宙域パトロール艦
宇宙海賊を排撃できたものの、ラッキースター号は瀕死の状態で漆黒の宇宙を揺蕩中。今は支援信号を出し、他の海賊に見つからないようにひたすら息をひそめて漂っている。
宇宙海賊をどうにか退けたものの、ラッキースター号は文字通り瀕死の体だった。
船はボロボロ、装備も心もとない、おそらく小型船の海賊としか戦えない程まで状況は悪化している。
漆黒の宇宙を揺蕩いながら、暗号化されたSOS信号だけを細々と発信し、他の海賊に見つからぬよう息をひそめて漂う。
『社長。ラッキースター号の戦力ですが……』
シップマスター・セレンから淡々と数値と現状の報告が上がってくる。
『魚雷10発・ドローン戦闘機4機・外装の破損40%・高射砲の弾頭も38発・トークン20体です。 戦闘不可能状態に陥っています』
「ボロボロだな」
親父が呟く。
戦闘後の後始末や海賊の拘束を一通り完了させ、戦闘時の緊張が切れると一気に疲れが押し寄せる。さすがにクルー全員疲れ切っている。
損傷の激しいエンジン回りの緊急応急処置こそ完了し、多少の機動性は取り戻したものの、後ろには鹵獲した海賊船を3隻も曳航しているのだ。
ボロ船の上、重量も|嵩んでいる為、全く速度が出ていない状況である。
エンジニアと副社長も疲れ切った状態で、うわ言とも会話とも付かない状態で話している。
「今回はきついわー。 ウェヌスの行きに2回、帰りに1回。 今年の悪運は使いきったな」
「3回連戦でなかったのが、せめてもの幸運だな。3回連戦なら無理だった」
タツマも呟く。
「命も預かった商品が守れているのが奇跡だよ」
幸いにも、戦闘で選択した換装兵器が散弾ミサイルだったため、コンテナの外壁は無数の傷がついたものの内部破壊までは免れていた。
これが22ミリ重機関砲の直撃だったら中身まで蜂の巣だったろう。さすが副社長、土壇場での兵装選択が冴えている。
もうすぐ、地球のパトロール艦の巡回エリアに入るがどうだろうか。信号は送信しているが、この広い宇宙受信してもらえるか? その前に海賊に出会ったら、本当に終わりだ。
静寂の宇宙空間。微かな船体の振動だけが腹に響く。
―― 早くあの海賊どもをパトロール艦に引き渡したいな。 勘づいた海賊に合流されたら、ひとたまりもないよ。 それに護衛もして貰いたい。
ブリッジの誰もが祈るような気持ちで沈黙していた、その時。
通信接続の電子音が鳴る。 海賊か? パトロール艦か?
全員に緊張が走る。
≪こちら ※1宇宙安全機関 所属、第3宇宙艦隊 宙域パトロール艦131。 貴艦の所属と名を回答せよ。 こちら……≫
『こちら、テラ(地球)所属、惑星間貿易商 ヒルベルト商会 ラッキースター号になります』
シップマスターが、直ぐに返信を送り返す。
≪また、お前たちか……我々を要請した理由を聞こうか≫
スピーカから漏れてきたのは、耳にタコができるほど聞いた呆れ顔のハスキーボイスだった。 とりあえず、その声で安堵で大きく息を吐き出す。
――とりあえず、生き残った。
タツマの親父が、マイクから応答する。
「海賊の一団に襲われ、返り討ちにした。犯罪者の引き渡し法に乗っ取り海賊の移送を依頼する。 なにせ犯罪者だ。 民間船に長期間拘留するのは危険だからな」
パトロール艦との儀礼的問答が行われている。
≪相変わらず見事な口上だ。 素直に“船がボロボロだからタダで護衛してくれ”と言ったらどうだ、ダイゴ≫
「ハッ、パトロール艦に正規の護衛を要請したら莫大な費用を請求されるからな。 だが犯罪者の引き渡しなら『無料』だろ? ……黒武者」
因みに”黒武者”が、彼のファミリーネームである。
親父との付き合いが長いようで、こうして名を呼び合えるような関係になっている。
今回わざわざ海賊を生け捕りにしたのも、この法律の抜け穴を使って安全なエスコートを手に入れるためである。
呆れた声での応答がある。
≪まったく。 データを受領した。 また、ずいぶん大物を仕留めたな。 ウェヌスポータル付近を荒しまわっていたヤツか ≫
「お前の手柄にすればいいさ。 おっと戦利品は勘弁してくれよ」
≪ボロ船の勝ち取った戦利品だ。 そこまで落ちぶれちゃいないさ。 それに、お前のおかげで第3宇宙艦隊の検挙率は好成績だしな≫
こうして、3隻の海賊船とラッキースター号から総勢100名程度の海賊がパトロール艦に引き渡されることになる。
『社長。 パトロール艦の艦長の黒武者様が、乗船許可を求めて来ています』
セレンからの連絡が入る。
「まったく……許可する。 俺も出向える」
『了解です』
そう言って親父が、ブリッジから出ていく。接続ポイントに向かうのだろう。
パトロール艦の艦長が、ラッキースター号に乗船してきた様子がモニターに映る。
接続ポイントで親父と話している様子がモニターに映る。
ブリッジまで来るのだろうか?
