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受難続きのテラ惑星間貿易商  作者: 椎谷 急須
3章 火星着星
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プロメンテ地方

【プロメンテ地方】

プレビィアからメレアを経由し、都市国家プロメンテまでの道のりはかなりの長距離となった。

夜間は地方の街で粗末な宿を取りながら車を進め、途中に野盗に襲われながらもコンバットスーツ装備のタツマとトークンアルプのコンビで容易に撃破していく。


四泊目にしてようやく目的地へと到達した。


休むことなくハンドルを握り続けられるトークンの存在がなければ、この長距離走行は破綻していただろう。


そして到着するプロメンテ地方――。 キンメリア大陸の中央に広がり、キンメリアの糧食庫とまで謳われた肥沃な大平原だ。


いくつかの都市国家で構成されているが、その中心となるのが、地域名をそのまま冠した都市国家『プロメンテ』である。


穀倉地帯と聞いて思い浮かべる風景といえば、地平線まで波打つ金色の麦畑や、豊かに結実した稲穂の海だろう。


収穫前だとしても、青々とした作物が寸分の狂いもなく整然と並んでいるはずだ。 少なくとも、雑草と焦土に埋もれた荒野など、誰も想像しない。


「……内戦でもあったのか?」


荒れ果てた畑の脇に、口径の太い機関砲を強引に溶接した民間トラックが乗り捨てられている。 いわゆる『テクニカル』だ。 


車両には既に赤さびも浮いており、年単位に放置されている様子が見える。 そして内戦の証拠は沿道の民家にもみられた。 黒く焦げ付き、半壊していた家屋が全てとは言わないが、それなりに存在している。


「なんなんだよ、この状況は……」

タツマは凄惨な光景に呆然としながらも、どうにか正常性を保ち冷静な態度を維持する。


「とりあえず、要望された諜報員とやらを探そう。 そうしないとこの案件が始まらそうだ」

タツマがサナエさんを方を見て語りかける。


「そうね。アルプ、もらったデータから居場所は特定できる?」

『座標の入力は完了しています』


「よーし、その住所へ向かって、しゅぱーつ!」

助手席のサナエさんが能天気に声を上げる。この非常時に元気なことだ。


内戦の影響か、元からの田舎道ゆえか、舗装はズタズタに崩れていた。 低速で走っていても、スマイル号の車体が激しく跳ね上がる。


ゆっくりした歩みで荒野を進むこと小一時間。 やがて、頑丈な金属製の柵と、固く閉ざされた巨大な門扉が見えてきた。


『目的地です。あの丘の上の住宅になります』


柵の向こう、緩やかな丘の上に大きな邸宅がそびえている。だが、門は完全に閉じられていた。


「とりあえず、ここで降りて歩こう。トラックでそのまま乗り付けたら、先方から警戒されてロケット弾でも撃ち込まれかねない。トークンを二体、武装させて連れていく。アルプ、準備を頼む」


「私も行くー! 楽しそうだし!」

「楽しくはないよ」タツマは即座にサナエを制した。


「サナエさんはここで待機。万が一の場合のバックアップをお願い。荒事が発生したら、アルプと残りのトークンで叩き潰してくれ。トラックの全兵装のロックも解除しておいて」

タツマから指示が出る。


「ちぇー、了解」

『了解しました。連れていくトークンの武装は?』


「ショットガンとカービン銃で」

『遠近両用ですね。心得ました』

――流石トークン。 呑み込みが早くて助かる。


タツマはトラックを降りると、アサルトキャリアを構えたトークン二体を左右に従え、重厚な門の前に立った。


インターホンらしきセンサーに向けて、大きな声を張る。

「スキュレスさんからの『お使い』です! ご要望の品をお届けに上がりました!」

静寂が支配する。応答はない。


――留守か? それとも警戒か?


状況を確かめるため、一歩踏み出そうとしたその瞬間だった。 ガサリと音を立て、門脇の草むら――隠し地下坑道から、二人組の男が飛び出してきた。


どちらも自動小銃を構え、銃口をこちらへ一直線に向けている。

「何者だ! 動くな!」

「スキュレスさんからのお使いです。ご要望の品をお届けに上がりました」


タツマはゆっくりと両手を挙げ、同じ言葉を寸分違わず繰り返した。 背後のトークン二体にも待機命令を出す。


警備員の一人がレシーバーで内部と連絡を取り始める。もう一人は瞬きひとつせず、タツマの眉間に照準を合わせたままだ。手慣れている。それなりに訓練された私兵集団だ。


「……了解した。門を開ける。俺たちの後ろをついてこい」

重い音を立てて門が開く。  案内役に続いて、タツマと二体のトークンが歩き出す。その後ろを、徐行する二台のトラックが静かに追従し、最後尾をもう一人の警備兵が固めた。

