農地奪還
プロメンテに戻って半月が過ぎた。
ネス邸の一角に籠もり、アルプとタツマは連日連夜、作戦の最終詰めを行っていた。 プロメンテのローカル法と膨大な登記簿データの照合──AIであるアルプの真価が最も発揮される作業だ。
『タツマ。見つけました。プロメンテの現行農業振興法第12条──“農民間の土地境界および維持管理に関する民事調停は、手数料無料で申し立てができる”とあります』
「ほう……」
法律書のホログラムを操作しながら、タツマの口元が吊り上がる。
「プロメンテは農家に優遇措置が多い。さらに『農地を保有する者は法的にすべて“農民”と定義する』……いいね。完璧だ」
隣で作業を見ていたサナエが、あきれたように腕を組んだ。
「あんた……まさかスラップ訴訟でも企んでるの?」
「失敬な。“農地を所有する農民として、最低限の管理責任を果たしてください”と丁寧にお願いするだけですよ。
しかも裁判ではなく“民事調停”です。 第三者を挟んで、法的根拠に基づいた折衷案を出すだけ。
……まあ、何年間も土地を放置して害虫や雑草を近隣に撒き散らした損害賠償金はきっちり乗せますけどね」
タツマが、いかにもな顔をサナエさんに向ける。
「……うわぁ、すっごい悪い顔してる」
あのサナエさんも引いている。
「ビジネスの詰め段階は、いつだってワクワクするものですよ。……アルプ、ネスさんのリストは?」
『こちらです。データを展開します』
モニターにズラリと並ぶ名簿。
対象地域のざっと1万世帯ある農地所有者のうち、なんと約6000世帯が、都市部に住む不真面目な投資家(不法占有者同然の連中)だった。
「よし。最後の仕上げだ。ネスさんと最終協議に入ろう」
タツマが、資料とデータが入ったアルプと共に立ち上がる。 勿論、サナエさんもついて来る。 3名でネスさんの執務室に向かう。
--- ネス邸の執務室
5名が、丸いテーブルを囲む。
このところ穏やかな日々が続いているため、部屋の中は暖房がなくても温かい。 しかし、雰囲気はそれなりに緊張に包まれている。
農地収奪法から5年。 プロメンテの生産高は、プロメンテ内を賄うぐらいしか生産されていない。
「さて準備はまだありますが、計画の説明をしますね」
タツマが口火を切る。
「よろしくお願いします」
ビャーネさんに第一段階目の事業計画書を手渡す。
タツマが、概要を説明していく。
「まず、プロメンテの農地を持っている都会住みの者に対して、ちゃんと農家をしてくださいとの連絡をします。 そのために各農地が荒れている証拠の画像を用意してください」
「なるほど。 我々もしっかりと作物を育ててもらえれば、何も言うことはありません」
ネス氏が応じる。
「しかし、恐らく多くの者は、農業なんてしないでしょう。土地が欲しかっただけなんだから。そこで裁判所に民事調停の手続きを実施します。
因みに農家同士の争いに関しては、無料で申し立てできるとのことです。
そして、プロメンテの法律では、農地所有者は農家に帰するのでこの周囲の土地所有者は、すべて農家に属します。 なので、弁護士料の費用負担も軽くなります」
「……」
ネス氏は黙って聞いている。
「その際に今までの迷惑料を請求します。雑草や害虫被害への対応を加味して、1物件あたり50~100万マリベルを想定しています」
ネス氏の顔が曇って来る。
「……本気ですか? 」
「ええ。 そして恐らくですが、彼らは、金を払わないし農業もしないでしょう。 そして、この地を訴訟の土地にします。 厄介な地域になりますよ」
タツマは冷酷なまでに整然とした笑みを浮かべた。
「……」
ネス氏は、その顔を唖然として見ている。
「しかし、長期間にはならないでしょう。 裁判所からの召喚状が届き、追い詰められた彼らにヒルベルト商会から救いの手を差し伸べます。 各土地の所有者に“土地を譲ってくれませんか? プロメンテで農家したいんです。 でもお金ありません”と提案書を送ります」
「……ただで土地を手に入れる気ですか? 」
ネス氏の眉間に皺が寄る。
「商社なんで。 儲けが第一ですから。 これが、農地を格安で取り返す計画です。質問ありますか? 」
「いえ。そうですか。 裁判ですか。 だから弁護士ですか」
―― 調停ね。
「では、ここの住民に声をかけて画像の提出をお願いします。手続きはこちらでします。計画に取り掛かりましょう」
さて、土地の取り戻し計画第一段を実施しますか。
民事調停という面倒な不幸の手紙が所有者に届くのは、タツマの説明後、暫くしてからだった。
プロメンテ・シティ地区の様々な場所で悲鳴が上がっている。
***
“はー!!裁判所からの調停への招集令。金を50万マリベル払えって。なんなんだこれ”
“ふざけるなよ。あんな田舎で農業しろって!?しないと100万マリベルってなめてんのか”
“やだやだやだ。田舎で農業しないとお金払えなんて。ひどい。私がなにしたっていうの?”
