初顔合わせ
--- 拿捕中のハッピーカムカム号
「メッセージが来た? エリスの……キャミ……キャミュ……誰だこれ?」
ダイゴが、モニターの送信元を覗き込みながら、マールス独特の難解な発音に眉をひそめていた。
「キャミャエル・サナエ氏です。 海賊に襲われた際、二代目に助けられたそうで。 その後の対話を経て『ぜひ御社に転職したい』とのことですが」
エンジニアの鄭が、淡々と端末の画面を説明していく。
「へえ、いいじゃないですか。人員が増えるのは歓迎ですよ。ちなみに専門は?」
操舵士のアリエフが、身を乗り出した。
「まじモノの科学者だ。 AI分野で新進気鋭と目されている研究者です。 肩書きに偽りはありませんね。……どうします、会長?」
ダイゴは顎に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどねぇ……よし、会おう。就職面接だ」
「了解です。面談の手配を整えます」
鄭の指が素早くキーボードを叩き始める。
「大丈夫なのか、ダイゴ?」
傍らにいたバルティスが、低い声で問いかけた。
「問題ないさ。俺たちは半拘留の身だが、監視の戦艦は引き揚げた。それにこの状況を知ったうえで直接コンタクトを取ってきたんだ。 彼女が何を考えているのか、見極める価値はある」
ダイゴは、画面を見ながら不敵に笑った。
「さて……どんな掘り出し物がやってくるか、楽しみじゃないか」
*
フォボスの国家群基地を離れた小型艇は、漆黒の宇宙に鎮座するハッピーカムカム号へ向かっていく。
「こうして見ると巨大ね」
『約600mの大型艦に属します。大金をはたいて購入していますから』
「いくら? 」
『60億リドル。 マールスの主要通貨換算で600億マリベルになります。 わが社の資本金の10倍の買い物ですね』
「馬鹿じゃないの? あなたの会社。 それにしても600億マリベルねー。 本物の軍艦じゃない」
『タツマ本人も常に愚痴っています。 これでも通常価格より30%ほど安いのは、ダイゴの手腕によるものでしょう』
「金銭感覚が狂いそう。 でもいいの、そんな情報を私に流しても」
『株式を公開しているわけでもありませんし。この情報を用いてあなたが、わが社を買う気もなさそうなので。 信頼の証と受け取ってください』
「買わないわよ。 そんな莫大な負債を抱えた会社なんて。 それに私、経営なんてできないし」
『さて、ハッピーカムカム号につきます、下船の準備をお願いします』
ハッピーカムカム号のハッチに小型船が、ドッキングする。圧力が調整され弁が開く。
丸形トークンが出迎えてくれる。
『ようこそ、ハッピーカムカム号へ。 どうそこちらへ』
「なんか、アルバと似た構造ね」
トークンに案内されて辿り着いたのは、疑似重力発生エリアに位置する応接ブロックだった。 その前では、筋肉質の巨漢ふたりと、一見するとどこにでもいそうな平凡な佇まいの男ふたりが彼女を出迎えた。
「ようこそ。キャマル……。サナエ さん でいいかな」
対応に応じるのは、会長のダイゴになる。
「問題ないわ。ええと、会長さん? 」
「ああ。会長のダイゴ・ヒルベルトだ。今日は我が社への就職活動と聞いているが……うちのバカ息子に何か吹き込まれでもしたかい?」
見事な愛想笑い。 愛想の良さは、さすが商人。
「ええ。 まぁ。 就職の面接ですけど、会長とお話したいと思って」
「構いませんよ。こちらにどうぞ」
ダイゴはゲストルームの中に彼女を案内する
「セレン。 お客さまに飲み物を」
『了解です。 何がよろしいですか? 』
「では、ハーブティーがいいかしら」
『了解です』
2名がゲストルームに入り、ドアが閉まる。 二人きりになった瞬間、室内の空気が氷点下まで冷え込む。
「さて、ご客人。 お話とのことですが、真の目的はなんだね? 」
ダイゴの眼光から「商人」の笑みが消え、海賊を返り討ちにしてきた修羅の凄みが露わになった。 並の人間なら、息を呑んで圧迫感に潰される場面だ。
だが、サナエは平然とした顔で優雅に脚を組み替えた。
「あら、履歴書をもってきたのだけど」
手提げバッグをゆっくりと開いてみせる。
「白々しい演劇は結構。 ただの就活でないことくらいは解っている」
「レディに対して、最初からそんな猜疑心剥き出しなんて失礼じゃない? 少なくともお宅の息子さんには、“モデルさんですか”なんて古典的な言葉で口説かれたというのに」
儚げな表情を作り、小さく溜息をついて見せる。長い脚を強調するように組み替えるポーズは、彼女なりの優位を示す「ハッタリ」だ。
(……あのバカ息子、アルバの戦場で女をナンパしていたのか)
徐に持ってきた手提げを開く。
「別にいいですよ。 単刀直入で結構です。もちろん本当の就活であれば別ですがね」
相手は海賊相手に荒事をしてきた連中である。一般人であれば威圧され、雰囲気に飲まれてしまう凄みがある。しかし、サナエ氏は平然としている。
「レディに対して、猜疑心むき出しも失礼ではなくて。 少なくともお宅の息子さんには、モデルですかって口説かれたのに」
足を組みながら、儚げな表情で訴えてみる。
このような時、足が長いと余裕の表れとも見られる。
自分の息子が、アルバと言う戦場で女性をナンパしていた事実にダイゴの顔が多少引きつる。
一瞬、ダイゴの表情が微かに引きつった。サナエはその見逃しそうな動揺を見逃さない。
多少の追撃を入れる。
「もう少し、お手柔らかにお願いしますね」
「そ……そうか。それは失礼した。……だが、目的を聞かないわけにはいかない」
『お茶をお持ちいたしました』
張り詰めた静寂を破り、給仕トークンが絶妙なタイミングで室内に入ってきた。テーブルにハーブティーのカップと、添えられたチョコレート菓子が置かれる。
『本日のリフレッシュメントでございます』
その瞬間、サナエは迷わずチョコレートへ手を伸ばした。
(……タツマの父親がただ者じゃないことくらい、最初から分かってるわよ!)
