初陣 ハッピーカムカム号
テラ・マールスポータルからマールス宙域にジャンプして5日余りがたった。
ワープバブル発生装置から火災を心配しなくていいのは、以前より精神衛生上良い環境になる。
―― いつも消火班だったからなー。ラッキースター号のグダグダ感も今は懐かしい。
惑星間貿易商の日常は、その大半が退屈な「時間との闘い」である。
艦の操舵は、安全圏の巡行では多くはAIがやってくれるため、道中は業務らしいと業務が、ほとんどなく手持ち無沙汰の時間が多い。
その中で忙しい仕事といえば、寄港時のドキュメント整理や作成になるだろう。
航行時の平常時は暇で空いた時間は自由意に使えるメリットとそして給与もかなりいい。 故に惑星間貿易商は、人気の職業であり、優秀な人材も入ってくる。
だが、それはあくまで「何事も起きなければ」の話だ。 広大な宇宙での荷運び屋であり非常時も発生する。 太陽フレア。 予期せぬ放射線の嵐。 デブリへの衝突。
しかし最も厄介なのは、宇宙海賊という存在である。 ひとたび彼らと遭遇すれば、そこは血と硝煙が支配する暴力の世界へと変貌する。
襲撃のトラウマから精神を病み、船を降りる者も少なくない。華やかに見えて、その実、極めて過酷で人員の入れ替わりが激しく、人気がありつつも、人材不足が顕著な職種でもある。
そして現在、新社長であるタツマはといえば――ブリッジのオペレーター席で優雅に読書に耽っていた。
自室ではなく、わざわざ職場であるブリッジに居座っているのには理由がある。 どれほど航行AIの自動航行技術が進歩しようとも、宇宙航行法により「航行中は常時ブリッジに最低一名の船員を配置すること」が義務付けられているからだ。
法を守らない事業者も結構いるらしいが、我がヒルベルト商会は極めて律儀にコンプライアンスを遵守している。
……もっとも、一番の理由は海賊への警戒だ。
事実、我がヒルベルト商会は過去に何度も海賊から狙われている。 奴らの間で“ヒルベルト商会の船は、ポンコツだから簡単に沈められる”という認識があり結果、結構な頻度で海賊に襲われていた。
しかし、かつてのラッキースター号の船はぼろくとも、我々はこうして存在しており一度たりとも撃沈された実績などない。 一人歩きした噂の被害者になったようなものだ。
「セレン後どのくらい? 」
『何事もなければあと|432,000カウント《5日》程度で到着します。 ほぼ予定通りです』
セレンの音声がブリッジに静かに響き渡る。
―― 予定調和。素晴らしい。
タツマがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、セレンのトーンがわずかに変化した。
『……救難信号を受信しました。 タツマどうします? 』
―― 何事もあったかーこの船には、安寧の航行はないのだろうか?
「発信元は? 」
『偽装の可能性もありますが、マールスの都市国家エリス所属の艦コードを確認しました』
「内容は? 」
『海賊に襲撃を受けている。至急応援を とのことです』
「騙された例もある、艦コードから艦の装備はわかる? 」
海賊船が難破していると見せかけて、偽の救難信号を流し、救助に来た船を奪うやり方が存在している。
故に海賊は、商船から目の敵にされており、先に海賊船を見つけた商船は、難破してようが、船の状況に関係なく問答無用で攻撃を加えるありさまだ。
『登録上、貨客船になっていますのでなんとも。 因みにハッピーカムカム号も貨客船で登録してあります』
―― どんな貨客船だよ。
タツマは数秒思考を巡らせた後、決断を下す。
「……救助に向かう。全員に通達してくれ」
『了解しました』
館内にアラームが響き渡る。
『各員へ通達。社長の指示により進路を変更。民間船と思われる船からの救難信号を確認しました。発信元は海賊の襲撃を受けています。繰り返す――』
暫くするとブリッジのドアが開き 社員たちが集まってくる。
「社長。 罠なんじゃないですか? 」
開口一番、怪訝な顔で尋ねてきたのは副社長のバルティスだ。当然の疑問だろう。
「罠でもかまわない。 罠であってもなくても本艦の実力を見るいい機会だと考えてね」
「なるほど……いい案だな」
副社長が、バルティスが不敵に口元を歪める。
「二代目の下での初陣。 やりますか! 」