--- ラッキースター号の艦内廊下
ダイゴと黒武者が、話しながらブリッジに向かっている。
「船内での戦闘があったのか」
黒武者が周囲を確認しながら、移動している。
「船の装備を見ればわかるが、かなりギリギリだったからな。最後は白兵戦だ」
「あまり無茶をするなよ」
「海賊さんが見逃してくれればいんだがね」
ダイゴが、一拍おき黒武者に質問する。
「で、乗船した理由は? 惑星間貿易商の船だ。 たとえ、パトロール隊の艦長でも状況によっては、面倒なことになるんじゃないのか? 」
「大丈夫さ。多少のオイタは、握りつぶせる程度には偉いんでね」
「それは何よりだ」
今度はダイゴが呆れている。
「たまには、奴らの顔も見ておきたい。それにお前の自慢の息子にもな」
「普通の船員だぞ? 」
「倅に後を継がせるんだろ? それなりの情報は入っている 」
「……」
「まっ。 どうするかは、あんたの人生さ。 それに倅にこの会社を任せるのであれば、宇宙安全機関とのコネクションがあるのは、悪いことじゃない」
「まーな」
両名がブリッジに入って来る。
「よう! アリエフに鄭! 元気そうだな」
「どこがですが 」
「まったく。 海賊に襲われたあとだぞ! 」
言葉は悪いが、笑いがこぼれている。
安心感と顔見知りの援護に緊張がほぐれているのだろう。
はた目から見ても、彼らとの関係は良好だと分かる。
「セレンも元気そうだな」
『ボロボロの船体によく言えますねー。 本体はエラーもなくですよ』
「……」
黒武者の視線が、タツマに向く。
「あんたがタツマさんか? 」
「ええ」
「親父さんには、世話になっている。 今までは声や画面越しだったが、今回の捕り物は、大物だ。 折角だから表敬も兼ねて乗り込んで見たって訳だ。 ここが無事でよかったよ」
黒武者も満足そうにブリッジを見回している。
その後2,3言葉を交わした後、黒武者が持参した犯罪者引き渡し書類が映し出されたタブレットに親父がサインしていく。
メールでの対応でも問題ないと思うが、思いのほかラッキースター号の装甲版もはがれていたので、艦長もこちらを気にしているのだろうか?
ブリッジからは壊れているが5隻の船が見える。
艦長と社長が話し込んで、両者が一頻り話したあと
「それじゃぁ。 いくな。 俺たちの後ろについてこい。 船の速度は合わせてやる」
「了解だ。 何もだせなくてすまんな」
「おんぼろ船から、何かをもらうのは不憫でな」
と苦笑いをしている。
黒武者は、ラッキースター号からパトロール艦へ戻っていった。
「さて、お前ら海賊船内の財宝探しだ。トークンを引き連れて各船内をしっかり漁ってこい。使えそうな装備はこちらに運び込め!! 」
一先ず安全を確保できたことに感謝し、タツマ達は親父からの命令で海賊船のお宝探しに入る。
―― さらに一仕事。 戦利品で失った装備を元に戻せるぐらいのことは、したいものだが、さてさて金目の物は、出てくるかな?
