一服茶味
---喫茶店での食事の終了後
サナエさんのホットサンドのバターの香りがこちらまで、香ってくる。 香りだけで美味と認識できる。
「ホットサンドは、どうだった? 」
タツマがそれとなく質問する。
「まーパボニスのバターには、劣るわね」
サナエさんの率直な感想に、タツマの顔が少し引きつる。
―― あれはグラスフェッドバターの高級品だから。
口が肥えてきているなと思いつつも、本題に入っていく。
「そう……さてと、ここで何をするかということだけど、観光を兼ねたウェヌスへの予習かな? 」
「予習? 」
「サナエさん。ウェヌス行ったことないでしょう? 」
「ええ」
「書籍で読んでいる内容と、現実には大きな乖離があるからね。それを埋めてもらう意味合いもあるかな」
「どうして? 」
「これからウェヌスで生活するから」
「ふーん。いいわ。乗ってあげる」
「じゃぁ行きましょうか」
会計後、喫茶店を出る。 因みに今回のお伴のトークンは、アルプではなく、セレンになっている。
アルプは、カムカム号でケルンの教育のフォローのため、セレンが実地訓練を兼ねて同行している。
--- コロニー内街中
道には、ウェヌス人が、かなり行き交っている。
人種もあるだろうが、取り敢えず、ウェヌス人となるだろう。
ちなみに我々は、テラ人となる。 人種も肌の色も文化も違うが、星単位で見たら、どうでも良く思われている。
―― といっても本籍が、マールスだから、今はマールス人か……
資料上のタツマの立ち位置は、マールス人になっている。 妙なアイデンティティのずれを感じながら、コロニー内を移動する。
「道を行き交う人を見ての感想は? 」
タツマからサナエさんに話しかける。
「全体として身体が大きいわね。 それに体の一部をサイボーグ化しているのかしら」
「ウェヌス人は、基本身体が大きい。 故に力も強い。 加えてサイボーグ化しているため、常時パワードスーツを着ているような威力が出せるんだ。
人工知能は、マールスが優位かもしれないけど、ウェヌスは、バイオテクノロジーを含めたサイバネティクス技術が進んでいる感じかな」
「へー」
サナエさんが、驚いた顔をしている。
「防弾性までは、知らないけど」
撃たれたら、我々と同じようにあの世のはず。
「確かに、私が向かうアーサ・ブカブ社もサイバネティクス技術の会社って聞いているわね」
「あそこは、ウェヌス屈指のサイバネティクス技術の会社だね」
「ふーん。 たしかにスペックは、上等だし技術力がある会社だなーと思っていたけど……そんなに有名だったのね」
この天才は、仕様しか見ないのか?
「アルプもあそこの製品でしょ?」
「そうよー。 かなり改造しているけどねー」
サナエさんは続ける。
「因みに、トークンも選ぶのが面倒だったから。全部同じ会社よ? 」
―― なるほどーそうなるとセレンも同じ会社の製品を改造しているのかーどおりで運動性が異常に性能向上したと思ったよ……いや。 ちょっと待てよ
「サナエさん? 」
「なに? 」
「ヒルベルト商会のトークン集団も同じ会社の製品? 」
「そうよー反応速度が段違いでしょ? 汎用品もいいけど、基本スペックが高い方が、改良のやりがいもあるしね」
「……」
―― トークン集団の性能が上がっていると思ったけど、高性能トークンを使っていたの? 道理で会社の借金が増えていると思ったよ。
「なーにー。 借金が増えていたのを気にしていたの? 」
「まぁ」
「いいじゃない。 ダイゴからの慰謝料で圧縮できたんだし」
――それは結果論……
「だいたい。 あんたは容易に荒事に首を突っ込み過ぎるの! キンメリア南北戦争の片棒を気軽に担いで、命晒しているのよ? 」
「はい」
毎度、荒事関係では、サナエさんから説教を受ける羽目になっている。 アルバテラのTF-1型も同じようなものだけど、それについては一切触れないのが、サナエさん的でもある。
