母艦航行
ウェヌスと聞いて何を思い浮かべるだろうか?
宵闇の一番星で金色に輝く星?
外見は綺麗だが、内部は過酷で高温・高圧な環境?
この世界では水の惑星です。それも極端に水が多いです。
自転は左回りで、そしてこの世界のウェヌスには、衛星があります。
住みやすそう? それはどうでしょう?
--- ハッピーカムカム号
テラを旅経った直後ぐらいになる。ウェヌスへの荷物を請け負って航行中。
ブリッジには、タツマとアリエフと鄭がいる。
ブリッジのモニターには、蒼いテラが見えている。ルナの周辺も相変わらず宇宙船が多い。
「二代目。 体調は大丈夫なんですか?」
「一年も経つんだ。 調子はいいさ」
あの自爆犯の爆発から女帝を守ったが、軽量型パワードスーツには顔面保護がなく“左目”を損傷し、完全に視力がなくなってしまった。
再生医療でも厳しいようで、義眼を付けての対応しかなかったのだが、どうしても肉眼と義眼の処理時間差が気になり、くらくらしてしまう。
いわゆる“義眼酔い”と呼ばれる現象らしい。
担当医からなれますよとは言われたものの、やはりなれなかった。 義眼に関しては、どうしても合う、合わないが発生する為こればかりは仕方がないとのこと。
また、義眼を入れての射撃精度が、著しく落ちているのがスコアにも現れており、このまま戦闘に入った場合、結果が最悪なものになるとの結論から、タツマは、現在義眼は入れていない。
―― 義眼以外体調は、まぁそれになり大丈夫そうかな?
「片目で視力とか大丈夫ですか? 」
「まぁそれなりに」
「それにしても眼帯なんですね。古風な海賊に見えますよ」
「それはどうも」
流石に傷跡もそれなりにあるため、それを隠すためにも眼帯を使用している。
隻眼というと、一部には刺さるかもしれないが、洗濯物が一つ増えてしまったのは、問題かもしれない。 特に宇宙船内の洗濯物量は最小限にしたいところなんだけど。
「社長。 今度はウェヌスで揉め事ですか? 」
アリエフが、いつもの穏やかな語り口で質問してくる。
「どうだろう? 行って見てだね。 それに副社長からの要望だし、無下にする訳にもいかんでしょう。 対応可能なことは、対応するさ。 それとヒルベルト商会の代理社長にケルンを立てるけど――」
ブリッジにはいないが、現在ケルンが、カムカム号に乗船している。
私が爆破テロに巻き込まれエリスの病院から、テラ移動する際についてきた。
ティファー大陸では、タツマとともに行動していたため、彼への信頼は高い。
そして、彼との移動中、テラやウェヌスなどの他の惑星の話をしたことが、彼の好奇心に火を付けたようで、他の惑星に興味を持ったようだ。
自分の地域を離れるのも嫌う人間がいる中で、星を飛び出すのは好奇心だけでは、踏ん切りがつかない者も多い。
自分のようにテラ生まれだが、コロニー育ちか、 大金が得られると考える一発系の輩、それに優雅な宇宙遊覧で金が稼げるとの思い込んでしまう学生が、この職種には多い。
一発系の輩はまだしも、優秀な学生に限って言えば、多くが大手の惑星間貿易商に入り、宇宙海賊の死闘で鬱になり船を降りるか、後方勤務が大多数のように思える。
そのため、優秀な船乗りに成れるのは、ほんの一握りであり、恒常的な人材不足なのが現状である。
―― とはいえ。 ケルンがこっちに来た時には、イーノから罵詈雑言の嵐だったなー。
彼のことを思い出すと、同時にイーノが思い出される。 特に“兄を連れていくなー”がメインだった。
そんな感傷に浸っているとアリエフが、言葉を継いでくる。
「私はいいと思いますよ。 荒事は苦手のようですけど、金勘定やビジネスセンスの筋はいいですし。地球にいる間も、マールスとの間に金融ネットワークを作っていたようですから」
―― 銀行員をやっていたらね。金勘定は確かに有能だ。
親父が抜けてそのあたり、自分一人でやるのにも限界があったし、会社の戦略とかどうしようかと考えていた時に、彼のような信頼できる人間が、借金会社の中小惑星間貿易商として入ってくれるのは、非常に助かる。
「あれ便利だよなー 仮想通貨でのやりとりだろ? ヒルベルト商会の資金を共通口座に入れておいて、金のやり取りのみ仮想通貨で行うから、両替費や税金が最後の決済時の一括で済む。 無駄な費用が圧縮となにより金の移動がスムーズだよな」
鄭が、感心している。