多少流れを傾けたが、それでも緊張は張り詰めている。 背中に冷や汗が流れるのをごまかすため、サナエはあえて無遠慮に菓子を口へ放り込んだ。
威嚇を含めた食いっぷりで何とか場の雰囲気をこちら側に傾ける。
学会の古狸どもをあしらってきた自負はあるが、本物の修羅を相手にするのは次元が違う。今の余裕は、決壊寸前のプライドが作り出した完璧な“演技”に過ぎなかった。
甘みの強いチョコを、清涼感のあるハーブティーで一気に流し込む。
その豪快すぎる食いっぷりに、ダイゴが一瞬呆気にとられたように身を引いた。
(よし……少し前のめりな圧を崩せた)
サナエはカップを置くと、真顔に戻ってダイゴの目をストレートに見つめた。
「セレン——この船のシップマスターについて聞きにきたの」
「……セレンが、何か?」
「あのAI、ただの汎用統合型AIではないでしょう? 少し調べさせてもらったわ」
「何を勝手に……セレンから申し出があったのか?」
「もちろん。 私が外部からこの船の基幹システムをハッキングできるわけないじゃない」
サナエは一転して、研究者らしい自信に満ちた笑みを浮かべた。
「セレンから『調子が悪いので診てほしい』とアクセスがあったの。だから新進気鋭のAI科学者である私が、ちょっと『問診』をしてあげたのよ」
「……はぁ」
ダイゴは深く溜息をつき、頭を抱えた。
「まあ、大体の事情は理解した。それで、新進気鋭の科学者さんの見立てはどうなんだ?」
「率直に言うわね。入力値に対して出力値が著しく減少していて、重篤な処理低下が発生している。中間層の神経ネットワークが重度の混線を起こしているのよ」
「……治せるのか?」
「治療場所が、ハードウェアなのかソフトウェアかという点だけど……簡単なテストデータの処理を見る限り、ソフト側に目立ったバグはない。でも、大容量で複雑なデータ処理になると出力が極端に揺らぐの。 つまり——有機AI特有のハードウェア側の疾患と踏んだわ」
「……」
「セレンっておそらく、完全な特注仕様ね。……というわけで、本題よ。セレンの『ハードウェア』を見せてもらえないかしら?」
「おいおい……うちの心臓部だぞ」
ダイゴが苦々しく毒づく。
まずは、彼女の目的を相手に告げることができた。
サナエ氏は、一息つけたのでハーブティーに再度口を付けるが、先ほど飲み干したため空になっている。 その様子を見てメイド・トークンが動き出す。
「教えられないのも無理はないわね。 普通、一隻で3隻の海賊艦を相手になんてできない。 それも10年以上前の老朽艦でね。 ログを確認したけれど……勝因は完全にAIの処理能力の圧倒的な差よ」
「そこまで分析したのか」
「診察に問診と病歴チェックはつきものでしょ? 15機のドローン戦闘機の並列制御に、200体の武装人型トークンの同時運用。
データの挙動を見る限り、ドローン戦闘機は、エースパイロットクラス、人型トークンも訓練された正規軍並みの統率力……。
いくら海賊が数で押してこようが、次から次へエース級が湧いてくるんじゃ勝ち目なんてないわ」
ダイゴはしばらく沈黙したあと、意を決したように立ち上がった。
「……わかった。ただし——」
「解ってるわ。秘密保持契約書でも誓約書でもなんでも書くわよ。私は研究ができればそれでいいの。裏にある政治だの利権だのには興味ないわ」
「ついてこい」