「まぁ惑星間貿易商は突発的な荒事に巻き込まれやすいのは理解したわ。 だからこそ、標準スペック品であの世行きとかこっちが御免だから! 悪いけど、ヒルベルト商会の武装は常に最高品質を保つことにしたの。 安全第一。 金で命を買えるのであれば、経営者として常に投資するからね! 」
―― 資金が~
資金繰りでタツマの頭痛の種が増えるのだが、悩んでも埒が明かないので、頭を切り替え再び話始める。
「まぁ色々あるけれど、とにかく、その書いてある内容を現実に落とし込んだのが、目の前の風景になる」
「……」
彼女は、街中を凝視している。合点がいっているようである。
セレンをお伴に二人は目的に向かい歩きながら話している。
街全体は灰色であり、緑は植栽程度の木々しかない。 出来るだけ多くの人を詰めこもうと考えた結果であろう。
「セレン。 周囲の状況は? 」
『今のところ安全ですね。ただ待ちゆく人が、全てサナエを見ているのが気になります』
マールス人は、その外見から目立つからね。 ショービジネスや女優に引っ張られるのも分かる気がする。
そんな話をしつつ、目的地に到着する。
「ここは? 」
「テラ・ウェヌス・ポータル・コロニーの観光名所かな? “タワー”だ」
「ありきたりの名称ね」
「ただの展望台だよ。 まずは行ってみよう」
ビル内に入ると大柄の警備員が身分証明書と手荷物を確認している。
「随分と厳重ね」
「色々と物騒だからね」
因みに、携帯火器は許可しているようである。検査しているのは爆破物になる。
ビル内のエレベーターで展望ブリッジに上がる。 展望ブリッジ内は重力がない為、体が空中に浮く。 コロニーならではの現象だろ。
「おお! こうしてみると本当に円筒形なのね」
年齢にかかわらず、はしゃいでいるサナエさん。
「地上から見るのと、高い所から見るのとでは雰囲気がこうも違うのね」
―― 関心していてなにより
「しっかし。 本当に緑がないわねー 息苦しくないのかしら」
―― 感想駄々洩れですね。
展望台のガラス面から外を見る。 全体を見通すとコロニー全体が回転しているのが分かる。
「コロニーに入ったのは初めてよ」
「それは良かった」
「ここまで歩いた感想は? 」
「サイボーグ化は男女関係ないのね? なんかサイボーグ化が、ファッションのようにも思える」
「その認識は正しい。ウェヌス人は、力が強いものが偉いとの認識が強い。これは社会規範がいくら進んでいても、彼らの深層意識のようなものだ。 故に変更することは無理だ。 そのため、男女関係なく力を手に入れたがるんだ」
「へー」
「そのため、ウェヌス人女性への強引なナンパは厳禁になる。 大概ひどい目にあう」
「女性の敵ね。 まさかやったことがあるんじゃないでしょうね!! 」
サナエさんが睨んでくる。
「まさか “惑星間貿易商は、品行方正を旨とすること”と惑星間協定の通商項目の……どこかに書かれているからね」
「覚えていないの? 」
サナエさんがジト目で見てくる。
「商人であって法律家ではないからね」
「法律の学位を持っていると聞いているけど? 」
「さすがサナエさん! 記憶力がいいよねー」
彼女は呆れているが、直ぐに気を取り直す。
「なるほど、書籍への記述内容が現実でこうして現れるのね」
「まぁね」
“タワー”からの風景には、特筆すべきものはなく、ただの灰色のビルと大地が広がるだけである。
タワーにはそれなりの人がいるが、滞在時間は、短く何もないため、一回来ればよいと思える場所になる。
タツマ達も一頻り周囲を見終わるとエレベーターで下層に降りる。
「で。 これが、今回の観光の目的だったの?」
「そう。 まずウェヌスの特性や特徴を理解して欲しかった。 ウェヌス人は、基本力が強い。
テラ人やマールス人よりも身体能力がはるかに上で、コンバットスーツなしの交戦はきびしい。
2つ目には、その体躯に上乗せされるようにサイボーグ化が進んでいること。 サイボーグ化の割合は、人によって違うかもしれないけど、非常に火力が高い。
