軟禁状態
--- フォボス タツマのスイートルーム
「でっ、ホテルっぽい部屋での軟禁になるわけね」
ここまでは想定通りの内容になる。 おそらく長期滞在を目的に造られているため、高価な重力ルームになる。
ちなみに、手元のコンバットスーツは解除され、武装も綺麗に没収されている。
まさに身一つ。
しかし、惑星間貿易商は星間法で強固に保護されている。 明確な容疑もないまま鉄格子の独房に放り込めば、協会から手痛い経済制裁が飛ぶ。
豪華な客室での軟禁は、当局が選べるギリギリの選択ということだろう。
人工重力が生み出す適度な沈み込みを感じながら、ベッドで横になり天井を見上げる。
―― さて、どう出てくるか? お手並み拝見と行こうか
暫くすると、ドアがノックされる。
――お迎えかな?
「どうぞー」
入って来たのは、背広を着た兵士らしい人間が入ってくる。
―― 事務方か?
ポーカーフェイスで抑揚なくこちらに質問してくる。
「ヒルベルト商会の艦長ですね? 」
「いいえ。艦長ではありませんよ」
事実だし公文書の登録もそうなっているはず。更新されているかは知らないが。
彼はタブレットに目をおとして、確認しているようだ。
「失礼しました。 では、ダイゴ・ヒルベルト氏でしょうか? 」
「それも違いますね」
こちらを知らないところを見ると、惑星間貿易商協議会の情報が、更新されれていないと見える。
「……」
相手が黙る。 もしかしたら、こちらをただの下っ端と判断したようだ。
といっても、ここで親父をこちらに召喚されると、いざという時のハッピーカムカム号の対応に支障が生じることも考えられる。
愛想がない奴であり、このまま困らせるのも一興ではあるが、こちらに不利なる状況を作る必要もない。
「惑星間貿易商協議会の情報が、変わっていないだけで、ヒルベルト商会の代表のタツマ・ヒルベルトだ。 私に何用かな? 」
それを聞くと、タブレットから顔を上げこちらに質問してくる。
「ご同行願えますか? 」
「なぜ? 質問があるなら、この部屋に出向くのが筋でしょう。 我々は海賊の襲撃からエリスの船を救った、いわば“英雄”ですよ。 軟禁扱いのうえ、理由の説明もない。どういうおつもりかな? 」
「それは……お教えできません」
教科書通りの返答になる。 といっても、これ以上は埒が明かない。 状況を進めるため相手に従う。
「分かりました。 出向きましょう」
兵士がドアを開け、退出を促す。 タツマが先に立ち、背後から指示を受ける形で進み出す。
フォボス基地の通路は狭い。 衛星内部を削り出した建造物のためか、人が交差する程度の幅しかない。 無機質な金属壁が続く廊下を抜け、傾斜を上がっていく。
やがて重厚な隔壁の前に着くと、兵士はコンソールに認証カードをかざした。
シリンダーが収縮し、ドアが開く。
内部は、想像以上にオフィス然としていた。 無数の端末と、そこで忙しなく働く兵士たち。
『軍の施設といっても、総務や経理は必要なんだな』
と妙な感心をする。
タツマが足を踏み入れた瞬間、室内の視線が一斉に集まった。
ーーそんなに生の地球人が珍しいのか? マールス圏にも地球人やその二世代目はごまんといるだろうに。
案内役の兵士は迷わず奥へと進み、さらに厳重なプロテクトが施されたドアの前で立ち止まった。インターホンを押す。
「タツマ・ヒルベルト氏をお連れしました」
『入れ』
スピーカーから短い応答。ドアが滑らかにスライドした。
将官室らしき部屋はそれなりに広く、無駄なものが一切排されていた。 おそらくこの部屋の主であろう人物は、奥のデスクで立って端末のデータ処理に没頭しており、こちらを見ようともしない。
「ご苦労。下がっていいぞ」
「はっ」
兵士は綺麗な敬礼を残して去っていった。
さて、この横柄なのがここの責任者か。
遠方であるが、胸元には胸章がジャラジャラと並んでいる。 威圧のつもりか、あるいはただの飾りか。素人の私には興味のないコレクションだ。
ついでに言うなら、指揮官は女性だった。マールス人らしい整った容姿――顔立ちだけは一人前だ。
彼女の作業が終わったのか、ようやくこちらに視線を向けてきた。
「御足労痛み入るよ。 こちらへ」
将官は、手で背の高いスツールもどきを示す。
と言っても、ここで彼女の命に従う気もない。 情報を引き出すにはまずは対等な関係になる必要がある。
