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受難続きのテラ惑星間貿易商  作者: 椎谷 急須
1章 揺蕩星間
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新しい船

日差しと海風が心地いい。 約二ヶ月に及ぶ長期休暇も、残すところあと半分といったところだ。


タツマは残りの休日を満喫するためと、休み中であっても業務のため、パームビーチ地区の海岸沿いをゆっくりと歩いていた。


リゾート地らしい開放感に溢れ、歩道には人が溢れ、笑い声も響いている。一見すると極めて平和な光景だ。


業務と言っても、新造艦の受け取るだけであり、ワーケーションの様な感じである。 タツマがいるのは、ユーラメリカ地域の連合のニューフロリダにいる。


この一見すると平和そうに見える場所であるが、ユーラメリカ地域の各国境付近では散発的にドンパチがあるらしい。 最前線でなければ、銃後はこんなものだろう。


「……やっぱり地上は、宙(そら)の過酷さに比べたら天国だな」

太平洋から吹き付ける風を感じながら、タツマはひとりごちた。


宇宙空間は甘くない。警察組織なんて存在しないに等しい広大な深宇宙は、文字通りの無法地帯だ。そして、問題を起こすのは、そこを根城にするのが宇宙海賊である。


彼らの脅威から命と積荷を守るため、法律において宇宙船は武装が許可されている。 


法律により、宙域貿易商の船は、大きさが制限され、強力な兵器は搭載できない。 


一方で、惑星間貿易商の艦は基本的に巨大であり強力な兵器が搭載可能である。


故に海賊としては宙域貿易商の艦は、実入りが少ないが狩りやすく、星貿易商艦は、積荷を奪えばグループが一生困らないぐらいの実入りになるが、強力兵器のおかげで全滅する可能性もある。


特に軍のお下がり(安くはないが、建造許可が早い)を積み込んだ巨大商船は、海賊から見れば「返り討ちの危険があるハイリスク・ハイリターンな獲物」だ。


まさに一ヶ月前の事件がそうであったように、海賊にとっては、ボロ船の惑星間貿易商は恰好の得物だったかもしれない。


「まぁ今回の新造艦でその脅威も抑制すればいいだがね」


タツマは、どことなく上の空で、目的地であるカナベラルロボティクス社のドックへと足を進めた。




--- カナベラルロボティクス社 新造艦のドック

カナベラルロボティクス社。 ユーラメリカ連合が誇る巨大コングロマリットであり、宇宙船から人型兵器(トークン)までを手掛ける重工業の巨人だ。


ユーラメリカ地域有数の重工業企業になる。


ドックのガラス越しにそびえ立つ“それ”を見上げた瞬間、タツマの思考はフリーズした。


「新型艦ねー……親父これ商船だよね? どうみても装備がおかしいよ? 戦艦でも注文したの? 」


「こういうのは、見た目で威圧しねーとダメなんだよ。前の船なんて1か月に1回は襲われていただろ? 」

胸を張る前社長——実の親父であるダイゴが、タツマの肩をバシバシと力任せに叩く。


―― それ以上の襲撃があったが、ここでは流そう。


「惑星間貿易商の艦の中で最も古かったからね」

タツマが、感慨深げに応じる。


「海賊の間じゃ、ヒルベルト商会は 今一番落としやすい商船 との話題だしな」

―― いやな表現だな。まぁ襲撃が多かったのもそのせいか。


「で、この装備? 」

凶悪な兵装の数々が、外見からでも分かる、


「ああ。 これなら小規模な艦隊相手でもタメ張れるぞ」

タツマは手元の端末で仕様書を開き、そこに並ぶステータスを読んでいく。


「全長580メートル、全幅30メートル。側面にプロトン砲多数、正面には大型電磁加速砲が1基、さらに上下に3連速射電磁加速砲が3基ずつ……小規模海賊が近づいた瞬間に蒸発するよこれ。商社からPMCに転職したの? もう軽巡洋艦じゃん」


「もしものための備えだ。 それに宇宙空間用のドローン戦闘機と人型トークン・魚雷等の積載もラッキースター号に比べ格段に増加している。 ついでに地上攻撃型の人工衛星も積んであるぞ」