ラッキースター号は、パトロール艦に護衛されながら、母港のテラに向かって航行していく。
--- テラ スペース・ステーション
テラ スペース・ステーション。 地球の軌道エレベータとセットのテラの宇宙港になる。
宇宙船はここに停泊して、地球と宇宙の物流を行う重要ポイントになる。
ブリッジのドアが開き鄭が、現れる。
「二代目ぇ……次の荷役と行き先、もう把握してます? 」
忙しそうなタツマに質問してくる。 彼自身かなり疲れているようだ。
「こっちは、 通関業務書類と受け渡しの荷役リストの作成中! 後でにして!」
襲撃の対応と戦闘の事後処理で、事務作業は完全にパンク状態だった。
「そっちの内容は、社長……セレンに確認してくれ。 セレン! 」
二代目といってもまだ、社長ではない。雑用係である。
艦長は、シップマスターと呼ばれるAIのセレンになる。 社長であるダイゴは、持ち主の立場になる。
『次の予定は、マールスへの航路が設定されています』
セレンの音声が、聞こえてくる。
『テラでは、補給、積み込み作業、加えて鹵獲した、海賊船の売却・戦利品の処理業務があるため、しばらく……1ヵ月程度、テラ(地球)での待機になりますので、社長には、クルーへの休暇の申請をする予定です』
「さすがセレン様。 全ての工程を把握して、従業員への福利厚生も分かっているじゃないか」
鄭が、その解答に満足している
『なお追加情報です。 タツマ。 船のエンジンの著しい出力低下が見られます。 ドックでの点検を推奨します』
「あれだけ撃たれりゃガタも来るか……。まあ、10年選手だしな」
タツマが書類作業の手を止めしみじみと考え込む。
「がたがくるってレベルじゃねーだろ? さっさと点検だ。 もう調整やら修理は、うんざりだ! 」
鄭の愚痴が近くで響く。 今まで、スラスターやら船内設備の調整をやっていたのだろう。 テラに近づいたことで、ブリッジに戻って来たようだ。
「そろそろ新しい船が必要だと思いますよ。普通、宇宙空間で10年も使えばボロボロになるのが一般的です。まだ、これで稼働しているのであれば、物持ちが良いほうです」
アリエフも会話に加わる。 温厚な性格でどんな戦場でも正確に船を操作してくれるこの船の操舵士になる。
巡行状態では、セレンに任せりきで問題ない。 しかし、先日の宇宙海賊との戦闘になると、セレンのリソースは、全て戦闘に割り当てられるため、手動での操作が求められる。
「ラッキースター号の名前もだてではないな」
副社長が、感心している。
「いやいやいや。 空間跳躍を行うたびに、配線パネルから火花が噴き出すんだぞ! 跳躍中にバラバラにならないか冷や冷やするこっちの身になってみろよ。 それに跳躍のたびに消火する俺と二代目の気持ちも考えろっていうんだ」
鄭の愚痴の愚痴が加速する。
――その通り! 心の中で合図値を打ち、心の中で頷くタツマ。
跳躍前のドライブチェックを行っているため、鄭さんのいうような冷や冷や感との表現は大げさだと思うが、それでも出火頻度が高いのは事実だ。
そしてこの船の新造要望は、数年前からの話題である。
昔の船は頑丈らしいとの精神論とそれを支持するようにドックに入っても問題なしという診断の回答がいつものことになる。
とはいえ、長い間、一緒に惑星やら宙域海賊団との戦闘を経験しているため一種の戦友感があり、文句は言うが、行動しないのが現実になる。
ブリッジの自動ドアが開く音が聞こえてきた。
私の父親――社長が入ってきた。顔は、見た目からわかるぐらい嬉しそうだ。
自分にとって吉報だといいと思うが――さて、何を発言する気だ?