タツマとしては、借金会社の運営として経費圧縮は願ったり叶ったりである。
「ああ。 俺もケルンの社長代理には、異論ないぜ。 二代目が療養中の彼の仕事ぶりは真面目そのもの。 こっちから入社を願いたいぐらいだ。 まぁ当分3人での航行というのが寂しいけどな」
鄭さんも納得している。
実際、タツマが半年間、治療している間、彼が代わりに、社長代理となり副社長と一緒にヒルベルト商会を動かしいた。
といっても、実際は社長の見習いで、セレンの下で実務をしていた。 セレン曰く、まだまだだそうだが。
―― しかし、こうゆうのって副社長が代理になるんじゃないの? と言ってもバルティスは、頑なに副社長以上を望まないのも困ったものでもあるが。 まったく。 ここは、癖が強い人間の集まりだよね。
『私はのけ者ですか? 』
セレンが、モニターから話しかける。
「おっと。忘れていた。 船長入れて4人だな」
鄭からの発言で存在が認識され、 僅かな笑いが起きる。
因みに、現在は、ハッピーカムカム号のシップマスターとしてのセレンとトークンと移動できるセレンの2人が存在している。
記録の同期はとっているのもの、兄弟? 姉妹? のような状況になっている。
「社長。それと今回は、嫁も連れていくんですか? 」
「同じ案件でウェヌス内を一緒に行動するわけじゃない。 嫁はイシュタル帝国の会社でサイバネティクス技術の仕事があるようだからね。 会社内での研究・開発業務だ。安全な業務さ」
結局、マールスでの一件以降、夫婦の契約は継続になっている。 ファミリーネームを変えるだけだったのだが、なし崩し的にここまで来ている。
バルティスは、私がテラでの療養中に彼の母星ウェヌスに帰星していたが、しばらくした後に“商業ネットワークの取りまとめに力を貸してほしい”との内容を送ってきた。
普通なら力のあるウェヌ内部の組織が取りまとめるはずなのだが、正直ってきな臭い。
嫁の方は、例の軽量型パワードスーツの本格製造を行いたいとの要望があり、テラまで担当者が来て協議していた。
ウェヌスの“アーサ・ブカブ社”とのマールスの“ルベェリエ工機”は、資本提携にあるため、研究も兼ねて引き受けたようだ。
タツマも“アーサ・ブカブ社”は、帝都にあるため治安もいいからと了承した形になる。
―― 帝都なら取り敢えず、治安隊も機能しているだろう。
因みに、私も兄弟ができたようだ。まぁそれはいいや。 あの親父! やはり、時の経過と周囲も変化していく。諸行無常をこの年齢で感じるとは沁みるねー
鄭さんが、思い出したように話しかけてくる。
「二代目、この船の借金でどうなったんですか? 商社プロメンテで大儲けでしょう? マールス屈指の穀物資源会社に育っているらしいじゃないですか。 俺たちの給金も増額してくださいよ」
タツマは神妙な顔つきになる。
「……世の中には税金というものがあります」
「でっ? 」
「主惑星外の会社なんか持っていなかったから分からなかったけど、惑星外への持ち株会社の税金って凄く高いの」
「どのくらいですか? 」
「※1 利益の5割……」
「……おぅ」
「そこに地球の税金と登記している国家への税金が、かかるの」
「……」
鄭は、何も言えない。おそらく給金の件は無理だろうと考えている。
「借金が思ったように減らないってどうゆうこと! 内部留保使って土地を開拓して、ふざけんなよ!! 命かけてなんなんだよ。 私が何したっていうんだ! 」
タツマの感情が爆発する。
アリエフさんが、合いの手を入れてくる。
「で借金は?」
「半分に圧縮できたが、内部留保がない。 マールスでの戦闘用に借金までしてトークンやらコンバットスーツを揃えたから――ほぼない。 そこに、この船の借金と利息までついてきているんだ。親父からふんだくってきてもまだ足りないとは――」
『でも装備がなければ、あの世でしたよ』
セレンが、回答してくる。
「まーね。 だけどさー 理不尽じゃない! 」
とはいえ、内戦を潜り抜けるために、かなりの高性能な装備を揃える必要があった。 普通の惑星間貿易商ではオーバースペックもいいところだろう。 しかし、数相手には、質を上げて勝負するしかない状況であったのも事実。
『とりあえず、与信は回復していますのでご安心を』
―― 安心できないよ。 先立つものが無くてどうやって、商売しろと?