「……親父。何考えてんの? 商人が持つ火力じゃないし、どこからこんな予算が出たのさ……PMCでもここまでの装備は揃えられないし。 どこから支援を――」


「俺は合理的な人間だ。 綺麗ごとでこの宇宙を渡る気もない。 俺は惑星間の状況から判断して、あらゆる伝手を用いてこいつを完成させた。 きっと役に立つはずだ」


タツマの質問を打ち切るかのように返答する親父の顔は、不敵に笑い、隠しきれない“含み”があった。


「自分から合理的とか言うかね? まぁ現在の社長は親父だ。これ以上は聞かないよ」


「歴史マニアだろ? いずれ分かるさ」


その時、“ヒルベルト商会様ですね”と穏やかな声が聞こえた。 現れたのはドックの担当者である。 彼に促され、我々は個室へと通された。


そこで一通りの船の説明と契約書の記載を進めていく。


「では、これが受取の最終書類になります。ご確認ください」

差し出された契約書に目を通したタツマの目が飛び出た。


「ろ、60億……!? ※160億(約6000億円)リドル!?  親父、資本金の10倍の借金したの!?」


「先行投資は一気に行うから意味があるんだよ! レバレッジってやつだ!」

「何がレバレッジだよ! ただの借金だろ! 信用急降下だよ!」


「不良債権じゃない、立派な資産だ! お前はこの船のオーナーなんだから、バランスシートでモノを考えろ。 負債を返せば会社はでかくなる。頑張れよ社長!」


「いやいやいや。 おかしい。 なんで社長代わりのこの時期にこんなものを買うの? 」


「ラッキースター号がぼろかったのは事実だし、連盟の宇宙安全機関からおさがり宇宙戦艦が、手ごろな価格で売りに出ていれば購入するだろう? 」


「60億(約6000億円)リドルは、手ごろじゃないだろ!」


「まぁ細かいことは気にするな。とにかく借金返済のため働くんだ」

「……最初からそれが目的か? ふざけるな! 」


タツマが少し熱くなるが、親父は冷静のままだ。

「じゃあどうする? ヒルベルト商会を売り払うか? 」


「……ッ!」

完全にこの親父にハメられた。 こいつとは、本当に血が繋がっているんだろうか。


「いいじゃねえか、こんな船を持ってる商会なんて他にはねえぞ」


「当たり前だろ! 戦艦で荷物運ぶ商人がどこにいるんだよ! 砲門(訪問)販売とか笑えないだろう!」


不毛な押し問答の末、親父はサッサとサインを済ませ、最後の書類をタツマの前へ滑らせた。


「最後のここはお前のサインだ。」

所有者欄を指し、ペンを渡してくる。会社名もあるが、社長名の記載も必要なのだ。


「社長椅子と商船のプレゼントだ。 感謝しろよ」

―― 莫大な借金の会社と戦艦まがいの船だけどな!!