***
恐らくこんな感じだろう。
そして、パニックに陥る所有者たちの元へ、示し合わせたように届く一通のダイレクトメール。
✉<農地の処分にお困りの皆様へ──ヒルベルト商会が土地権利を無償譲渡という形で引き取ります。>
背に腹は代えられない都市の投資家たちは、群がるように譲渡書類へサインしていった。
続々と譲渡書類が、ネス邸に届くことなる。
―― さてこれから各弁護士さんに労働してもらいますよ。 一人600人程度がノルマになる。各人の奮闘をお願いしますね。
作業を開始して6か月が経過する。
「……ようやく全6000件の権利移管手続きが完了しました。死ぬかと思いましたよ……」
依頼した弁護士たちが、書類の山を提出してきた。
山積みにされた6000通の土地契約書。
「すごい量……本当にやっちゃったのね……」
呆れ果てるサナエさん。
「アルプ、契約書に偽造や漏れがないか全件スキャンしてくれ」
タツマが、アルプに指示を出す。
『了解いたしました』
「ネスさん隣の部屋を借りますね」
「ええ。どうぞ」
「それとサナエさんも契約書の量が多いので、アルプを手伝ってもらっていていいかな」
「はーい」
サナエさんも何かを察してくれたようで素直に了承してくれる。 アルプとサナエさんが契約書を持ちながら隣の部屋に向かっていった。
弁護士さんも一通り協議が終わると、帰っていった。
執務室には、タツマはネスと二人だけになり、一時の静寂を降りる。 両名は静かにお茶を啜っている。
やっと一仕事が終わった感じになる。
「さて、ネスさん。約束通り土地は、ある程度取り戻しました。 これを皆様にお返しすれば、我々の依頼は完了です」
「……」
「どこの土地を誰に返すかは、そちらで決めてください。 我々の任務は、これで終了です。 しばらくしたら引き上がる予定でいます」
「あの……」
「なんでしょう? 」
「もうしばらく。 こちらにいてくれないでしょうか? 」
「何のために? 我々もヒルベルト商会の仕事がありますので。 本来はお金をもらっての業務を、完全にボランティアですからね。 といっても掛かった費用は、後程スキュレス議員から取り立てますけど」
「わかっているんです……!」
ネスは悔しそうに拳を握りしめた。
「今の住民ではどうにもできないと、今までいた住民でもなにもできないことを。 人は楽な方に流れますから……。
以前の農地所有者は、目先利益のみで農作物が収穫できれば良いとの考えしかない。 一方でプロメンテの民は、言われたことをしていれば当面の食事には困らない」
「……」
タツマは黙ってネス氏の独白を聞く。
「農機具への投資も効率的な農業への転換もしない。それでも利益が出てしまっている。 豊かな大地であるため、そのサイクルが可能だった。
豊かであるが故、双方の怠慢を生んでしまっていたのです。 しかし、私にはどうすることもできなかった」
「……」
「変わるためには、外部の人間の力が必要です。 私は、かつての青々と輝く豊かな大地をもう一度見たいんです。どうか、力を貸してください!」
タツマはカップを置くと、静かに『第二段階事業計画書』をテーブル滑らせた。
「……条件があります」
「なんです? 何でも言ってください!」
「取り戻した6000件の土地は、ヒルベルト商会の所有とします。 その上で、ここにヒルベルト商会100%出資の『商社プロメンテ』を設立します。
商社プロメンテの社長はネスさん、あなただ。 我々から土地を商社に貸し出し、大規模自動化農を展開します」