「あーもうヤダー。命がけの労働が報われないのっておかしくない? 引退したい」
「引退してどうするんですか? 」
アリエフさんからの質問。
「マールスでスローライフを送るんだー。 マールスに行けばある程度、資金もあるし、商社プロメンテで畑仕事するのも悪くないだろ? 」
「二代目~。畑仕事がスローライフって幻想じゃないんですか? ハードだったんじゃなかったですか? 」
「命のやり取りが無い仕事で生活を立てるのは、全部スローライフさ」
彼なりの理論なのだろう。
「しかし、“白翼の騎士団”の一派として追い掛け回されるんじゃないですかね。 ヒルベルト商会が裏で繋がっていたことは、その手の筋には知れ渡っているようですよ」
「それはサナエさんでしょう? マールスでは、“白翼の騎士団”は、女性との共通認識になっているし」
「ああ。あの“マジックシャットダウン”でしたっけ? 」
「そうあれ。 あの後、サブカルチャー界隈で広まっているらしいよね。 変な名前だよね。コンバットスーツ着てマジックって何よ? まぁあれでいて子供っぽいからねー。彼女」
「……」
「……」
|アリエフ(操舵手)と鄭の顔が、固まっているのに気づかないタツマ。 そのまま饒舌にサナエさん語りを続ける。
「真っ白いコンバットスーツとか目立つから止めようとか言っても聞かないし、頑固なところもあるからね。困ったもんだよ」
「……」
「おキャンでじゃじゃ馬そのものだよ。 もう少しお淑やかだったら、男性にもモテたんじゃないのかねー」
ここでタツマは、アリエフと鄭が無言になっていることに気づく。
「どうした……」
―― えー。よく見る形式美の落ちですか?
タツマが、後ろを振り向くと、見事に後ろに立っていましたよ。ええ。
無表情で目を細めているサナエさんが居る。
「あれ? えーと。 セレンの調整中では? 」
とにかく、言葉をひねり出す。
「ブリッジを見てみたいから来たの。 悪い? 」
無表情からにっこり微笑むサナエさん。 その変化が怖い。
―― おう、笑顔が素敵ですねー。これからは、ドアが開いたら音が鳴るようにしましょう。
「どうですか? ブリッジは? 」
「モニター大きいし、宇宙がよく見えていいわねー」
サナエさんは、悪戯じみた顔から一転神妙な顔になり
「ここであんたに説教といきたいんだけど。 全員ラボに来られる? 」
「何かあったの? 」
「トークン型のセレンNo2の稼働限界よ。いわゆる臨終間近ね」
人工知能の死とはイメージ化付きにくい。故障とかのイメージか?
