執政官会談
執政官一行が、シティ地区から回転翼機で農村部に向かっている。
「相変わらず、しけた地域だな」
上空から地上見ながらヒューリが、悪態をつく。
確かに都市部のように大きな建物はなく、住宅などの建築物はまばらだろう。
しかし、ここは都市部ではなく耕作地である。
この土地は広大で肥沃である。 そして穀倉地帯と考えれば、決してしけた土地ではない。
事実ここからの税の上りで、かつてのプロメンテの税収は、それなりに潤っていたはずである。
この男のせいでプロメンテの財政が、急激に悪化することになったのだが、当の本人はあまり気にしていない。
「ネスを呼び出せばよかったんじゃねーか? なんで俺が出向くんだよ」
「それが、会議を主催した者の器です」
「そんなものか?」
「ええ」
秘書官も一緒である。 回転翼機を用いて移動時間を短くすることでようやくヒューリが動く。
(このボンクラの世話もそれなりに大変ですね ――とはいえ、例の契約も成功した。全てが順調)
彼自身ネス氏を調査したが、彼がここまでの事業拡大をやってのける人物には思えなかった。 考えられるのは、絵を描いているのは、奴らの元締めであるヒルベルト商会だろう。
しかし、そのヒルベルト商会であるが、色々と不明点が多い。 ダイゴ・ヒルベルトから社長交代のみの記載でデータ更新中になっている。
おまけに船長はAIときている。 公文書であるため、間違いはないのだろうが、あまりに奇妙すぎる。
しかし、惑星間貿易商の資格はある訳だ。惑星間が認めた正式な会社組織であることには変わりない。
彼は、この目で現在のヒルベルト商会を率いている人物を確かめたかった。
もし、商社プロメンテを呼びつけたよころで、ネス氏しか来ないこととは、明白。
であれば、出向いて確認しようとの算段になる。 しかし、この会議の本質を読まれていた場合、本人が出てくる可能性は極めて低くなる。
(とはいえ、相手の土俵にあがる程度のハンデを与えてもいいでしょう)
回転翼機がホバリングをしてネス邸の近くに降りる。中庭は広いがカーゴより埋め尽くされていたので、ネス邸の外に降りることにある。
「ちっ。田舎民め。 あれだけ広い庭もカーゴだらけか。おまけに距離を歩かなければならないとは、面倒だな」
「さっ閣下、行きましょうか」
悪態をつき続けるヒューリをなだめるようにリーラインが、ネス邸までの案内をする。
ネス邸の門の前に使用人がいる。
「ヒューリ様ようこそおいでくださいました。 こちらへ」
門扉を開けると彼らは歩いて進む。
「迎えの車両もないのか? 」
「いいではないですか。 歩いていきましょう」
カーゴ群を通り抜けると、丘の上のネス邸が現れる。
コンテナハウスやバラックを繋ぎ合わせた不格好な建物になっている。
ヒューリも眉を顰めるが、所詮田舎の会社と思い直ぐに持ち直す。
「ヒューリ様ようこそおいでくださいました。こちらへ」
ネス邸のエントランスホールが使用人によって開かれる。
扉を開くとネス氏が向かい入れる。
「ヒューリ様。 このような田舎町にようこそおいでくださいました」
エントランスホールに机が用意されている。
「ささ、こちらへ」
いつも使っている丸テーブルがある。
外観同様ビンボー臭い家具だ。とヒューリは感じるが、直ぐにいつものビジネススマイルに戻し、快活にネス氏に話しかける。
「あなたがネス氏か。私がプロメンテ執政官のヒューリだ。今日は我が会談を受けていただき感謝する」
手を出す。
「ああ。気にしないでください。さぁどうぞ」
席を引き着席を促す。
「……ああ。では」
ビャーネ氏は、ヒューリと握手はせず、状況を進める。
この執政官が、今までこの土地にしてきたこと。これからしようとすることを考えれば当然の行動かもしれない。
ビャーネ氏に促されて、秘書官も着席する。
広いエントランスホールには、3名とボディーガードの3名の計6名。
リーラインは、一見して問題の人物がいないことを悟る。
(ヒルベルトは、やはり、この場に出てきていないか。 となると、この状況の意味を把握している可能性がある訳か。これは面白くなってきそうだ)