ネスが息をのむ。
「さらに、あなたの私鉄をヒルベルト商会に譲渡してもらいたい」
「……資産を渡せと? 」
「ええ。 それをお読みになってもらえば分かりますが、我々は、ヘスベリア港までの横断鉄道延長計画を実行します。 投資額──200億マリベルになります」
「に、200億……!?」
その言葉に渡された事業計画書を開く。
「……すごい計画ですね」
ネス氏がつぶやく。
「事業計画遂行にあたっては、地域住民の協力が必要です。もし無理なら、この件から我々は、おります。 この金額は、安くありませんから」
「……確かに」
ネス氏が、タツマの発言を拝聴している。
「業務内容の簡単な説明ですが、農業従事者は商社プロメンテの社員として雇います。 しかし、余剰人員も発生しそうです。
そこで、生産地の利点を生かした食品加工工場の設立も計画に入っています。 穀物や加工品の輸出先は、ヘスベリアとレーベを中心としたサバエアへの大規模輸出を行います」
タツマが説明をしていく。
本当に実行するのであれば、ヒルベルト商会の内部留保をかなり吐き出すことになる。
失敗はできない。
たださえ、ハッピーカムカム号の支払いでいっぱい、いっぱいなんだから。
いやその前に、本当にハッピーなのか? あの船?
成功した場合、3年で投資金額を回収できるとの試算が、セレンから出ている。
―― くっそーおかしいよね。 まだ社長1年目だよ。 何でこんな社運を左右する投資案件処理しなきゃいけないのよ。
心の中の愚痴も口にすることなく、多馬は一通り説明し終えると、ネス氏は計画書の熟読に入っている。
因みに土地の契約書が整う6ヵ月間は、遊んでいた訳でもない。 追加調査の連続だった。
ヘスベリアへの食料卸しの開拓・レーベの販路開拓・鉄道施設の事前許可。
特にレーベでの販路開拓と説明では、キンメリアの国とのことで疑われたけどヘスベリアを介するとすぐに打ち解けてくれた。
あの爺さんヘスベリア旧市街地の顔役とは、どうりで裏事情に精通している。
鉄道施設の許可もあの爺さんのお陰で円滑に進んでいる。
レーベの輸出は、最初は小型船を用いる想定でいる。 いきなり大型船を用いても大量の食料が増産できるとも思えないし。まずはどれだけの商売ができるかだな。
事前の根回しは済んでいる。この6ヵ月間、とにかく働いた――無給だけど。
因みに、ヘスベリアやレーベなどで、サナエさんが行く先々で義賊“白翼の騎士団”とか言って余計な問題に首を突っ込み、問題ばかり起こしていく。
最終的なしりぬぐいは、全部こっちに回ってくる形式になってしまった。
世直し義賊であればヒルベルト商会を助けてよ。 支払いでアップアップなのよ。 我が会社。 世直しより会社の立て直しが先じゃない?
まぁとにかく。
ここまでの段取りは作り上げた。あとはここの住民がどう思うかだ。
ネス氏が、一通り読み終えたようで顔を上げる。
そのタイミングでタツマからヒルベルト商会として、商社プロメンテに最初の指示が飛ぶ。
「では、商社プロメンテの社長に最初の仕事を与えます。 ネス社長。 本計画を住民に説明してください。 そして、周辺農家から事業の了解を得てください。
期間は1ヵ月とします。もし、了解が得られなければ、すべて事業計画を破棄し、私はここを立ち去ります」
「わかりました。対応しましょう。この地域のために」
使命感と意欲にみなぎっている。その心意気をサナエさんにも持ってほしい。




