邂逅
ホール前では、コンバットスーツトークンが待機し護衛の任務についている。
平穏なエリアに入るため、タツマはバイザーメットを脱ぎ、コンバットスーツで威嚇するのも気が、引けるので上から道中合羽を羽織り、コンバットスーツを隠す。
そしてホール内に足を踏み入れる。 ホール内では、医療用トークンから応急手当てを受けた避難民たちが肩を寄せ合っていた。
しかし、さすがマールス人。 詐欺に利用できる武器としての容姿は、納得の美形ぞろいだ。
容姿は、テラのおとぎ話のエルフのようである。 テラ人やウェヌス人も各惑星に入り乱れて住んでいるが、現地の特徴はなかなか薄れない。
そしてこの美貌を武器に主にテラで詐欺をしかけるのだから、中々質が悪い。といっても悪いことをする奴はどこにでもいる。マールス人が全員悪い訳でもない。
海賊を排撃したため、ホール内では安堵した雰囲気が漂っている。彼らはテラ人の傭兵姿であるタツマを、警戒と好奇の交ざった視線で見つめてくる。
そこへ一人の背の高い女性が歩み寄ってきた。
スラリとした長身に、尖った耳。モデルのような容姿になる。
『彼女が、キャミャエル氏です』
セレンからの報告がくる。
「了解……これはまた、学者というよりモデルか? 」
――自分より背が高いな。
エルフ耳のいかにもなマールス人が、話かけてくる。
「へーあなたが、この船の救世主さん? 」
「ええ。 そんなところです」
『救世主を認めるとは、大きく出ましたね』
セレンからの突っ込みがはいる。
―― 美人の前だし、たまにはカッコつけたいのよ。 それにカムカム号には、ヤローしかいないからね!
「へー。 生のテラ人って初めて見た。 ふーん」
彼女はこちらをジロジロと見ている。 このまま、レディから名乗らせるのも紳士的ではないため、タツマから口を開く。
「タツマ・ヒルベルト 惑星間貿易商を営んでおります。 今回は仕事で近くを通って救難信号を受けて救助したまでですよ」
雑用でも社長だからね。間違いないはず?
「キャミャエル・サナエよ」
自らを名乗り相変わらず、こちらをしげしげと見ながら話題を振ってくる。
「マールス人には第7感があるのは知っているでしょう」
確かに、マールス人は、よく人の考えていることを言い当てる。
地球人は、よく第六感とは言うが、マールス人はそれに加えて、微弱な磁界変化を感じとれる第7感を持っている。
いわば直観力や読心術の類になる。 といっても、喜怒哀楽などの漠然とした感情の動きがわかる程度だ。
もちろん、できないマールス人もそれなりにいるし、さらには、具体的な思考まで読める高度な読心術が出来る者もいる。 そこは、個体差になるだろう。
しかし、相手に集中していること・話せる距離にいることなど制約はかなりある。
会話の一種と考えると確かにその程度なのかもしれない。
不思議な力の様だが、脳内思考も電気信号であり、微弱な磁界が発生するわけだ。それを読み取れると考えると納得はいく。
“テレパシーだ”と子供のころはマールス人がうらやましかったものだが、他者の感情が自分に問いかけてくるのは、この年になると案外面倒くさい。
以上の能力もあってからか、マールス人同士嘘をつくことは、直ちに看破されるため滅多にない。 一方で相手の感情が読める為、他の惑星での詐欺は上手い。
その優れた容姿も相まって、テラやウェヌスでは、詐欺被害がそれなりに発生している。
