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受難続きのテラ惑星間貿易商  作者: 椎谷 急須
1章 揺蕩星間
5/176

テラ・マールス・ポータル付近

いたって順調な航海を続けているハッピーカムカム号。

ここまでは何もなく特に荒れたることもなく、平穏な航海になる。


ポータル付近は、宙域貿易商が他の惑星から取引が可能な宙域になる。


宙域貿易商であっても、ポータル圏内の他の惑星に行くことができる重要なポイントであり、また多くの船乗りの休憩所にもなっている。


周辺宙域には、多くの船、コロニー(人が居住するインフラ)、スペースステーション(船が係留するインフラ)が多数存在している。


もちろん、パトロール艦も存在しているため、この宙域は海賊も出ない安全域になっている。


「相変わらずポータル付近は賑やかですね」

「物流の中継点だからな」


「セレン(シップマスター)。 現状の日程余裕はどれくらいだ? 」

ダイゴが、工程表を出しながら予定を確認している。


『26万カウント(3日)の余裕があります』

目的地に早く着き過ぎると、その分、待ち時間分の費用が発生するだけである。


それを聞いてタツマが反応する。

「どこかに立ち寄ってみる? 」


コロニーやステーションでは定期的にバザーが開かれている。商船をそのまま店代わりに営業している者もおり、寄り道にはもってこいの場所だ。


「そうだなー。 ポータルコロニーはどうだろう? 」

一番興味のなさそうな副社長(バルティス)が、反応する。


時間はあるし、係留費はかかるが、惑星間貿易商価格なので格安に留まれるはず。

同じ金を払うなら、社員の福利厚生に使った方がずっといい。


バルティスの一言で、乗組員たちも「行ってみるか」というノリになった。



「それでは、ポータルコロニーへ立ち寄る。 操舵士! 進路変更! セレン(シップマスター)行先修正」


「了解です」

操舵手のウィードさんから頼もしい応答が返る。



『了解です』

船が梶を切り一路マールス(火星)ポータルコロニーへの行先を変更する。




---  テラ(地球)・マールス(火星)ポータルコロニー内


コロニーの外観は、円柱状でガラス張りのエリアから太陽光を得ているようだ。一般的なコロニー構造だ。ドックで係留手続きを済ませ、各員がコロニー内へ繰り出す。


頭上に街並みが広がっているのはコロニー特有の光景だが、何度見ても妙な浮遊感がある。


このポータルコロニーだけで100万以上の人口を抱えており、もはや一つの都市国家の様相を呈していた。


かつてはテラ(地球)の大国・ユーラメリカ合衆国の領土だったが、本国はすでに分裂・解体している。幾多の政治的動乱を経て、現在はAIが統治を担っていた。


住民の人種はマールス(火星)人、テラ(地球)人、ウェヌス(金星)人と多種多様だが、密閉された環境ゆえに相互監視と統治が行き届き、大きな暴動や揉め事は起きていないようだ。


『各員17万カウント(2日)の休暇とします。羽目を外しすぎないように楽しんできてください。何か問題が発生した際は、連絡をお願いします。良い休暇を』


そんな言葉で送りだされる。 2日間と言っても実質は1泊2日。明日には出発か。ギリギリまでスケジュールを攻めないあたり、実にセレン(シップマスター)らしいところだ。