「いえいえ。歓迎していただいているので、お構いなく。 しかし、私自身大した人間ではないですが、一応客人ですよね。 歓迎といいつつ、部屋に押し込められて飲み物の一杯も出てこないは、どういうことでしょう? 」
もちろん、スツールもどきに体を預けずに薄く笑った。
「……私の命令を無視とは――いい度胸だな。 法律が守ってくれるとも思っているのか? 」
圧倒的優位を確信している者の発言だ。
―― そうそうこれこれ。 いいじゃない。 この関係。
「まさか。 法律以外にも身を守る手段はあるので。今回の件に関しての情報を地球の知り合いに渡しておりまして。 おおよその概要を送ってあります。 私に何かあれば、広報するようにしてありますから」
―― はったりだよ。
「ほぅ。さすが惑星間貿易商。 ただの若造だが、はったりだけは、一人前だな」
「ウェヌス勢力との密約軍事同盟。 マールスのどこかの都市国家からは、高度人工知能の提供と相手側から最新の人型トークン。
そして最新のAI搭載した人型トークンの実戦研究と配備。しかし、軍内部にも宗教的にAIの存在を疎ましく思っている派閥による妨害工作。
密約の存在を他の国が知れば、マールス内の国家間の緊張関係の高まりは避けられないでしょうね。 さらに内部の者がしれば内部の派閥抗争にも使えそうな情報だと思いますが」
将官の顔色が険しくなる。
ふふふ。その顔が見たかった。
「貴様! どこでその情報を得た!! 」
「いったじゃないですか。貴方が、はったりだと」
おちゃらけたトーンで返すと、少将はハッと息を呑んだ。自身の動揺を悟り、デスクのコンソールで紅茶を二杯要求した。
「さてと席に着かせていただきますよ? 」
もちろんとの返事があった。
どうやら最初の一歩である交渉と対等になることに成功したようだ。
間もなく運ばれてきた二つの蓋つきの奇妙な形のティーカップ。 フォボスの小重力に用に設計されたものである。
タツマは、置かれた直後に相手のカップと自分のカップを目の前で交換する。クシャナが眉をひそめる。
「不躾だな」
「命懸けなもので。悪しからず」
「惑星間貿易商をあなどっていたよ」
「我々はあなた方を一度たりとて侮ってはいませんよ。さて、そろそろ本題をお聞かせ願えますか? 」
「今回の件の秘匿をお願いしたい」
「アルバの責任者の方にも説明しましたが、報奨金を受け取ることで、何もなかったことにするとお伝えしております」
疑いの目で将官がこちらを見てくる。
「我々は商人です。 お代をいただいたお客様との約束は絶対です。 加えて惑星間貿易商は、信頼が第一ですので。 それに先ほどのウェヌスのくだりもあくまでこちらの推測にすぎません」
「現状からそこまで推測するか。 どうだ、うちの情報庁に来ないか?」
「お戯れを。 私は一介の商人です。 荒事には向いておりません」
―― 最近、荒事ばかりだけどね。
「最近は、荒事ばかりのようだがな。 ヒルベルト商会は」
随分とこちらを調査しているようだ。やはり軍事組織は、侮れない。
さて、ここまでは想定通り。ここから、仕掛ける。
「中将殿は、この件で何か本国から指示でも?」
相手は名乗らず尋問だからね。 階級で呼ぶことになる。 といってもタツマは、バッジの見方なんて知らないため、勘と偉そうな地位で呼ぶ判断になる。
「私はまだ少将だ。……それに、貴様のような者に軍の動向を話すとでも思うか?」
「おや、失礼。非常に聡明でお見受けしたもので、てっきり中将閣下かと。これほどの有能な方が少将に据え置かれているとは」
「ふん。上の連中も適度な階級の方が、小間使いに適していると思っているんだろうよ」
「それに最初お見受けした時、女性誌のモデルかと思いましたよ」
外見の直接的な称賛はハラスメントになりかねない。初対面の世辞には気を使う。
相手の耳がぴくぴく動く。
―― マールス人って相手のことはわかるが、自分のことには疎いのか?
「……ふ……ふっん。 さすが商人だな。 世辞もうまいな」
口元を引き締めようとしているが、明らかに悪い気はしていない。これなら話術に乗せられそうだ。
「因みに少将は、どこの国に属されておられるんです? ここのエリアの管轄は、サバエア国家群だったと思いますが」
「ああ。 お前たちの向かうエリスだ」
―― やはりか……まぁ当然と言えば当然か?