リーラインの考えをよそに、ビャーネ氏が、各人にお茶を煎れていく。
「良いお茶がはいったんですよ」
ティーポットから注がれるお茶の香りは、良い茶葉と言うだけあって、いい香りが漂ってくる。
秘書官が話しかける。
「ネス様。 ヒルベルトさんは、いらっしゃらないのですか? 」
「はい。 ヒルベルトさんはお忙しい方で、現在はシメリア鉱山の労働問題への対応をしております」
「そうですか……あの鉱山もこれから栄えるでしょうね」
「そう願いたいものです。 爆雷石の鉱床発見により鉱夫達の生活も安定するでしょう。 良いことです」
秘書とネス氏との世間話にイライラしているヒューリが、話に割り込んでくる。
「早速だがネス殿。 今後この会社をどう運営していくつもりなのだ? 」
「特にはありませんよ。 社員を養っていければと思います」
「甘いな。 この会社の潜在性は、マールス(火星)一であると考えている。 我がプロメンテにも有能な識者もいる。 彼らを加えてみてはどうか? 」
「いえいえ。 そんなお手を煩わせるようなことは結構です。 このまま、事業を進めていきますよ」
「そうはいかぬ。 この会社は我がプロメンテの至宝だ。 それに沿った対応をしなくてはいけない。 執政官としては、この会社をプロメンテ国家の配下にして管理運営されるべきと私は考えている! 」
「プロメンテ政府の配下に会社を置いてどうします? 」
「我が識者に運営させ、世界(火星)に冠たる会社にするのだ! 」
――大言壮語だけは好きな連中というのは、どこにでもいるものだ
「では、弊社を具体的にはどのように運営していくおつもりでしょうか? 」
「それは――これからだ」
「事業計画書はお持ちで? 」
「それも、これからだ」
「識者の専門分野をお聞きしても? 」
「今……人選中だ」
「具体的な成長戦略は?」
「……」
――騙すにしても、最低限の準備すらして来ていないのか。まったく、無能ここに極まりだな
「商社プロメンテは、社員を養って大きくなる大切な会社です。事業計画書もなく分野不明の識者に任せるのはどうかと思いますが」
「私の決定に不服か?」
「逆に何をするか分からない人に企業運営が可能だと? 秘書の方はどう思いますか?」
「……」
――秘書官は、沈黙ねー。 ふーん。 さてどうする執政官
「私は貴様に聞いているんだ。ネス・ビャーネ。私はこの会社を世界一にしたい。それが不満なのか!!」
「興奮しないでください。私はどうやって世界一にするか聞いているのですよ。そして、世界一にする意味もお聞きしたい。 世界一は、結果であって目的ではないでしょう」
「貴様は国の方針に逆らうのか?」
「疑問を呈したことが、反逆になるのでしょうか?」
「貴様の態度はよくわかった。 ここに宣言する! 商社プロメンテは、国家方針に相反する組織であると。 その罪の重さを覚えておくがいい。 帰るぞ!!」
「承知しました」
リーラインがその言葉に従うように、呼応する。
――おー強引に締めたね
ヒューリが立ち上がり、椅子を蹴り出しホールから出ていく。
一人残るビャーネ氏。 しばらく静かな時が過ぎるが、やがてビャーネさんが口を開く。
「タツマさん……だそうですよ」
「もうちょっと、血の巡りがいい奴かと思ったけど。残念だね。録音は?」
タツマが扉の陰から出て来る。
「ええ。問題なく」
「しかし、あの秘書官のなかなか食わせ物だな」
「何か引っ掛かりましたか? あまり発言がなかったようですが」
「それが問題だ。執政官を止めるわけでもなく。同調するわけでもない。
まともな秘書官なら執政官の暴走は制すべきであり、戦争しかけるなら無理な理論でも同調し煽って、ビャーネさんから失言を取らないといけない。そのどちらもしていない」
がらんとしたホールに外から回転翼機の音が響く。
「そして、執政官よりも先に質問してなおかつヒルベルトに探りを入れた。……タニアの間者の可能性が高い」
「なるほど……」
「とはいえ。間者の態度を見るに、今回は、タニアは関わってこないかもね」