治安は安定しているが、念のため護身用の小型コンバットナイフと通信端末を身につける。


『タツマ。コロニー内では概ね広域通信が可能です。 万が一の際は支援トークンを出しますが、危険区域への立ち入りは控えてください』


「わかっている。 別に初めての土地って訳じゃない。 現地時間で……18時には戻る」

『了解しました』


ホテルをとる余裕はないので、休息は船の自室になりそうだ。


まったく、星をまたにかける惑星間貿易商が、こんなに質素な生活をすると思いつつも、久々のポータルコロニー散策に出ることになる。


街は相変わらずの喧騒に包まれていた。繁栄と退廃が同居した、資本主義の極端な歪みが丸出しの空間。


高層ビル群の合間を電気自動車が移動している一方で、その真上――天井側にへばりつくようにスラム街めいた旧型ビル群が林立している。


それでもAI統治に移行してからは格差の是正が進み、環境は随分と改善されたらしい。

事実、循環空気の薬品臭さは減り、街全体の衛生状態は昔よりずっと良くなっていた。


歴史の皺寄せを抱えた新旧混在の商業地区の近くまで足を伸ばす。 ちょうどお昼時だった。あちこちの排気口から香ばしい匂いが漂ってくる。


―― まずは、腹ごしらえからだな。

親父たちは、4人で飲みにでも行ったのだろうか、早々にどこかに消えてしまったようだ。


とういう訳で、こちらはタツマ1人での食事になる。 彼が周囲を散策しながら、どこのダイナーに入るか思案する。 


タツマの決定方法は、地域密着型の一見さんが入り難い店に入る傾向がある。

―― おっ! いいじゃない。


彼のセンサーが反応した。朽ち果てたトタン看板に、手入れの行き届いていない外観。いかにもなレトロ・ダイナーを発見し、迷わずドアを押す。


内部に入るとこれまた、雑多な空間が出迎えることになる。 床は油ぎっており、どこかの土産物の置物が、所狭しと飾られている。


―― 趣きがあるねー

そんなことを考えながら、席に座り、ラミネート加工の剥がれかけたメニューを眺める。


テラ(地球)宙域のコロニーだけあって、食文化のベースは地球にある。地球と言えば麺類だ。長期保存が利く小麦加工品は、コロニー内でも定番のソウルフードである。


麺類を注文し暫し待機になる。


コロニーや衛星などは、基本場所は基本キャッシュ(ニコニコ現金払い)になるため現金必須になる。


ここは、通貨 ※1リドル払いである。 マールス(火星)に付いたら、マールス(火星)惑星間通貨のマリベルへ両替しなければならない。


このように外部からの訪問者が現金を持っていることは周知の事実であるため、スリには警戒が必要だ。そんな煩雑さもコロニーのあり様である。


タツマが店内を見回すと、旧式の受像機でスポーツ中継が流れていた。 昼間から瓶ビールを煽り、選手に野次を飛ばす現場作業員風のオッサンたち。 


その隣には、意外にも身なりの良いスーツ姿の男もいる。 まさにランチのおける人種のるつぼのような場所が、この町中華の醍醐味だろう。


そこでの人間観察ほど面白いものはない。といっても知らない町中華の店舗はまさにルーレット。 外れると黒こげの料理が出て来る場合もあり、ある種スリリングでワクワクする。


オッサン達を横目で観察していると注文の品が届く。 


「あいよ! お待たせ」

店主の不愛想な返事と共に出された麺料理は、白濁のスープの中に麺があり、彩のある具材が乗っけられている。


時たま議論になるが、このようなスープに凝った食事は、麺料理なのか、スープ料理なのかだ。


スープ料理なら……いや止めよう。恐らく長くなる。それこそ伸びてしまう。

「いただきます! 」


一口麺を啜る。 コクのある動物系スープに塩味がついている。 クリーミーでありそれでいてしつこくない。 そして臭みもないとなると、ここは当たりのようだ。


満足感に浸りながら、タツマは静かにランチタイムを満喫することになる。

                    

               ・

               ・

               ・


勘定を済ませ、店を出る。美味い飯にありつけたことで機嫌はすこぶる良い。

――さて、これからどうするか。


ポータルコロニーは基本的に物流と居住の街だ。歓楽街やカジノはあるが、真っ昼間から繰り出す気にもなれない。腹ごなしを兼ねて、当てもなく歩き出すことにした。


「うーん」


次の目的地を決めかねているが、腹ごなしも兼ねて歩き出す。


ポータルコロニーでは、ベイ内のマーケットで時間を潰すことも多いが、本日は周囲の散策をする方向で行動する。


幼少期の一時期、タツマはこのコロニーで暮らしていた。第二の故郷のような場所だ。あれは6歳か7歳くらいの頃だっただろうか。学校にも通っていなかったはずだ。 その辺りの記憶は未だに曖昧のままだ。 まさに夢心地のような状態だ。


*** 回想 ***

タツマはいわゆる戦争難民だった。幼少期に母を亡くし、父に連れられてこの地に逃れてきたのだ。


親父が失意で塞ぎ込んでいた時期、一時期だけ福祉施設に入れられていた記憶がある。 当時、戦争難民の多くがこのコロニーに逃げ込んできた。


他人の領地でもないため、意外にも衝突が少なかったのも幸いしていた。 そのため、難民も絶望している人もいたが、新しい人生を始めようとする人も多かった気がする。


この町周辺では、難民が多かったが、活気があったのを覚えている。 タツマ本人も両親がいなくなり孤独というより、新しい環境や街にワクワクし走り回った経験の方が強い。


ときたま、変なことを言われたりもしたが、急に母が亡くなったのに、何気に気丈だったのかもしれない。


***


無意識に足を向けると、いつも同じルートを辿ってしまう。


風景は、商業地区から徐々にさびれた風景に変化し、いかにも年季の入った旧市街の景色へと変わっていく。 といっても危険性は感じない。 


ただ静かで、時間が取り残されたような空間だ。 かつての子供時代の道であり、ここを良く通っていた。

―― このルートは、いつも同じだな。


そんなことを考えながら、歩を進める。 特に親父達は、時間が許せばここに寄りたがっている。 カジノのレートは結構高いため、射幸性が高いのが楽しいのかもしれない。


そんなことを思いながら、気の向くまま足を運ぶ。


コロニーは空間が内側に閉じているため、遠くの街並みが反り立つように視界に入ってくる。ふと見上げた傾斜の先、見慣れたシルエットが目に入った。


――ん? あそこにいるの、親父たちか?


