再開拓 プロメンテ
「で、具体的な問題は何なのよ」
すこし甘い雰囲気が壊されたことで少しおかんむりなサナエさんである。
雨上がりの澄み渡る空気と、湿った黒土の匂い。 プロメンテの季節は春。
「広大な農地の運用スケジュール管理だよ。アルプに農耕器具の制御を担当してもらうのは良いとして、問題は全域の作付け時期、水や肥料の自動発注、収穫時期の最適化だ。 管理するエリアが、恐ろしく広すぎてね……」
すこし雰囲気のある話をするには絶好の機会であるが、サナエさんの気も知らず、タツマからは、色っぽい話もない。
他愛もない会話を交わしながら歩くうちに、目の前に整然と立ち並ぶ超大型農耕重機の駐機場が見えてきた。
「まったく……よくもこれだけ買い込んだわね。重機だけでちょっとした住宅街じゃない」
「まだまだ第一陣だからね。この重機たちの基本OSに、アルプのシステムを同期・常駐させたいんだ。 同質のプログラムを使えば作業のムラも出ないし、統括管理者が『アルプ一人』に絞られることで命令系統も極めてシンプルになる」
「通常の農業用汎用AIじゃダメなの?」
「これだけ広大だと、区画ごとの土質や気候で細かなパラメータ調整が発生する。それを自律判断して修正・報告できるレベルのAIが必要なんだ。それに……アルプの『他の端末へのアクセス・乗っ取り機能』って、本質的にはシステム・データ同期でしょ?
数百台の重機にアルプの思考ノードを分散同期させれば、全重機の稼働データを集積して『最強の作業ノード』を勝手に学習・構築してくれるんじゃないかと思ってさ」
ふと横を見ると、当のアルプは我々の会話などどこ吹く風で、巨大な農機具のキャタピラや冷却ダクトの周りを興奮した様子でウロウロと巡回していた。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ。
「……分かったわ。インストールしてあげる。……アルプ、聞いてた? 対応できそう?」
サナエが声をかけると、アルプの音声が心なしか普段より早口で高揚した音声が返ってきた。
『マニュアルのデータ解析を完了しました。農業特化型の超大型重機群ですね。基本運用自体は単純ですが、エリアごとの土壌抵抗および微気象に応じた動的パラメータ調整が必要です。……マスター、直ちにコクピットの主制御系へダイレクトインし、基本動作テストを実施してもよろしいでしょうか!?』
重機の通信ポートとミリ波無線を確立し、内部ログを貪るように読み込んでいるらしい。
「……だってさ」
サナエがどこか呆れたように、けれど嬉しそうに肩をすくめた。
「はは、ありがとう。これで現場の重機運用はどうにかなりそうだな。……あとは全体の『農業経営システム』だけど……サナエさん、セレンをそっちの運用AIとして使えないかな?」
――その瞬間。
サナエの表情が、わずかに凍りついた。
「……セレンに、何をさせる気?」
「いや、プロメンテ全体の農業経営だよ。種まき、施肥、灌水、収穫計画の構築。さらには市場相場に合わせた最適な出荷時期の予測や、収益性の高い作物の選定まで。
……さっきの会話を聞いていて思ったんだ。これって、宇宙船や商業船団のロジスティクス管理とまったく同じ構造じゃないかって」
タツマは地平線を指差しながら言葉を続ける。
「自然が相手という違いはあるけど、セレンが出した全体計画に基づいてプロメンテのスタッフやアルプが動けば、完璧に回るはずだ。
実際、ヒルベルト商会でもセレンが経営の司令塔だったわけだしね。 流石に宇宙船にいるから細かな実働は厳しいけど、農業経営の戦略は立てられると思ってね。
実働はアルプ、経営は経験豊富なセレン……これがベストだと思うんだ」
(……だめ。セレンのデータ異常がタツマに知られたら、彼はすぐ地球の解析機関へ送ってしまう……!)
