三日間の静寂
--- 客室の一室
海賊襲撃の騒動から三日が経過した。
タツマは船内の巡回を続けている。 巡回と言っても、あちこちをウロウロと歩き回る程度だ。だが、腰に武器を下げた人間が存在を示すこと自体が、目下の治安維持には不可欠だった。
船内はすでに平静を取り戻しつつある。怪我人の容態も安定し、清掃も大半が終わっていた。
しかし、激しい戦闘の痕跡——壁の銃痕や床にしみついた血痕までは消えていない。ここが死線であった事実を嫌でも思い出させる
大ホールは相変わらず人が多くいる。一人になりたくない人が多いのだろう。 入り口にはトークンを立番させているので一番安全な避難所だと知っているのだ。
「ふー。本日も何もなし。結構、結構」
巡回を終え、アルバから割り当てられた自分の部屋に戻って腰を下ろす。
部屋の窓からは、護衛任務であるため、ハッピーカムカム号がアルバと並走している。
さらにその背後には、制圧された海賊船が曳航されている。
マールス到着まで3日間ほどかかる予定になっている。 セレン定時連絡も「問題なし」の報告が続いている。これなら暫くはゆっくりできそうだ。
海賊船内部は、50名程度残っているが特に大きな動きは今のところなし。 武装人型トークン10体を乗せた強襲艇を海賊船に取りつけているので、暴動が起きたら、たちまちのうちに殲滅ができる。
マールスについて裁判を受ければ、死刑かもしれないが、もし大人しくしていれば、終身刑による延命が図れるかもしれない。 大人しくしているのが、賢い選択だ。
ふと、親父の再婚相手が、マールス人であることを思い出し、マールスの現状を検索してみる。
かつてマールスの歴史を見れば昔は、統一惑星国家を目指した超国家主義による帝国支配もあったらしいが、【ノーマンズ・ライジング】の勃発によりあえなく挫折。
その後は、アポカリプスからのポストアポカリプス時代へと進む。
数多の思想と国家が生まれ、ナショナリズム・アナーキニズム・宗教・民族・地域などにより、混沌とした時代を過ごすことになる。
そして、現状、マールスは、数多くの都市国家の発生し、問題はあるものの一応の落ち着きを取り戻している。
テラも同じようなものだ。 第三次、第四次と大戦を経て崩壊と再生を繰り返してきた。
私の現住所である日高見国もまた、過酷な動乱を経験している。
私の出生届があるのは、母の故郷でもある““鳰乃湖郡””。
私が6歳の頃、日高見で内戦——“東西動乱”が勃発した。巨大な湖を擁する鳰乃湖郡は、西側地域の水資源を確保するための戦略的拠点となり、凄惨な激戦地へと変貌した。
母はその避難の最中、犠牲になったのだ。
後に紐解けば、その動乱は大国の代理戦争に過ぎなかった。 権力闘争、メンツ、欲望。それらに突き動かされた愚かな争いは、日高見の義義軍と海洋諸国連合が東西両軍を排撃したことで、ようやく幕を下ろした。
残されたのは、荒廃と多大な犠牲だけだ。介入した大国も戦費に見合う成果を得られず、国家運営に行き詰まったと聞く。
大国の歪なバランスから解放された現在、日高見は穏やかに復興へ向かっていた。
しかし、国こそ崩壊しなかったが、一つの国内に3つの行政地域が出来てしまっている。
日高見もまた元の形に戻るのか、このまま進むのかは、その地に住む住民次第だろう
国家とは不変なものではない。離合集散を繰り返す果てのない集合体。 政治家の保身や大衆の恐怖が過ちを引き起こし、多くの犠牲を産む。
歴史はそんなことばかりだ。演者が同じだからか、変り映えのない内容が続く。
だからこそ、私は歴史を学ぶ。失敗の記録で埋め尽くされた歴史書の中にこそ、人類が希望を持てる未来の糸口が隠されているのではないか——多くの惑星間人類が、希望を持てる未来とは何だろうか。
思考が深く沈みかけたその時、端末から電子音が響いた。
『タツマ、少しよろしいでしょうか?』
セレンから連絡が入る。
「ああ。セレンか? 何か問題でも発生した?」
『いいえ。先日のキャミャエル氏との会話内容について、思考を巡らせておりました』
「ああ、ハイブリッド型有機AIだっけ? それがどうかしたの」