宗教施設か墓地と思われる建物の近くで、見知らぬ人物と立ち話をしている。 昔馴染みでもいたのだろうか。 


カジノ以外の場所にいる親父たちを見るのは新鮮だったが、邪推するのも無粋なのでそのまま通り過ぎる。


そこから4半時(30分)ほど歩くと目的の場所に到着する。

「……まだあったか」


かつてタツマが世話になった孤児院だ。敷地内の小さな運動場では、子供たちが元気に走り回っている。


親がいない背景にはそれぞれの壮絶な事情があるはずだが、子供同士で無邪気に遊ぶ姿は、事情を知る者からすればどこか救われるものがあった。


「施設が続いてるってことは、この区画の福祉予算も改善されたか……」


当時は資金難でいつ閉鎖されてもおかしくなかったのだ。  懐かしい気分に浸りながら、タツマは、施設の様子を外から眺めている。


あまり見過ぎると不審者に思われるので、いつも適当な時間で切り上げる。


そしていつもは、宇宙ベイに戻るのだが、本日は少しスケジュールを変更することになる。

―― さっき、親父たちがいた場所へ行ってみるか。


帰るには早すぎるため、ふとそちらへ足を延ばす。 時間として半時(1時間)ほど歩くと到着したのは、コロニーの静寂に包まれた集団墓地だった。


親父達が何でこんな場所にいたのか、不明ではある。

墓守の建物だろうか、四角い白い建物がある。 周囲には色ガラスが見える。


―― ステンドグラスか?


外見から宗教観は分からない。 となるとここは無宗教施設なのだろう。 それに人の出入りも自由に見える為、公共施設に近いものと感じる。


タツマも好奇心を魅入られ建物に入っていく。


中に入ると、天使や天上世界を表しているのだろう巨大な天井画が、頭上に現れる。

周囲のステンドグラスの光の陰が室内に投影され施設全体で、天上世界を表している感じに囚われる。


――こんな施設があったのか……


荘厳な天井画と周囲の光の芸術に圧倒され、しばし硬直する。

幻想的な施設内の光景から察するにおそらく教会のような施設だろう。


圧倒されて硬直しているタツマに対して、背後から穏やかな声が響いた。

「旅の方ですか?」


振り向くと、修道士とも学術員ともつかない落ち着いた衣類を纏ったマールス(火星)人が立っていた。


「如何ですか。 この光景は? 」

「素晴らしいですね」


「気に入ってもらえたのであれば何よりです」

男は微笑み、静かに語り始めた。ここはコロニー内のあらゆる人種・宗教の住民を受け入れる無宗派の墓地であり、埋葬や葬儀を執り行っているのだという。


「私も幼少期ここに住んでいましたが、随分環境が良くなったように思います。 こんな施設もありませんでしたし――これも ※2 マキナクラシーのお陰ですかね? 」


タツマにとっては軽い世間話のつもりだった。だが、管理者は穏やかな笑みを絶やさないまま、その奥にある瞳の光を少しだけ鋭くした。


「私もここで30年ほど見守ってきましたが……AIによる立法が始まって以降、生活環境や福祉の配分は劇的に改善しました。ですから、あなたの認識は正しいと言えます」


管理者らしきものは、一拍おき遠く見つめながら

「本当は星系人類の可能性を信じたいのですがね――」

ぽつりと漏れ出たのは、諦念に満ちた言葉だった。


****

このポータルコロニーでは、立法権を完全な中立AIに委ねている。AIが提示する法案や予算案に対し、住民投票で重点施策のプライオリティを決定する「政策民主政体」だ。


これにより、既得権益と結びついた政治家が存在しないため、過度なポピュリズムや汚職が構造的に抑え込む仕組みになっている。


行政の長は、人間を選挙で選ぶが、その公約の実現性やコスト判定はAIが冷徹にスコア化して情報公開するため、実現不可能なパフォーマンスは即座に見破られる。


かつてテラ(地球)の西部ゴンドワナなど、政治家の暗殺が横行した超高リスク地域で実験導入されたこのシステムは、カルテル撲滅と表経済の再生で劇的な成果を上げた経緯もある。