「様子見と言うところでしょうか? 」
「たぶんね。それにピンチなのは、ヒューリであってタニアではないからね。 因みに今後の流れは――」
ここから先はビャーネさんの方が詳しい。
「おそらく奴が ※1“議場”で闘争を訴えるでしょう。 その後に、記者団がこの地に押し寄せて来る感じになると思います。 前回もそうでした」
「ああ。 収奪法案でしたっけ? 」
「はい」
「何処の地域でもメディアの行動は同じなことで――であれば、そこでビャーネさんが、今回の録音を根拠に用いて演説をお願いします」
「なぜ、“議場”前ではないのですか。そうすれば戦争案件も議題に掛けられず、戦争回避の可能性もあるのではないでしょうか? 」
「今回の会議内で戦争などの言葉はなかった。 つまり、ただの会議資料だ。会議資料を相手の許可なく公にするのはまずいし、会議資料を公開されて戦争準備だと宣言されたらどうのように考える」
「被害妄想……」
「だろうね。 だから議場で発言した後に、録音した音声を根拠資料として提示してやるんだ。派兵には、議場承認が必要なはずだ」
「本来であれば、衝突を回避したいところですが、あの態度から察するに……」
「無理でしょうね。 ただし、上手く立ち回ることで、派兵数が減る可能性がある。それが今回の目的。 権力者相手じゃこれが精いっぱいです」
「……内戦になれば住民が命を落とすのですね」
「そうです。 戦死はありますし、怪我も負うでしょう。 これからその説明です。この地の住民がどう思うか。この地を守りぬくか、荒れ地に戻るかの瀬戸際です」
……ビャーネさんの顔は暗い。
「因みに手を挙げて降伏したところで、商社プロメンテの財産の没収は免れないでしょう。戦うなら力を貸しますよ」
「……住民への説明を開始します。これ以上奴に怯えながら暮らすのは御免です」
「であれば、私は戦闘準備を始めます」
南部動乱への歯車が動き出す。
--- プロメンテ庁舎内 議場
議場は騒がしい。 事前に妙な噂が広まっているからである。
あのヒューリがまた何か企んでいるとのことだ。
事前の資料はなにも配布されていない。
プロメンテは寡頭政治体制で3人の執政官での政治を行っている。 他の執政官も何も知らされていない。 執政官同士の議論で政策が決定するがその過程の議論は公開で行われている。
あのヒューリがまたろくでもないことだと思っているが、執政官の2人は、関係がなければ基本賛成するスタンスになっている。
実際、前回の土地の収奪法案も最初は、市民受けはよかった。 その後、各国からの非難があり、市民からも今度は自分の財産を奪われるかとの質問の釈明に追われた。
結果としてプロメンテ自体では、農業生産高を大きく落とし国力も落とし、官僚たちは頭を抱えることになる。
議長が執政官の名前を呼ぶ。
「執政官 ヒューリ・オーレ」
ヒューリが、舞台中央に立ち、演説を始める。
「昨今わが国で非常に大きな潜在性を持った会社が誕生した。その会社は、巨大な農耕地・鉄道網・そしてオガネソン大鉱床がある鉱山を手中に収めている。
オガネソンは、国家管理になるほどの最重要資源で戦略物資である。これを一民間に任せておくのは非常に危険である。
我自身。その重大性を憂慮して、我自ら商社プロメンテに足を運んだ。そこで商社プロメンテの代表ネス・ビャーネ氏と会談したが、我らの国家プロメンテに対して非常に好戦的な態度を取っている。
市民の代表たる執政官に対してだ!! もしこの者が、他の国と手を組んで戦略物資を我が国でなく他国へ流すようになれば非常に危険な会社となる。
このような、潜在的消危険をはらんだ人物は、排除すべきであると考える。
しかも、このネス・ビャーネ氏は、プロメンテの農業地区代表気取りだ。
市民の代表たる執政官がいるにも関わらずだ! この地域全体が、我がプロメンテに対して威圧的な対応を取っている。これは由々しき事態である。
そこでプロメンテ農業地区に対しての反政府的な組織の鎮圧を訴えたい」
誰しも言葉を失った。農業地区に対して鎮圧? ただの住民を鎮圧?
