輩にお灸
商社プロメンテを脅す輩を調査するタツマ一行
特定した候補地をアルプの高度分析で絞り込んでいくと、驚くほどあっさりと「根城」と思われる建物が浮かび上がった。
ビャーネ社長が指定された「身代金受取ポイント」からも目と鼻の先。
あまりにも無防備で杜撰な潜伏場所に、タツマは最初「罠ではないか」と疑ったほどだ。
アルプの情報によれば、かつて周囲の農家が休憩用に使っていた小屋らしい。 例の強引な土地収用によって農家が離農し、現在は完全な空き家となっていた。
―― とりあえず、状況を確認しないとな。 サバエアの都市レーベで ※1 バグドローンを仕入れておいて正解だったな
―― 時刻は深夜
静寂に包まれたマールスの平原で、タツマとアルプによる夜間隠密偵察ミッションが開始された。
装備はコンバットスーツに、消音器を取り付けたカービン銃になる。
サナエさんは、商社プロメンテのカーゴベースでお留守番だ。
「私も行く!」と一歩も引かなかったが、今回は純粋な夜間隠密・情報収集任務だ。 強情な彼女を「危険すぎる」と半ば力ずくで説得し、置いてきたのだった。
目標の小屋から数百メートル離れた遮蔽物に身を潜める。
≪アルプ、作戦手順の最終確認だ。 問題ないか?≫
バイザーメットの通信で静かに呼びかける。
『目的は敵の規模および背後関係の情報収集。戦闘は極力回避、ですね』
≪ああ。 情報収集にはこのバグドローンを使用する。 移動速度は遅いが、完全静音かつ長時間稼働が可能な蝶型ドローンだ。
これで小屋内部の状況、敵人数、武装を把握し、強襲か交渉かの判断材料にする。……センサー類の反応は?≫
『現時点で外部アクティブセンサーの反応はありません。敵数不明につき、周囲の電波・熱源変化を監視し続けます。万が一検出された場合は、即時撤収を推奨します』
≪よし。バタフライタイプを10体投入する。同時並行で思考ノードの同期と制御を頼む≫
『同期確認……全10ユニット、応答良好。 準備完了いたしました』
≪……状況開始≫
掌サイズの小さな「黒い蝶」たちが夜の闇へとひらひらと舞い立った。
バイザーメットのディスプレイに、10機のドローンから送られてくる視界がマルチウィンドウでリアルタイム表示される。
揺れる画面に少々の眩暈を感じながらも、カメラの感度を暗視モードへ切り替えた。
小屋の給気口や破れた窓の隙間から、ドローンが滑り込む。 やがて、バイザーの集音マイクが、室内の声を捉えた。
***ドローン音声映像 ***
≪……なぁ、こんな真似して本当に大丈夫なのかよ?≫
バイザーの音声フィルターが、男の少し心配そうな声をクリアに再生する。
≪大丈夫に決まってんだろ! とにかく脅して金さえ受け取れりゃ、それで終わりなんだからよ!≫
≪しかし、向こうが治安隊でも連れてきたらどうするんだ!?≫
≪ビビるな! こっちにはあの高そうな機械が10体もついてんだぞ! 軍用の銃だってある! ガタガタ抜かす奴は蜂の巣にしてやりゃあいいんだ!≫
――なるほど……渡されたトークン10体に気を大きくしているわけか
ドローンを屋根裏の梁に這わせ、室内の全貌を俯瞰する。
狭い小屋の中に転がっているのは、薄汚れた3人の男たちと、壁際に整列した10体の最新型トークン。 少し手狭に見えるが、共同生活は送れそうではある広さだ。
男たちの生活感溢れる格好と、片やトークンが、醸し出す無機質で冷徹な軍事感のコントラストが異様だった。
≪銃があるって言ったって、お前使い方知ってんのか? こんな銃、治安隊だって持ってないぞ≫
≪俺は、猟銃しか撃ったことないぞ? ≫
もう一人の少し大人しめの男が発言する。
≪同じだろ! 引き金引きゃあ弾が出るんだよ!≫
リーダー格と思われる粗野な男が、酒ビンをあおりながら干し肉を噛みちぎっている。
≪何をビビってんだ。だいたいこの計画だって、乗っかるだけで大金がもらえる『二度おいしい仕事』なんだぞ?