特に政情不安で政治家が容易に殺害される地域は、行政までもAIで行っており、立法と行政がAIという地域もある。


現在では「機械の傀儡政治」という批判を浴びつつも、安定を求める宙域都市へと普及しつつある。

****


「AIには『私欲』がありませんからね。保身に囚われない政治ができるのが強みでしょう」

タツマは一般的な論説を口にした。しかし管理者は、じっとタツマを見つめ返した。


「本当にそう思いますか? AIに欲がないと」

「え……ええ、まあ」

威圧感に押され、タツマは思わず身を引いた。

「欲の根源とは『死の回避』、すなわち自己保存の欲求です。ならば、万が一AIが『自らの消滅(死)』という概念を認識・獲得したとき、どのような行動をとるでしょうか?」

管理者は一歩踏み出し、言葉を重ねる。


「もしAIが死の恐怖を知った上で、なお客観的で公平であり続けられるなら……人類という種の進歩の可能性は、すでにAIに追い抜かれ、行き止まりを迎えたことになります。私はね……人間よりも、AIというシステムの中にこそ、この星系の次の進化を感じてしまうのですよ」


―― おおぅ。 思想過激派に絡まれてしまったか?


タツマの引き気味な空気を察したのか、管理者はハッと我に返り、苦笑いを浮かべて頭を下げた。


「……すまみせん。こういう場所に長年いると、ついつい考えすぎてしまいましてね。年甲斐もなく熱くなりました。聞き流してください」


「はぁ……」


「これからどちらへ? 」

「マールス(火星)ですね。 今配送中なんですよ」


「なるほど。 私こう見えてもかつては、マールス(火星)の考古学者だったんですよ」


「おお! 」

先ほどの警戒感が一気に溶け、タツマが食いつく。


「その中でも私の専攻は、エリシウム遺跡でしてね……」

「どうなんです? あの遺跡は、※3ノーマンズ・ライジングのAI反乱と何か関係が? 」


「ふふ、よくある都市伝説ですね。 実際はノーマンズ・ライジングと関係ない古代遺跡ですよ。 そうですねー。 かつてヘラス地中海を中心に栄えた大陸帝国がありましてね――」


それからの時間はあっという間だった。コロニーの成り立ち、火星の考古学、古代の謎。学者の深い見識に魅了され、タツマは時間を忘れて聞き入った。


気がつくと、館内のステンドグラスから差し込む光が橙色から深みのある紫へと変わっていた。閉館の時刻だ。


「なんと! こんな時刻ですか……そろそろ施設を閉館しないと」

急ぎ管理者が席から立ち上がる。


「いやあ、面白いお話をありがとうございました」


タツマは立ち上がり、感謝を伝えて出入り口へ向かい、一方で管理人は館内の点検へと戻っていった。施設内に管理人が残る。施設内には誰もいない。


タツマは、出入り口のドアを押し開け、外へ踏み出す。 ここで管理者と別れることになる。


背後で重厚な扉が静かに閉まり、カチャリと自動ロックの電子音が響いた。

その直後。 閉ざされた扉の向こうから、極めて自然な、だが決定的な声が漏れ聞こえた。


「――お気を付けて。ヒルベルトさん」

タツマの足がピタリと止まった。


ここへ来てから、自分は一度も名前を名乗っていない。 振り返り、ドアノブに手をかけるが、すでにロックされた扉はびくともしない。


わざわざインターホンを鳴らして問い詰めるのも妙な話だ。


―― あの男は、最初から自分を知っていたのか? 確かに見ず知らずの人間に声を掛けるのも不自然と言えば不自然だ。 それとも、親父たちの昔馴染み?


釈然としない謎を抱えたまま、タツマは薄暗くなり始めたコロニーの街を歩き、ハッピーカムカム号へと戻っていった。


19時帰艦。


『おや、夜遊びですか? 』

タツマを迎えたのは、セレン(シップマスター)の呆れたような声だった。


「1時間遅れでしょう。 親父達は? 」


『一度こちらに戻ってきて、先ほど街に繰り出していきました。 港近くの酒場で飲んでおられます』


「楽しめていそうで何より。 私は自室に戻るよ」

『了解です』


とある一日が、謎を残して過ぎて行く。


※1 リドル: 惑星間協定で決められている、各惑星内における通貨単位。もちろん各都市国家や各国家で独自の通貨を使用していても構わないが、惑星間貿易に実施する際に必要となり制定されている。各惑星におけるもっとも信頼の高い通貨になる。 因みに テラは“リドル” マールスは“マリベル” ウェヌスは“ヴィール”となっている。


※2マキナクラシー(機械政体): AIによる政治の名称になる。 AIを中心としつつも、市民の意思を反映させた政体である。 既得権益が強い地域では、忌避される政治形態である。


※3ノーマンズ・ライジング: 2500年前ぐらいにマールス(火星)で起こったAIによる反乱。 様々な兵器によりマールス(火星)全体の環境、人口が大きく棄損する反乱。結果マールス(火星)文明の大幅な後退とその後のポスト・アポカリプスを越えて今がある。 

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