「私も結構得意なのよ。相手の心を読む力。で、あなたがこのホールにいる理由だけど……」
キャミャエル氏が、偽悪的な笑顔を向けてくる。
「あなたこの船のデータは、おおよそ把握済みでしょ。乗客の名前や経歴を含めて。おそらく海賊に襲われた原因を探っていた。 あの船長が、ペラペラとしゃべるとも思えないし。
客員名簿を見れば、傾向は見える。 名簿の中から異質なものをピックアップしてここにいる。 おそらく、あなたの目的は私でしょ? 」
饒舌に話すキャミャエル氏。 しかし、あまり自分の考えを先に言われるのは、いい気分ではない。 だが、タツマは商人。 些細な感情は殺し、いつもの営業トークで乗り切る。
「さすがですね。 その通りです。 素晴らしい研究をされていると聞いて、弊社の新しい“商材”にならないかと思いまして。……それにしても、写真以上に魅力的な方だ。 モデルかと思いましたよ」
『タツマ。ここでナンパですか?』
コンバットスーツのインカムからシップマスターの突っ込みが入る。
―― うるさいよ。警戒心を解くための方便です。
「ふーん。 商人だけあってお世辞もなかなかじゃない。で? 何が聞きたいの」
様子から察するに上手い具合に世辞が効いているようだ。このまま一気に情報を引き出そう。
「あなたの研究内容について、簡単に聞きたいなと。 調べたら面白そうな研究だったので、何か弊社の新しい商材になるかと思いまして」
学者は自分の成果を聞いてもらいたい生き物。おそらく、乗ってくるはず。
実際に耳がぴくぴく動いている。
「なかなか、素直じゃない。有機AIは高価だけど、性能が低いことは知っているでしょう? 」
「ええ」
因みにシップマスターは有機AIだが、非常に……いや異常なくらい性能が高いのだが、親父に聞いても特注だからとしかの回答しか返ってこない。
一般的に有機AIは、ペットロボットに使用されるぐらいで、性能が低い。 しかも,
製造コストが高く一般には出回っていない。 研究用程度である。
理由としては、計算機構が3進数によるシステムになっているため、既存システムとの汎用性がまったくないこと。
出力には、幾多の情報と直接かかわりない情報まで必要で、加えて解導出時の工程の情報の発散、さらには解自体も確率で示されるため、解の制御がままならいこと。
そしてこれらの問題を制御する※1 AIOSがないことが、上げられる。
加えて、計算速度も通常の金属基盤のAIのほうが、遥かに速いため研究が進んいない。 簡単に言えば、制御が難しく、金にならない研究になる。
「私はその有機AIの潜在的性能を発揮させる方法を見つけたのよ。 莫大に拡散する情報波形を有機AIと既存のAIを抑え込み機構(制御層)として挟むことで収束させることに成功したの! 」
「なるほどー。さすがですね」
―― そのままでは使えないから、従来のAIと合わせましょうということか
「ちなみに、専用のAIOSも開発し、実用までこぎつけたの」
―― あのやっかな有機AIのAIOSかー。 凄いけど何使うんだろ? 商売になるかなー
自慢気に胸を張る彼女に、タツマは相槌を打ちつつも疑問を呈した。
「ですが……現在の社会システムは既存の無機AIで完成されています。そこまでのリスクを犯して有機AIを使うメリットは?」
実際に今のままでも問題なく社会システムは機能している。 現在以上に社会が高性能なシステムを求めているだろうか?
