アルバ船内
ハッピーカムカム号からアルバのメインフレームへ、海賊掃討完了の信号が送られる。 閉ざされていた厚い安全隔壁がゆっくりと開いていく。
「……やはり、犠牲がでるか」
タツマの呟きに、後方からついてきた親父が静かに鼻を鳴らした。
「300近い海賊が雪崩れ込んだんだ。船の乗組員が無事なわけがない」
隔壁の向こうに広がっていたのは、無重力の虚空に漂う惨劇の跡だった。
破裂した隔壁の破片、散乱した硝煙の匂い。そして、浮遊する一般客、警備員、そして海賊たちの冷たく凍り付いた遺体。
一方で、こちらの損害は皆無。最新鋭のコンバットスーツを纏った200体の戦闘トークンは、数体に装甲の表面傷がついた程度で、完璧な防壁として機能していた。
『タツマ。アルバのAIより、本艦責任者との直接会談の申し入れがありました』
インカムからセレンの澄んだ音声が届く。
「受けよう。気になることが多すぎる」
『追加情報ですが、乗客の素性ですが、特定のVIPは見当たりませんが、名簿名から論文データベースと合致する名前がヒット。 複数の科学者が乗船しています』
「科学者が乗っているのか? 科学者を襲って何するのよ。 拉致して身代金も取れるか怪しいし……」
タツマは浮遊する破片を避けながら思索を巡らせる。
海賊にとっては、換金性の悪い仕事になる。 となれば――誰か裏のスポンサーが、明確な意図を持ってこの船を襲わせた、と見るのが自然だ。
「社長。これ、ただの海賊騒ぎじゃないですよ。 これかなりの裏がある事件じゃないですか? 」
鄭さんが、応じてくる。
民間船に擬装された軍用規格の輸送艦。科学者たちの大量搭乗。そして不自然な航行情報の漏洩。疑問ばかり積もっていく。
アルバのAIに誘導されながら艦内を進んでブリッジに到着する。
タツマたちは礼儀としてコンバットスーツのバイザーメットを外して足を踏み入れた。
ブリッジの中央、数名の部下を従えた男が、大げさに両手を広げてタツマたちを迎えた。
「おお……! 助かった! 本当にありがとう! あなた方は我々の、いや、この船すべての命の恩人だ!」
顔には満面の笑みを浮かべている。だが、その目は笑っていなかった。
「早速だが……命の恩人に不躾なのは百も承知の上……社長殿、私のオフィスで少し二人きりで話をさせてくれないか?」
ダイゴやバルティスたちは黙って頷いた。戦場をくぐり抜けてきた男たちだ。この過剰な歓待と、背後にある不気味な静けさの正体に勘づいていないはずがない。
「おお。なんと器の大きな方々だ。 英雄の方々には最高級のゲストルームをご用意した。アルバ、案内しなさい」
『了解いたしました。皆様、こちらへどうぞ』
仲間たちと一度別れ、タツマは艦長室に併設された艦長オフィスへと入った。
民間船では、滅多に見られない無駄なほど広い空間だ。 中央まで進むと、男は向き直り、その表情から笑顔を一切消し去った。
「……単刀直入に言おう。君たちに渡した本艦の構造データ、および戦闘ログの破棄をお願いしたい」
「破棄、ですか」
予想通りの要求だ。タツマはあえて難色を示し、眉をひそめた。
こちらは多大な燃料と弾薬を消費して乗り込んでいる。ボランティアでやってやる義理はない。
「分かっている。本国に上申の上、破格の報奨金を約束しよう」
「……それならば、交渉成立ですね」
商人としてのソロバンを弾く。金汚いと言われようが、こちらには先代が残した膨大な借金があるのだ。太っ腹な聖人君子を演じる余裕などない。
「そしてなんだが、この船の内容も他言無用願いたい」
「もちろん。 信頼こそが惑星間貿易商の最大の商責。 そして顧客の秘密保持は最優先ですので、ご安心を」
その言葉で船長と呼ばれる人間の顔が、少し安堵の表情を示す。
「アルバから君たちの情報を得ていたが、助けられたのが君達で本当に運が良かった。 惑星間貿易商の口の堅さは宇宙一だからね」
安堵の息をつく男に、タツマは一歩踏み込んで問いかけた。
「これからどうされます? 当初の目的地へ?」
「いいや、マールスへ引き返す。 乗客のトラウマもひどいし、何より艦体の損傷が激しい。この状態で空間跳躍を行うのは危険すぎる」
無茶な跳躍をして事故を起こすよりは賢明な判断だ。
男はこれで会話を終わらせようとしたが、タツマがじっと自分を見つめていることに気づき、苦笑いを浮かべた。
「……何か聞きたそうだね? これだけの惨状だ、疑問を持つなという方が無理か」
「ええ、まあ」
マールス人の特殊能力か。