「それで? 」
それ以外の言葉か見当たらない
サナエさんは淡々と今後の工程を述べていく。
「まず、有機AIは生命体なの。 故に葬儀を行うわ。 その後データの移し替えを実施。 現在のユニットは封鎖し機能を停止させる。 結果、二度と起動できなくなる。 No2との最後の別れよ」
―― AIのための葬儀とは……
とりあえず、ラボに向かうブリッジの一行。 多少の宇宙航行法違反は、大目に見て貰おう。
*
ラボには、セレンのトークンが直立で保管されている。 ケルンも既にいる。
直立で保管されているトークンであるが、腹部か解放されおり、内部ユニットが取り出されている。ロボットアニメのロボットの腹部が開放されている状況との表現が納まりがいい。
「坊主か牧師が必要なのか? 」
鄭さんが、サナエさんに尋ねる。
「とりあえず、録音の経典を流すつもりだけど? 」
「ユピテル教の略式葬儀ならできますよ」
ケルンが名乗りで出る。
「人工知能といっても私達を守ってくれた功労者です。 やはり肉声で経を上げることは、必要だと思います」
「貴方、ユピテル教なの? 」
「熱心な信者ではありませんが、農業では祭典もありますからね。ユピテル教はその辺りが色々混じっていますから。豊穣の祝詞から死者を伴う祝詞まで。 ワンパッケージってやつです」
――お手軽ですね。
*
祭壇を準備する。流石に宇宙船の中での火は灯せないためライトで代用する。
ケルンが奏上詞を行っていく。
かつてのマールスの現地語であるため、何を言っているか不明である。 統一言語ができても、この辺りは1400年の時を経ても置き換わらない。
葬儀の一通りが終わる。
『素敵なポエムですね』
セレンNo2が感想を答えている。
――まだ、会話ができるのか。
「セレン聞こえる? これからNo4にあなたのデータを移行する。記録データの移行は済んでいるから、AIOSの中枢部、自我の部分になるわ。移行を実行すると、人間で言うところの死亡に該当するけど、いいかしら」
『了解です。やってください』
キーボード操作を操作し、隣に設置してあるシリンダーへデータが移動しているのだろうか?
あまり実感が湧かない。
式という名の厳かな儀式であるため、誰一人口を開かない。 ただ、機械音の低い音と空冷ファンの音が大きいのはわかる。 唯々無言の時間が経過していく。
どの程度時間が経ったであろう。 TVショーの1プログラム分ぐらいの時間は経過しただろうか?
「データ移送――完了」
サナエさんが口を開いた。
No4と呼ばれるユニットをトークンの腹部に入れると、トークンのセンサーアイが光起動する。
『どうしました。皆さんそろって? 』
セレンの第一声は、意外なほど軽い。
「テストをするわよ」
サナエさんがセレンに質問をし、新型セレンは、ジェスチャーを交えながらそれに解答をしている。
「いいわ。上出来。細かい内容はあとにして、一応これでデータの移し替えは終了よ」
拍子抜けするほど変化がない状況に皆戸惑っていたが、問題が起きていないことに安堵もする。
大きなトラブルもないため、カムカム号のクルー達は、ラボを出ていく。
しかし、タツマは残っている。
「……」
サナエさんが聞いてくる。
「どうしたの? 」
「このNo2のユニットは死亡? 」
シリンダーを見ながら、問いかけてくる。
「そうね。 利用不可、再利用もできないわ」
「このセレンNo4は、No2と違うよね? 」
「内部のAI細胞は同じ、AIOSや記録もそのまま受け継いでいるわ」
「そうか……いや何でもない。 ありがとう。 引き続き頼む」
「まかせなさい。 私天才よ」
「そうだった」
タツマが苦笑しながらラボを出ていく。
「……」
『サナエ。どうかしましたか? 』
「何でもないわ」
有機AIといえど、欠点もある。
“完全な継承ができない”
有機体であるため、連続したアナログ反応が発生する。
ある程度は、追従可能であるが、アナログを量子化されたデータにするとどうしても限界が発生する。
問題は、その限界部分が根幹にかかわる箇所で発生していることにある。
性能は変わらずとも、行動方針や性格が少しずつ変化する可能性がある。
いうなれば、誰かの知識をもったまま、違ったものに生まれ変わった状況である。
「はじめてよ。こんな経験」
この船にいると、彼らに関わると経験したことのない世界に連れていかれる。
「さてセレン。 これから心理テストを受けてもらうわ。 それから運動性能試験。 ウェヌスに着くまでに調整をすませるわよ! 」
「了解です。 サナエ」
停止し封鎖されたユニットが、徐々に色褪せていく。
※1:他の惑星の金融植民地にならない為の処置になる。 惑星間協定の発効時に制定され締結されている。 今でも税率の緩和の議論が絶えない。