だから、ウェヌスを歩く際は必ず、護衛と護身用の武器を持っていて欲しんだ」
「まー私。 綺麗だし」
自信満々に髪をなびかせるサナエさん。
「本当だから困るんだよ」
「へー。 心配してくれているんだー」
「あたりまえでしょう。 そして最後だけど。 イシュタル帝国での業務だよね。 その彼らを鎮圧した部隊を持っている。 白兵戦戦力は、タニア連合王国以上の力を持っている」
「それで? 」
「無いと思うけど、帝国にケンカを売るのは止めてね」
「するわけないでしょう。 第一。 帝国との接点がない、ただの一般人よ。 大人しく業務を進めていくだけよ」
因みに、アーサ・ブカブ社は、イシュタル帝国の御用企業に近い。そのため政治的な内容もはらんでくるはず。
「それならいいけど」
一抹の不安もあるが、セレンかアルプを付ければ大丈夫だろう。 そんなことを考えながら歩いていると、何処からともなく発砲音が近くで聞こえてきた。 人が逃げている様子が見える。
2ブロック先の方である。
「何か起きているんだけど」
サナエさんが、構える。 一方でタツマは、それほど危機感はない。
「このような状況が、今までは船が到着してから10回以上発生していたんだ。今は1回だろ? 治安が改善している証拠になるけど。治安がいいと感じるかは人それぞれだ」
タツマは、日常の一部のように回答する。
周囲の人間もまたかのような雰囲気で音のなった方に目線をおくるだけで、再び自分の目的の方向に歩きだしている。
しばらくすると、発砲現場の方に武装トークンが隊列組んで侵攻し始めている。
その後、銃撃音が聞こえ、犯人を制圧したのか、数分で銃撃音がなくなる。
「手際がいいわね」
「AIが管理しているからね。直ちに対応して掃除するらしい」
「了解。 ウェヌスでは地味に過ごすわよ」
「良かった」
ここの治安が改善したことは、事実である。 しかし、それがどこの基準で言っているかは非常に重要なものになる。 改めて経験による知識の更新の重要性を考えさられる。
そんなことを考えていると、事件現場から再び大きな爆発音が聞こえ、煙が上がる。
緊急車両らしい自動車が、猛スピードでこちらに向かってくる。
周囲の人間が、ざわめきながら建物内に入りだす。
―― 危険察知能力も高いな……安隊が取り逃したか?
『どうやら犯人の残党といったところです』
セレンから発言がある。
「我々も避難しますか 」
タツマが、提案する。
とはいっても、ここはサナエさん。
「セレン。鎮圧できそう? 実地調整が必要なんだけど」
『いいでしょう。やってみましょう』
セレンが、前に出ていく。
―― サナエさんの祭り好きには困ったものだ……といっても、良い実地訓練になりそうか
タツマも一歩さがり、特段の指示も指摘も入れずに状況を見守る。
セレンが、13mmハンドガンを構えて、こちらに突進してくる車両のボンネットを打ち抜く。
乾いた音であるが、それなりに発砲音が周囲に響く。
ヒルベルト商会のトークンのハンドガンは、大口径仕様になっているようだ。
アクション映画のように派手に爆発して、車両が一回転すると見応えもあるのだろうが、残念ながら普通に停止しただけだ。
停車した自動車からは、左手にはミニガンがセットされた腕になっている半身サイボーグの人間が下りてくる。
―― これは厳つい。
「てめー! どこの誰だ! 」
左手を前にするだけでミニガンが構えられる状況だ。 構えた瞬間。セレンのハンドが音を立て、暴漢の左腕を破壊する。
「……」
タツマは何も言わない。
恐らく、初撃で頭を打ち抜くくらい楽なのだろうが、実地調整ということもあり手を抜いているのか?
セレントークンは暴漢の方へ歩き出す。
『さて、貴方を生け捕りにします。抵抗して頂いて結構です』
「ヤロー。 トークンの分際で舐めやがって! 」
暴漢が警棒を持ち突進してくる。
―― 身体に似合わず、動きがかなり早い。脚部もサイボーグ化しているのか?