サナエの胸に、冷や汗が伝わる。
だが、彼女は瞬時にいつもの不敵な笑みを貼り直した。
「……とりあえず、アルプ側を改修して対応させるわ」
「え? アルプだけで経営までいけるの?」
「セレンは宇宙船の基幹AIでしょ! 下手にパラメータを弄ってシステムダウンでもしたらどうするのよ。
その点、アルプは私が隅々まで構造を把握しているわ。 問題が起きても即座にデバッグできる。ビャーネさんとも連携して、現場に合わせた経営フローを構築すれば済む話よ!」
「なるほど、一理あるな。でも大丈夫か? 『実作業の制御』と『経営意思決定』じゃ思考アルゴリズムが違いすぎる。判断基準が混濁してAIが誤学習を起こすリスクもあるよ」
サナエはフンと胸を張った。
「その程度で音を上げるようなAIを作ったつもりはないわ! 新進気鋭の天才科学者である私に任せなさい。『農耕作業用アルプ』と『経営戦略用アルプ』にシステムを並列分岐させて調整してみせるわよ!」
「おお……! そんな芸当までできるのか! さすがサナエさん、天才!」
こうして、アルプによる重機制御の実証実験がスタートした。
許可を出した直後、巨大な重機が、重低音のエンジン音を響かせて起動する。
急な起動サナエが驚く。
「移動は禁止! 人が近づいたら即座に停止すること!」
と悲鳴を上げて制御系に制限をかける一幕もあったが、テスト自体は大成功に終わった。
知意識生命体であっても、未知のデータや新しい環境には『好奇心』で応答速度が上がるらしい。 どこか人間臭いアルプの挙動に、タツマは頼もしさを感じていた。
結局、帰り道のサナエさんとの会話は、完全に仕事の話になっていた。
「とりあえず少し時間を頂戴。アルプの現行アーキテクチャをベースに、経営特化型のサブノードを組み上げるから」
ベースキャンプへ戻ると、サナエはそう言い残して自身のカーゴコンテナへと引っ込んでいった。
(よし、自動化システムが立ち上がるまでの間、俺は配車計画と耕作スケジュールの叩き台を作っておくか……)
作業にとりかかろうと自分のカーゴに入った瞬間、ポケットの中の端末が甲高いアラート音を鳴らした。画面を見ると、アルプからのメッセージだった。
<タツマ。 至急農耕器具駐機場にお戻りを。 作業員の方が、引き取りに続々と来ています>
―― やべっ。 忘れてた!
急いで持ち場に戻るタツマ。
―― 数日が経過する ――
本日もアルプと共に農業現場に出て、農耕器具の調整に勤しむタツマであるが、通信端末が鳴り出す。
作業していた手を止めて、端末に出ると相手は、ネスさんであった。
<緊急事態です。タツマさん。 至急、プロメンテ本社にお越しください>
なにやら切迫している模様。
「……順調にいきかけた途端、これか。何かトラブルが発生したな」
タツマが零す。
『どうしました? 』
アルプもタツマの反応を認識して手を止める。
「ネスさんからだ。 緊急事態だと」
『では、向かいますか? 』
タツマ達は、すぐさま屋敷へと向かう。
門番のトークンが顔を識別し、重厚な扉を開ける。
客室のドアの前まで辿り着いたところで、後ろから足音が近づいてきた。振り返ると、サナエだった。いつものダボダボな白衣姿に戻っている。
「……何よ、ジロジロ見て」
「いや、こっちはこっちで『いつものサナエさん』って感じで安心するなと思って。さ、入ろう」
『確かにいつものマスターですね』
扉を開けると、ビャーネ社長が焦燥感を隠せない様子で待ち構えていた。彼らはテーブルにつく間もなく、口を開いた。
「お待ちしておりました!……実は、我々の長距離鉄道設計チームが、外部のゴロツキグループに襲撃されまして」
「盗賊?」
サナエが椅子に深々と腰掛けながら問いかける。
「何が奪われたの? 設計データ?」
「いえ……機材やデータの奪取はなく、社員も軽傷で済んでいるのですが……。解放される際、犯人グループから『これ以上この地域で事業を進めるつもりなら、俺たちにしかるべき“筋”を通せ』と強い脅迫を受けたのです」
「その対応策の相談、という訳か」
タツマが引き継ぐ。
「はい。放置すれば今後の建設工事全体に支障が出ます。直ぐに対応しないと思いまして……」