「我は、市民の代表たる執政官として、プロメンテ農業地区に対して軍の派遣を提示する」
ヒューリは言い切り、壇上から降りた。 議場は静まりかえっている。 何をいっているのか不明だからだ。
いつもの詭弁を聞かされていると思っていたのに内戦準備だ。
議案プロセスをすべて吹き飛ばしぶち上げたのだ。
静まりかえった議場は、徐々に騒乱の様相を呈してくる。
運営議長が発言する。
「ほ……、本議場を一時休場とします。」
とんでもないことを言い出した。しかし、奴に反対できる執政官もいないのが実態だ。
なぜなら、奴に弱みを握られているからだ。
説明を求めている者に対しては、“我はプロメンテのためを思っての行動だ”と言い放って議場を後にする。
その日の報道は、パニック状態になっていた。同じプロメンテ内の住民に銃を向ける。
狂っているとしか思えない所業になる。
--- プロメンテ 農耕地区 ネス邸
「本当に言いましたね」
ビャーネさんもかなりへこんでいる。
「現実になると、くるものがあるね。 まぁ派兵法案は通るよ。執政官は反対できないんだから。 さてと――ここにもじきに報道記者が出向いて来るはずですよ」
「はい」
「その時にビャーネさんの演説返しで、同情を煽って派兵数を削減してもらわないと」
おおよその人数を絞るため、過去の派兵例の調査は済んでいる。
「アルプー。調査データをお願い」
『過去50年で軍隊を派遣した例は、3例だけです。
キンメリア紛争・大飢饉の際の農民暴動・南部独立運動になります。
最近では、キンメリア紛争になります。1個中隊200人をトロイ島に派遣。実際の戦争を行っています。
大飢饉の際の農民暴動では、1,200名の派遣をしています。その際は、歩兵戦闘車のみで、戦車や航空戦力の出兵はありませんでした。
圧政からの解放を目指してのプロメンテとヘスベリアの市民蜂起による南部独立運動では、プロメンテ政府より、4,000名と戦車と航空機による派兵がありました。
記録では死者 約5,000名、負傷者10,000名を超える悲惨な結果になっています。
もっとも本事件は、当時の圧政の象徴のような事件ですが。
以上から農民暴動にして、人数や作戦方向を促すことが適切です。
反乱軍との印象を与えると、本丸の部隊が動く可能性があります』
「私も20年前の大飢饉の際の農民暴動は記憶にあります。 あのときは、本当に不作にもかかわらず、我々から税として農作物を取り上げるという政府の暴挙に怒りが湧いた時期でした。
しかし、軍隊が出てきたことで力がない我々は、あっけなく鎮圧。自分の無力さを知ったものです」
当時を忍ように語っている。
「しかし今回は、誰も暴動などしていない。 そもそも税金も納めているのに……真面目に働いている住民に対してどうしてこのような仕打ちばかり受けなければいけないんですか! 」
ビャーネさんの静かな怒りと、悔しさがにじみ出る。
「わかりますよ。 しかし、5,000人で来られたら間違いなく全滅だ。 こちらには、航空戦力もない。
暴動という言葉をちりばめて、ただの農民暴動に戦闘機や強力な重火器を出させない環境を作ることが目的です。
奴への怒りもわかりますが、反乱となりプロメンテ軍と正面からぶつかれば、我々に勝ち筋がない。
それと誠実かつ同情を誘うように、加えて我々は無害で非力だと印象をお願いしますね」
「因みに1,200なら何とかなるんですか? 正規軍ですよ」
「勝負はやってみないと分かりませんよ。 それに、策があるのも事実です」
―― かなりの博打だがね。
事前に内戦勃発の可能性は農業地域の住民に伝えてある。
衝撃はあっただろうが、これからどうするか。
まだ多少の時間はあるから考えてもらいましょう。
※1 議場:プロメンテでは、3名の執政官が1つの場に集まり討論を交わす。官僚からのデータを基に国家と住民に最も良い案を試行錯誤していくことになる。 議場の結果は、議員たる住民に投票に掛けられる。