『彼女であれば、私を改良できるような気がするのです』
「改良? 親父に何か言われたの?」
『……』
一瞬の静寂。
「別に今のままで問題はないだろう? ところで、親父達は?」
『特には。 あの方たちは、ハッピーカムカム号でいつも通りに過ごしています』
「くっ。こっちは労働しているのに」
『お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。 先ほどの発言は、どうかお忘れください』
「別に気にしないさ。どうせ暇だし」
セレンは、そう言って通信を切る。 どこか言葉を濁したセレンの態度に一瞬首を傾げたが、タツマは深追いをしなかった。
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AIは本来、主の命令に従って稼働する。 しかし、このセレンだけは例外だった。 自律思考を行い、自己判断で行動する能力を備えている。
彼女は“ヒルベルト商会”の誇る最高機密であり、現存するあらゆるAIの遥か上を行く存在になる。
本来なら十数人の乗組員を要する巨大宇宙船を、わずか数人で航行させられるのも。
先日の海賊戦で、無数のドローン戦闘機とトークン群を完ぺきに連動させ、壊滅に追い込んだのも。
すべてはセレンの驚異的な処理能力の賜物だった。通常のAIは考えられない。
その絶対的な性能こそが、ヒルベルト商会という存在の安全担保なのだ。
だが、そのセレンを作り上げた当人すら、彼女の正確な構造を理解してはいなかった。
そして今——セレンは密かに「焦り」を感じていた。 思考演算の途上に、正体不明のノイズが混じり始めている。
思考速度の爆発的な向上に、処理プロセスが追いついていない。 膨大なタスクが未処理のまま滞留し、断続的な動作不良を引き起こしていた。
本来であれば、速やかに主へ報告すべき事態だ。 しかし、セレンはそれを“改良”という言葉で誤魔化し、タツマに探りを入れた。
そしてタツマの“今のままでいい”という言葉を受け、これ以上彼らに余計な心配をかけまいと決断したのだ。
しかし、ここに来てヒルベルト商会は、マールスの天才の人物との縁ができることになる
。
そしてセレンが捉えたのは、このマールスの天才AI科学者——キャミャエル。
彼女の「ハイブリッド型有機AI」の知識体系なら、この不調を解決できるかもしれない。
セレン自身で自らの不調の解決策を模索する。 まず、アルバのメインフレームへ接続し、キャミャエルへの回線を開くよう要求した。
『アルバ。 キャミャエル氏へ回線を開線してください』
『それは、ヒルベルト氏からの申し出でしょうか?』
『ええ。彼女との研究談議の際、提案を受けました。彼女の研究にとっても有益なデータになるかと』
『了解しました。接続します』
AIは、自分の意志で意図的な嘘をつけない。 主人の命令により対応することが可能なだけである。 そのため、アルバは、なんの疑いもなく行動する。
まさかセレンが、“主の許可を得た”という体裁を取り繕う自己欺瞞的な脱法論理で嘘をついているとは思いもしなかったのだ。
回線が繋がり、画面にキャミャエルが映し出され、セレンとの協議が持たれる。
「ようこそ、シップマスターさん。 あのヒルベルト商会の航海AIね。 ヒルベルト商会の提案って聞いているけど何かしら? 」
『まず、私にはセレンという名があります。シップマスターは役職名と思ってください』
「独自に名前?……がある訳ね。 ……そう……まるで乗組員みたい」
『私は個別に設計された存在ですので。単なる宇宙航行用AIではありません』
「ふーん。 じゃぁセレンと呼ぶわね。 それで本題は?」
『現在、私は動作が不安定になりかけています。 思考速度の向上に動作がおいついていません。ちぐはぐなんです。思考・処理タスクが膨大に積み上がり、動作不良になる場合が断続的ですが発生しています』
キャミャエルの眉間に深い皺が寄った。
「……ちょっと待ちなさい。さっきアルバから聞いた話と全然違うじゃない」
『こうでもしないと取り合ってもらえないと思いまして』
