田舎では、スローライフの夢がみられるか?
広めの駐機場には、見上げるほど巨大な住居サイズの自動農耕重機がズラリと佇んでおり、その鈍い金属光沢を放つ巨躯を見上げながら、タツマはしみじみとため息をついた。
―― 一体何台あるんだよ
目の前に集結しているだけでも100台以上。圧巻を通り越して、もはや巨大兵器の師団展示まである。
しかもこれは第一陣に過ぎず、同様の超大型機が次から次へ輸送船で運ばれてくる予定だ。
これらの農耕器具をどうやってプロメンテ各地運ぶか? もちろん農道経由になる。荒れ果てた農道を冬の間整備していたのもこの農耕器具運搬の為である。
タツマは遠い目をした。
―― おかしい。何かが根本的に間違っている。
ネット小説や物語でよく見る「異世界に飛ばされた主人公のほのぼの開拓ライフ」って、もっとこう……可憐で素朴な少女を助けるところから始まるのではないのか?
“まあ、困っていた私を助けてくれたのですか……?”
“ああ、気にしないで。それより、一緒にこの土地を耕して種をまこう! ”
みたいな?
二人で汗を拭いながら畑を耕し、芽が出たことに喜び、時には作物を狙う凶暴な原生生物から彼女を守るために剣を取る。
互いの絆を深め、実りの秋には収穫祭で焚き火を囲みながら良い雰囲気になって――。
「……いい。すっごくいい。まさにスローライフ……!」
妄想のあまり、ニヤニヤと緩みかけた口元を急いで手で覆う。
「……はぁぁぁぁぁぁっ……」
直後、胸の底から吐き出されたのは、あまりにも重い現実のため息だった。
現実の現住所:マールス
現在の状況:引きこもり天才科学者の世話、バカみたいな大型戦艦の建造費返済、そしてこのプロメンテ地区を開発し、会社の存続をかけた生き残りをかけた激しい市場競争。
会社の内部留保も吐きだした投資額、実に250億マリベル。
一歩間違えれば、創業数十年の商社プロメンテが根底からか傾く怒涛の金額だ。勝たなければ即破産。
「こっちはハードライフ農業経営なんだよ! あーもう、魔法の一つでも使えれば一瞬で解決するのに!」
現在、プロメンテ地区の耕作地の30%以上が我が社の傘下に入っている。 テラファームの創造のため農地を収用・集約したわけだ。
しかし、いざ自分のものになってみると“……本当にこれで良かったのか?”と後悔が押し寄せてくる。
タツマは、やった後に気後れする典型的な後悔タイプである。
連日、ビャーネ社長や役員たちと膝を突き合わせて経営会議を行っているが、現場で重機を動かし、事務所で投資戦略を練り、いまや経営者としても現場作業員としても中途半端な自分に自己嫌悪すら覚えてくる。
何より、テラファーム方式で広げすぎた管理農地が広大すぎるのだ。 効率的な自動運用の決定打が出ず、新規事業ゆえに誰もが熱意だけは空回りして議論が進まない。
―― それに、農業専用のAIを新規開発・導入する金も残ってないし……な
流石にまだヒルベルト商会の内部留保はあるものの、全額これに賭けられるほど、タツマも山師ではない。
そんな感情を抱きながら、今は農機具の受領手続き中。現場仕事からは外れ、書類に署名が終わり、各地区のリーダーが重機を取りに来るのを待つだけの手持ち無沙汰な時間だ。
―― ……AI、か。身近なAIといえば……セレンは、宇宙船の制御専用だしな
高性能なのは間違いないが、現場での保守コストや運用の柔軟性を考えると、もっとローコストで現場に合わせて弄り倒せるAIがいい。そんな都合の良い存在が――
―― あ……いたわ
「サナエさんのアルプを借りよう!」
サナエ自身も「アルプは私の最高傑作」と自慢していた。専門分野外とはいえ、背に腹は代えられない。魔法が使えないなら、手持ちの高級AIを使い倒すまでだ。
*
タツマはビャーネ邸の敷地内に設営されたベースキャンプへと向かう。
自身が運び込んだカーゴコンテナが増えたことで、はたから見るとちょっとした新興集落のような佇まいを見せている。
その中の一つ、サナエのプライベート・カーゴの金属ドアをノックした。
「サーナエさーん」
少しの静寂のあと、重苦しい声が返ってきた。
『……何? 何の用……?』
あからさまに機嫌が悪い。というより、完全に寝起き特有の低血圧な声だ。
―― 絶対徹夜して寝てたな……
といっても、少しは顔くらい見せてくれてもいいと思うのだが。 一応、社長だし?
「届いた農耕器具の基本制御プログラムとして、アルプを貸してほしいんだけど!」
「……はぁ!? 私の最高傑作をトラクターに積み込む気!?」
少し怒気を感じる。
「世の役に立ってこそ科学者でしょ! これから現場に導入するから、ちょっと貸して!」
「……分かったわよ。準備するから、そこで待ちなさい」
「りょうかーい」
準備するもなにも、アルプを連れて出てくるだけだろう、とタツマは呑気にカーゴの前で待つことにした。
周囲を見渡せば、時期は春季。 いい感じの季節になる。 惑星が違えどテンションが上がる。 澄んだ風が吹き抜け、どことなく気分が浮き立つような心地よい季節だ。
しばらくすると、金属ドアがプシューと音を立てて開き、中からサナエが姿を現した。
「――っ!?」
タツマは思わず目を見張った。
出てきたのは、いつものダボついた研究着ではなく、すっきりと洗練された春らしいツーピース姿のサナエだった。
下調べで向かったサバエア大陸の都市レーベで何やら買い込んでいると思ったら、服だったのか。
サナエはスカートの裾を少し持ち上げると、くるりと一回転してポーズを決めてみせた。
「どうよ!」
「おお……! おお。いいじゃない! いいじゃない! 似合っている」
春のやわらかな光に映える、軽やかな素材。動きやすさとおしゃれさを兼ね備えている。いつものトゲトゲした毒気が抜けて見えるほどだ。
素直に大絶賛すると、サナエは一瞬目を見開いたあと、急に頬を赤らめてそっぽを向いた。
「……ふん! 当たり前でしょ!」
―― ……ナーミャンみたいに、照れたら素直に喜べばいいのに。マールス人は照れ屋が多いのか?