鄭も、乗り気である。
「セレン。 該当宙域の索敵を開始。 広域レーダーで慎重に、かつ隠密性を維持して情景を拾ってくれ」
『了解。長距離ドローン探査機を発進させます』
戦闘機ドックのアイコンが点滅しドローン偵察機が発進していく。
戦闘配置につく独特の緊張感がブリッジを満たす。毎度のことながら、我ながら物好きな会社だ。
『強襲舟艇の準備完了』
セレンから報告が入る。
『各員の装備は、どうしますか』
「まずは状況確認からだ」
海賊の人数もわからない状況での決断は、命を危険にさらしかねない。
しばらくすると、セレンから連絡がある。
『タツマ、目標の映像を転送します』
中央のパネルに現場の状況が映し出され、シップマスターが状況を説明する。
暗闇の宙域に浮かぶ1隻の船。 その両側に強襲舟艇が取り付いている。数は、10隻……両舷に5隻ずつが見える。
「おおよその敵数は? 」
『強襲舟艇の大きさから200名~300名が乗り込んでいると思われます』
「片舷あたり100から150か。結構な規模だな」
『さらに、海賊の母艦と思われる中型艦を1隻確認。後方に待機しています』
映像がモニターに映る。
「ほう……いい船じゃないか。ぜひ戦利品として回収したいな」
タツマの本音が漏れた。宇宙海賊を討伐した際の一番の『上がり』は、なんと言っても敵船の拿捕だ。
『ハッピーカムカム号の大型電磁加速砲を使用すれば、あの程度の母艦なら一撃で粉砕可能です。母艦を失えば敵の士気は崩壊し、降伏確率が跳ね上がりますが?』
「却下。 スクラップは金にならない。 なるべく無傷で全て手に入れたい」
『了解です。 作戦を立てます……白兵戦になりますが、よろしいですか? 』
「かまわない。 被害者の船の図面は手に入る? 」
『被害船にアクセス開始…………対象船のAIより情報を入手。 船名アルバ 貨客船です。種別はやはり貨客船です』
ホログラム戦術盤に、立体的な宙域図と対象船の内部構造が青く浮かび上がる。
『現在、船内AIが防壁と警備用トークンで防戦していますが、限界まで持ちこたえてあと10800カウントといったところでしょう』
「ここからだと今の速度だと、あと2時間は掛かるな――作戦は? 」
タツマがセレンに話しかける。
『部隊を2手に分けて両舷から攻め込むことにします。 各隊にトークンを100体ずつ付けます』
提示された作戦案を指で操作する。 ホログラム戦術盤に船体アルバが拡大され内部構造が見て取れる。 そこに先ほどのシップマスターの作戦内容が反映される。
暫く考えた後、タツマは首を振った。
「……いや、作戦を変更する。全戦力を左舷の一点に集中させて突入する。それと同時にハッピーカムカム号を前進させ、アルバと敵母艦の間に割り込ませろ」
『理由をお聞きしても』
セレンから質問が入る。
「戦場における数的優位は絶対条件だ。 分散して均衡を保つより、圧倒的火力で片舷を瞬時に完全制圧する方が、はるかに効率がいい」
タツマはホログラム上の配置図を素早く書き換えていく。
「作戦内容だ。 武装トークン200体を率いて、アルバ左舷から強襲。左舷の敵を迅速に掃討した後、残敵を右舷へと追い詰め、包囲戦を展開する。
その間、ハッピーカムカム号はアルバと敵母艦の間に陣取り射線を遮断すると同時に敵への心理的圧迫を加える。作戦の第一目標はアルバの奪還。 船内海賊の殲滅は第二目標だ」
『……理にかなっています。見事な局地集中戦術です』
「親父、艦に乗っている以上働いてもらう。セレン。ジャガーノート装備を2基、バルティスと親父用だ。 そしてコンバットスーツ2基を頼む。 換装は面制圧を中心としたものを選択してくれ。 追い込み漁だ」
『了解です』
「ふふふ……いいだろう。 辞めたといっても艦に乗っている以上は働くぜ。 飯も食わせてもらっているからな」
前社長でありタツマの父親でもあるダイゴが、骨のある笑みを浮かべる。
「了解だ。 社長」
副社長も不敵に頷いた。
「戦闘は、ジャガーノートを先頭とした強襲フォーメーションでいく。 セレン。 民間人が退避している区画を特定してくれ」
『了解。生存者反応の特定を開始します』
ブリッジのモニターに暗闇に浮かびあがる白い船が映し出されている。
名前のセンスもデザインもこちらより上か……良い船だ。