敷地内に入って驚いた。門から邸宅までかなりの距離がある。 道幅の左右に広がるのは、庭園というよりは広大な実験農場のような区画だった。

しばらく歩くと、邸宅前の広大なスペースに出た。

「車はそこに止めろ! 車両の中の奴らは降りるなよ!」

案内人が威圧的に言い放つ。 タツマは黙って頷き、従うポーズを取った。


そのまま、小道を上がり玄関邸宅の玄関前に着く。

「トークンは、玄関前で待機だ。武装はこちらで預かる」


―― コンバットスーツを着込んでおいて正解だったな


とタツマは心の中で胸を撫で下ろす。

トークンと玄関先で別れて重厚な扉をくぐる。

カチャリ、と扉が開いた瞬間――。


ホールには30人もの武装兵が隙間なくひしめき合い、一斉にタツマへ銃口を向けていた。 冷たい視線が刺さる。


タツマは苦笑いを浮かべたが、バイザーメットを被っているため相手からはこちらの表情はみえないだろう。 


そして再び両手を挙げた。

「客人の歓迎にしては、随分と物騒なクラッカーがお好みですね?」

「軽口を叩くな! 」

怒号が飛び交う。

――気が立っていることで


「……あなたが、ヒルベルト商会の方ですか?」

人垣の奥から、身なりの整った老齢の男性が静かに歩み出てきた。

「ええ。あなたは?」

「ネス・ビャーネと申します。ここの代表のようなことをしております」


「スキュレス氏から『ここへ行け』と言われて伺いました。ですが……お邪魔のようでしたら、このまま引き返しますが? いかがでしょう」

いくら依頼とはいえ、理由もなく銃口を突きつけられて黙っているほどタツマも丸くはない。


敵意を隠さずにそう告げると、ネス氏は一瞬目を見開き、取り巻きたちに手を振って銃を降ろさせた。

「……非礼を許していただきたい。見ての通り、この地は、数年前の暴動によって多くが被災して、かなり荒れ野と化しました。 その余波で今も略奪を繰り返すならず者が横行しておりましてね。 このように過剰防衛にならざるを得ないのです」

ネス氏は息を吐き、タツマを見つめた。

「それで、ご用件は? スキュレス氏からは何も聞かされていないのです」

「では、あちらの部屋へ」

ネス氏 が隣接する部屋へ促す。

取り巻きの男たちが「コンバットスーツを解除しろ」と畳みかけてきたが、タツマは冷ややかに言い放った。


「嫌ですね。 解除しろというなら今すぐ帰ります。 安全だと思って武装解除したら、銃口を向けられた。 こんな危険地帯で丸腰になれなんて、冗談でしょう?」

タツマの毅然とした態度に、取り巻きたちは渋々引き下がるしかなかった。


ネス氏に促されるまま、隣の部屋に入る。

部屋一面が一気に明るくなる。 部屋全体が太陽に照らされている。 秋の寒々した外気であってもこの部屋の中はかなり暖かい。


「温室か――」

「ええ。 私は植物を育てるのが趣味のようなものですから、これが唯一の道楽と言ったところですね」

手入れされた観葉植物がわずかな緑を添えている。


「それにしても先ほどの対応。 さすがは商人だ。 交渉の駆け引きを理解していらっしゃる」

ネス氏が円形のダイニングテーブルに腰を下ろした。


相手に敵意はないと判断してここで、バイザーメットを取り、タツマは立ったまま、ネス氏に説明を求める。


「それで、単刀直入にお聞きします。スキュレス氏を通じ、我々に何を望まれているのですか?」

「……希望を、いただきたいのです」


「……希望?」


「この地に、再び生きる希望を与えてほしい! そのためならば、私が今持つすべての資産、すべての権利を差し上げます! どうか……どうか、この老いぼれの願いを聞き届けていただきたい!」


「待ってください! ちょっと、理由を――」

あまりの急展開に、タツマの思考がフリーズする。 あまりにも漠然としてそして手の付けようがない要望。 


人に希望を与えるとか、宗教か、勧善懲悪物の物語でしか聞いたことがない。

――サナエさんを呼ぶか? いや駄目だ、絶対に妙な混乱が起きて、ろくでもないことになるぞ……!


自力でこの場を収めようとタツマが口を開きかけた、まさにその瞬間だった。

ドタバタと部屋から走る音が聞こえてくる。 その音はこの執務室にも響き渡り、部屋のドアが、勢いよく開く!


「タツマ! 面白そうじゃない! わたしも混ぜなさい!」

「お前……何やって……!」


―― しまった、コンバットスーツの通信がアルプと同期したままだった!

サナエは胸を張り、泣き崩れるネス氏の肩をバンバンと叩いた。


「ネスさん、安心しなさい! わたしたちがこの地方の希望になってあげるわ! この『白翼の騎士団』にすべて任せなさい!」

―― その妙なネーミングは本当に何なの!