あのしけた港町にいたって仕事もなかっただろ。 最近じゃ治安隊の取り締まりも厳しくなってよぉ……≫
≪まあ、そうだけどよ……≫
―― “二度おいしい”か…… やはり、こいつらに資金と装備を与えて操っている黒幕がいるのか
タツマが思考を巡らせる中、男たちの会話は続く。
≪……しかし、あの依頼主の奴ら、本当に信用できるのか? 『プロメンテ社の事業を妨害して金を巻き上げろ』なんて言ってきたが……これだけの装備があれば、自分たちで直接できるんじゃないのか?≫
≪バカだな、ライバル会社か何かの嫌がらせだろ。 自分たちの手を汚したくないから、俺たちみたいな流れ者に代行させてんだよ≫
―― 違うな。プロメンテにライバル会社なんて存在しない。まだ立ち上がったばかりの零細商社を、既存の巨大企業が警戒して裏から潰そうとする理由がないんだ
その後、男たちの会話はヘスベリアに残してきた家族や恋人への愚痴、下品な世間話へと脱線していった。
『タツマ。これ以上の有意な情報は得られないと判断しますが、いかがいたしますか』
≪ドローンをこのまま残して盗聴・盗撮モードで待機。残りは回収して撤収する≫
『了解いたしました』
闇に乗じて撤収しながら、帰りの道中、タツマの脳内では次の作戦の考案していく。
―― 夜が明ける ――
アルプが残したドローンのログを解析した結果、男たちの正体は、港町で食い詰めて、家族や身内、自身を養えなくなったりした者のようだ。
根は素人の貧困層であることが確定した。 犯罪に手を染めた理由はシンプルに“生きるため”であり、彼ら自身にプロメンテ社への個人的な怨恨はないようだ。
タツマ達は、すぐさまネス邸へと向かい、サナエさんとビャーネ社長に報告を行った。
「――というわけです。彼らは何者かに金を掴まされ、装備を与えられた捨て駒に過ぎません」
「なるほど……。では、彼らの要求通り指定の金額を支払えば、おとなしく引いてくれるでしょうか?」
ネスさんが、安堵混じりに提案した瞬間、隣のサナエがバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「ダメに決まってるでしょ!! 素人だろうが何だろうが、脅迫に屈して金を払うなんて絶対反対! 全員縛り上げて、ヘスベリアの治安隊に突っこんでやるべきよ!」
サナエが息を荒らげて主張する。 だが、タツマの視線はその先の「本丸」を見据えていた。
「ネスさん。 サナエさん。 今回の件、目の前の小物を叩いても意味はないでしょう。 重要なのは、彼らに武器を与えた黒幕の正体をあぶり出すことです。
……だから、私が直接金を持って彼らに会いに行きます」
タツマが宣言する。
「はあぁぁぁぁっ!?」
「ちょっと待ってください! 」
二人の声が、重なった。
「馬鹿じゃないの!? 危険すぎるわよ!!」
いつになく必死な顔で叫ぶサナエ。
「私も反対です! タツマさんに万が一のことがあれば、プロメンテの再起計画そのものが頓挫してしまいます!」
ネスさんも今までにない感じでの抗議になる。
二人からの苛烈な反対に、タツマは苦笑しながら手をかざした。
「大丈夫ですよ。金を持って交渉に行っていきなりズドン、なんてことはありません。相手は軍用銃の使い方すら知らない素人です。
それに……もちろん、安全に黒幕の情報と身柄を押さえるための『作戦』がありますから」
タツマは自身の企みを簡潔に明かした。 危険な賭けに見えるが、論理的な裏付けを聞くうちに、二人の表情から反対の色が失われていく。
「……確かに理屈は通ってるけど。やっぱり乗り気にはなれないわ」
サナエが不満げに唇を尖らせる。
「大丈夫です。いつものコンバットスーツを着用しますし、彼らの狙撃命中率なんてタカが知れています。そして……作戦の最後の『美味しい締め』は、サナエさんにお願いするんですから」
「……分かったわよ。 でも危なくなったら、相手には消えてもらうわよ! 」
―― いつになく物騒なサナエさんである。
―― 数日後 ――
タツマは重みのあるバッグを手にして、あの物置小屋へと向かっていた。
服装は、頑丈な耐弾仕様のコンバットスーツの上に、いつもの道中合羽を羽織ったスタイル。 とはいえ、バイザーメットは外している。
すっかりマールスでの定着服となった格好だ。
後方には、現金の入ったバッグを持たせた作業用トークンが1体、そして護衛兼通信用のトークンが1体。
小屋の手前数十メートルの位置で足を止めると、案の定、入口のドアが勢いよく開き、昨夜酒を飲んでいたリーダー格の男が軍用ライフルを構えて飛び出してきた。
「誰だお前は!! 動くな!!」
タツマはゆっくりと両手を頭上に挙げ、落ち着いた声を張った。
「プロメンテ社の従業員です! 社長からの指示で、ご要求の示談金をお届けに参りました!」
男はライフルを握る手を汗で滑らせながら、激しい警戒感を露わにする。
「チッ……! ここは受取場所じゃねぇぞ! なんでここが分かった!?」
「事前の調査で皆様がこちらにご滞在と伺いまして。わざわざお越しいただくのも大変かと思い、直接お届けに上がった次第です」
タツマは背後のトークンを指差し、穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「あのトークンが持っているバッグの中に、ご希望通りの金額が入っています」
「……だったら、そいつを今すぐこっちへ渡せ!!」
「それはできかねます。お金をお渡しした瞬間に撃たれては困りますし、今後二度とプロメンテの従業員や施設に手を出さないという保証がありません。
……こちらに『今後一切の妨害行為を行わない』という誓約書をお持ちしました。 サインをいただければ、すぐにお金をお渡しします」
ゴロツキ相手に誓約書など何の意味もないことは百も承知だ。
だが、これは彼らの警戒を解き、小屋の内部へ足を踏み入れるための正当な口実だった。
「チッ……! 面倒くせぇな……! 来い、中で話を聞いてやる!」
まんまと乗ってきた男に促され、タツマは防音仕様のドアをくぐり、暗い小屋の中へと足を踏み入れた。
※1 バグドローン: 昆虫型タイプのドローン。 軽量小型化であり短距離での索敵を可能にしている。