***
私の父親。 ダイゴ・ヒルベルトは、宙域貿易商として仕事をしていたが、当時は軍事関連の裏仕事を請け負うような、危険な業務にも就いていた。
その中である案件を見事成功させ、その実績により惑星間貿易商の地位を得た人物である。
軍事関連の裏仕事ということで、まっとうな業務ではない危ない橋だ。 しかし、清廉潔白だけでは生き残れないのが宇宙の厳しいところ。
ちなみに、宙域貿易商とは、惑星圏内のコロニーや主惑星への運搬を行う運輸業者のことである。
そして一般的に宙域貿易商や資格がないものが、他の惑星圏の侵入は、御法度になっている。 違法に侵入するものもいるが、見つかった場合、罰金刑や最悪、船の撃沈の恐れがある。
他の惑星間との取引は、DMZと呼ばれる宙域でポータルと呼ばれる、ワープ装置がある場所になる。 ここで他の惑星からの積荷の積み直しが必要になる。
一方で、我々ヒルベルト商会が持っている、惑星間貿易商とは、ランクが上の資格になる。
これは文字通りウェヌス、テラ、マールスなど他の惑星間と直接の取引ができる。
そのため他の惑星圏への出入りが自由である。 惑星間貿易商は、惑星間の移動を中心とするため宇宙船も巨大となり兵器の搭載も“惑星間協定”で認められている。
もちろん惑星間貿易の手形の取得は難関である。 黎明期に投資した会社や自分の惑星に対して利益をもたらした会社に与えられることが多い。 そして売買することも可能だ。
会社としての権利であるため一度とると既得権益になりやすいが、惑星間協定に違反すると他の貿易商よりも厳しい ※2ペナルティ がかされる。
そのため、惑星間貿易商は、高い倫理と誠実性が求められるが、その恩恵として信頼度は、初対面であっても絶大である。
各惑星の法律からの独立性も保護されており、犯罪にからめば聴取はされるが、起訴されることは殆どない。
故に惑星間協定に違反しなければ何をしてもいいという輩もいるのも事実だ。
また文化文明の伝道師の観点から国家元首などのVIPとの面会が設けられることもある。
さしずめ、民間外交官との表現が適切であろう。
自分の父親ながらよくここまで会社を軌道に乗せたと思うし、その手腕はさすがだ。
***
「タツマ!!今日からお前が社長だ。俺は引退する」
「……はっ?……。まだ20歳だよ。こんな若造に惑星間貿易商の看板は重すぎるって」
親父は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて太い腕を組んだ。
「見習いふくめて10年以上この仕事に従事しているんだぞ。 学があって、実績もある。問題ねーじゃねえか。 能力がないわけないだろ?それともヒルベルト商会から独立するか? 」
この親父。また、無茶なことを言い出したぞ。
タツマは、その状況に対してしばし、唖然とするしかなかった。
***
タツマ、本年でちょうど二十歳。 彼の青春時代は、青い空や校舎とは無縁だった。 教場は常に、宇宙船の微振動と冷却液の匂いが漂う宇宙船の中。
通信回線越しに送られてくる遠隔授業が彼の「学校」だった。当然、同世代の旧友もいなければ、甘酸っぱい放課後なんてものも存在しない。
幼少期から与えられたのは、教科書と、過酷な貿易業務の雑用だ。 家業の手伝いというレベルを遥かに超えており、テラの国際労働基準法を照らし合わせれば即座にアウトな児童労働になる。
まあ、よくぞここまで生き延びたものだと自分でも思う。
だが、酸いも甘いも知り尽くした大人たちに揉まれ、他の惑星人と渡り合ってきた経験は伊達ではない。
知識と実践が地獄の環境で直結した結果、彼の学習スピードは異常な域に達していた。
通信制ではあるが、十六歳でハイスクール卒業資格を取得。 十九歳で大学の法律学位を取得。
彼から言わせれば、大学の講義など日々の泥臭い現場交渉を難解な専門用語に言い換えているだけに過ぎず、提出レポートなど朝飯前だった。
そもそも学位を取ったのも学問への野心ではなく、「惑星間貿易商として各星の要人と交渉する際、肩書がないと足元を見られる」という極めて実利的な理由からだ。