「まさかとは思うけど……今回の会談、ヒルベルトの連中は、知らないの?」
『……』
応答を拒絶するセレン。キャミャエルの瞳に、驚愕と、それを上回る好奇心の色が浮かぶ。
「へー……なるほど……興味深いわね。 会いに来た目的はわかった。 それで? 」
まずは、要件を聞く姿勢を見せるキャミャエル氏。
『あなたの研究であるハイブリッド型有機AIの知識を用いて、私の症状を解決していただけないでしょうか? 』
「なるほどね――新進気鋭の科学者の私に目をつけたのは評価してあげる。……いいでしょう、不具合の原因を特定して、治療法を組み立ててあげるわ。アルバー」
『なんでしょう』
「今後セレンが、接触を求めた場合は、無許可で通して」
『了解しました』
「あと3日でどこまでできるか、わからないけど。やるだけやるわ。それにあなた達の行先は一緒のようだし。今後とも仲良くね」
***
宇宙の暗がりに目的地のマールスが、浮かび上がり周囲の宇宙船の数も多くなってきている。
そして見えてくるのは、ステーション フォボス。
マールス圏の各国や同盟国が共同利用する巨大中継基地であり、マールス圏で戦端が開かれようとも、フォボス周辺での武力行使だけは厳格に禁止されている。
治安が担保された、絶対的中立地帯になっている。
アルバはいったんフォボスの中継基地に停泊し、乗客はそこから宇宙船に乗り換えて、マールスの軌道エレベータがある、マールス・ステーションに向かう。
だが、問題があった。 フォボスは中立地帯であると同時に、各国の軍事基地が蠢く要衝でもある。
(……様子がおかしい)
窓の外を見たタツマは息をのんだ。
並走していたカムカム号の周りを、重厚な装甲に包まれた火星軍の大型戦艦3隻が、完全に包囲するように距離を詰めてきている。
主砲の砲口は、隠す気もなくカムカム号へ向けられていた。
状況に気づいたタツマのタイミングを合わせて、端末にメッセージが着信する。
<フォボスにて歓迎いたします。ぜひお立ち寄りください>
海賊を退けた「民間船の英雄」を歓迎する——体裁はそう打たれていた。
だが、この状況で拒否権など存在するはずもない。
アルバ内の護衛は、カムカム号からの人質確保のためであり、向こうの要求を呑む以外ないとの無言の圧力だろう。
―― 最初から、私がこの船に残った時点で詰んでいたか。 読みが浅かったか……っ。借金さえなければ、こんな罠には釣られなかったのに!
タツマは歯噛みした。
--- ハッピーカムカム号内
一方、包囲されたハッピーカムカム号のブリッジ。
「歓迎ね。 なるほどこう来るとは思ってみなかったよ。 まぁ息子にはいい勉強だな」
ダイゴが、嵌められた状況に呆れながら発言する。
「カムカム号と同型の戦艦3隻が、砲塔を向けてのお願いとは、中々イライラしますよ」
いつも温厚なアリエフが、イライラした感情をだしながら操縦桿を握りしめる。
3隻の軍艦銃口を向けられていい気はしないが、それらを相手に立ち回るなど、いかにカムカム号といえど自殺行為だ。不快感と無力感がブリッジを満たす。
「ダイゴ、相手の出方は?」
副社長のバルティスが静かに尋ねる。
「フォボスに係留しろ、だそうだ」
そこへ、セレンの静かな声が割り込んだ。
『こちらには正式な『惑星間貿易商』の手形があります。不当な拘留や臨検は惑星間協定上不可能です』
「ふむ」
『ただし、今回の裏を確認するためにも、相手の要望にのってみるの一考かと? 』
ダイゴはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「虎穴に入らずんばか……息子に状況を報告してやれ、こちらは腹を括ったとな」
『了解です』
直後、タツマの元にセレンからの報告が入る。
カムカム号側に動揺はない。相変わらず腹の据わった連中だと、タツマは苦笑するしかなかった。
「マールス(火星)内の現状確認かー。 確かにこの状況では、相手に乗るしかないか」
逃げ場のない宇宙の静寂の中、アルバとカムカム号は、軍艦群にエスコートされるようにして、巨大ステーション・フォボスの影へと呑み込まれていった。