「それと※2惑星間貿易商協議会には、既に社長変更の届けは出してある。 この書類へのサインは、社長としてのお前の初仕事だ」



書類を見つめる。 ただの紙にサインを記入するのがこんなにも億劫になることは今までなかった。ここでサインしたら自ら社長を認めることになる。


ペンを握る手が重い。サインをした瞬間、すべての負債が自分の肩に伸しかかる。 


だが、周囲の「お早くどうぞ」という無言のプレッシャーに抗えず、タツマは諦めてペンを走らせた。


「ありがとうございました。これにて手続き完了です。ヒルベルト商会新社長、タツマ・ヒルベルト様。今後ともご贔屓に」


担当者の爽やかなお辞儀と裏腹に、タツマの後悔が、猛烈に襲って来た。



--- 1か月後 初仕事

テラ(地球)の軌道ステーション。軌道エレベータから伸びる巨大なリング状の構造物が、青い地球を背景に静かに佇んでいる。 


軌道エレベータは、地球から3本ほど伸びており、いつ見てもよくもまぁこんなものを作ったと感慨深い。


先人の努力には頭が下がる。 建築時には現地住民といざこざが絶えなかったとか。 結局、当時の地球連合軍?が、間に入って調整したがようだ。 


実際は民族浄化まがいの行為が発生したと聞いている。といっても数世紀前の話。もうだれも真相は知らないだろう。


新造艦は、かつてボロ船『ラッキースター号』が停泊していたドックに、堂々たる威容で収まっていた。もちろんラッキースター号も近くに停泊している。


半月前の新造艦の小さな打ち上げ式には、社員わずか5名が参加し慎ましやかに行われた。


そして現在、タツマはステーション内の両艦が見られるホールでラッキースター号の引き渡し書類にサインした。 これがラッキースター号との最後であり別れである。


「サインありがとうございます。 タツマ様。 新造艦の無事を確認していただきましたので、予定通りラッキースター号は、弊社にて引き取らせていただきます」


ボロ船と言いつつも何度も死線を共に潜り抜けて来た船だ。 いざ別れるとなるとなんだか名残惜しい。


「それと新艦の名前とコード番号も登録ずみです。こちらになります」

担当者から書類の説明を受ける。


「いくら時代が進んでも、紙での受け渡しが必要なのは、我々の文化ですね」

担当者は、穏やかに微笑みかけてくる。


まぁ名前やコードは、データで各所に登録されているし、シップマスターに任せればいつでも照会してくるが、儀式も重要だよね。


ちなみに船の名前は、ハッピーカムカム号……


「……ハッピーカムカム号って。ラッキースターから名前のセンスが進歩してない……」


親父の壊滅的なネーミングセンスにウンザリしながら、初仕事の第一歩を踏み出した。


親父が社長時代につけたから文句も言えないのが口惜しい。 しかし、よくこんな変な名前を思いつくな。 運気上昇みたいな名前が好きなのだろうか。


親父の考えはさっぱりわからない。

ともあれ、最後の手続きを完了し、最初の航海が始まる。



--- ハッピーカムカム号 艦内のブリッジ

最新鋭のコンソールと美しいグラフィックパネルに、社員たちは歓喜と興奮の声を上げている。


この時ばかりは、微妙な名前と多額の金額は忘れることになる。

一時の陶酔。 現実から逃避。


―― 新品っていいよねー。

そんな感情に浸る中、直ぐに現実に戻す話題を振ってくる者がいる。


セレン(シップマスター)が早速話しかけてくる。

『社長(タツマ)。 わが社の財務は、カムカム号の購入によって、負債比率がとんでもないことになっていますが、どうしますか?』


「……」

タツマは天を仰ぐ。


『関係各社からの与信悪化は避けられません。取引停止、もしくは現金取引への変更が予想されます』


与信がないと取引停止か、現金取引になるんだっけ? 

惑星間の取引をニコニコ現金払いって訳にもいかないし。


『関係各社からのわが社への与信が悪化する可能性があります。 資本の積み増しが必要と思われます』


「親父は、どうやってこんな莫大な借金ができたんだ? 」


タツマが、ダイゴに話題を振る。

これだけの金を借りられるのであれば、銀行もそれなりに担保を取っているはずである。


「ん?ああ。  『惑星間貿易商の権利』を担保に入れたんだ。 あれがあれば銀行もホクホク顔で貸してくれる」

「会社そのものをチップに賭けたのかよ……」


惑星間貿易商という、特殊民間会社、準外交官特権の企業故に許される借金は、その権利を担保に入れると莫大な金額を借りることができる。


惑星間貿易商の認証は絶対数が決まっており、条件付きではあるものの資格の売買が可能であるため、後発参入組の大企業では、いくら資金を出しても欲しい資格となっている。


故に資格を売って現金を手にすることもできる。


「就任そうそう借金会社になるとは、前社長もやりますね」

副社長がニヤニヤ笑っている。この人が社長になればいいのに。


本人は中小企業じゃ地位なんて関係ないでしょ? 好き勝手にできる社員のほうがいいと固辞したらしい。 副社長って社員なの? 役員じゃないの? 


と愚痴っていても事態は改善しない。まずは与信への対応かー。


「……セレン。現金化できる資産を洗い出してくれ。それと、与信対策に一発逆転のギャンブル仕事は、しない。地道に信頼を積み重ねていく。王道を行くぞ」


「……セレン(シップマスター)。 うちの会社の資産のうち、現金化しやすいものを洗い出してくれ。 取引に影響が出た場合、現金取引になるかもしれない」

『了解です』


「それと、与信の悪化に対しては、特効薬は思いつかない。 博打のような案件は避け、地道に仕事をこなし社の存続を図っていく。 誠実さこそ商売の鉄則だ。王道路線をまずは堅持だ」


『了解しました。 割が良い仕事を探しておきます』


―― 相変わらず優秀ですね。 まったくAIしか見方がいないのかよ。


『問題も出そろったので、今回の火星への仕事の説明をします。 今回の積み荷は、火星のサバエア大陸の都市国家群を中心に16の都市国家への配達になります。 製品は、精密機器が中心です』