本当は、趣味である歴史学を専攻したかったのだが、「商売上金にならん」と出資者である親父に一蹴された経緯がある。
今では無料の公開講座や文献を漁り、知的欲求を満たすのが彼の楽しみになっている。
彼の周囲にいる大人たちは、惑星間貿易商らしく、宇宙船の緻密な操縦から複雑怪奇な条約法まで熟知した、筋金入りのプロフェッショナルばかりだ。
そんな怪物たちの中で育てば、嫌でも英才教育を施されたような状態になる。
語学、交渉術、機械・電気工学、宇宙法、商学、果ては各惑星の泥臭い政治情勢や文化まで経験する。
理解できなければ宇宙の藻屑になるか、一瞬で破産するだけ。 むろん親父に「英才教育」などという高尚な意図はなく、単に「使える手駒」として扱っていただけなのだが。
***
「その学位と経験を持って大手他社に転職するか?」
親父がいつものような軽口を叩く。
「まあ、うちでの実績があれば大手の惑星間貿易商に入るのは余裕だろうな。 だがやってる内容はここと変わらんぞ? その上、サラリーマンになって自由は完全に死ぬがね」
『惑星間貿易商』。その肩書は、宇宙域において外交特権にすら匹敵する垂涎の資格だ。
ライセンスを保有できる企業は全宇宙でも各惑星につき百社程度。
なり手はごまんといるが、同時に宇宙海賊の標的となる命がけの職業でもあるため、報酬は桁違いに跳ね上がる。
仮に大手に転職したところで、やるべき泥臭い実務は今の延長線上に過ぎない。
かといって、個人で独立すれば『宙域貿易商』からの下積みスタートだ。宙域貿易の参入障壁は低いが、その分だけ質の悪い業者が乱立している。
焦りから悪事に手を染め、そのまま宇宙海賊へ落ちていく者も珍しくない。文字通り、血で血を洗う過酷な「レッドオーシャン」だ。
「……親父さ、その年で引退して何するつもりだよ。 絶対に暇を持て余すだろ」
「今度のマールスへの荷役があるんだがな。 そこでなに紹介したい人がいる」
タツマは胡散臭そうな目を向けた。
「宇宙船の調子は悪いわ、いきなり社長になれと言われるわ……その流れで嫌な予感がするんだけど」
「お前の新しい母さんについてだ。 ※3 マールス人だ」
「親父の人生だから何も言わないけど。 騙されているんじゃないの? マールス人って結構顔立ちが整った人も多いけど、同時に※4読心術が使えるのも多いと聞くんだけど? 」
「まぁな。 だからどうした? 」
「その容姿と相手から心を読まれて、テラ人が、結婚詐欺に遭って全財産むしり取られた事例、ゴロゴロあるだろ?」
「大丈夫だ。 彼女とは10年以上の付き合いになる」
親父は胸を張ったが、タツマの冷ややかな視線に気づいて手を振った。
「……おいおいそんな目で見るな。 不倫みたいなことは、真似はしてねえぞ」
「……ホント~?」
歳の離れた女性すら平然と口説き落とす親父の前科を、タツマは忘れていない。
「詳細は、向こうに着いてからだな」
「ちなみにさ、急な引退も再婚も、なんで『今日』なんだよ?」
「このラッキースター号も、もうガタが来てるだろ? 俺もいつまでもこの船で貿易商できると思っちゃいねえよ。 さっき……造船所から連絡があった。 新造艦が完成したそうだ。2ヵ月以内に引き渡せるらしい」
―― この親父! 黙って船を購入していただと!
じゃっかんのイラつきを抑えながらもタツマが会話を続ける。
「……新造艦の受け取りと、社長の座をいっぺんにこちらに押し付ける気か?」
「その察しの良さこそ商人の命だ! ええ二代目に育ったじゃねえか。これで俺も安心して引退できるってわけだ」
「……いいだろう。じゃあ、新社長の『社長命令』として、親父に再雇用契約を提案する」
「断るね! 人間には職業選択の自由ってものがあるんだよ。労働規約に基づき、退職金はガッツリいただくからな。……ん? 無理に却下するか? 法律を修めた優秀な二代目が、そんな違法行為をするわけねえよなァ?」
煽りのような薄ら笑いを浮かべている。
―― こいつ~
宇宙の無重力からは自由になれても、法律という重力からは逃れられない。世知辛い世の中だ。
「要件は以上だ! ブリッジの野郎ども、聞いた通りだ! 次の航海から社長はこのタツマだ。 今まで通り、若いからって遠慮せず使い倒してやってくれ!