暴漢は、警棒でセレンを横から殴りつけるが、セレンは、バックステップでかわしていく。 次に対格差を生かし警棒を真上から振り下ろしてくるが、腕を取りそのまま投げ、地面に叩きつける。
叩きつけた大音が周囲に響き、かなりの衝撃であるのが、見ているだけでも分かる。
暴漢はそのまま動かなくなる。気を失ったようだ。
『これでは調整にもなりませんね。やはりアルプとの格闘戦でもやらないと無理なのでしょうか? 』
物騒なことを呟いているとコロニー内の警備トークンの第2陣が集まってきて、暴漢を確保していった。 セレンがこちらに歩いてくる。
『“協力ありがとうございます”とのことです』
トークン同士は、通信で話せるので効率がいい。
「サイボーグ化するとあそこまでの速度が得られるのね」
サナエさんが感心した様に漏らしている。
「そのようだね」
「凄いわ!! やっぱり見て経験しないとダメね……そっかー。 いいわね」
何かを思いついたのか? 天才の思い付きは災いになるときがあるからね。
特にサナエさんは何する気なんでしょう。
端末を出して何かをメモしている。
みんなの幸せが増えるような発明でありますように。
“タワー”から戻ると、それなりの時刻になっている。エンジニアも操舵士もベイの中であった。わざわざ危険が多い、街中に出ずともベイ内でも十二分に楽しめるとのこと。
確かにベイ内でも色々な店舗が揃っているからね。 カムカム号に戻る。
「あー楽しかった。久々のスリリングね」
「本当にウェヌスでの行動は、気を付けてよ」
「分かっているわよ」
そう言って部屋に戻っていった。
ケルンは、ブリッジでアルプとセレンによる教育を引き続き受けていた。
『もう少しでコロニーに観光に行けますから最後の集中です! 』
飴と鞭の使い方も上手いようだ。
---翌日
テラ・ウェヌス・ポータル・コロニーのベイから“ハッピーカムカム号”が出向する。
昨日、暴漢鎮圧の経験をしたため、始発時はヒルベルト商会内でちょっとした話題になったものの、直ぐに通常業務に戻っていく。
ここでの制圧イベントは、日常茶飯事になっているので、それほど珍しくもない話題であった。
テラ・ウェヌス・ポータルには、既に”跳躍”待ちの大型の宇宙船の列ができており、我々の船もその列の一部を形成している。
「壮観ね」
サナエさんが呟く。
「まぁね。常時開いているものじゃないからね」
ポータルと呼ばれる、空間削孔デバイスの強大なリング(通称ヘイロー)が存在する。 脇には電力発生用の巨大艦艇が、相当数繋がれている。
「これもいつ見ても飽きないわよね」
因みにブリッジは、よほどのことがない限り、宇宙空間に晒すことはない。 ブリッジは、船中心部の強固に覆われた部分に内包されている。
また、船に問題があった場合はそのまま脱出艇になる機能も付いている。
そのため外部の様子は、ブリッジ内の基本モニターで観察している。
ヘイローが、青や紫電に帯電し始める。
電力発生の艦艇から莫大なエネルギーリングに溜めているのだろう。
暫くすると、指向性を持ったエネルギーが、八方よりヘイロー中心空間に投射される。 すると空間が波紋のように波打つようになる。この状態が空間削孔状態になる。
先頭の船が、船首から角を立てて、傘状態からワープバルブを形成し波打つ空間に入って消えていく。
「いつ見てもこれを考えた人は凄いわよねー」
サナエさんも感心している。
―― これを考え、最初に実践した人は、悲劇を生んだんですけどね。
我々の番である。
ハッピーカムカム号にも同じような形で、ヘイローに突入していく。
異次元空間内は、七色の綺麗な模様を想像する例も多いが、実際はワープバブルで暗闇な状態になるだけである。
なので、異次元空間がどんな色をしているか、それは想像の世界になる。 そして、その状態も1分も経たぬ間にモニターに星が映し出される。
どうやらゲートを抜けたようだ。慣性でゲートから出るとすぐさまトラクタービームの要請があり、受諾する。
次から次への後ろから出るため、交通整理をしないと大型船同士が衝突して大事故になるためである。
「ワープ時間も短いものね」
「ワープ空間にあまり長くは、居たくないけどね」
長居をしてワープバブルが崩壊すると、瞬時に物体は形を保てなくなり、崩壊させる空間である。 事実、ワープ実験の黎明期には多くの被害者が出ている。
もっとも崩壊時には、痛みや苦しみなく死んだと認識することも無いようだ。
その様な犠牲の上で、ウェヌス宙域とテラ宙域を僅か1分で結ぶのは、素晴らしい技術的進歩であろう。
―― とはいえ。ここからまだウェヌスまでは、かなりの距離は、かなりあるのだけど。
テクノロジーは、万能でないことを思い知らされる日常の風景になる。