「精密機器ね。ウェヌス(金星)からの商品も精密機器だったな」

鄭さんが訝し気に洩らす。


「精密機器って具体的に何? 」

タツマも呼応する。


「まっ、コンバットスーツや武装人型トークンも精密機器といえば間違いではないような」

アリエフからの指摘。


「戦争でもする気かよ」

バルティスが呆れる。


「しかし、今回の仕事割がいい――親父。なにかあるの? 」

「俺が再婚するのは、知っているだろ?」


「言っていたよね。そんなこと」

「その再婚者が、取引先なんだ」


「へー、会社の社長でもやっているの? 」

「えらい公務員なんだ」


「……ほう。そうなると今回の積荷は会社ではなく、公共系? 」

「マールス(火星)は、基本都市国家だからな――その感覚でいいかもな」

何気に公務員との婚約で胸を張っている。


まぁここで親父の惚気話に付き合うきはない。


「都市国家相手なら安心して商売できそうだ。 最初からもめごとに巻き込まれるんじゃたまらいからね。 さて、ハッピーカムカム号、出発する。 各員持ち場へ」


タツマの命令とともに各員持ち場につく。


アリエフが、テラ(地球)・スペースステーションに指示を出す。

「ステーション・ステーション。こちらヒルベルト商会・ハッピーカムカム号・艦コード送信・離脱許可を」


締まらん名前と感じつつもこれから付き合っていく名前になるため、受け入れるしかない。


テラ・スペースステーションから応答がある。

≪了解しました。ハッピーカムカム号の離脱を許可します≫


船体からロックアームが外れる音が聞こえる。無重力であってもゆっくり船が垂直から水平になっているのがわかる。


「行き先、マールス(火星)。 進路、※3テラ・マールスポータル へ 」

タツマが指示を出す。


「了解。 テラ・マールスポータル へ 進路設定」

操舵士(アリエフ)が、繰り返す。


『了解しました。 これより操舵支援を開始します』

セレン(シップマスター)が、反応する。


ハッピーカムカム号による、タツマ達の最初の航海が始まる。


ポータル——それは人類が宇宙を手に入れた最大の鍵であり、強大なワープ装置だ。

ワープを実現するためには、2つの工程が必要になる。 1つ目は、空間に穴を開けること。 2つ目は、穴の中の異空間を安全に進むことだ。


ヘイローと呼ばれる巨大なリングが莫大な電力を一点集中させ、時空間に「亀裂」を入れる。 しかし、空間跳躍には、入口と出口が必要になる。 


そのためヘイローは複数必要になる。 ヘイローを用いて入口と出口にそれぞれ空間に亀裂を入れ、異空間トンネルを造るイメージになる。 これがワープ空間の出入り口となる。


そして、次に異空間を安全に進む方法として、艦はワープバブル(異空間不干渉空間)を発生させる必要がある。


ワープバブル(異空間不干渉空間)は、艦を保護するための処置であり、異空間からの干渉を排除することができるバリアーのような存在であり、船の周囲を既存の3次元空間に固定させる役割がある。


しかし、このワープバブル(異空間不干渉空間)発生には、莫大なエネルギーを必要とする。 


故に惑星間貿易商船が巨大な理由がここにある。 船体の多くの部分が、電力発生機関になっている。


そして、このワープバブル(異空間不干渉空間)なしに異空間に突っ込むと一瞬でバラバラになる。


技術が未発達時代には、ワープ中にワープバブル(異空間不干渉空間)が破損し、異空間で多数の艦が消失した例が、発生していたようだ。


ワープを行うには、空間に亀裂を入れる技術、ワープバブル(異空間不干渉空間)の発生、加えて出口の構築方法を同時に実施するエネルギー確保、制御方法など数多くの技術が必要とされており、現在のところ艦単独で対応する技術が追いついていないのが現状である。


「テラ・マールス・ポータルまで5日、そこからマールス(火星)まで10日か。 宙域の情報は? 」


『テラ(地球)マールス(火星)間の海賊情報は、少な目といったところでしょうか? 宇宙嵐による障害もなさそうです。 太陽も非活性化時期であり、太陽風の影響もなし。 到って穏やかと言えるでしょう。 航行日数の猶予も十二分にあります』


「簡潔いえば視界良好。 波もなく? 」

『そうなります』


「よし。前途洋々な船出だな」


ポータルも惑星から遠方に位置している。 空間跳躍は、惑星の近くで気ままに行うことはできない。 


空間跳躍する際に、空間を傷つけ、そこから異空間にはいるのだが、傷つけた空間“削孔空間”が閉じる際に“疑似ホワイトホール現象”と呼ばれる、空間修復時の宇宙ジェットが発生する。


そのためポータルの稼働は、テラ(地球)近郊から空間跳躍とはいかず、惑星に影響を及ぼさないようにするため、それなりの遠方に存在する。


「まー、気長にいきましょう。 最初はシップマスターの引っ越しした情報の整理からだね」

『了解しました。さっそくですが……』


テラ(地球)を背に、戦艦並みの火力を秘めたハッピーカムカム号は、莫大な借金とわずかな希望を乗せて、漆黒の宙へと進み出した。


※1テラ(地球)の惑星間通貨単位。 各地域の通過と主に惑星間協定で惑星ごとの共通通貨が存在している。


※2惑星間の貿易を管理し惑星間貿易商の認可を与える組織


※3テラ・マールス・ポータル: 最初が入口、後が出口になる。そのためテラ(地球)・マールス(火星)ポータルは、テラ(地球)宙域にある、マールス(火星)に接続するポータルになる。



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