もし万が一、社長風を吹かしてパワーハラスメントをかますようなら、いつでも俺に連絡しろ。直ぐに張り倒しに飛んでくる」
―― この人たちにパワーハラスメントなんてしたら、たちまち返り討ちだろう
操舵席のアリエフが、肩をすくめながら白い歯を見せて笑った。
「大丈夫ですよ。 タツマさんは、そんな人じゃないことは、十年近く一緒に仕事している我々が理解していますから。 それに例え弟子であっても新社長に対しても最低限の礼儀は尽くすので安心してください」
「……昇進のようで、貧乏くじにしか思えなんだけど」
タツマの心の嘆きが、声に出る。
親父が大きく手を叩き、場の空気を仕事モードへ切り替える。
「さあ、話は終わりだ! ウェヌスからの精密機械をテラへ降ろして、新造艦の受け取りだ。今回の製品は精密機械だから注意して運べよ」
ラッキースター号は、順調に航行を進める。 徐々に近づくテラの大きさとそして我々の母港である軌道上に浮かぶ巨大な金属の城郭——テラスペースステーションが視界いっぱいに広がり始めた。
定格距離に達した瞬間、アリエフが手慣れた手つきで通信機を叩く。
『ステーション・ステーション、こちらヒルベルト商会所属ラッキースター号。登録番号を送信します。連合中継基地への進入許可を求む』
≪登録番号……確認しました。長旅ご苦労様です、ヒルベルト商会。寄港を許可します。進路310へアプローチしてください≫
≪了解。進路310へ乗ります≫
ドッキングベイの誘導光が見えてくると、船体に特有の重厚な衝撃が走った。 ステーションから放たれたトラクタービームにより自動航行モードへと切り替わる。
トラクタービームの受容——それは船のメイン制御権を一時的にステーション側に委ねることを意味する。 これを受け入れると船体の一切の制御権の喪失を意味する。
海賊船でもこのトラクタービームを受け入れることで降伏を認めたことになり、それ以上の攻撃は行わないとの暗黙のルールが存在する。
我が商会の船(600m)は、惑星間用の船のため大型船(500m以上)に分類される。そのため、通常のベイとは離れた場所に誘導される。
アリエフが、モニターに映る中型・小型艦のドックを見ながら言葉が洩れる。
「大型艦は少ないですから、ベイの待ち時間がないのが特典ですね」
「まったくだ」
とタツマも頷く。
宙域内を往復する中・小型艦は数が多すぎて、常にドックがパンク状態だ。運が悪いとドック外で一日から最長一週間も「順番待ち」の宙吊り状態にされる。
その間、乗組員をステーションに滞在させる滞留費や書類申請の手数料だけでも莫大な経費が吹き飛んでいく。
その点、大型の惑星間貿易船はドックが優先的に確保されているため、スムーズに着底できる。こうした目に見えない優遇措置こそが、惑星間貿易商の強力な特権の一つだった。
固定アームが船体を固定しドックに停泊したのが分かる。 ここから荷下ろしを行うことになる。 荷下ろしといっても、人間が汗を流すわけではない。
船体のサイドコンテナエリアが重々しい音を立てて開放されると、ドック側のハッチから無数の荷受けドローンが蜂の群れのように滑り出してきた。
ドローンは光線でコンテナ番号をスキャンし、無重力空間を流れるように特定ポイントへ運んでいく。テクノロジーと無重力が生み出す、無駄のない美しい光景だ。
副社長のバルティスが、ドローンたちの規則正しい動きをモニターで見ながら、隣に立つダイゴに声をかける。
「社長。 今回もウェヌスから荷役。 テラとの交易量が目に見えて増加してるよな」
「物が行き交うのは良いことさ」
ダイゴは満足そうに顎を擦った。
「経済ってのは流れてナンボだからな。金が回り、物が動けば、俺たち運送屋の仕事も安泰ってわけだ」
「まあ、理屈はそうですがね」
ウェヌス——今から十年ほど前、北方大陸の国家『イシュタル帝国』に、「賢人帝」と称される現皇帝が即位した。