「しかし、命の恩人といえど、私も船の責任者でね。機密情報を君たちに教えることはできないのだよ」
まぁ普通はそうなるね。といっても引き下がらないのが、商人魂。
「そうですよね――では一点だけ。 乗客の目的地は、テラのどちらに向かわれる予定だったのでしょうか? 」
「……なるほど、船の所属や襲われた原因でなく、そこへ着目するか。 いいだろう、テラで開かれる学会への護衛だ」
発言の後、ゲストルームへの移動を促され、オフィスから退室する。
オフィスを出たタツマは、親父達の場所に向かう。
「しかし、たかが学会への参加に、軍艦もどきを用いるか? 」
独り言が漏れる。
≪セレン。 地球で開かれる学会と論文データベースから乗客の参加する学会を調べて≫
『了解です。……ありました。AI関連ですね』
≪乗客の中でのAI関連で高名な人とかいる≫
『大学の教授陣が多いようですが――。特殊な研究として“有機AI”の科学者がいます』
≪へー。セレンと相性がよさそう≫
『彼女は、今回の学会に実際に作成したAIを用いて発表する予定です』
「その試作機の奪取が目的? 確かに新作のAIは高価だけど……」
『調査することは可能ですが、目的はなんでしょう』
「興味本位と新規事業の可能性かな。 金になりそうならぜひお近づきになりたい。 商材は多い方がいいからね」
『了解です。 対象者の情報を洗いだします』
ゲストルームの前の到着し、扉を上げると親父たちがソファーで寛いでいる。
流石ゲストルーム。 高価な重力ルームの作りになっている。
居住ブロック全体がリング状に連なり回転することで仮の重力を発生している構造だ。
もっとも駆動部が多いため、高価な船や長距離運行する大型船にしか搭載されない代物になる。 因みにハッピーカムカム号にも長期間の宇宙航行が多いため、整備されている。
メイド・トークンが、部屋の隅に待機している。飲み物や軽食を親父たちの前に置いてある。
おそらく、トークン達が準備したのだろうが、親父達はそれらに一切手をつけず、銃から手を離さないままソファに深々と腰掛けていた。
「戻りました」
「でっ、どうだった? 」
親父が、口を開く。
「これからの予定は、この艦は、マールスへ引き返すとのこと。 そしてこの船の詳細は話すつもりはないと。 ただし、金と引き合えにこの船の図面・データの破棄を提案された感じ」
「まあ、予想通りの手打ちだな」
ダイゴは短く答えるが、警戒の目を緩めない。まだ敵の渦中にいるという認識だ。さすがは歴戦の商人たちである。
「セレン。 我々は、船に戻り通常航路でマールスに向かう。 航路修正をお願い」
『了解です。……アルバから護衛任務の依頼が来ています。 いかがしますか』
「引き受ける」
即断です。借金返済のため頑張りますよ。
『アルバより追加です。 船内に海賊を手引きした人間がいる可能性がある。 護衛を何人か残してほしいとのことです』
「了解した。 ……私が残る。 トークンを5体つけてくれ」
さすがにジャガーノートは厳つすぎる。武器も人数もこちらが有利だし問題ないだろう。
『了解です』
「じゃっ、後は頼んだぜ」
***
親父達3人が、強襲舟艇でハッピーカムカム号に戻っていく。
「ふー。ひと段落か」
窓の外を遠ざかっていく自船を眺めながら、タツマは息を吐く。
「で、その天才科学者の素性は、分かった? 」
『科学者の名前は、※1キャミャエル・サナエ。 年齢は12。 10歳で博士課程を終了しています。マールス内で多数の論文賞を獲得している新進気鋭のAI研究者となっています。
優秀な科学者のようですが、理論がメインストリームから外れているため、マールス内の学会でも浮いている存在のようです』
「12歳で科学者ねー。 天才キッズとは、すごいね」
『火星の公転は地球の約2倍程度ですので、倍にすると地球の年齢に近くなります』
「24歳か。なるほど、なら大人の天才か」
合点がいくタツマであるが、もう一つ気になる問題に対してセレンに質問する。
「ところで、実際手引きした人間っていそうなの?」
『詳細な調査を実施しないと分かりませんが、現時点で不審者はいません』
「なるほど。船内は安全のようだ。その キャミャエル氏 に話を聞いてみるか」
『何を聞くつもりですか? 』
「自身の研究について。 まだ見ぬキラーコンテンツを発掘して借金返さないとだからな」
キャミャエル氏と会うため、乗客が集まっているホールに向かう。
※1:マールスでは、ファミリーネームが先にくる国が多いです。