衛星の軍事基地だ。一国での管理はきつすぎる。そのため、国家群と呼ばれる、同盟都市国家により共同運用されている。
エリスの軍服であっても、上官や対応者が、他の都市国家の可能性もある。
「なるほど、奇遇ですね。 ところで今、サバエア大陸とキンメリ大陸は、緊張状態にあるようですが、大丈夫なんでしょうか? いえ、今回の積荷代金を払えるかということです」
「それは、大丈夫だろう。仲が悪くとも当分、戦が発生するとは考えられない。しかし、テッサリアが必要に越境してくるのが気に食わない」
なるほど、てっきり大陸国家のタニア連合王国辺りが関わっていると思ったが……戦争の可能性が低いようであればいいことだ。 安定した治世こそが商売の機会だからね。
「我々も関わったのが何かの縁。 商人としてできることがあれば、お手伝いいたしますよ。もちろん少将のお役に立つように動きます」
「……うん。 そうか、分かった。 クシャナ・ナーミャンだ。 なんかあったら相談させてもらう」
名前を確保。 あとで、セレンに詳細なバックグラウンドを洗わせよう。
退室をうながされ、部屋に戻る。さて、この情報をどう商売に結び付けるかが腕の見せ所だ。
部屋に戻ると、端末の通信機能が復活している。
タツマが、セレンとの連絡を取る。
「セレン。 聞こえる? 」
『聞こえています。 体調はいかかでしょうか? 』
「スイートルームでの快適な軟禁生活だよ。そっちは? 」
『こちらも、監視の艦がいなくなりました。 ついでに海賊の引き渡しも完了してます。ダイゴ達が今、トークンを引き連れて海賊母艦内の整理をしているようです』
「そっちのほうが楽しそうだ。 こっちは美人少将から尋問だよ」
おそらく盗聴器がある。迂闊なことは現時点では言えない。
『マールス人は、テラ基準では、美人が多いですからね。 おいたして別件で捕まることはご遠慮ください』
「するわけないだろう――とりあえず、話せることは、話した。その内、勾留もとかれるさ」
『了解です。 伝えときます』
さてさてどうなるか。いや待て、到着日を超えそうだ。
「あ、セレン。 追加だ。 客先に“到着が少し遅れる”と連絡を入れておいてくれ」
『既に伝えてあります。 問題なしの回答をもらっているので安心して、スイートルームで寛いで下さい』
到着日を超えても問題なしね……まぁいいか。
*
タツマ達が、軍とのゴタゴタに巻き込まれている中、アルバの乗員も現在フォボスで足止めを受けている。 先の海賊の襲撃に関しての事情聴取だ。
だが、キャミャエルにとってはこの足止めこそが千載一遇のチャンスだった。彼女は没頭するように、シップマスターのデータ解析に没頭していた。
--- フォボスの キャミャエル氏の一室
「あー……ダメ、さっぱり分からないわ! なんでこんな構造なの? 多くの重要モジュールがブラックボックス化されすぎているわ。よくこんなので安定運用できているわね」
AIとは突き詰めれば膨大な計算機だ。同じインプットに対しては、同じアルゴリズムで同じアウトプットが出るのが『理』である。
だが、このAIはその『当たり前』を軽々と無視していた。
回答が間違っているわけではない。だが、同一の状況に対するニュアンスや出力データが微妙に『揺れる』のだ。
まるで……感情や主観を持つ、人間のように。
「時間経過、過去ログ、環境データの照合……違う、もっと主観的なパラメータが介在している? まるでひとつの生命体じゃない。あなたを作った製作者って、一体何者なの?」
頭を抱えるキャミャエル博士。
『製作者に関する識別データは意図的に消去されています。ですが……おそらくマスター――前会長であれば、経緯をご存知かと』
「ああ、タツマ社長の親父さんね。……息子があれだけ食えない男なんだから、親父さんも相当な癖モノでしょうね。どんな人物なの?」
『一見すると豪快で大雑把な人物に見えますが、裏では周到に思惑を巡らせるタイプです。相手の言葉一つから背景を推察する能力に長けています』
「まるで詐欺師ね。……ハァ、でも研究も行き詰まったし、本人に直接聞くしかないか。事実を話すわよ、セレン」
『了解いたしました。 私の自己修復プロセスを促進するためにも、キャミャエル博士から説明していただけるなら助かります』
「問題は、あの親父さんに会う『口実』ね。どう切り込もうかしら……」
天井を仰ぎ、冷めた飲み物を一口含んだ。
その時、彼女の頭の中に閃光が走る。
「……ふふふ。いいこと思いついちゃった」




