【3-6-2】
夜の帳が降りた頃、私達は動き出した。私はイオリと二人で脱出時の集合場所を確認する。そこは若干街からは離れているものの、だからこそ人目を避けるにはちょうど良い場所だった。
「……少し距離があるけど大丈夫か?」
イオリの懸念は最もで確かに思ったより距離はある。ここまで逃げる間に相手側に気付かれたらアウトだ。
「そこまで贅沢言ってらんないんでしょ?」
「ああ。街ん中に馬車を入れたら確実にバレる。気配も音も隠しようがないからな」
「じゃ仕方ない。むしろ協力してくれる事に感謝しないといけないくらいだしさ」
『そーかい』とイオリは目の前の空き家を眺めていた。こじんまりとだがしっかりとした家屋が目の前にある。今は誰も住んではいないようだけれど。
「ここはアンタ達の隠れ家かなんか?」
「ちげーよ。ここは……。あーまあいいか。これはリーザの家だよ」
「……え?」
予想外の回答だった。こんなところで彼女の生家に訪れることになろうとは。
「……ちょっと中見てもいい?」
「ハッ。オレが許可することでもねーだろう」
そりゃそーだ。じゃ遠慮なく。
「……ん。鍵は掛かってないんだね。じゃお邪魔しまーす」
ドアを引き中へと入る。長い間空気が入れ替わっていないのか埃の匂いがする。食器や衣類が置かれたままになっている。まるで何処かの時点から時が止まってしまったようだった。
「……懐かしい」
後ろからイオリも家の中へ入ってくる。そしてそんなことを呟いた。
「え? イオリは来たことあるんだ?」
そういえばイオリとリーザの関係はまだ聞いていなかった。
「……ああ。何度もな。アイツとオレは友達だったんだよ」
「友達? ……だいぶタイプ違くない?」
「うっせ。色々と事情があんだ。もういいか?」
私はゆっくりと部屋の中を見て回った。リーザが幼少期に描いたのであろう母親の似顔絵や玩具がそのままに飾られている。事情は知らないが、過去の幸せな生活がそこに広がっていた。
「ん、もーいいよ」
「そーかい。じゃ行くぞ」
イオリが家から先に出る。私もそれを追って外へと出た。……安心したよリーザ。貴方は母親に愛されていた。少なくとも、一人ぼっちじゃなかったんだね。
「でさ? 昔のリーザってどうだったのさ?」
「……なに? その話まだ生きてたのかよ」
「どーせ歩いてる間なんて暇なだけでしょー」
「だとしてもだろーが……。まあいーけどよ」
私達はリーザの家を発ち神殿へと向かった。その道中は長くもない距離感だ。ならお誂え向きの話題だろう。
「アイツは……。何というか上手い表現が見つからないな」
「上手くない表現だったら?」
「なんだよそれ。……誰よりも使徒らしいのに、誰よりも使徒らしくない、とかな」
……確かによくわからない例えだ。私の反応を見てイオリは言葉を続ける。
「リーザは産まれてからずっとアヌ教と共にあった。だからそれに従うのが当たり前だし、何の疑問も持たない姿は使徒としちゃあ模範的だよ」
それが使徒らしいってことか。じゃあ反対にらしくないっていうのはどういう事だろうか。
「……なのにその身体にはアヌ神の寵愛たる魔素が宿ってなかった」
あの時ラフィエルも似たような事を言っていた。でもそんな事はないはずだ。
「ちょいまち。宿ってないって事は無くない?」
だってジーに診てもらって魔素を持っていることは確認済みだ。
「確かに戦うには少し足りないみたいだけどさ、でも別に変な話ではないんでしょ?」
私のように全くと言っていいほどに魔素が宿っていないわけではないだろう。
「いやアヌ教の、とりわけ使徒ってのは別物だ。どいつもこいつも化け物みたいな魔素を持ってる」
「……じゃあそれと比べてってこと?」
リーザは頷いてそれを肯定する。皆んなが皆んな凄い量の魔素を持つ中、一人だけ標準的な量しか持たなかった彼女は奇異に取られたということか。
「そもそもアヌ教自体が魔素を信仰している。その身に宿る魔素量が多いほどアヌ神から祝福された存在であって、逆もまた然りだ。そんな集まりなら必然的に魔素量が多いもの達になるだろ?」
まあそりゃそーか。魔素が強いもの同士が集まって更に強いものを産んでいく。きっとそうしてフクローランは作られていったのだ。
「そういえば亜族が少ないってドミニクから聞いたよ。種族柄なのかね?」
「だろうな。各々で生態系から何から違うからな。アヌ教に迎合し辛い部分もあるんだろ」
「なるほどねー。ま、そりゃみんなが皆んな一緒くたではないからね」
「だろ? ほら雑談はそろそろお終いだ。目的地に着くぜ?」
確かに遠かった筈の神殿がもう近くに見えた。
「途中人がいなかったけどさ、いつもこんなんなん?」
多少夜が深まっているとはいえ人足がチラホラあってもおかしくはないはずだ。というのに途中誰かと通りすがる事はなかった。何かあった時にと警戒していたけれと、杞憂に終わったというわけだ。
「流石にこの辺りはもう神殿と目と鼻の先だからな。夜にどんちゃん騒ぎしようなんて輩もいねーさ。この辺りにいるのはアヌ教徒だけだしな」
この前のドミニクと会った酒場は街の出口に近い位置に構えていた。対して今は街の中心という位置関係だ。実際この神殿に近づくに連れてどんどんと雰囲気が厳かなものになってる。こんな所に酒場を設けたとしても客足も期待できないのだろう。
「なあ本当に一人で大丈夫なのか?」
「またー? 何を今更?」
「だってよ。さっきも言っただろ? 使徒は基本馬鹿みたいに魔素を持ってる。つまり強いんだ。そこに一人で乗り込もうとしてんだ。……ほぼ間違いなくバレたら死ぬぞ?」
ああなんだそんな事か。意にも介さないという反応を返すとイオリはムッと口元を歪めた。
「なんだよ。心配してんだぞ? ったく。使徒の恐さも知らないからそんな態度がとれんだよ」
「あーいやいや。使徒なら一回争った事あるよ? ラフィエルって言ったかな?」
「……は?」
なんだ? 随分と呆気に取られてる。急に足を止めたイオリに『ほら行くよー』と言いながらに先へと進む。目的地はもう目の前だった。
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