焦るビャーネとは対照的に、タツマとサナエの表情は冷静そのものだった。巨額の資金が動く開拓地に、利権に群がるゴロツキが現れるのは織り込み済みだ。
「おお~、久々の捕物帳! 『白翼の騎士団』の出番ね!」
サナエが嬉々として目を輝かせる。しかし、タツマはサナエさんの意見を流す。
「なるほどね……。でも、制圧の前に相手の素性と目的が不明なのが気になるな」
「お二人とも……あまり驚かれていないようですが」
「この規模の開拓事業なら想定内ですよ。問題は『どう落としどころをつけるか』です」
「落としどころも何も、サクッと制圧して見せしめにしちゃえばいいじゃない!」
(相変わらず物騒な思考だな……)
力で叩きのめせば、プロメンテ社に逆らう者は一時的にいなくなるだろう。 だが、恨みを買って完成間近の長距離鉄道を爆破・破砕されたら目も当てられない。
広大な敷地を持つ鉄道のセキュリティをできるだけ確保したい。
「武力行使は簡単だけど、今回はそれが最善策とは限らないよ。……とりあえず、そのゴロツキどもの正体を突き止めるところから始めよう」
タツマはビャーネに向き直った。
「鉄道設計班は事件が解決するまで現地調査を凍結し、データの整理など内勤業務に切り替えてください。負傷した社員への手当てと特別休暇の手配もお願いします」
「承知いたしました。……それと、これが襲撃時の状況と負傷者の報告書です」
タツマは書類を受け取り、サナエと共に部屋を辞した。
廊下を歩きながら、サナエが尋ねる。
「タツマ、どうする気? 相手はうちの社員を傷つけたゴロツキよ?」
「報告書を見る限り、怪我と言っても『襲撃に驚いて転倒した擦り傷』だけだ。 犯人グループは、誰一人として直接的な暴行を加えていない。 犯罪に慣れていない素人の匂いがする。……単なる脅しに対して、いきなり命を奪うような過剰防衛をするべきじゃない」
タツマは報告書の一文を指で示した。
「それよりも気になるのは……ここに『敵側にトークンが3体確認された』とある点だ」
「トークンが3体?」
サナエの目つきが変わる。
トークン(自律型自衛・作業ユニット)があれば、武装した人間数人分の戦力になる。 それだけの戦力を持ちながら、彼らは人質も取らず、資材も奪わず、ただ「筋を通せ」という捨て台詞を残して社員をあっさり解放しているのだ。
「犯行があまりにも中途半端すぎる。……トークンを3体も揃えられる勢力が、なぜそんな素人くさい真似をしたのか」
「……なるほどね。単なる突発的な強盗じゃないってことか。なら、まずはゴロツキどもの身辺調査ね」
「そうなる。ふふ、察しが良くなってきたじゃない」
「フン、新進気鋭の天才ですから!」
サナエは誇らしげに胸を張った。
*
それから数日間、タツマたちは徹底的な情報収集を行うことになる。
鉄道班からの詳細な聴取、現場周辺の開拓村での聞き込み。 その結果、犯人グループのプロファイルがおぼろげながら浮かび上がってきた。
彼らは、ヘスベリアから流れてきた「あぶれ者」たち。
プロメンテ地区で大規模な開発事業が始まるという噂を聞きつけて集まってきたが、まだ事業が立ち上がったばかりのプロメンテ社には彼らを雇う余裕がなく、追い返された経緯があった。
生活苦ゆえの腹いせ、あるいは暴走。
彼らのアジトも、ヘスベリアとプロメンテの境界付近にある廃墟群だと特定された。そこは遮蔽物のない見通しの良い平原で、プロの潜伏場所としては最悪だ。やはり犯行自体は素人のそれである。
――だが、最大の謎が残る。
職にもあぶれた素人の犯罪グループが、1体あたり最低でも30万マリベル(約300万円)は下らない高価なセキュリティ・トークンを、なぜ3体も所持できているのか?
―― ……背後に、彼らを唆し、装備を与えた『黒幕』がいる
作戦は「強襲制圧」か「交渉・包囲」の二者択一。
こちらの戦力が勝っているとはいえ、相手の背後関係と正確な戦力を把握しないまま動くのは危険すぎる。
「本格的な行動を起こす前に、敵拠点の構造と裏のコネクションを特定が必須だな。……アルプ、行動の準備をしてくれ」
『了解しました』
タツマの冷徹な指令に応え、アルプのモノアイが静かに青い光を放つ。




