涙であると気づいて慌てて顔を拭いました。
「ダリア。顔を上げろ」
その声を受けてダリアと呼ばれた女性はローブを外します。その顔はやっぱり見覚えがあるもの。きっと私にとって大事な人だったのでしょう。だってこんなにも胸が締め付けられるのですから。
「……リーザ」
そのお声を聞いて私は込み上げる感情を抑えることが出来ません。今すぐにでも飛びついて抱きつきたい。そんな衝動に襲われます。
「ああ、リーザ。無事でよかった……」
涙が止まりません。私は声の出ない喉を震わせます。
「……あ゙、あァ」
必死に出した声はとても聞くに堪えない音。でもそれでもダリアさんは微笑んでくれました。
「……聞いていただろう? 神託は下った。覆る事はない」
ギィ様の『こっちへ来い』との言葉に有無を言わせる隙はありませんでした。私は階段を登り彼女の近くまでいきます。ダリアさんを近くで見ると、随分と苦しそうにされている事に気づきます。体調が悪いのでしょうか。顔は痩せこけて青白い肌をしています。
「ダリア。お前にこの剣を渡す。やる事は分かっているな?」
ギィ様の側に置かれていた剣をダリアさんへと渡しています。彼女は力なくそれを受け取りました。
「お前は使徒でありながらに神託を破った。ただその罪は贖う機会がこうして訪れた。世界の汚れ。害虫。敵。――リーザを殺すんだ」
ただダリアさんは力無い様子のままに、剣の刃に写るご自身を見られていました。
「ダリア?」
「……何故、でしょうか?」
ダリアさんはポツリと呟きました。ギィ様は怪訝な表情を浮かべます。
「何故、とは?」
「何故、この子を殺さないといけないのでしょう」
「……ダリア。以前も何度も説明したじゃないか。それに何よりリーザは以前とはまた違う。呪われてしまった。理を破った。この世界にあってはならない存在なんだぞ?」
先ほどからその意味がよく分かりません。私が意識を失っている間に一体何があったのでしょうか。
「そんなこと……」
「見れば分かるか?」
ギィ様はダリアさんに渡した剣を手に取り私へと向き直ります。
「リーザ。手を前に」
私は言われたままに手を出します。
「――見ていろ」
ギィ様はその剣をもって私の掌を横に切りました。掌に一瞬火傷したかのような痛みが生じて、遅れて傷口から血が溢れていきます。私は手を抑えようとしましたが、ギィ様に止められます。
「……傷口はどうなっている?」
それはもちろん今も血が滴っていて――。
「もう塞がっているだろう?」
ウソ……。傷口はすぐに癒え、その跡すら無くなりました。
――それはまるで、リムさんと同じように。
「……その様子を見るとお前は何も聞かされていないみたいだな」
話しながらにギィ様はダリアさんへ剣を返しています。
「お前はあの怪我の後その身体に何かを施された。そしてそれは恐らく、あのスーニャと同じ事を」
私は困惑してしまいます。だって全く身に覚えもありませんし、そもそも私はスーニャさんとお会いした事すらないのです。
「ああごめんごめん。スーニャではなくて、リムと名乗っているんだった。……お前は騙されているんだよ」
いやそんな……。リムさんがスーニャさん? 太古の神々を殺めたあの人? まさか……。
「リムこそ、スーニャ。この世界の敵。そして、お前はそのスーニャの身体の一部を引き継いでいる」
リムさんがワイバーンに傷を負わされた時の事を思い出します。あの時リムさんは重傷を負いました。とてもすぐには治らないほどのものを。でも炎と共にその傷は癒えました。まるで何事も無かったかのように。
あの時のリムさんの力が私に宿ったと? ……とても俄かには信じられません。でも傷が癒えた事は確かではありました。
「まさかな。本当に予想だにしなかった。……受け入れ難い事実だけどな」
突如ギィ様の雰囲気が変わります。彼女の私を見る目には、憎しみの色すら浮かんでいました。
「……でもダリアにとっては良い機会だったかもしれない。この神託をこなせば、元へ戻ることも許される。悪い話ではないと思うけどな?」
私がダリアさんに殺されれば彼女は救われるという事でしょうか。私はまだ死にたくはありません。でもそうするしか方法が無いというのなら、一体どうすればいいのでしょうか。
「……ギィ様。少し宜しいでしょうか?」
私の考えが纏まらない中、ダリアさんが口を開きました。
「構わないぞ。なんだダリア?」
「ありがとう、ございます。……この神託もまたアヌ神のご意志という事でございましょうか?」
「当然そうだ。全ては母たるアヌ神の考え。私はそれを伝えているだけだよ。より良い世界のために何が必要であるのかを」
「……そのために私にリーザを殺めろと?」
「そうだな。そうすることで世界は浄化される」
「ッ! 私が信奉したアヌ教は、アヌ神はこのような事をお求めにはならないはず!」
『ダリア、口を慎みなさい!』とずっと黙っていたプリエールさんが声を上げましたが、ギィ様がそれを手で制します。
「今、世界は混乱の最中にある。皆が救いを求めている。私達アヌ教は応えなければならない。強い不安をより強い信仰で覆い隠さないといけない」
確かに世界は野盗やモンスターが溢れ、とても平和とはいえない状況ではあります。力を持たない人々に不安が根付いているといっても過言ではないでしょう。
「いずれ誰しもがアヌ教の正しさに気付く。その時から世界を導くのは私達となる。全てはアヌ神の意志の元に動き、個々の意思を持つ必要もなくなる。悲しみも嘆きもない完璧な世界。――そんな世界を一緒に作っていこうと言っているんだ」
「……そうでございますか」
ギィ様の言葉をダリアさんはゆっくりと咀嚼して飲み込んでいるように見えました。そして、口を開きます。
「――リーザを殺すことはいたしません。たとえそれが神のご意志に背く事とも」
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