自分の服装を見下ろせば、連日の現場仕事と農作業でドロドロの作業着姿。足元も安全靴だ。
おしゃれなサナエの横に並ぶと、完全に「お嬢様と現場作業員」である。
「よし、じゃあおしゃれなサナエさん、重機のところまで案内するよ」
プロメンテ地区の春の天気は気まぐれだ。晴れ間が覗いたかと思えば、さっと小雨が降り、またすぐに太陽が顔を出す。
通り雨が過ぎ去った直後、湿った土の匂いが立ち込める農道を、二人は並んで歩き始めた。
タツマにとっては、宇宙船での無機質な生活に慣れていたタツマにとって、雨上がりの土の匂いはどこか懐かしく、胸を締め付けるようなノスタルジーを感じさせる。
サナエさんも何かを感じ取っているのか、余計な軽口は叩かず、静かに歩みを進めていた。
視界の先には、完璧に区画整理された広大な台地が広がっている。 内戦で乗り捨てられていた重機の残骸は撤去され、路面はきれいに補修された。
なんとか今年の播種の時期に間に合ったのは、この地に生きる人々の必死の努力の賜物だ。
「……こうしてみると、地平線の彼方まで全部耕作地なんだな。ここが一斉に黄金色に実ったら、すごい光景になりそうだ。土も黒くて肥えているし、本当にいい土地だよ」
タツマが沈黙を破ると、サナエも遠くの地平線に視線を向けた。
この周辺で栽培されるのは、プロメンテウィード(小麦に似た穀物)、ヘラススナップ(大豆系)、シメリアコーン(トウモロコシ系)など、テラの作物に酷似したものが多い。
まさに、キンメリアの穀倉地帯と呼ばれるに相応しい土地だ。
「農業の詳しいことは分からないけど、黒い土が栄養豊富だって聞いたことはあるわ。 確かに、ここを奪い合う理由も納得できるわね」
少し間が置く。
サナエはフンと鼻を鳴らすと、じろりとタツマの作業着姿を見上げた。
「……ところでさ。あなたも少しは格好に気を遣ったらどうなの? こんな美人が隣を歩いているんだから!」
「うーん、考えておくよ。でも私服の持ち合わせがあまり無くてさ。今までは公式の場での正装さえあればいいや、で生きてきたから……。しかし、サナエさんがそんなにおしゃれに気を使うなんて意外だったな」
「何よ。文句ある?」
サナエさんお言葉に少しおかんむりな感情が乗っている。
「文句じゃないよ。 科学者って研究以外に興味がない人種だと思っていたからさ。初めて会った時も、ダボダボの大きな服を着ていただろ?」
地平線まで続く広大な平原のど真ん中、一本の農道を二人と一機が歩いていく。
この果てしない世界の雄大さに触れると、人間誰しも少し素直になってしまうのかもしれない。 タツマは歩調を合わせながら言葉を続けた。
「正直に言うとさ……あのカーゴから出てきた時、びっくりしたんだ。本当にモデルかと思うくらい綺麗でさ。うん、良い気分転換になってるんじゃない?」
「…………」
急にサナエさんの言葉数が減った。
マールス人は、他人の心の動揺を読む能力に長けているらしいが、テラ人のタツマでも今の彼女が猛烈に動揺している空気くらいは察することができる。
―― 自分で“美人”って言うだけのことはあるよな。普通に街を歩いてたら、確かにナンパされるレベルだぞ。
……まあ、隣に毒舌なトークン(アルプ)を連れているのに話しかける命知らずがいればの話だけど
すると、サナエがポツリと呟いた。
「……ふふ。 あなたとの最初の出会いも、ナンパみたいなものだったわね」
「ま、待って! あれはナンパじゃないから! 純粋な褒め言葉と挨拶だからね!?」
「いいわよ。そういうことにしておいてあげる」
いつもの元気いっぱい口調から、何時になく穏やかな口調になっている。
「……そうそう。今さ、アルプに重機の制御を任せるとして、この広大な耕作地をどうやって効率的に管理するか悩んでいるんだよね。サナエさん、何かいいアイデアない?」
「……はぁぁぁぁぁぁっ!?」
サナエが盛大なため息をつき、信じられないものを見る目でタツマを睨みつけた。
「これだけの美人と春の道を歩いておいて、仕事の話!? もう少し色気のある会話はできないわけ!? 口説こうとか思わないの!? 」
「ええっ!? だって死活問題なんだよ! 大勢の社員も養わなきゃいけないし、この土地の住民の雇用も作らなきゃいけないし……!」
「……まったく。あなた、本当に損な性格してるわね」
あきれ果てたサナエの言葉に、アルプが静かに追従するように頷いていた。