改めてネス邸の客室になる。 温室ということもありガラス張りの室内には、サナエさんのドタバタが無かったかのような静寂の雰囲気に包まれている。 


明るい陽光が差し込む円形テーブル。 そこにはネス氏、ニコニコしているサナエさん、そして億劫気な表情のタツマの4人が着席し、傍らには無表情なアルプが立っていた。


「……さて、気を取り直してお聞きしましょう。具体的になにを望まれているのですか?」

タツマが溜息混じりに尋ねると、ネス氏は絞り出すような声で語り始めた。


「……私の家系は、タニアからの入植者です。この土地は、私の祖父がプロメンテに入植し、血の滲むような思いで開墾してここまでの大農園に育て上げました。

しかし近年、プロメンテの排他主義者達は、『タニア人が、プロメンテ人から搾取して肥え太っている』と吹聴し始めたのです」


どこにでもある、根深い民族対立の構図だな。


「ですが、これほど広大な土地で安定して作物を育てるには、膨大な技術とノウハウが必要です。

作物の売上額がどれほど大きく見えようと、種苗代、人件費、広域物流のコストを引けば、手元に残る利益などそれほど多くありません。

この土地の恵みは、血の滲む努力の賜物なのです」


「利益と売上の区別もつかない連中が、表面の金だけ見て嫉妬した……ってわけか」

タツマが、吐き捨てるように言った。


大きな金があるからと言って商業資本の利益には限界がある。 それを大金持ちと言う人間たちに一体どれほどであってきたことか。


「ええ。 といっても私を理解し、慕ってくれるプロメンテ人の農民も大勢いました。 現に私の周りにいる者のほとんどはプロメンテ人です。 私自身、生まれこそタニアですが、ここで育った。 心はプロメンテ人なのです」

ネス氏は無念そうに言葉を続けた。


「しかし数年前、プロメンテ自治政府の執政官選挙で、自称『改革派』のヒューリ・オーレが当選したことで、その対立に拍車を掛けました。

彼は『プロメンテの土地はプロメンテ人のものだ』と宣言したのです。 窮乏にあえぐ市民を救うという名目のもと、我々タニア系の血筋を調査し、先祖代々の土地をタダ同然で強制接収しました」


「対立を利用して、選挙に勝つとはよくやる手法だが……」

タツマの眉間に皺が寄る。


「大規模農園を運営するには組織と雇用が必要です。 彼らは『タニア人はプロメンテ人を農奴にしている』と叩きましたが……工場で働くことと、農場で働くことに、一体なんの違いがあるというのでしょう? 

結果、暴徒化したプロメンテ人が大勢押し寄せ、暴力で我々を追い出し、土地を奪い取りました。……しかし」


ネス氏は苦い顔で首を振った。


「しかし、素人に広域農業ができるはずもなかった。 奪われた耕作地は次々と放置され、枯れ果てました。 


さらには、残された土地の所有権を巡って略奪者同士の内戦が勃発。 加えて、今までこの地で農業に携わった多くの者も、治安が悪化や理不尽な暴力に怯え、この地を離れざるを得なかった。


結果として、ここに残っていたプロメンテ人も我々も、共倒れになったのです」


「……マジモノの政治災害じゃないか」

「それで? あなたは具体的にどうしたいの?」

サナエさんが、身を乗り出す。


「この地に再び希望を……緑豊かな、黄金の畑を取り戻したいのです。どうか、この荒れ果てた大地に光をお願いします」


「なるほどね! この地方の産業構造を再構築して、復興させたいわけね! いいわ、乗った! この『白翼の騎士団』に任せなさい!」

「……サナエさん?」


「これは私の部下だから。ヒルベルト商会っていうのは仮の姿よ!」

「ちょっと!  勝手にヒルベルト商会を秘密結社の隠れ蓑にしないで」

タツマの抗議など露知らず、サナエはパンと手を叩いて立ち上がった。


「さあ、時間が惜しいわ! ベースに戻って戦略会議よ! ネスさん、しばらく庭を借りるわね!」


「あ……ありがとうございます……!  国に見捨てられ、他国の伝手にまで頼ったこの老いぼれに……本当に、本当にありがとうございます……!」

ネス氏はポロポロと大粒の涙をこぼし、サナエの手に何度も感謝を捧げた。


サナエさんは満足そうに頷くと、颯爽と温室を後にする。 


ホールへ出ると、先ほどまで銃口を向けていた30人の男たちが左右に割れ、圧倒された様子で彼女に静かな道をあけるのだった。


ーー諜報員じゃなくて本当の被災者とは……しかし、サナエさんはこの件どう処理する気だ?


サナエさんの後ろを歩くタツマの疑問の視線をよそに彼女は邸宅を出る。


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