交渉劇
まぶたを突く光で目が覚めた。 重い頭を持ち上げ、フロントガラス越しに目を細める。朝日――だ。 ガタガタと響いていたエンジンの低振動が止まっている。
「……着いたのか?」
隣を見ると、サナエさんはシートに深く埋もれてまだ爆睡している。ハンドルを握るのは AIトークンのアルプだ。正面のモニターが無機質に点滅していた。
「キンメリア大陸の境界、メレア検問所です」
アルプの合成音声が低く響く。
「夜間閉鎖が解除される刻限ですが、まだゲートは閉じたままですね」
「検問か……。荷台の武器、マズか?」
「我々は商人ですし、それに昨日襲ってきた盗賊から『押収』したと正直に言うしかないでしょう。 あとはタツマ様の口八丁にお任せします」
「簡単に言ってくれるよ、まったく……」
タツマがため息をついたタイミングで、沿道のプレハブ小屋からだらだらと三人組の兵士が出てきた。
赤茶けた砂埃の混じる風の中、身を小さく縮めている。 寒気と眠気に苛まれた、典型的なやる気のない地方警備兵だ。
「おい! お前たちどこにいく! 」
早速、上から目線で先頭の男が、横柄な声を張り上げ、カーゴのボンネットを拳で叩いた。
公権に守られた人間の常套手段。 まずはどちらが上なのか示す方法だ。
―― いいだろ! 惑星間貿易商の交渉術を見せてやる!
タツマはカーゴから降りて、颯爽と検問官の方へ進む。
「朝早くからご苦労様です、兵隊さん。プロメンテへ向かう途中でしてね。あ、それと……昨夜、道中でタチの悪い盗賊に絡まれましてね。身柄を引き取ってもらえませんか?」
まずは、下手に出る。
「あぁ? 盗賊だと?」
検問官が眉をひそめる。
「ええ。この辺りの治安も、とんと物騒になりましてねぇ」
実際、どうなのかは知らないが、メレアネットワークのラジオから襲撃被害がそれなりに流れているのを加味するとそれほど現実から乖離してないはず……・
「なるほど……貴様……武装しているな? 」
タツマのコンバットスーツを品定めするように見て来る。
「流石に丸腰でメレア街道の通行は厳しいのは、ご存じかと。 軍人さんもご苦労が多いでしょう?」
「……フン、確かに例の法案以降、治安が極度に悪化しているからな」
「それと身分証です。 私、惑星間貿易商のヒルベルト商会と申します。 この度、この地方に新しいビジネスを求めやってきました」
タツマは胸ポケットから証明データ端末を差し出し、大げさに肩をすくめた。
男は端末のデータを適当にチラ見すると、視線を再度タツマに映す。
「で、盗賊はどこだ?」
「こちらです」
タツマが後部の重いハッチを跳ね上げると、鉄くずの臭いと血の臭いが混ざった湿った空気が流れ出した。
奥には、手足を縛られぐったりとした男たちが転がっている。
「手荒だな。銃撃戦か」
「ええ、こっちも命がけでして…… 非武装だったら今頃、我々がそこに転がってましたよ」
兵士のうち二人が荷台に乗り込み、呻き声を上げる盗賊の襟首を掴んで引きずり出した。応急処置の包帯から血が滲んでいるが、死にはしない。
尋問者の男が、あらためてタツマを頭から足元まで品定めするように見つめた。 「惑星間貿易ねぇ……。地上で商売か?」
「ええ、このプロメンテの大穀倉地帯なら、一山当てられるんじゃないかと」
「フン、おめでたい奴だ。あそこは一筋縄じゃいかんぞ」
男はフッと鼻で笑うと、わざとらしく胸を張った。
「……まあ、通してやりたいんだがな。生憎と今は管理責任者が不在でね。手続きに半日はかかるな」
―― 出たよ、お決まりか……
タツマは心得たとばかりに頷き、ポケットに手を突っ込んだ。昨夜、盗賊の懐から「回収」したクシャクシャの地域紙幣から、まとまった厚みの束を指先で弾き出す。
「軍人さんも、こんな寒い早朝から立ちっぱなしじゃ体に毒だ。これで温かいものでも飲んでください」
手際よく紙幣が、相手の掌に滑り込ませる。
男は素早く紙幣を確かめると、ニヤリと口元を歪めた。
「……ふむ。まあ、怪しい奴でもなさそうだ。おい! ゲートを開けろ!」
ギギギ、と重い鉄のゲートが音を立てて持ち上がる。 払った金額は安くないが、余計な足止めを喰らうよりはずっとマシだ。
―― まったく。
タツマがカーゴ車両に戻ると、いつの間にか目を覚ましていたサナエが、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「流石は惑星間貿易商。舌先三寸で悪知恵が働くねぇ」
サナエさんからの煽りが入る。
―― こっちもこっちで、まったく
緊張感を楽しむその姿勢に少しばかり、癪に障るが、それでも彼女なしには、この妙な案件は、片付かない。
アルプがアクセルを踏み込む。スマイル号の重厚なエンジン音が響き、トラックはゆっくりとメレアの検問所を通り抜けた。
暫く進むと太陽が全て地平線から出て、いよいよ眩しく地上を照らす。
―― この朝日のように、この先が輝かしいものでありますように
僅かな祈りを掲げながら、スマイル号は目的地に進む。