ヒルベルト商会の過去ログを遡れば一目瞭然だが、まさにその時期を境にウェヌスからの物流は、増加の一途になっている。 国を富ませる大胆な産業政策が見事に結実している証拠だ。
「賢人帝ねえ……」
タツマは手すりに肘をかけ、どこか冷めた目つきで呟いた。
「完全領土化を達成した陰で、先住民への激しい弾圧や迫害が続いているって噂だけど……実際はどうなんだか」
タツマが呟く。
親父は、フンと鼻を鳴らした。
「政治ってのは綺麗事の理想論じゃ動かねえんだよ。 新天地開拓のための大量の資材と、そこから生まれる金の流れが俺たちの飯の種になってる。なら、割り切るしかねえさ。
……まあ、そろそろあの国も世代交代の時期だと聞く。また政情が動いて面白くなれば、俺たちの商売のチャンスも増えるってもんだ」
どこまでも功利的で逞しい親父の割り切り方に、タツマは言葉を飲み込み、黙り込んだ。
「……」
そんな話をしていると、セレンから状況の報告が上がって来る。
『下船許可が下りました。各員、上陸準備を開始してください。……前社長、積み荷の決済、戦利品の売却手続き、および新造艦の受領手続きを鑑み、乗組員へ長期間の休暇発令を提案します』
「了解だ。 今回は、新造艦の受け取りと、戦果の処理もあるからな……急かも1ヶ月追加で2ヵ月の休暇だ。 メンテナンスは、新造艦で実施する。 よって補給はいらん。 シップマスターお前も引っ越しの準備をしておけよ」
「了解だ! 今回は新造艦の引き渡しと戦果の精算もある。 大奮発して二ヶ月の有給休暇だ! メンテナンスは新造艦側で行うから補給作業も免除だ。
セレン、お前もデータの引っ越し準備をしておけよ」
『了解。新造艦の統合プロセスを受領しました。……過去の航海データおよびAI学習ログの破棄・引き継ぎ基準はどう処理しますか?』
「ひとまずデータを統合してまとめておけ。 判断はお前に任せるが、迷ったデータは全部新造艦のメインフレームに移してから旧ログを消せば問題ねえだろ」
『了解です。……皆様、良い休暇を』
プツンと通信が切れる。 ブリッジにいた全員が一瞬の静寂ののち、仕事終わりの歓声をあげて、全員がブリッジを後にする。 自室に戻って荷物をまとめるのだろう。
―― 休暇か。やっと一息つけるな
タツマもブリッジを後にして自室に向かう。
―― テラに着いたら、何はともあれ古書街へ向かおう。
情報の大半がデジタルデータとしてクラウドを漂うこの時代、場所を取る紙媒体の書籍は、一部の物好きのためだけの贅沢な嗜好品だ。 効率と合理性を考えればデータのほうが圧倒的に優れている。
だが、あの古紙とインクの独特な匂い、手触り、ページをめくる感覚……所有欲を満たしてくれる紙の本には、データにはない温もりがある。
全員が合理性だけで動かないからこそ、人間は面白い。
法律と商売の計算に明け暮れるタツマにとって、歴史の古書を漁ることだけが、誰にも邪魔されない唯一の道楽である。
※1 宇宙安全機関: テラ(地球)国際統括連盟の一機関である。 統括連盟が所有している、数少ない物理部門であり、各国の政治の思惑に左右されながらも、何とか独立を維持している。
※2ペナルティ: 惑星間貿易商として資格停止・艦の没収・莫大な罰金 等々
※3 マールス人: 耳がとんがっており、テラ(地球)の物語に出てくるエルフにした特徴がある。目鼻立ちは整っており、テラ(地球)のショービジネス業界で人気である。しかし、その特徴故、悪事も多い。
※4 読心術: 人の心が読める能力。この世界のマールス(火星)人が持つ能力であり、人の心や揺らぎが読めるが、思考までは読めない。もちろん、能力差もある。 マールス(火星)人は、おおむね整った相貌を持っており、この読心術を合わせて詐欺事件を他の星で起こすことが多い。