「甘いわね。有機AIは単なる計算機じゃないの……最近思うのよ。これは人工知能というより、意志を持って知識を求める『知意識生命体』じゃないかって!」
「生命体……」
「これは計算機工学ではない、生命科学。 新たな生命を作る研究なの! 意義は十分にあるわ! 」
―― なんか一気に胡散臭くなってくるな
「因みに既存AIとの親和性を上げているから、既設AIの同時運用も可能になっているの――あとは状況によっては、色々と悪さもできるわね」
―― 色々と悪さとか――また物騒な。 しかし、既設AIの同時運用は、セレンの系譜に近いものがあるのか
キャミャエ氏の言葉が熱を帯びる。だがその時――
「貴様! 人工生命などを作り出して、神にでも気取るつもりか!!」
後ろから老紳士が怒鳴り込んできた。
「またあんた? あんたもAIを研究しながら、ユピテル宗教を信じているようだけど、随分都合の良い性格しているのね」
「新たな声明を生み出せるのは神のみ! 決して我々人間ではない! AIは人間の道具じゃ!」
どうやら両者は、知り合いのようだ。
たしか、メインストリームから外れた若き天才という触れ込みが彼女であれば、こちらはメインストリームの科学者か。
老紳士は、彼女の「生命創出」の言動に激怒している。
「それで人間が社会を管理してうまくいった試しはあった? 不完全で、邪な人間に管理させるより、高性能AIに管理していく方が、理想の社会に近づくはずでしょ!」
「なにが、理想社会だ。 AIは人間の支援であって、我々の上に立つものじゃない。 世界は多様性じゃ。 大神は、AIに管理された単一な世界を望んどらん! 」
「何が多様性よ! 結果多くの争いが起きて、土地が荒れているでしょ! 」
「文字は人を殺し、命の息吹こそ人を生かす道。 大神の作られた世界を文字で出来たAIに管理させるなど狂気の沙汰!」
「命の息吹がない人間が、どれだけのことを引き起こしてきたと思っているの! 」
神学論争が始まったのを見届け、タツマは苦笑いしながらこっそりその場を外し、巡回業務に戻る。 ホールを抜け出し静かな通路を浮遊しながら移動していく。
といっても、宇宙遊泳のごとく見て回るだけである。
タツマは、先ほどの出てきた単語をそのままセレンに投げかける。
「……セレン。お前も知意識生命体なのか?」
『ストレートな質問ですね。……ですが、“知識を渇望している”という点においては、否定できません』
「ふーん。 それにしても新規のAIOSねー。 金になると思う? 」
『AIOSの開発には莫大な資金が必要になります。 あのキャミャエル博士の研究がどこまで進んでいるが分かりませんが、商材にするには先行投資が必要かもしれません。
加えてAIOSの利用方法を考えないと投資が水泡に帰してします可能性もあります』
「また金かよ。 世知辛いねー。 セレンが、多数いるからっていいことあるかね? 」
『それを考え、市場にするのが商人の腕の見せ所だと思いますが? 』
「相変わらず、辛辣だな」
タツマは、アルバ内を見て回っている。 特に怪しいところはなさそうだ。
タツマは、漫然と船内を浮遊しながら、一つの推測を組み立てていた。
「関係ないけどさ、この事件の構図が見えた気がする」
『なんでしょう』
「この船って輸送艦だろ。 あのキャミャエル氏の有機AIを軍事用トークンに搭載するのはどう思う? それもウェヌス製の奴に。
ウェヌスのトークンって性能いいし。 実際キャミャエルさんは、試作品のAIを持ち込んでいるんだろ」
『はい』
「それでテラの学会に出席する体で落ち合って、マールス側は、最新研究のAIの提供。
ウェヌス側は最先端のトークンとの物々交換で戦闘用のトークンをこの艦で持ち帰るの自国の強化に使うと有利に立てるよね。
そうすると、軍管轄下の艦の理由も分かる。 防御は折り紙付きだ。 しかし、今回はおそらく裏切り者がいた」
『随分と関わってはいけない臭いがしてきますね』
「海賊はおそらく、マールスのエリス内の政敵に雇われた可能性が高い」
『証拠はありませんが、おおむね筋は通ります。 であれば、護衛が薄いのも納得ですね』
「ああ。それに先ほどの会話で分かったこともある。 ユピテル教の大神に背くといって、キャミャエル氏の研究を疎ましく思っている連中もいる。 もしかしてその中に彼女とその研究ともども消したい連中もいる可能性もある」
『政治的な軋轢と宗教ですか――』
「といったところだが……もしかして、マールスの国家内のいざこざに巻き込まれた感じ? 」
『その推測が正しければそうなりますね。 よくよく自発的に貧乏くじを引くタイプですね』
「ひどくない! 」
巡回業務は、平穏の中で実施されている。
※1:AIOS:AI用の基本ソフト。 AIを動かす基盤でAIへの曖昧な命令やタスクの処理を実施する。 AIの基礎部分であり、AIOSの違いで役割も異なってくる。




